--/--/--:--――円つみれ・対人戦闘訓練

 喜べお前たち朗報だ――決まって、そんなふうに話を切り出す時、ろくでもない話をもちかけるのがミルエナ・キサラギのスタンスであることを理解しながらも、面倒な話であればあるほどに、円つみれが承諾することで巻き込まれる流れがあるのを、サミュエル・白井は知っていた。

 半ば拉致されるように乗せられたワゴン車は、どうやらミルエナが所持しているものらしいが、搭載AIの自動運転であるため、運転手など飾りであり、いないも同然なのだが、進行方向が見える方が良いと言ったつみれが助手席に座ったため、白井は一人で後部座席にいる。それでもバックミラーを覗き込めば、不機嫌にも見える仏頂面が確認できた。しかし、残念ながらつみれに言わせれば、それがいつもの白井の顔だ。

「――で」

 雑談に花が咲きそうだったので、先手を打って白井は口を開く。それが男の役割だと言われてしまえばそれまでだが、白井に言わせれば、雑談など本題が終わったあとにゆっくりやれ、といったところだ。

「少尉殿、その朗報とやらはいつ聞かせてくれるんだと、こうして俺は待っているわけだが、そのくらいの心情は察して欲しい」

「なんだ、不機嫌そうだな」

「不機嫌じゃなくて、落ち着かないだけじゃない? ほら、ミュウって、自分で動いたり、待つのは得意だけど、周囲だけが勝手に動き出すと、据わりが悪くなるっていうか」

「わかってるなら話してくれ」

「うむ」

 頷き、ミルエナは腕を組んだようだった。

「朝霧から連絡があってな、対人戦闘訓練を行うから、お前らも一緒にどうだと誘いをかけられたわけだ。私はすぐさま、いいだろうと頷いた――おっと、先に言っておくが、その目的とは鈍った私が感覚を取り戻すために必要だと、そう思ったからだが、しかし」

「うん、あたしたちを誘ったのは、そういうことなら、悪くないね」

「そうだろう? 貴様が一人でくるだけなら、私でも充分だ。子飼いしている二人を連れてこなければ、参加などさせてやらん。主につみれの尻が見たいんだと強く言われたのだから、もはや巻き込むしかあるまい」

「悪いよ! あたしのお尻目当てだったら悪い方だよ!」

「そう悲観するな、お前の尻は良い尻だ」

「……どうであれ、俺も狙撃以外は鈍っているし、試したいこともある。その辺りの感情を鑑みた結果なら、確かに朗報だな」

 百歩譲りたくなる気分だがと、頬杖をついた白井は窓の外を見た。動く景色も信号によって停止することもあるが、大規模な道路整備により、また完全な電子制御AIの車載によって信号の数も減っている。昔ほどではないのだが、白井はそれを実感できる世代でもないし、日本で過ごした時間が長くもない。

「なんだ、相手のことに興味はなしか?」

「べつに。俺なら少尉殿が相手でも充分だ」

「……おいつみれ、これは私が評価されているのか?」

「そうなんじゃない? ただ、内部での訓練は程度が知れてるし、環境そのものの違いってのが反映されないから、良いとは思うけど」

「うむ、なんだかこそばゆいが、鈍った勘がすぐに戻るとは思えんな。とはいえ予想しているだろう、相手は田宮を含めたあの四人だ――うむ、そのはずだとも」

「確認しときなよ、そんくらい。……番狂わせがなけりゃいいけどさ」

「あった方が経験にはなる」

「ミュウには同感だな。そういえば、つみれは戦闘の経験そのものはなかったんだったか」

「うん。護身術の真似事くらいはしてるけど、護身って究極的には戦わないことだし」

「……だからそんなに浮ついているのか」

「え、うそ、そう見える?」

「違うのか」

「違わないけど……え、ミルエナもわかる?」

「楽しもうという気概は感じるがな。しかし、朝霧の訓練だ。それなりに想定を上回る可能性も考慮すべきだろう」

「ああ、うん、芽衣さん怖いからなあ。具体的には兎仔さんと同じくらい。ちょっと前に、酒飲むぞーって誘われたんだけどね。あたしは飲まなかったけど、同伴してた……えーっと、野雨西の教員? だったかの人は面白かった。ロリコンホイホイって言われてたけど」

