--/--/--:--――円つみれ・スティーク
移動には車を使わず、自転車にした。つみれは乗ったことがなかったのだけれど、コツさえわかってしまえばそう難しいことはない。なにしろつみれ自身が運動を嫌っていなかったからだ。
レンタルでは足がつくし、無事に返せるとは限らない。そして、スペインはほぼ全域において自転車が盛んらしく、店を発見するのは簡単であったし、そこで白井が金を出して――金自体は部費だ――二台購入、おおよそ三十キロ前後の速度で先頭交代を行いつつ、方位磁石を片手にして意見を交わしながら向かっていた。
「人と逢うことは、縁を合わせることだって」
広い道を、それなりに余裕をもって走りながらも、お互いに軽い会話を交わす。心拍はそれほど上がっていない、つまり楽な運動だろう。もちろん登りになれば辛いし、呼吸も荒くなるのだが、平坦では楽なものだ。白井が先頭にいる時間が長く、風避けになってくれているのも配慮なのだろう。
「これ、蓮華さんの受け売りなんだけどさ――」
このことを知っていての助言だったのかは定かではない。つみれも、覚えてはいたのだけれど詳しく聴いたわけでもなし、どちらかといえば思いだしながらも再確認しているのが現状だ。
「なんていうのかな、誰かに逢おうと望むなら、その人物を知っている人や、接触したことのある人を、できるだけ多く探して見つけて、知り合いになっておくんだって」
「……そうなのか?」
「そうらしいんだけど」
「よくわからんな、もう少しわかりやすく説明してくれ」
「んー、これはあたしの見解なんだけど、縁って糸みたいなものだと仮定する」
「ああ」
「その糸にも太さがあって――やっぱり長い時間を過ごしたり、相手のことを理解したりしてれば、糸は太くなる。これは相手の行動がわかるとか、予想できるとか、そんなのね。もちろん時間だけじゃないとは思うんだけど」
「それはあれか、あの人ならば今頃はあそこで何かしてるだろう、みたいなことか」
「そうそう。まあ理由はいろいろだと思う。で、対象の人物と糸を繋げたいなら、どうするって話なのよ」
「それなら簡単だ。糸が繋がっている相手と知り合えばいい」
「そういうこと。で、細い糸が一本じゃ心許ないから――」
細くてもいいから、できるだけ多く糸を繋げておけばいいのかと言った白井は、なるほどと繋げた。
「わかりやすいな、それは。しかし、現状ではどうにもならんだろう。少尉殿の繋がりがせいぜいだ」
「んー……そうでもないんだよね。ほら、鷺花さんがいるじゃん」
「鷺城が?」
「伝言を請け負った以上、そういう繋がりが鷺花さんにはあるってことでしょ? これ、重要だと思うんだよね。あとは、もしかしたら蓮華さんもだけど」
「つまり――発見できる可能性が高いと?」
「公算だけはねー、ある程度は。外れてもミルエナが合流するまでは、何度でもアタックできるし」
「……そういえばそうだな」
「あ、忘れてたでしょ」
「まったく意識していなかった」
「にゃはは、酷いねえ。――ただ、ケイオスさんでも見つけられてないってのはね」
「見つけようとしていない、のではないか?」
「あの人の性格からして、それはない。片手間であってもね」
どうだった、と問うと、白井は厄介な手合いだとため息を落とした。
「正直、手の内がまったく読めん。何度か探りを入れたが、すべて受け流された」
「対応もされなかった、か。あたしの思考に関しても、べつに驚いてなかったし、あんな態度だったけど納得済みみたいなところあった」
「経験、技術、知識――ああ、そうだつみれ、槍とはなんだ?」
「楽園の槍のほうよね、それ」
「そうだ」
「これはあたしの知識ね? 世界最高峰……というよりも、むしろ彼しか存在しないんだけど、便宜的に最高峰とされる魔術師、あらゆる術式を扱える〝魔術〟の特性を持つ存在、エルムレス・エリュシオンが個人的に持ってる部隊を、槍って呼称してるの。楽園って言われている集まり……あるいは場所、その辺りの知識はあんまりなくて、不確定情報なんだけど」
「最高峰、か……」
「うん。槍が何をしているのかも、よくわかってない。ただ存在自体は確かなもので――ミュウはサーベルとか、アフリカの牙とか呼ばれてる部隊、知ってる?」
「ああ、それは聞いたことがある。暴れた場所に大きな爪のようなマーキングを残すことで有名な、その結果だけを指す場合が多くある部隊のことだろう」
「それもねー、どうも楽園の槍の一部みたいなんだよね」
