--/--/--:--――円つみれ・装置ではなく駒

 それなりに、長い話をした。

 周囲の空気は流れているのに、明らかに停滞しているようなのは術式らしく、特に姿を隠すような効能はないものの過ごしやすい。火にあたっていればフードを外しても問題なく、むしろ心地よくさえ思えた。

 あれこれと深く追求はしてこなかったが、ところどころで相槌を入れ、話を促すあたり、会話には慣れているようだ。そして、もちろん初対面であり警戒もあったのだが――どちらかというと、年長者の余裕のようなものを感じて、まるで狼と呼ばれて忌避されている存在とは思えなくなるほどに、良い相手だと確信を得るほどだった。一応、並んで座っているものの、スティークの近くに白井がいるため、警戒はしているのだけれど。

 それにしても、だ。

「こうして話してみると、あたしらって出逢ってまだ一ヶ月経ってないんだね」

「そうだな……俺も少し驚いている」

 出逢いから前件までを話し終えての感想がそれだ。スティークは串に刺して焼いた肉を、二人に渡す。

「私に言わせれば、よくあのミルエナがとは思うわよ。尻尾を掴まされたのは癪だけど――まあ、それなりに納得ね。つみれは、あの円なんでしょう?」

「あーうん、そう。一応、完成したとかほかの人は言ってたけど」

「なるほどねえ。円と潦を合わせるなとは言うけれど、むしろ私と合わせるなって感じかしら。それでも犬猿の仲ってわけでもないか」

「え? なにが?」

「さてね。おっと、安心しなよ。その肉は街で買ったものだ。ほかの細かいものは、戦場で奪ったものもあるけれどね。私は普段からサバイバルをするほど不器用じゃないのよ」

「ありがと。それにしても――スティークさんは、狼なんて呼ばれてるんだよね」

「おかしいかい?」

「わからない、が近いかな。立場としての意味合いもあるだろうし、通称が必要なくらいに名前が隠されているのも事実。――あるいは、本当に狼となにか関係があるとか」

「そこらへん、サギは何も言ってなかったのね?」

「鷺花さんはなんも」

「だろうねえ。それより話の続きだ、どうやってこの居場所を突き止めた?」

「ケイオスさんが持ってる、出没情報を見て」

「ああ、まあそのくらいはね。それで?」

「ミュウが三箇所くらい候補を出した中で、ここだって言うから」

「へえ?」

「……直感だ。おそらくな。スティーク、こちらから一ついいか?」

「なんだい」

「俺のことを知っているのか」

「知っているよスーレイ、陸に上がってからは私も一度見ている。といっても、気付かれるような下手は打ってないし、にわたずみ――あの頃はガーヴか、あいつにも悟られてはいないよ。それほど落ちぶれちゃいない」

「……俺とあいつがやり合った時は、まだ海に居た」

「違うね、海を拠点にしていても陸に上がったじゃないか。そして、それは契機だろう? 実感はないかもしれないけれどね。もっとも、私は軍関係に詳しい人種だ、そちらの関係がなければ知らなかったわよ」

「じゃあそういう縁もあったってことかあ」

「なんだつみれ、縁を合わせたのかしら」

「受け売り。意図して縁を合わせることなんて、できるとは思えないんだけど」

「できるわよ――と、私は難しいけれど」

 つみれの中に心当たりはなかったけれど、スティークは苦苦しい顔をしている。もちろん、それが蒼凰蓮華であったり、鷺城鷺花であることはわからない。

「スティークさんは、楽園と関係があるんだよね?」

「それは確信?」

「むう……いやね、周りからこう囲まれてる気がして」

「そもそも楽園が何か知ってるのかしら」

「円としての記録を口にすれば、ある因果を背負った人間が集まっている場所――とあるけれど、それは私の考えとは別のところ。だから、知らないと答えるしかない」

「ああ、そう、円の肉体改造がどんなものかの詳細は調べてないけれど、つみれはそう受け取っているのね。ふうん、そういう分野はどうも苦手よね。そうよ、私は楽園に住んでいる。もっとも、随分と帰ってないけれど」

