10/27/08:00――廿枝サトリ・面倒な事後処理

 なんで俺がと思ったところで、今までの流れを振り返って見たのならば、自分以外に役目を負う人物がいないことを自覚しながらも、廿枝はたえだサトリはそれでもと、肩を落としながらため息を落としつつ、ラウンジで一服中であった。

 気が重いというよりも、面倒だ。そしてたぶん、疲れる。

 抑えは利く方ではあるが、それは対等の相手だけで、間抜けが相手だと、どうも感情的になりやすい。それは怒りに近いが――どちらかといえば、間抜けのままでいれば死ぬんだぞと、そういうことを教えたくなるからだ。軍の訓練校で上官が怒鳴りながら尻を叩くのと同じである。

 繰り返すが、自制はできる。どうせ迷惑をかけて死ぬなら、ここで殺してやろうかと思っても、そこで耐えることができるからだ。

「……あー、もっと前に自制しろよって話なんだけどな、仕方ないんだって」

 自然体であることが、サトリにとって一番良い。それ以外が駄目なわけではないが――ともかく、感情を抱けば疲労は積もる。そんな結果がわかっているのに、スキップで迎えるはずもなかった。

「本当に気が重いな……」

 煙草を消して、よいこらしょと腰を上げて、ラウンジを出た。もう行くしかないと腹を括った。

 仕方ないのだ。

 こればかりは、サトリが適任だから。

 事後処理だって、仕事の内なのである。

 プレハブ棟二階の一室で足を止め、ノックをしようとしたサトリは面倒になって、足で蹴るようにして扉をスライドさせた。

「よお――」

 さて、どんな様子だと見れば、どんよりと重い空気が流れており、集中力に欠けるような顔が三つあった。さすがに授業に出られるようなメンタルではない。

「サトリか……」

「面倒な話は後回しだ、俺の質問に答えろ」

 足で扉を閉めてから、そのまま腕を組んで背中を壁に預け、サトリは言う。ぼうっと天井を見上げていたミナミもこちらを見て、ヴェニティはゆっくりと頬杖から上半身を起こす。相変わらずペレーニは侍女服で控えているが、睨む視線に強さがない。

「――どこまで落ちた」

「落ちる……?」

「悪夢を見たんだろう? そして、――てめえらは眠ることが怖くなった。夢を見ることが嫌になった。んなことは見りゃわかる……が、落ちたことの自覚もないようじゃ、話にもならんか。だったら俺からこんなセリフをプレゼントしてやろう」

 小さく笑って、言う。

「その程度で済んで良かったな」

「貴様……!」

「吠えるな間抜け。まだわかってないのか? ――お前らの遊びの先に何があるのか、教えてやろう。曖昧な夢を、自分の手で変えて楽しむのは、そう難しくはない。夢を見て作り、それを囲い、思うように変えてしまえばハッピーだ。お前らも同様に、どうやれば夢から覚めるかを知っていただろう。――俺も、そうだった」

 そう、かつてそれをサトリは経験している。そもそも彼女たち三人でやることを、一人でやることができていたのだ。その技量を買われて、たまにこんな仕事をしているのだが。

「お前たちもあと一ヶ月楽しめば、一段階落ちていたはずだ。まず、その中では夢から現実に戻れなくなる。それを経験してんだろう――それが悪夢だったのなら、なおさらだ」

「……そうだ。いつもならば自分が起きられるのに、できなかった。悪夢から抜け出せずに随分と苦しんだ」

「そこを乗り越えるとハッピーだ、次に待ってるのはなんでも自由に改変可能な夢だよ。――現実と何も変わりのない、夢だ。起きたのか眠ったのかの境界が曖昧になり、なんでもできるがゆえに、その先に待っているのは飽きと、改変し過ぎたがゆえの狂いだ。やがて地獄に変わったところで、起きることができない。起きたとしても、現実か夢かの区別がつかず、半狂乱になる。普通の生活が送れるようになるまで、信頼できる〝軸〟を作ってくれる人がいる前提で、半年ってところか……」

 本来ならば。

「ここまできて、ようやく、夢の危険性に気付くのが、人だ。手遅れにならないと、手の打ちようがない状況になってから、――どうしようもない〝現実〟に、愚かなてめえに気付くんだよ。わかるかクソッタレども、命が助かって良かったな? 早めに済んだから、この程度になっている」

「命などと気軽く――」

「おいおい、おい、冗談だろクソメイド。お前はあれか? 夢が自己で完結してると勘違いしてるクチか? なあるほど、てめえは〝現実〟で、隣にいる女が死なないとわからないか。そういうのを間抜けって言うんだよ」

