--/--/--:--――円つみれ・外王と内王

 結局、仕切り直しを何度かしつつも、途中で補給を挟みながら夕刻まで続いた戦闘訓練も終わりを告げ、帰りは自分の足にするとミュウが言いだしたこともあり、つみれも公共交通機関を利用して、大した荷物も持たずに久我山の旅館を訪れた。

 やや山中にあることもあって、それなりに階段を昇らなくてはいけないのが難点だが、環境は良い。心身が疲労していることもあったが、疲れている時にこそ表には出すな。疲れていない時に疲労を見せるのが流儀だと言っていた養父の言葉通り、それを実践しているつみれは、いつも通りの様子で旅館の入り口をくぐる。

 そういえば一人でくるのは初めてだ。年に一度か二度ほど、家族で来ることはあったけれど、まあそこはそれ、一人でも問題ない。相変わらず客を選ぶのか、こんな時期だというのに客はあまりいないようだ。玄関口の休憩所には二名の男性がいて、片方は知っている顔だった。けれど挨拶をするよりも早く、ぱたぱたと小さな音を立てて、やや背丈の低い着物姿の女性が姿を見せる。

 梅沢うめざわなごみ。

 つみれの友人であり、ここの女将見習い――なのだけれど。

「おー、いらっしゃいなあ、つーやん。ほれどんぞ、スリッパじゃけん」

「あんがと、なーご。びっくりした、誰かと思ったよ。柄入りの着物ってことは、正式に?」

「いんやあ、まだ見習いや」

「似合ってる。――楓が、すっごく」

「あんがとお」

 少し、なごみは照れたように笑った。

 実際に出逢ったのは学園で、どうということはなく少し話して、お互いがひらがなの名だという繋がりがあって、そののちにこの旅館で顔を合わせた。それからの付き合いだ。たまには外で逢ってお茶をするくらいには仲が良い。

「部屋はいつもんとこがー。あない、いるけ?」

「いらない。先にお風呂入りたいんだけど、だいじょぶ?」

「問題あらへんがな」

「あとで洗濯機と乾燥機、貸してくれる? 服、これしかなくってさ。とりあえず浴衣で過ごすから」

「ええよ、ええよ、あとで服持ってうちの部屋おいでんさい。したっけ、うちがおらんども、べつに構わんべさ」

「はいよー。というか、忙しいの?」

「そらまあ、並みじゃろ。そこそこ客入りあって、ええ塩梅がー。夜になったら手すきになるけん、遊んでーや」

「おっけい。ミスって仕事増やさないよーに」

「あいあい、マァム。――疲れとるからって、風呂で寝たら蹴り飛ばすけんなあ」

 畳んである浴衣をぽんと、つみれの両手の上に置いて、にやりと笑ったなごみに、さすが客商売と苦笑を落としてから、その足ですぐに浴場に向かった。

 男女共にわけられている露天風呂だ。内風呂は基本的に部屋であり、ここは露天しかない。

 脱衣所に入ると、先客が一人だけいるようだったが、構わない。他人と風呂を一緒にするのに慣れている――のではなく、そもそも浴場とはそういうものだと割り切っている方が近いか。