「なんか規模が違い過ぎて、想像も追いつかないんだけど、なんでそんな人がミルエナに力を――躰を貸してるの?」

「そんな人って、べつに大したことじゃないのよ。私たちは長い時間をただ生きているだけで、使い方はそれぞれだもの。私なんて遊んでるようなものよ。そして、理由については……まあ、あのキサラギの残りであることと、退屈しのぎね」

「戦闘をするとわかるって聞いてるんだけど」

「わかるわよ。それがどれほど遠くても、気付く。強制力は本来ないのだけれど、一応は約束だから、ミルエナは私に逢わなくてはならない。逢って、私の退屈を紛らわすために世間話をして、あるいは近況を聞いて、それで終いよ」

 ミルエナにとっては大変な労力であっても、スティークにとっては楽しみの一つでしかない。なるほど、時間の感覚がそもそも違うのか。

「――その約束、変更することはできないかな」

「へえ、私とミルエナの約束に口出しをするのね?」

「これから先」

 あえて、否定はしなかった。ただそのまま言葉を続ける。

「ミルエナは、今以上を望むかもしれない。もちろん、あたしのことじゃなく、ミルエナのことだから確証はないの。でも、以上を――進歩を、成長を望むのなら、ミルエナは己の生き方である、自身を変えることを、停止させないといけない。戦闘であっても、誰かに変わってその場を凌ぐのではなく、借り物であっても、今の自身を〝使う〟のではなく、〝在る〟ことを認めなくては、進めない」

「どうしてそこまで気にするのよ」

「ミルエナは仲間だから」

 しばらく視線を合わせていたが、ふいにスティークは手元の袋から水を取り出し、白井に渡した。それはそのまま、つみれへ渡る。

「それは、希望よね」

「――うん。あたしが、ミルエナに望んでいること。もちろん、その前にあたしらが追いつくって前提だけど」

「追いつく? 私から見れば、逆よ。ねえスーレイ」

「ああ……まあ、そうだな」

「あんたも丸くなったわよね」

「そうか? 忘れたことはないが」

「っていうか、ミュウってそんなに凄いの? あたし、実際に見たことないから何とも言えないんだけど、昔のミュウは殺人装置……とか言われてたんだよね」

「そうだが」

「簡単に、ざっくりと言えば、命令を順守するべき兵隊で、私が知っている限りの優秀な人材であったところで、昔のスーレイには敵わないわよ。オーダーがシンプルなら、尚更ね」

「凄いじゃん」

「……どうだかな。つみれ、しばらく任せる。自転車を拾ってくる」

「お願いね」

 フードを目深にかぶって夜の闇に消える白井は周囲の警戒も怠っていないが、特になにも言わなかった。

「なんだろ、変なこと言ったかなあ……」

「――君は自覚していないのね。さすがに驚いたわ」

「え、なにが?」

「そんなスーレイが、つみれには勝てないと思っていることよ」

「……へ? いや、でもそれは、そもそも分野が違うっていうか。あたし、不満に思ったことなんて、ないけど」

「彼にとっては不満なんだろうさ。もっとも、君だとてその術式を完全に使いこなせてはいないようだけれどね」

「わかるの?」

「厳密には、わからない。私と君は正反対だ、腹の探り合いそのものが無駄になるようなものよ。とりあえずミルエナの件は、直接本人と話して決める。これでいい?」

「うん、スティークさんが逢って話すつもりだったんなら、あたしが余計なことを言うつもりはないし」

「つもりとは、どういう意味よ」

「だってミルエナと繋がりがある以上、近づけばわかる。それって、逢うも逢わないもスティークさんの自由ってことでしょ? 仕組みとしてはフェアじゃない――というか、むしろスティークさんとしては今の状況みたいに、ミルエナが誰かと行動を共にすることを望んでいたのかな、とも思う」