 事実。

 サトリの血の繋がった両親は、その影響の余波で夢を狂わされ、現実で死んだ。原因は偽ることなく、サトリ自身である。

「ねえ――」

 疲れた様子で、ミナミが口を挟んだ。

「どうすれば、いい?」

「そうじゃないだろ? お前はどうしたいんだ?」

「――眠りたい。今はただ、寝たいの」

「だったら寝ればいい」

「きっと悪夢が待ってる」

「だが普通の夢かもしれない」

「……あんな思いはもう、したくない」

「だったら簡単だ、夢を夢だと割り切って受け入れろ。人ってのは夢を見るものだ、眠った時にな。それがちょっと他人と違うってだけで、喜んで遊ぶから穴に落ちる。自然に任せてただ夢を見て、また現実で起きればいい。夢を見たくないならバクの絵でも描いて枕の下に忍ばせろ。――そういうものだろ」

 見たい夢があるなら、本でも忍ばせればいい。起きた時に覚えていようがいまいが、さて一日が始まるぞと思うのが、人だ。

「現実を見ろよクソッタレども。俺には、嫌だ嫌だと楽な方にしか目が行かない小学生にしか見えないな。無自覚だろうが何だろうが、てめえで作った責任をきちんと負え。それにすら自覚的じゃないなら――」

 怒気が。

 抑え込んでいた殺意が、じわりと出るのを自覚しながら、けれど苦笑したままのサトリは気にすることなく、言う。

「仕方がない。〝次〟は現実で俺が殺してやるよ」

 ところでと、すぐに会話を切り替える。

「どうしてファムの名前なんか使ってるんだ?」

「ああ……叔父上の行方を探そうとしたのが最初だったが、今となってはあまり関係がない。我が一族の誇りのようなものだ」

「関係ない、ね。行方そのものは掴んだってか」

「いや――諦めたのが、近い。そもそも自分が知りたかっただけで、家族はもういないものと思っていた」

「なんだ、本腰入れて調べればいい……ああ、まあ」

 頭の後ろを軽く搔くと、横の扉が開いた。

「お前と違って、本腰入れればわかるようなモンじゃねえってことだ」

「おい……」

「どっちにせよ、お前らの遊びはこれで終わりにしとけ。それが一番いい。説教になっちゃいなかったが、まあ受け入れて頷いとけよ。いいな、ヴェニティ」

「うん、そうだね……というか、自分としてはもう、ちょっと辛い」

「ペレーニ、こう言ってる」

「わかっています、エイジェイ様」

「ミナミ――はもう半分寝てるか」

 おいと、サトリは改めて声をかける。

「あのなエイジェイさん、ツラ合わせ二度目でもう敬語なんか使いやしないけど、――こりゃ一体どういうことだ? あんたが最初から顔見せれば終わってただろこれ……」

「馬鹿、仕事でもないのに俺がわざわざ最初から説明してやる義理はねえ」

「これだ……あんた給料貰ってんだろ」

「教壇に立つ時間だけな」

「よく言うよ。それと、気配を隠して盗み聞きってのは性格が悪くないか?」

「気付かないお前の間抜けが証明されたことの否定はなしか? それに加えてお前、情報屋に情報を売るなって言ってるのと同じじゃねえか」

「性格が悪いことの否定もなしかよ……」

「このくらいでぐだぐだ言うようなら、穴掘りからもう一度始めろって話だ」

「ふん。エイジェイさんは情報提供しなかったのか?」

「ん? ファムのことか? 料金表を出したらずこずこと引き下がったぞ」

「いくらだよ」

「二割引き」

「格安だろ――ああいや」

 ヴェニティに視線を向けるが、そこで止めた。

「値段に釣り合う価値はないってのが、最終判断か。くたばってるって証拠を得るためだけに、どこまでの対価を支払うか一瞬でも考えた時点で負けだな」

「とりあえず、こっちから仕事終了の連絡は入れておいてやるよ」

「そりゃありがたい。追加の仕事があっても拒否しといてくれ、面倒だ。子守は業務内容に入らない」

「聞いたかヴェニティ、深入りすると火傷じゃ済まないから気を付けておけ」

「わかったよ」

「どうだ見ろ、素直に頷いたぜ? 育ちが良いってのはこういうことだ」

「だったら火傷をする前に手を引かせろ、責任者」

「馬鹿やった責任を俺が取るんだ、ぎりぎりのところで〝依頼〟を入れた俺に感謝しろ」

「あんたが仕事を投げたのかよ……!」

 性格が悪すぎるこの男、誰かどうにかしてくれ。たぶんサトリではどうしようもない。

「いや待て――あの人は、じゃあ」

「ん? ああ、俺に依頼を入れておけって指示が、お前と顔を合わせる前日くらいに来てたぜ」

「マジかよ……どんな先見をしてんだ、あの人。場を動かされた感じはない――よな?」

「あいつにとっちゃ、この程度は〝自然〟な流れだ。見てるものが違うんだよ。こいつらとお前がそうであるように、俺もな」

「Holy f**k!」

「悔しさはバネにしろって教わってるだろ」

「いや同じ立場になったら下の連中に同じことをしろって意味だろ、あれ」

「――よし。ラウンジだな、煙草だ」

 行くぜと、どういうわけか同行するかたちで誘われる。最後に一度、視線を投げたが反応もなく、サトリはそのまま部室を後にした。

「ラウンジじゃなくて教室だろ……」

「勤勉だな?」

「〝上手く〟やるには必要なことだ。ま、大した問題にはならない」

「そういうところも〝軍式〟か」

「要領が全て! ――真理だとは思うけど、それを習得するのが難しいって話だろ、ありゃ。実際に戦時中でもなけりゃ、猶更だよ」

「日本も、今じゃ〝そうでもない〟だろ?」

「まあね」

 それが問題なのだ。

 特にこの野雨市は、おかしい。日本中を大きく見渡したところで、今は世界事情もあってか、治安が悪い。今まではどうにか沈静化できていて、表面化しなかった問題が出てきたというか、景気が悪いのではなく、かといって良いのでもない、どっちつかずの状況が引き起こしたのか――複合要因だろうと、そう納得するのが早いか。