 中に入ると、湯船にお盆を置いて酒を飲んでいた、くくった髪の上にタオルを乗せた女性が一度だけ振り返る。

「どもー」

「んー」

 軽く挨拶だけして、すぐにシャワーを浴びる。熱めに設定されたお湯を少し下げ、頭を洗うところからだ。

「――そんなに、芽衣の訓練は疲れた?」

「へ?」

 頭を洗い終えた段階で言われ、振り返る。彼女はおちょこの中の液体を飲みながら、こちらを見ていた。

「隠しているけど、誤魔化しきれてないわよー? べつに隠さなくても良いじゃない、常在戦場ってわけでもなし」

「あー……なーごにも見破られたし、やっぱあたし下手なんかなあ」

「一般人相手に通用することを、誇りと思うのならばべつだけれど?」

「そーゆーのでもなく」

「わかってるわよ。イヅナの教えが変な風に影響してるのは織り込み済み」

「――……あのう」

「鷺城鷺花よ。そっちのことは知ってる、情報だけね」

「あ――」

 そういえば、養父が言っていた。近く逢うことになると。

「なんで……?」

「それはタイミングの話? それとも、そもそも縁を合わせる方法のこと?」

「――……なんでもないっス」

「はい、それも正解。とりあえず、よろしく」

「ああ、うん、よろ――」

 躰を洗い終えて湯船に入り、差し出された右手に対して、つみれもまた右手を差し出して握手を。

 握手をした。

「うわっ――ちょっ、と待った!」

 何かが躰の中で蠢いたような感覚に、思わず手を離そうとしたつみれはしかし、すぐに両手で鷺花の手を掴んだ。

「え、なに今の。なに? あれもうないし――」

「好奇心」

 クッ、と鷺花は喉の奥で笑い、とりあえず手を離せと言う。それからお盆を引き寄せつつ、どこからか取り出したもう一つのおちょこに酒を注いだ。

「はい、とりあえず飲んで落ち着く」

「いや、あたしお酒は」

「匂い。察知能力が低いわけでもなし、戦場じゃなくとも目端が利いた方がなにかと有利よ? 利きすぎて面倒になる前に、知ったことを隠す技術も必要だけれど」

「え、や、うー……あ、お水だ」

 しかも随分と美味しい。どういうわけか、それなりに冷えていて、躰に染みこむ感覚すらわかるほどだった。

「ほら髪、まとめておきなさいよ。湯船に浮くわよ……ほら」

 これまた、どこからか取り出した髪ひもで、警戒する間もなく、あっさりと括られた。ありがとう、と感謝を言ってから。

「なんか義母さんみたい」

 思わず言ったら、ぴたりと鷺花の行動が二秒ほど停止した。

「……世話が上手いと言ってちょうだい」

「あ、なんかごめん。そう、保護者みたいなっていうか――」

「いいわよ、もういいから。ったく、なごみにしても火丁(あかり)にしても、なんだってそんな人を年寄りみたいに……」

「それはそうとして、さっきのなに? なんか――ざわっとしたというか、脈動したっていうか」

「術式の反応を知りたかったんでしょうに、何を驚いているのよ」

「……なんで?」

「好奇心と、思考能力。そもそも、私を知っている時点で可能性は絞られるし、であればこそ、真っ当な思考を持ち合わせていたら、まずは自身の把握に努めることが、周囲を知る最大の要因でしょ。もっとも、そこまでわかった上で反応が出るように仕向けたかと問われれば否で、私は普段の私通りの対応をしたら、同様につみれも対応しただけのことね」

「うっわ」

 なんだか勝てそうにない、というのが印象だ。勝てる勝てないというよりも――むしろ、届かない。

 そんなことを思った。

「で?」

「あ、うん、えっと……あたしって、魔術師なんだよね?」

「続けなさい」

「円の家系っていうものに触れて、少し調べてみたんだけど……たぶん、あたしが魔術師であることに変わりはないって結論で、でもどういうわけか、あたしは術式を行使している自覚、というか感覚がない。齟齬があるわけじゃなくてね?」

「ただ――自身が魔術師であるかどうか懐疑的であり、実際にはそうでなくても構わないが、確定しておきたい。そんなところよね」

「そうっス」

「イヅナみたいなしゃべりはいらない。私はつみれの一個上くらいで、年齢もそう変わらないから、気にしないでいいわよ」

「うん、それはなんとなくわかってたけど……ねえ、義父さんが」

「イヅナが?」

「この世で二番目に、魔術に詳しいのが鷺花さんだって言ってたんだけど」

「二番目……ね」

「事実?」

「そうねえ……厳密に言えば、魔術知識に関しては二番手だろうし、魔術行使にしたって師匠には至らないと、実際にやったことがなくとも認めている時点で確かに二番だけれど、なるほど、この世で――というのが、また誤魔化しというか皮肉というか。つみれの口から届くのも織り込み済みなら、厭味が近いわよね」

 まだ根に持ってんのか、と呟いていたが、どうやらよくわからない関係らしい。

「……ん? ああ、まあそうね、序列なんて知らないけれど、私が魔術師である以上は確かに詳しいし、当時の円がどうして潰されたのかも知っていて、何をしていたのかも把握はしている。問題はそれをどこまで教えられるか、だけど」

 まあ一通りは教えられそうねと、鷺花は口元を歪めて笑う。

「それは、――理解が及ぶ範囲がどこまでかってこと?」

「そう、余計な情報を与えても理解できなくては意味がない。そして、最初から余計な情報は洩らさない、それが基本よね。あとはまあ……いろいろと、私にも制約があるのよ。あまり気にしないでいいわよ」