「どうかしらね。どちらにせよ、君たちは私を見つけた。それはミルエナの仕事でもある。二言はないわよ、ちゃんと逢う」

「そうしたげて。じゃあこっちも先に、鷺花さんの伝言を」

「ん……本当はそれ聞くの、ちょっと勇気がいるのよ。どうせまた無理難題なんでしょ。こっちを理解した上で、徹底的に否定するような口調、変わってないだろうしね」

「そうかなあ、まだあたしはやられたことないから。いい?」

「聞くよ、ああ聞くしかないさ。サギにゃ頭が上がらなくてね、なんだい?」

「えっとね、――フォセを掴まえておけ。これだけ、一言一句間違いなく」

「……あの子はまた、面倒なことを」

 肉を食べながら、頭を掻くスティークは困り顔だ。ミルエナと同じ顔でも、浮かぶ表情はまったく違う。つまり、ミルエナは肉体を借りてはいるけれど、スティークの仕草まで真似をしていない、ということだ。

 契約なのか、約束なのか、それともミルエナの選択か。

「いいかな」

「なんだい?」

「フォセ・ティセ・ティセンさんのことだよね? 以前は魔術師協会の受付をしていた人。――って、あたしの知識はここまでなんだけど」

「へえ……さすがは円と言いたいところだけど、あまりにも都合が良すぎるな。私のことも少なからず知っているみたいだし、まさかサギが口を割ったとは思えない」

「あー……あたしの中にある知識なんだけど、これ、円に協力した誰かが教えたみたいな結論は一応出てる。でも、あたしはそれが誰か知らないし――あ、鷺花さんは知ってるみたいだけど」

「まさか記憶結晶だなんて言うつもりはないだろうね」

「ん? あー、情報を仕入れた日の夢で、その仔細を得ることはある」

「――」

 ぽつりと、呟いたのを間違いなく、つみれは聞いた。

 ――原初に関わってんのか。

 間違いなく、そう、スティークは言った。

「原初……?」

 スティークは答えない。ただ。

「納得だよ、無自覚とはいえ君はもうこちら側に居る。いや、己で得たものではないにせよ、地に足をつけてしまっているのね。私があっさり掴まるのも頷ける話よ」

「……? よく、わからないけど」

「私がおいそれと口にできる問題じゃないのよ」

「そっか、ならいいや。……よくはないけど、聞かないことにする。でさ、スティークさんも魔術師だよね?」

「まあそうね」

「ちょっと相談していいかな」

「相談? 私に? まあいいけれど、聞くだけなら。答えられるとは思わないでよ。何しろ、サギには駄目出しばかりされているからね」

「鷺花さんが凄いってのは知ってるけど……これ、経験談なんだけどさ」

 それは、なんというか、困った問題だった。

「魔術書を読んだの」

「なんの?」

「えっと……これ言っていいのかなあ。鷺花さんの関わりだし、いいか。式情饗次術式の魔術書なんだけど」

「ああ、ジャックの」

「ジャック? ――あ、著者のジェイ・アーク・キースレイのこと?」

「そうよ、一応の知り合い」

「もしかして健在?」

「訃報は聞いてないわよ。どこで何をしているのかは――知らないってことにしておきましょ。それで?」

「まったく読めなかった」

「あらそう」

 それは、そもそも適性がないんだろう――なんて当たり前の思考をしてから、すぐにスティークは眉根を寄せた。

 適性の問題だけならば、つみれ以上の適任はいないだろうし、読めることを前提で鷺花もつみれに渡ったことを認めたのだろうことは頷ける。その上で読めないとは、いったいどういう理由があって、原因があるのだろうか。

「わけわかんないんだよね、そこんとこが」

「魔術書は手にしたのよね」

「うん。キースレイさんって、かなり高名の魔術師なのかな――封印式に含有される選別式の整合性が綺麗すぎて眩暈がしたよ。五十二パターンある解読レベルの積み重ねが、まるっきり無駄がないように見えるのに、遊びが混ざってて意地悪で」

