--/--/--:--――円つみれ・隠し事は多い

 煙草をいいかと聞いたら、構わないとの返事があったため懐から取り出せば、箱には血が滲んでいる。その様子を懐かしく感じた己に苦笑して火を点けた。

「なンだ、余裕があるンじゃねェか」

「立てないなら、それで終いだ」

 つみれのいた位置に紫月が座り、振り向かなければ見えないが、そもそも振り向こうとも思わず、白井はぼうっと庭を見ながら返事をした。

「てっきり、無理にでもつみれについて行く言うと思っとったがー」

「つみれが望むのならそうしていた。そうでないのなら余計なお世話だ」

 どちらが気遣ったんだ、と問われれば、おそらくお互いに気遣っていない。つみれは白井が好きに自爆してこうなっているのを理解した上で、だったら次に使えそうな人間を誘おうと思ったのだろうし、白井もそうされることで、なら休もうと素直に思った。その結果が現状だ。

「お前は干渉しねェのか」

「してどうなる。つみれの邪魔をする気はないし――俺は俺で、やりたいこともある」

「どうとでもなるでしょ、白井の場合は」

 仕方ないね、なんて言いながら翔花が苦笑した。

「どないしちゅう、翔花やん」

「今、つみれが調べていることはね、白井が三年前に日本へ来た時に終わらせてることなのよ。もちろん、すべてではないけれど」

「……過大評価か、詰まらん話だ」

「どうかしら。むしろ私たちの評価は、それなりに順当だと思うけれどね。まさか、来日から一ヶ月で野雨全域を徒歩で確認しつつも、学園、鈴ノ宮、旧鷺ノ宮、武術家の配置を地図上で見て意図を読み取った上で、裏の嗅覚があるのか現存の橘がどんな立場かを推測。そこから高ランク狩人が集まってしまっている状況から、事件性の匂いを感じ取って、鷺ノ宮事件から東京事変までの繋がりを予想して、法則の不変性を読み取った挙句、ハジマリの五人にまで――」

「すべて、想像でしかない」

「その想像を、蓮華さんに確認したんでしょ」

「……よく知っているんだな。俺とブルーが逢ったのは、ほとんどの人間が知らないはずだ。暁さんはどうなんだ」

「初耳だなァ。ま、俺としちゃだからどうしたッて話だから、あんまし興味がねェのも事実だぜ」

「うちも驚いてるとこなんじゃけんども、なあ白井、なんでやの」

「何故? 新しい艦を住居にするなら、徹底的に内部を調べるのが一般的だろう」

「そりゃァ度が過ぎてンじゃねェのか」

「んー、実際にはそうでもないの。人の縁が合うように、野雨って因果そのものがもう、芋づる式になっているから、ある特定の条件で踏み込んでしまって疑問を抱けば、そこからだいたいのことはわかる。ただ――放置している疑問も多そうだけど?」