「……大きいのか?」
「ううん、むしろ少数精鋭。あるいは育成も考えてるかも。不透明な部分も大きいんだけどさ」
「つみれ、一ついいか。――その槍、ないし楽園とやらと、スティークが繋がっている可能性は?」
「やっぱ気付くかあ……だよねえ、そういうとこミュウは外さないもんね。うん、それも考えてる。鈴ノ宮が日本の空港になっているのも事実だし、楽園との繋がりがどうなってんのか知らないけど、あるとは思う。そこを含めて、ケイオスさんがあれでしょ? となれば、敵対にせよなんにせよ、関係性はあると思うんだよね」
「前回もそうだったが、妙に話がデカくなるな……」
「あーうん、あたしもそれ感じてた。なんでだろーね」
とはいえ、おそらくミルエナの影響が大きいことくらいはつみれも白井もわかっている。何しろ仲間内で、唯一立場を持っていた人間なのだから。
「なんか最近、自然と仲間って言葉を使ってる気がする」
「俺たちのことか? ……俺は、身内と仲間と、どちらか迷うこともあるが」
「それなりに馴染んでるってことかあ」
「つみれ、聞きたいことがある」
「うん?」
するりとペースダウンした白井が今度は後ろに回る。だからつみれはペースを作り、ちょっとした登りでは腰を上げてダンシングへ。
「そもそも、共感と理解にはどのような違いがあるんだ?」
「んー、もしかしてさっきの地図見たのとかを、共感の術式の可能性として捉えてる?」
「そうだ、話が早くて助かる。今の俺は俯瞰することで、気になった部分を指摘しているに過ぎないのだが……」
「確かにね。んー……共感と理解は繋がっているものだけれど、前提として、共感はわからなくてもいいと思う」
「わからなくても構わない?」
「そう。人が相手の場合、行動が似てたりすると共感するわけ。あ、なんか自分の中にも似たようなものがあるなーって。けどそれってさ、結局はわかったつもりになってるだけで、本質的な部分の類似を見抜いてるわけでもないでしょ。いや、そもそも類似性じゃないのかな。共通点というか」
「よくわからんが……同一の括り、ということか?」
「それもちょっと違うけど、そうなのかなあ。ん? 待てよ、むしろ本質に関してだけわかっているからこそ、かな? 仕組みそのものがわかることを理解と呼ぶなら、むしろ効果だけを見て類似性のある比較対象があるからこその共感? ディスプレイは表示させるものだけど、電子レンジだって同じ電気を使っているから同一、みたいな?」
「……更にわからなくなったな」
「んじゃ、ジェイルさんに対して共感できる部分ってない?」
「キーア殿に……? そうだな、納得できるところはある」
「納得――あ、そっか。もしかして、んとね、あたしの見解であることはわかってると思うけど念押し。もしかしたら、理解できる部分に対して納得が訪れたのならば、それが共感なのかもしれない」
「であれば、それは理解できない部分に対して納得できたのならば?」
「んんー、何が理解できているのかって問題にならないかな、それ」
「む……」
難しいなと白井がつぶやき、そうだねーとつみれは軽い声で応える。おそらく白井の術式の本質であることだ、そう簡単に解決するとは思っていない。今のつみれだとて、せいぜいアドバイスができる程度のものだ。
「しっかし、コートが邪魔だねー」
「ああ」
仕方ないとはいえ、寒さ対策も兼ねて厚手のフードつきのコートを着ながらの運転である。風を受ける面積も多い上、何よりも動きにくい。
「耐寒用の自転車用ジャージなどもあるにはあるんだが、一式そろえて着替えるとなると、移動には適したものになるものの、目的を違えるはめになりかねん」
「それもそうだね……ミュウは慣れてるんだ」
「親父に教えられてな。スペインでは大きな自転車レースもある」
「それで盛んなんだねえ」
決してのんびりではないものの、そんな会話をしながらの移動で三時間ほど過ごしただろうか。陽が沈み始めた頃、ようやく目的の山にさしかかった辺りで、二人は自転車を降りて、徒歩での移動を決めた。
「一応、鍵は二つずつある。帰りにまだ残っているようなら、乗っていけばいい」
「視界も利かないし、徒歩でもそう移動時間は変わりないと思うけど……」
「山頂まで千五百は登る、舗装されているとはいえ厳しいことに違いはない。それに、雪が降ったら話にもならん」
「あ――そっか」
山とはいえ、緑はほとんどない。露出した岩などが多くみられ、舗装されている道もまがりくねっていて見渡せなかった。徒歩のペース作りは歩幅の小さいつみれが行う。