「――ちょっと待って」

「え、あ、うん……」

「あんた、読めないのよね」

「まったく」

「でも、魔術書そのものに仕込まれた〝癖〟を読み解くことはできた」

「癖なの、あれ。どっちかっていうと、手順みたいに感じてはいたけど」

 どれも基本的には、著者が読み返す時のために行う封印式に近い。けれど、著者が読み返すたびに封印を解除するのは手間であるため、ある特定の性質を持つ人間にならば、大した労力なく読み解けるようにするのが一般的で、キースレイも同様の手段を使っていた。

 その仕組みがわかるのは、本当の意味で魔術書を読み解けた場合のみだ。つまり、最初からそれがわかるのだったら、内容は熟知していると言っても過言ではない。しかし、そうであってもだ、現実としてつみれはわかっていない。

「特質した項目よりもむしろ、自覚がないんだって落としどころが自然な気がするわよね」

「え?」

「べつに、なんでもないわよ。ただ――初見の時、なにか術式を発動していたでしょう?」

「……でも、だったら、いや、でもあれは術式じゃない――はず」

 確かに、空間が停止したかのような錯覚はあった。けれどあれは術式の行使などではなく、脳に高負荷をかけた時に訪れる高速思考の弊害だ。いわゆるオーバーレブ現象に近いもので、思考速度と現在の時間速度がかみ合わない状況だとつみれは結論を下している。