「なんか……朝霧さんより怖いかも」

「恐怖の度合いで比較してるの? まあ、それはそれでよくあるけれど、芽衣との付き合いはそれなりにあるわよ? 幼少期、お互いに殺し合って遊んだりとか。それよりも、つみれは実際、事故についてどこまで?」

「あ、えーっと……実は、あんまし。一通りは知ってるけど、ミルエナが関わってたことは今日知ったし。ただ、あたしを売り飛ばすことがどうして、事故死させるほどのことなのかは、まだ理解してない」

「加えて?」

「……うん。だったらどうして、あたしだけこうして生き残っているのかも、疑問が残る」

「へえ、なるほど、じゃあその辺りを先に説明しましょうか」

 やはり、どこからともなく取り出したのは酒瓶――ではなく、水入りの瓶だ。それを新しい盆の上に置くと、好きに飲みなさいと言ってから、鷺花は両手を頭の後ろで組み、背中を湯船の端に預ける。

「魔術師の常識で語れば、娘や息子の人体実験は、それがどうであれ、好きにしろってこと。成果そのものに興味はあるけれど、その成果は行った者の評価であって、他人のものじゃあない。だから潦にせよ、円にせよ、ただそれだけならば、文句はないのよ」

「だったら、問題があったのはつまり、技術の流出というか、成果……つまりこの場合は、あたしが外に売られるほう?」

「そう、あくまでも実験だけなら自己満足の範疇。けれど、成果を見せようとするのならば話は別。もちろん、それなりの手を打っておいて、場を整えてならばともかくも、ゲームに売るようじゃ話にならない」

「……だから、事故死かあ」

「で、つみれが生き残ったのは簡単。――成果そのものに善悪はない。ただし、破綻するようなら処理は必要だったけれど、拾ったのがイヅナだったことと、住処がこの野雨っていう特異な場所だったことが幸いしているのも事実よ」

「そうか、常識っていうか、物事の捉え方がそこまで違うんだ……」

「どちらかといえば、後手でしょ」

「うん、そう思う。でもそれは裏返し、後手に回っても対処に問題がないっていう盤石さを示してる。それがこの、野雨市って場所なんだね」

「ああ、現在情報の処理はまだ追いついてないか……まあ、ベルのやり方じゃそうなるわよね」

「え、うそ、そこまで知ってるの?」

「あのマンションに住んでいる以上、接触はあるだろうし、可能性の問題から推察を含めて、結論を出しただけ。――確信はしてたけれどね」

「ぬう……」

「はいはい、唸らない。他人の思考の癖まで読み取ろうとすると、辛いだけよ? ほどほどになさい。それより、さっきの握手に関する見解はまとまった?」

 そのために時間を稼いでいたのだけれど、なんて言われても、並行して思考を飛ばしつつ結論を出すだなんて器用な真似が、ごく自然にできるとは思って欲しくない。

「ぜんぜん、意識もしてない……」

「問題外」

「正面から言われるとへこむわあ……」

 湯船の中、疲労が足にきていたのか、ずるりと滑って顔が沈みそうになるのを、どうにか堪えたつみれは、両手を組んで湯船の縁にかけるようにしてうつ伏せになった。

「しょうがない、魔術講座の初歩編ね。そもそも、魔術の構成には円環、循環などといった形が基本になる。内部構造がいくら複雑化されたところで、それを大きく俯瞰した場合において、必ずそれは線ではなく円になる。角形も同様に、補助線のような行き場はあっても戻り場のない強い指向性は、まあ、全体として見るとない。だからこそ、血液の施術が可能になる」

「あ――そう、施術。それは、外部から埋め込まれたものって認識で間違いないよね?」

「そうよ。つまり、あんたの術式じゃない」

「……うん。理屈としては、血液の循環作用そのものに、常時稼働する鼓動の血流を円環として捉えさせて効果を発揮させる――で、合ってるかな」

「基本的には、そうね。けれど常時稼働ではない場合が多い。いい? 血流そのものは常時流れているけれど、それはあくまでも常に発動可能なだけであって、稼働しているとは限らないのよ。何故?」

「常時だと、魔力の消費が激しい?」

「それも正解。けれど最大の難点は、――常時稼働していれば、たったそれだけのことで、施術していることを気付かれる」

「……仕込むとなると、そこまで考えるんだ」

「当然よ。つみれに仕込まれていたのは、いわゆる精神汚染に対する防御系の術式ね。つみれの内側――つまり、円の技術結晶そのものに干渉する際、それを自動的……自律的かしら。ともかく意識せずとも弾く、強い拒絶の効果が入り交じってるのね。だから私が肉体的接触によって内部情報を覗こうとした瞬間に、対応された」