「ああ、それは事実だ」

 たとえば、学園の鐘楼とか。想像はできているけれど、確認をしていない。

「それと言っておくが、俺はつみれを誘導しているつもりはない。嘘を吐かない程度には口を出しているが……それをどうしようと、つみれの判断だ」

「隠し通しているの?」

「聞かれたことがないだけだ」

「ほんでも、蓮華先輩んとこ、一緒に行きたくなかったんじゃねーのけ?」

「それは俺の感情だ、つみれが望むなら行っていた――ん? これはさっき言ったか」

 煙草を一本吸い終わったくらいで、血が止まってきたのを感じる。吸い殻は上着のポケットに入れておき、上半身の服を脱いでから、小さなビンに入った軟膏を傷口に塗る。

「すまんな、見苦しいだろう」

「よくあることだ、気にすンな。自作か?」

「鈴ノ宮での演習後、山で見つけてな――」

 調合した種類を口に出して言うと、いい筋だと暁が笑った。

「詳しいのか?」

「薬学はひづめの得意分野だが、そりゃァ雨天ともなりゃァ劣るわけにゃいかねェよ」

「針の蹄か……」

「お? したらなにけ、茅に接触したんも情報収集の一環――いや時期が違うのん」

「戻ってきたのを知ったから接触したのだから、ある意味では間違いではない」

「どないなんじゃ、翔花やん」

「あはは……ま、裏方の動きではあるね。アブが、てめえが昔辿った道を思い出してるみてえで気に入らねえ、とかぼやいてたけど。そこらへん、ミルエナはどうなの?」

「ミルエナの〝仕事〟の範囲なら、きっちりやっているはずだ。それ以上は知らんが、今を楽しんでいるのに違いはない」

「そういう話、しないんだ」

「しないな」

「これは興味本位なんだけど、ミルエナとどんな会話をしてるの?」

「それは二人の時か」

 そうだと頷かれたので、首だけで後ろを見ると、暁と紫月も面白そうに耳を傾けている。その理由については知らないし、知ろうとも思わないが、退屈をさせていないなら良いかと思う。

 ――こういうところが気遣いなんだろうな。

 そういうことに気付けるようになったのは、さて、誰の影響だろうか。

「基本的には聞き流しているが、そうだな。文字通りの会話という意味合いでなら、つみれの関係が多いのだろう」

「つみれの、どんな話なの。言える範囲で」

「言えないことはほとんどない……。つみれと敵対した時の対応や、今は自分のことで手一杯のつみれが、落ち着いた時にどうするのか、そういったものの準備だな。どうなるかわからんのはこちらも同じだ」

「なんだ、思ったよりちゃんと仲間になってンじゃねェか」

「そうか? ……そうかもしれないな。ミルエナに関しては厄介ごとを押し付けられるから、俺は非常に面倒なんだが、話をしろと要求されることもある」

「たとえば、どんなんがー」

「戦艦に興味がある、と言いだしてな。俺は元海賊だから現行のものも、大戦中のものも知識はある。そもそも戦艦で一括りにするなと、駆逐艦の重要性から巡洋艦を含めた艦隊の配置や運航などを適当に話していたら、今度は日本の軍艦を教えろと言われてな」

「俺はそういう知識、持ってねェなァ……」

「私もあんまり、詳細は知らないかも。戦艦にしたって金剛型と長門型くらいしか」

「航空戦艦まで含めなければ、それもいい。いいんだが……どうもミルエナは駆逐艦、島風をいたく気にったそうでな。模型が出ているんだろうと言われたので、模型屋にでも行って一式買え。あとは勝手にしろと言ったんだが」

 やや渋い顔になりそうだったので、白井は煙草をもう一本取り出す。それでも顔は歪んだが、舌打ちは我慢できた。

「翌日、接着剤とピンセット、ニッパーとヤスリと模型キットを購入してきた。どういうわけか、俺がくるまで待っていたらしく、遅いと文句を言われる始末だ。その上、綺麗にパーツだけ切りとって、ヤスリで丁寧に削り終えたところで、飽きたから組み立てろなんて言いやがって……なんで俺がと言えば、勝手にしろと言われたから勝手にしているんだが? ――だと。お蔭で俺が組み立て屋の真似事をしなくちゃならねえ」

「はははッ、そりゃァ災難だなァ」

「暁さん、笑いごとじゃねえ。部室に行くたびにキットの箱が増えて、作れと催促される。つみれもつみれで、塗料セットまで買ってきて、配色図を作る始末だ。ここは模型部かと、並んだ艦隊を見た連理さんが昨日、言いたい放題言って帰った」

「ほんでも、嫌っておらんのちゃうんか」

「艦隊そのものはな……だから面倒だし厄介なんだ」

「連理だからさんざん馬鹿にしたんでしょうねえ」

「俺は聞き流した。まあいいんだがな……面倒だから、勝手にしろと言った俺も悪い。だからといって真面目に相手をしても、同じ末路だ。翔花さん、いい手があるなら教えてくれ」