 つまり、危機的な状況に陥った人間が、周囲の景色をスローに感じるのと同様だ。

「あたしはまだ術式を使う自覚がないの。使えるとも、使ったとも、そんなことを感じたことはない――あ、一度だけ、鷺花さんにあたしの〝内部〟を走査された時に」

「鷺花の術式の反応した!? あんたそれ……」

「あ、いや、たぶん意識的なものじゃないし」

「自動で? 馬鹿な、察知しただけならまだしも……」

 それがどれほどありえないことなのか、ぶつぶつと呟きながら俯いてしまったスティークの反応に首を傾げていると、白井の姿が見えたため、軽く手を振った。

 白の自転車は引きずり、つみれが使っていた赤の自転車は肩に乗せるよう近づいてきて、火の明りで見える位置に倒して置いた。

「話は弾んでいるか?」

「どうだろ」

「――いいや、楽しめているわよ、ちゃんと」

「だったら食料を少しくれ、運動したら腹が減った」

「楽しませた対価ってか? まいいさ、好きに食べなよ。料金はミルエナにツケておくさ」

「そうしてくれ」

「良い自転車ね。足に使ったの?」

「ああ、足跡を消すのが面倒だったから、比較的安全な手段を選んだ結果だ」

 それよりもと、再び腰を下ろした白井は水を受け取りながら言う。

「下で少尉殿から連絡があった。説明が面倒だったから知らんと答えておいたが、つみれから連絡してくれ」

「え? ミルエナから? ……ああ、術式の影響で電波障害がちょっと起きてるんだ。じゃあちょっとくだって、連絡してくる」

「だったら、ホテルで待っていろと伝えておきなよ。明日の朝には逢えるから」

「らーじゃ」

 入れ替わるように去るつみれを見送ることもせず、素直だなと白井は呟いた。

「どういう意味よ」

「お前は少尉殿に逢いたくはないと、そう思っていた」

「少尉殿、ねえ」

「あいつがそう呼べと言った、それで染みついているだけだ」

「へえ……けれど、私が逢いたくないって?」

「手元を離れが子供の面倒をいつまでも見ているのは、子供のためじゃなく親の傲慢だ。そんなことを知らないとは思えない」

「……そうね、そう見えるかしら」

「お前たちの事情は知らん。正直、――どうでもいい。少尉殿の意志を聞いた覚えも、確認した記憶もないからな」

「ふん、そんなものか。しかし、だからこそ興味がある。スーレイは一体どうして、つみれと一緒にいるのよ」

「……おかしいか?」

「そんなことは、正直どうでもいいわよ。ただ気になってはいる」

「それは、俺みたいな殺人装置が似合わないと、そういうこと……でも、ないんだな。よくわからん」

「わからなくてもいいさ、話せないのかしら」

「基本的には、さっき話した通りだ。今の俺は……どうだろうな。ただ、つみれに使われることを喜ばしく思っているだけかもしれん」

「だったらもしも、つみれに捨てられたら、あんたはどうする?」

「捨てる? つみれが? それが、つみれの死ならば抵抗するが、そうではなく見捨てるのならば、成長して見返してやるくらいの気概はある」

「捨て駒にするのなら?」

「昔の俺に戻るだけだ」

「命令装置として信頼してるって解釈で構わない?」

「いや、装置としての信頼も信用もない。拒絶はしないが、それだけのことだ。ついでに言えば、以前の暮らしと比較すれば随分と楽しめている」

「悔しさはないのか」

「情けないとは思っている。ただ……お前はどうだろうな」

「ん? 私が、なに?」

「現状では少なくとも、つみれがスティークを手玉にとれるかどうかがわからん」

「へえ……面白い判断基準ね。それも勘?」

「そこはよくわかっていない」

「じゃあたとえば、最近逢った人物で、つみれが――こういう言い方を敢えてするけれど、勝てると思えた人物は誰?」

 最近、と問われてすぐに顔は浮かんだが、名前を思い出すのに若干の時間が必要だった。名前を覚えるのは、やはり苦手だ。

「確か、佐々咲七八と名乗っていた」

「ははは! なるほどねえ、そりゃ面白い。面白いが……私が攻撃的な人物だったら、どうするつもりだったんだ?」

「その危惧はつみれも俺も、まだ持っている。だからこうして、一人ずつになって様子を窺いながら、対応しているんだろう。――少尉殿がどうかは、知らんが」

 お互いにそんな作戦を立案したわけではない。ただ状況の流れを利用して、自然と行動したに過ぎないし、その間に何かあっても、逃げる、ないし合流することは可能なレベルでの警戒はしていた。そして、それが気付かれることも前提だ。

「だから、荒事にはして欲しくない。――面倒だ」

「安心しなよ、ガキの割にあんたたちは、なかなかやる。私だって各個撃破を考えるくらいだ、揃っている時に野暮は真似はしないし、どこまで成長するのか見てみたくもなるのよ」

「そんなものか」

 手渡された野菜を、あたかも兎のように食べているとつみれが戻ってきた。

「あー……」

「どうした、少尉殿がゴネたか?」

「なんでそんなにあっさり見つけられたんだと、変な愚痴が始まったからホテルの従業員にチップをはずんで、トイレ掃除でもやっとけって怒鳴ってやった。まったくもう……」

「ははは、やっていると思う?」

「賭けてもいい」

「賭けにはなんない。やってるに決まってんじゃん」

「わかった、わかった、私が確認しといてやるさ」

「あ、野菜だ。あたしにもちょうだい。――さっき思い出したんだけど、これケイオスさんに聞き忘れてた。スティークさん、今米軍がゴタついてるの知ってるよね? あたしらがあぶり出したんだけど」

「さっき、一連の流れを聞いたわよ」

「うん。――で、誰が動いて潰したのか、知ってるんじゃないかなーって」

「知ってどうするのよ」

「んー……目標にする、かな。こっからは予想だけど、いい?」

「聞かせてもらおうかしら」

「話を聞いた限りでの総合的な判断を下せば、事態が発覚してから――たぶん、ミュウが捕まってから駒が動いた。移動力は鈴ノ宮、行動力は立場、結果は実力となると、それなりに数も絞られる。で、〝見えざる干渉〟の残党が関わっていたなら必然的に〝槍〟も動くことになるでしょ。まあ似たような関係で芽衣さんを引っ張ったのはあたしだし……」

「結論が出ているのなら、先に聞かせてよ」

「――潦兎仔とこ

「どうして?」

「日本へ戻ったのを確認してるから。槍に所属……っていうか、鷺花さんの訓練を受けていたってのは、ベルさんから聞いてたし」

「またあんたは、そういう大物を……」

 苦苦しげな表情を作ったスティークを見て、きょとんとつみれは目を丸くする。白井はいつも通り、まったく気にしていなかった。

「いい人だよ?」

「ああ、はいはい、そうね」

「なによう……で、どうなの」

「私が確認した情報じゃ、あの小娘がやったんだろうねえ。つまり当たりなのだけれど、根拠としては薄いわよね」

「だから、推察……と、確認。縁が合うものなら――必然的に、関係のある人が派遣されるだろうってね。あとは、どういう縁が合っていたのか手繰り寄せるだけ。ミルエナと会話しながらもできたし」