 ついと、湯から出た白色に近い肌をした指が空中を指すと、その先に術陣が二十三枚ほど展開した。もちろんつみれが数えたわけではない。

「これがその術式の構造ね」

「――ちょっと待って」

「なに?」

「えっと……ってことは、あの数秒にも満たない接触で、干渉されて、その上で鷺花さんはつまり、その」

「対応に反応されたなら、分析して把握するのは当然でしょうに。何を言ってるのよ。戸惑うことじゃないわよ」

「えー……」

「とはいっても、迂闊に握手なんてしないように、と言えるほど簡単な防御措置じゃあないわよね。さすがに円が世代を重ねただけあって、かなり攻撃的な防御をしてる。というより、反抗措置に近いのかしら。ちなみに言っておくけれど、私じゃなかったら廃人になる可能性もあったわよ」

「うーん、でもまあ、あたしを守るために必要な措置ってことかな。いや、あたしよりもむしろ、あたしの記録か……思考か」

「外的要因よりも、内部侵入の意図を除外するのが、円らしいというか、何というか。ちなみに潦の血液の施術は――」

「あ、ちょっと待って。それ兎仔さんの」

「ああいいの、いいの、隠してない。アレの血液の施術は、強引な治癒能力の向上だから。ただし代価として可能性を消費するけれど。つまり円とは逆で、外敵要因への対処ともいえる」

「逆かあ。円と潦を合わせるな――ってやつだね」

「ああ、あれ? 成功したとしても、その程度じゃ届かないからやめとけって忠告なんだけどね」

「――え、そうなの?」

「そうなのよ。当人としては、本当にただの忠告で勝手にしろって感じだったんだけれど、当時の長老隠ちょうろういん……つまり、魔術師協会の上役は、そう捉えなかったみたいね」

 まったく、魔術師の世界はよくわからない。そんなものか、と受け止めておくに限る。

「あのう」

「なによ」

「これ、義父さんに言えって言われたんだけど……ちょっと早いけど、聞いていい?」

「イヅナが? ちょっと待って」

 指先で触れてから術陣を消す間だから、おそらく三秒ほど。それから水を飲む時間が二秒ほどで、つまり五秒だけ黙っていて、それから。

「――そうね、私が口にした魔術的な要因、つまり術式そのものなら、全部扱えるわよ。質問の答えはこれでいい?」

「合ってる……」

 だからこそ、頭が上がらないのを痛感させられる。義父が微妙な顔をしていたのも、納得できる想いだ。

「続けるわよ?」

「うっス」

「だからその返事は止めなさいよ……。確かに、つみれが持つ本来の魔術回路は、使われてはいるけれど、使っている実感がないほどに、扱えてはいない」

「あたしが……使ってる?」

「そうよ? 何しろ、思考能力や記録方法そのものも、言うなれば術式の一つだから。そもそも魔術回路とはなに?」

「所持する魔術の特性そのもので、特性とは得手と不得手はあるにせよ、本来の意味合いで魔術回路は閉じられないから、あらゆる術式を魔術師は行使が可能――っていう前提だけど、実際には、得意を突き詰めれば不得手は閉じて使えなくなる」

「そうね。現実には、不得手を封じることで、得手を伸ばす。だから魔術特性(センス)そのものは、術式を扱う傾向になる。つみれが記録している魔術特性の中で、およそ理想的の究極と呼べるだろう特性はなに?」

「〝魔術(ルール)〟――前提として謳われる魔術師の原型とも呼べる、あらゆる魔術そのものが特性として得ている魔術師。地水火風の四大元素そのものが魔術特性としてあるように、けれど〝四大元素〟という特性が存在するように、魔術と呼ばれる特性も理論上は存在する」

「まあそうね、今のところこの世では二人しかいないけれどね」

「――現存するの!?」

 そんな、ルールブレイカーのような魔術特性が、本当に?