「最大の理由はな、勾配が十五パーセントほどある登りもあるからだ」
「うげ……百メートルに対して十五メートルも上がんの?」
「自転車レースには必要だからな。この山が使われたどうかは知らんが、高い山はみな似たようなものだ」
「車で移動するのだって大変だろうに……」
風が出ていたため、二人ともフードを目深にかぶる。歩いている最中に車はこなかった。
「体力がものを言うね、これ」
「そうだな、あらゆる状況下でものを言うのは結局のところ、忍耐力と体力の二つだろう。その辺りは重点的に鍛えてあるが、無理そうなら言え。フォローする」
「まだ大丈夫」
「つみれ、どう見る。いると思うか?」
「んんー……ここまで来て、あたしの勘だけど、いると思う」
「勘か」
「そう、なんとなく。なんだろうなあ、これ」
不思議な感覚だ。もちろん、これまでの移動の苦労が報われて欲しいと願っている部分はあるし、いなかったらどこで宿とるんだろう、むしろ野宿なのかなーなんて不安要素はあるのだけれど、それでも。
なんとはなしに、正解へ進んでいるような気がしてならなかった。
「発見後は任せる」
「うん」
以降も、やはりぽつぽつと会話をしながら足を進めた。黙って没頭するとお互いの感覚を忘れるほど寒く、何よりつみれは行軍に慣れていない。
どれほど登っただろうか――よくわからない。距離を考えていたのは最初の頃だけで、白井に聞けば答えてくれたかもしれないが、つみれは意識できていなかった。白井の予言通りというか雪が降り始めた山で、そこには。
そこは風が停滞しているような空間で、たき火が崖際のスペースに一つ、そして。
彼女が、崖を背中において座っていた。
ミルエナ・キサラギがいたのだ。
いや――違う。
外見こそ同一だが、それは。
「――」
白井が促し、つみれが近づく。
彼女は、苦笑していた。
「やれやれ、ガキに尻尾を掴まれるとはお笑い種だ――」
声質もミルエナのそれと同じで、一瞬虚を突かれる形になったつみれはしかし、彼女が両手を膝に当てるのを見た。
まずい、と思う。
思った瞬間には口を開いていた。
「スティーク・ゲヘント・レルドさん――」
止まらない、一歩を踏み出したつみれとの距離は十歩以上、このままでは。
このままではまずい。
逃げられる――否、身を隠される。
知っていたはずだ、わかっていたのに。スティーク自身が常に身を隠すようにして生活していることを、理解していたはずなのに、忘れていた。
一度目はいい、偶発的でも逢える。
けれどここで逃した場合、二度目はもっと大変なことになる。
だから引き留めねば。
――どうする!?
キシリ、と音を立てて視界に映る何もかもが停止したような錯覚に陥った。めまぐるしく回転する脳から、あらゆる無駄を省いて率直に伝える言葉をはじき出す。
言おう、そう思って口を開いた瞬間に視界の色が戻った。
「ミルエナ・キサラギの協力にて来た!」
駄目だ、一瞬の停滞はあったもののスティークは立ち上がろうとしている。足りない、理由が足りない。だったら、なにを? ほかに――理由が。
――あった。
ある、最大の理由。
あとになって考えればそれは、こんな状況を見越していたかのような理由だけれど、おそらくこの短時間ではこの一言以外に手はない。
ないのならば、言おう。
「鷺城鷺花からの伝言がある!」
「――」
今度こそ、間違いなく、スティークの動きは停止した。
どれほど視線を合わせたままでいたのだろう。体感時間にして三分、実質十秒。ぽん、と肩に置かれた手が白井のものだと理解した頃、スティークは小さめの岩に腰を下ろしたままの姿勢で手にした何かを飲んでおり、つみれは全身から力が抜けるのを感じる。
「と、……ごめん」
「いや」
よろけたつみれを白井が支える。警戒は解いていいよと言うと、ほぼ全方位に警戒していた白井は頷いてそれを解いた。
「こっちに来て座りなよ――サミュエル・スーレイと、そっちは?」
「あ……円つみれ」
「東洋人か。いいさ、興味がわいた。話を聞こうじゃないか」
二人はたき火にゆっくりと近づき、側面に並んで腰を下ろす。最低限の警戒は持ったまま、そして。
「まずは――どうしてこんなところにまで来たのかより、ミルエナとの関係について一通り、聞かせて欲しいものね」
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