「ふうん」

 頭の回転が速いのはとっくに理解している。記憶――いや、記録を大量に保管しているのもわかった。

 けれど、まだスティークはわかっていない。つみれが術式を使っていない理由に関してだ。

 〝内王〟と〝外王アウターロード〟の関係は、犬猿の仲ではない。確かに正反対ではあるが、むしろ外王は内世界干渉系しか使えないため、内王の存在が間近にあったところで気付くことが難しい。逆に、内王は外世界干渉系に適しているため、相手の存在そのものに触れる術式を使えば、すぐにわかる。

 対応されるか、されないかが問題なのではない。ただ特性の性質上、正反対であるが故に、わかってしまうのだ。理屈ではなく、おそらく感情面で。何しろ、外王の特性を持つ人間に逢うのは――三度目、だ。

「ここまで厄介じゃなかったけれどね……」

「え、なに」

「なんでもないわよ。次、鶏肉ね」

「わーい」

「……それはいいが、聞いていいかスティーク。そもそも、どうして狼などと呼ばれているんだ?」

「群れからはぐれた狂った狼じゃ不満?」

「む……質問の仕方が悪かった。あんたのレベルなら、噂を流布されるような下手を打つとは思えない。どうして、そんなことになったのか、知りたかった」

「え? そりゃ下手を打ったんでしょ」

「そうなのか?」

「たぶん。いつかは知らないけど、それが尾を引いてる感じがあるし――あとは、知り合いに面倒なのがいるとか。違う?」

 違わないけれど、正解とも言えない微妙な感覚に、まあねとスティークは言葉を返した。

「先に言っておくけれど、ジークスが台頭してきたのは、裏から手を回したどっかの誰かが、私に休暇を与えてくれたのよ」

「やっぱり」

「つみれの予想は当たっていた、ということか。その後の流れは自然に、か……」

「正直に言えば、ゴーストバレットの存在は目を疑ったわよ? それって、私の代わりが現れたようなものだもの。しかも単独ともなれば興味を惹かれる」

「そのついでで、俺を見つけたんだな」

「そういうこと。――さて、面倒なのが来るのよ、今日はここまで。次が逢ったらまたにしましょ。それまでに、質問は箇条書きで揃えておきな」

「らーじゃ。その面倒なのには、もちろんお仕置きしてくんだね?」

「死ぬか生きるかは錬度次第ってことよ」

 立ち上がるスティークに対し、つみれも立ち上がって握手を求める。白井は座ったまま鶏肉を食べていた。

「食料はこのまま置いていくから、一晩過ごすくらいはどうとでもなるわよ。人里に戻って宿を探すよりは、よっぽど気楽ね」

「あんがと」

 直後、静穏運行から実稼働へ変更した輸送ヘリが、けたたましい音を立てて出現した。強い風が吹き付ける、開いたハッチには狙撃銃を構えた男が視認できた。

 直後、三歩の助走をつけたつみれは、その内部へと軽い動作で入り込んだ。

 何が起きたのかわからず、狙撃銃を構えた男は一瞬の思考の空白に落ちて行動停止、その間にひょいとつみれは狙撃銃を奪い取る。肩に提げるための紐もなければ、ボルトで固定する対物狙撃銃でもない――そんなことを考えながら中を見ると、ぽかんと口をあけた知った顔があった。

「あれ、ケイオスさんじゃん。迎えに来たにしては物騒だな――」

 五秒を費やして言葉を放てば、一切の音が消失した。何が起きたのか、なんて考えるまでもない。邪魔をしたヘリのローターを術式によって停止させたのだ。飛行能力の一切を奪ったのである。