「諦める」

「……だろうな。よくよく考えれば、そうやって面倒を押し付けられたのは、二度や三度では済まないような気がする――と、すまん、愚痴になったな」

「いいぜ気にすンな。学生なんてそんなもんだろ。楽しンじまえば、それでいい。俺も……蓮華にはさんざん遊ばれたからなァ」

「学園にいない時は何をしているの?」

 面倒な質問だ、と思う。だから。

「家にいる時か?」

「そうじゃないね」

 この返答で問題のなかったつみれとミルエナは、それほど厄介ではなかったということか。

「今は〝境界線〟を追っている。本人じゃない、その区切りがどこにあるのか――だ。それと橘一族、その分家と少し」

「ふうん。翔花、どうなんだこれは」

「んー、私がそれを知らないって言えば、だいたいわかる?」

「視覚を縫うのが上手いタイプか……どの程度なら把握してンだ」

「少なくともベルは黙認してるし、アブは舌打ちしてたって言ったよね。イヅナあたりになると、つみれがいつ気付くかを考えてるから知ってるだろうし――蓮華さんはもちろんだけど」

「そら当然やわな。けんども、白井と同世代だと、どないなんじゃ」

「鷺花は予想してる」

「予想なァ……あれ、どう考えても翔花の影響だろ」

「私は甘やかしてるだけ。小夜さよは予想半分、確認半分で放置ぎみね。芽衣めいは知らない。兎仔とこはどうだろ……難しいところねえ」

「やるじゃねェか、白井」

「そう言われてもわからん。だいたい、出てきた名前に心当たりがあまりない。俺は人の名前を覚えるのが苦手なんだ……」

「え、なんで。関連付けできないの?」

「顔と一致させている」

「珍し。名前で分類しないで、映像分類なんだ。だから引出す行為そのものも早いし、即座の対応ができるけど、逆に思考が苦手――」

「そうだな。無数の選択肢を目の前で広げられると、選ぶのに時間がかかる。面倒だと流されることは多いし、だからこそ暗殺の技術を仕込まれた」

「逆じゃねェのか、それは」

「どっちもどっち、かな。ただ、これだけは聞いておきたかったんだけど」

「なんだ」

「エンスに捨てられてからの話、いい?」

「ん? ああ、べつに構わんが、それは親父がいなくなってキーア殿に拾われるまでの話か」

「そう。あの頃の白井はもう、スペインの裏じゃほぼ全員が殺しの対象になってたわけでしょ」

「そうだな……泥の掃除をしていた俺は、泥の恨みを買っていたし、同業者からは仕事を奪われて良い顔はされていなかった」

「どうやって生き残ったの。私は戦闘しないから想像だけなんだけど――野雨で言えば、橘と鈴ノ宮を敵に回したくらい厄介な状況でしょうに」

「親父に、生き残れと命令された」

「それで納得できない理由を、ここで並べられたい?」

 問われ、白井は立ち上がって振り向く――差し出されたのはお茶だ。

「命令装置を欲しがるのは、軍部じゃないのよ」

「わかっている……」

 欲しがるのはいつだとて、兵隊の数が少ない末端組織だけだ。

「まァ、だろうぜ」

「そうじゃの。あれけ、ペンチ持ってこい言われても、ニッパー持ってこん馬鹿だのん」

「そうだな」

 実際に海賊にいた頃の白井は、邪魔者扱いだった。言えば応えるがそれだけで、以上を覚えることがない。気が利かない代名詞でもあって、よく怒鳴られていたのだが、白井にとってはそれも右から左へ流していた。

 だからこその、装置だ。

 今のように物事をよく考えようともせず、気遣いもせず、それこそ路傍の石のように、ただ存在していた。

 翔花は、そんな存在が、生き残れなんて曖昧な命令を受けただけで、あの過酷な状況から生き延びたなんてことは信じない。何しろその頃の白井は、戦術の一つですら知らなかったのだから。

 そして、日本にきた白井は、きちんと己で思考して野雨を歩いている――ならば、そこに契機があったはず。

「というあたりまでは、読み取れているはずだが」

「その通り。けれど、それ以上はわからない。話したことはある?」

「聞かれたことがないからな……俺が隠しているわけじゃない」

「でしょうね。そういうところ、無頓着だし」

「隠さなくていいと言ったのはあいつだ――それを上手く利用して、隠したいところは隠しているんだろう」

「誰に逢った? その誰かは、きちんと助言をしたんでしょ」

「ああ――」

 隠していないのは事実。そして、そこまでわかっていての問いならば、応えよう。

 何故ならば白井は、覚えているのだ。顔も、そして名前も。

「エルムレス・エリュシオン」

 そんな名前の、白色の男だ。


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