 だが、野雨は治安が良い。

 何故か?

 ――まるで、この状況を見越していたかのよう、夜間外出禁止令を作ったからだ。

 もう随分と前の話だ、結果論でしかない。だが、今の野雨においては、命を対価にして動く夜間に、多くの要因が詰め込まれ、安定を作っている。だからこそ、目が行かないのかもしれないが――やはり。

 それでも、だ。

 ざわついている気配は、隠しきれていない。

「言っておくけどな……俺は、けど何もできませんって手合いだからな?」

「そりゃお前、駄目だろ」

「はあ?」

「まあ若い連中がなんとかするだろって、こっちが腕を組んで見守ってやってんだから」

「マジかよ……」

「どっちにしろ命がけだけどな」

「What’s the f――、げふん」

「いやそんくらいのワードなら、軍部じゃごろごろしてるだろうが」

「一応こういう場だから、気を付けてるんだよ。つーかあんた、ミルエナんとこも掛け持ちなんだな」

「調べたのか、まあそうだ。言ったろ、若い連中が遊んでるんだから」

「そんなに歳食ってないだろ……」

「ま、確かにな。けど珍しいな、そんなに感情的だとは思わなかった」

「あー……そうかもな。けど安定はしてる」

「だからこそ珍しいんだ。まあ俺に言わせれば、あの眠り姫が〝母親〟ってのがどうもな」

「――知ってるのか?」

「知らない方がおかしいだろ。ケイオスなんか随分と嫌な顔するぜ? あいつが軍入りする際に書類を用意してやっただけなんだけどな」

「へえ……お袋とは?」

「あいつ結構、軍部には明るいぜ? 俺は直接じゃないにせよ、こっちがやるのは面倒な運びの仕事を投げてる。多少危険でも、潜り抜ける腕はあるしな」

「俺がその手伝いに駆り出されなければな……!」

 それも経験だろ、なんて笑いながら、誰もいないラウンジに入る。

「――、空いてるんだな。大抵は誰かいるのに」

「俺がツラを見せれば、嫌そうな顔もせずにとっとと退散するから気にするな。平気な野郎もいるけどな。……あ、俺このあと、蓄積学科に一単位あったっけ。お前出ろよ代わりに。一日分の給料、プラスアルファやるから」

「できないよ⁉ 俺をなんでも屋だと思ってんなら大間違いだ!」

「いやできるだろ。お前が中学三年で経験したことを、適当に話してりゃ勝手に身に着ける」

「あの、俺一応、これ隠してるからな……?」

「隠すほど大層なもんじゃないだろうに。代役、面白いと思ったんだけどなー、あいつら知識だけで、経験に基づいた〝理屈〟ってやつ、蔑ろにしてるしなー。ところで話は変わるが」

「変えるな。いいかよく聞け、エイジェイさん。脅しのネタが何なのか、俺にもいくつか思い当たることはあるが、それを材料にして俺にやらせようとすんな頼むからマジで」

「さすがに引っかからんか」

「上官の常套手段だろ、それ……」

 話は変わるが、この前あれこれを入手したんだが、これがまた面白い。どういうわけか、あれこれすると、こうなった。しかし俺には不要なものだ、すぐに捨ててやろうかと――なんて話が始まれば、うんと頷くしかなくなるのだ。

「しょうがねえなあ、キジェッチのフリーランスでどうだ」

「酒を勧め――……待てよ。相場を考えても、つーか仕入れルートの構築から考えて…………なあエイジェイさん、何本出せる?」

「おいおい、本気か?」

「三本なら考えてもいい。ただし、二本は〝交渉材料〟として使わせてもらう。面倒ごとに対する保険だ」

「したたかだなあ、おい。面倒な相手への賄賂まで確保しておくって算段か。確かに、気軽には手に入らない代物でもあるか――よし、いいだろう。三本出そう」

「だったら引き受ける。ただし、説明はエイジェイさんからしてくれよ」

「おう」

 だが、このあとエイジェイは姿を消し、なんの説明もなくサトリは一人で教壇に立たされることになった。

 一応の説明をしてから、面倒なので話し始めたが、大きな問題もなくすんなり九十分の授業を終わらせることができた。

 後日、その時の感想が書類の束として送られてきたが、それほど悪い見解は入っていなかったのが救いである。


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