「墜落かあ。――がんばれ!」

 いい笑顔で親指を立てた拳をケイオスへ向けたつみれは、落下をしようとするヘリから後ろ向きに飛び下り、空いていた左手を上へ突き出せば、それを握る白井の手がある。上を向けば、もう片方の手には鶏肉がついた串があった――なんだろうこれは。どっちも大事というやつか。

「いつまで繋いでいればいい」

「あーはいはい」

 背中側にある壁を蹴って後方宙返りの要領で、白井が引っ張り上げる力も利用して着地すれば、火が小さくなってしまっていた。周囲にはまだ木が残っていたのでそれを投げ入れ、展開されていた術式とスティークの姿がないことに苦笑する。

「見えた?」

「ヘリが上がってきた時にはもう、そこから落ちていた。俺が見えたのはその頭だけだ――む、墜落した音だ」

「みたいね。けど、ケイオスさんが乗ってたから、現地警察が動くことはないでしょ」

「なんだ……結局、賭けには乗ったのか、あいつ」

「あ、これ奪っちゃったけど」

「ん……スカウト? ステアーか。昔よりも精度は上がってると、それなりに評判がいいらしいが、兄貴が使っていたな」

 隣に腰を下ろしたつみれは、ふうと吐息を落とす。やはり緊張していたらしく、肩がだいぶ凝っていた。

「やっぱり癖は違う?」

「癖というより、性能だ」

「ん? それ違うの?」

「違う。作っている会社の理念や構造が性能に直結する。その性能が、使う側の相性によって選択を得られる。使い続けることで整備をしていくうちに、癖がつく」

 相変わらず端的に説明してくれるので理解が早くて済む。それでも、性能が良ければ弾は当たるが相性によっては使いにくくなる、とのことだ。

「ってことは、使えないってわけじゃないんだ」

「どうだろうな。状況に応じては使えない、と口にすることもある。俺の場合はそもそも共感の術式が前提になるから、なんとも言えんが、使わなかったところで同じだろう」

「つまり、愛着があって馴染み深いものほど、使いやすいってことかあ」

「そういうことだ。あとでケイオスに連絡しておけ、所持者が泣き出す前にな」

 薬室の内部にあった弾丸を抜き、新しく装填した白井は座ったままの姿勢で照準器を覗き込み、それからすぐに安全装置をかけた。どうやら、それなりに使いこまれているものらしい。

「ま、それは後にしておくとしても、どうだった」

「……そうだな、妙な術式反応があったのはわかったが、それ以上はなにも。始終落ち着いていたが、俺たちに対する警戒も残していたところを見るに、格下だからといって油断するようなタイプじゃない」

「付け入る隙はなかった?」

「今の俺では遊ばれるのがせいぜいだ。本気で、あいつが敵対意志を見せなくてほっとしている」

「だよねえ。何かを掴んでいる感じがあったけど、それがなんなのかはわかんなかったし、あたしが対応できるレベルかどうかも隠されてた感じ」

「化け物だらけだな、この世は」

「あー、まあ確かに現実として、化け物だよね、スティークさんの辺りになるとさ」

「どうなんだ、つみれ」

「なにが?」

「――あのレベルを相手にする、いや、挑むか?」

 視線を向けられて問われ、つみれはそれを受け止めながらも、苦笑に似た表情で軽く頭を掻いた。

「ごめん。それについてはまだ、返答できないなあ」

「なら、近く答えを出しておいてくれ」

「参考までに。ミュウはどうなの? あたしの意志を気にしてくれるのは嬉しいんだけど」

 決まってる。

 どうであれ、そんなことは、当然のように、白井の中にあった。

「――挑む」

「……」

「できれば、つみれが望んだその時に、対応できるだけの駒になっておきたいものだ」

 使われることへの喜びがあるわけではない。つみれに言わせれば、単に上手く使ってくれる人が傍にいる状況に対し甘んじているだけでしかないのだろうが、それがどうであれ。

 挑める力を持たずに、挑む状況に陥ったのならば、駒としては失格だ。装置としても無駄になる。

 白井は、それを己に許してはいなかった。


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