「目の前にいるじゃない。もう一人は私の師匠よ」

 空いた口が塞がらない、というのを現実でやると、間抜けな顔という以前に、思考が完全停止して視界が固定される。次に、何かを言わなくては、なんて妙な強迫観念に囚われるから、口がぱくぱくと動くのだ。

 そして最後に、脱力。そこで再起動が行われ、現実とのすり合わせが可能になる。

「……うぬう」

「続けていいかしら」

「どぞ」

「じゃあ次に便利そうな特性は?」

「えっと――」

 脳内の記録に参照をかける。もう何度も行ったそれに違和感はないけれど、参照しつつも比較して、導き出そうとするには、それなりに時間がかかった。特に疲労していると余計に遅い。

「――たぶん、〝外王アウターロード〟と〝内王インナーロード〟かな」

「説明を続けて」

「えっと、術式そのものを大きく二分割した場合、内世界干渉系と外世界干渉系にわけられて、内世界干渉系は肉体内部で実行されるもので、逆が外世界干渉系。簡単に、肉体強化は前者で、打撃した際に衝撃を放つなら後者。でもどういうわけか、〝外王〟は内世界干渉系術式全般を扱える特性で、逆が〝内王〟なんだよね」

 ロードロードを掛け合わせているのも、なんだかな、だ。文字通りに受け取ると、よく間違えそうになるタイプの単語である。

「知識としては参照できても、それがどういう理由かまでは発想止まりみたいね。そのところはきちんと意識なさい。そして、意味合いとしては言っての通り逆――外を捨てたか、内を捨てたか、ということよ」

「あ……そっか、それで逆になってるんだ」

「道と王を変えてるのは、道を外すのではなく、王道と呼ばれる本来の筋を、外に見せないのか、内から誇示するのかの違いね。で、本題に戻れば、つまるところつみれの魔術特性はアウターなわけ」

「……――え?」

「円の連中は歓喜したでしょうねえ。何しろ、ようやく自分たちの世代に、想定していた特性を持つ子が生まれたんだもの。そりゃ確かめたくもなる」

「いや、ちょっと待って」

「待たない。そもそもが現状への理解不足でしょ。術式が目に見えない形であることが一つ、そして血液の施術における流動そのものが、魔力の流れと混合されがち。何よりも言ってしまえば――術式を使う、という行為そのものの感覚が未だにない。意識して簡単にできる場合もあるにはあるけれど、魔術は学問よ。整合性が保たれなければ発現もしない。たった一つのバグがあれば死ぬか、まあ発動はしないでしょうね」

「……もしかして」

「そうよ」

「まだ言ってないんだけど」

「でも当たり。学問という言葉から連想して、発動しないのはバグがあるからと、そこで発想が飛来する。最初に私が内世界干渉系をおさらいさせた効果が、ここにきてようやく発揮され、そこで可能性としての結論で――魔術構成が、外部に展開することを基準としていた己の過ちに気付くのよね」

「ぬうー……」

「違っていた?」

「違わない」

 だから不満なのだ。この野郎、と思いすらする。

「そして、実際にその通りよ。魔術構成とはつまり、世界に干渉して既存の法則を借りる作業に等しい。けれどその場合は外世界干渉系の術式であって、大抵の人は無自覚にそれを行使するし、両方使えてしまうから意識したところで切り替えは簡単なのだけれど、だからこそ内世界干渉系しか使えない〝外王〟には、難しい問題だったかもしれないわよね」

「言ってみれば、内世界干渉っていうのは、自分の体の内部を変化させることだよね」

「そうよ? だからミルエナも、白井も同様の括りにはなるわよね」

「うぬ……やっぱり知られてる」

「それはもちろん、円の顛末を知ってからはずっと追ってるもの。ちなみに白井がスーレイを名乗って日本に来てからの動向と仕事の内容、ミルエナが仕事の最中に日本に対酔った時の動きもね――この程度、イヅナだって知ってるような、当たり前のことよ」

「義父さんも、かなり大概だと思うんだけど……」

「そお? レンなんか、真正面からパシリさんだー、とか言ってたわよ」

「うっわ……」

「まあ、あの子もそれなりに受動的だから、それが困りものでもあるけれど、参考にはならないわね。それに加えて、内世界干渉系は個人で完結してるきらいもあるし」

「うーん、あたしとしてはまず、自分のことを把握しておきたいんだよねえ」

「そうねえ……じゃあ、一つだけ私からサーヴィスしてあげるわよ。以前も以降もなく、今回限り。そうね、円の内部構造を覗いた対価としては充分かしら。何しろ血統の完成品なのだし、そのくらいなら許容範囲」

「えーっと、なに? 芽衣さんみたいな無茶とかだと、覚悟が欲しいんだけど」

「今のつみれに話すつもりはないわよ。ただまあ、期待して待ってなさい。そのうちに届くから。そもそも」

 そうだ、そもそも。

「まだ、今日の戦闘訓練の反省だって満足にしていないんでしょ」


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