「ひでえ言いぐさだ。……芽衣らしいが」

「しかし、逢っていたか……うむ、まあいいだろう。楽しみが一つ減った気もするが」

「それは知らない。あと、ミュウは気にしてないみたいだけど、向かう先はどこ?」

「少なくとも屋内闘技場ではないな。鈴ノ宮が所持している土地で、壁で仕切りを入れた訓練場になる――らしい。私も直接見て確かめたわけではないのでな。射撃訓練ができるくらいには広いらしいが、狙撃可能なほどの広さはないそうだ……と、言っているうちに到着だ。設定しただけだが、それほど遠くはなかったようだな」

「そんくらい確認すりゃいいのに……」

 駐車場が隣接していたため、そちらに車を寄せる。こちらもきちんと許可が出ているらしく、車載AIが自動的に行った。

 少し待っていろと言って、白井が先に降りて周辺の安全を確認したのち、窓を叩くようにしてつみれに出るよう促すと、ついでにとばかりにミルエナも降りたようだ。必要な作業かと問われ、つみれには念のためだと返しておいた。

「もう来てる?」

「みたいだな」

「うむ、まだ集合時間には十五分ほど余裕があるのだがな。私のせいで遅刻したなどと責められてはかなわん。そこのところは、はっきりさせておきたい」

「そんな責任回避をここで言われても困るし」

「いいから行くぞ。時間はあればあるほど良い」

 迂回して隣の敷地に行くと、なるほどかなり広い。二百メートルの競技用トラックは用意できそうなほどだ。入り口付近には仮設の天幕があり、その下で芽衣がパイプ椅子から立ち上がった。

「――なんだ、思ったより早かったな。連中は今、準備運動の走り込みをさせている最中だ。ふむ……なんだつみれ、動きやすそうな服だな」

「やることわかってて、動きにくい服なんて選ばないんだけど、どうしてそう不満そうに言われるのかがわかんない」

「なあに、躰のラインが出るような服をこちらで用意していたのに無駄になったのだから、不満にもなるだろう。おい、どうだサミュエル。つみれの尻は良かったか?」

「知らん。まだ触ってねえ」

「まだ、とか言うな! まだとか!」

「元気そうでなによりだ。――全員集合しろ!」

 怒声にも似た声を放つと、並んで走っていた田宮、浅間、戌井、佐原がそのまま近づいてきて、急停止をして横並びになる。なかなか訓練された動きだ。

「さて、そこに人形が十体あるのが見えるだろう。マネキンよりも操り人形に近いが、サイズは等身大だ。天幕の横に、支柱が立ててあるから、そこに一体ずつ縛りつけろ。それが貴様らの仕事だ。なあに、紐も用意してあるとも。余っていたものを譲ってもらった魔術品だが、多少は乱暴にしても構わんぞ。かかれ!」

 イエス、マァムと声を揃えてすぐに動き出す。なるほど、軍式訓練だからそういうことなんだろうと、白井は詰まらなそうに鼻を鳴らした。

「魔術品って言った……?」

「ああ。こういった代物が存在するかどうかは半信半疑だったが、打診したら余っているとのことだったのでな、有効活用させてもらう。なんでも、当代の人形師が遊びで作ったものらしい。術式の効果については、私がきっちり調べてある」

「……そっか。なんか変な感じはしてたけど、あれが魔術品か」

 それよりもと、芽衣は椅子に座ってから続ける。

「武装の類はどうする? 一応、人数分の拳銃は用意してある。ちなみに連中の武装は見ての通り、P229が一丁に9ミリ予備弾装が三つ、サバイバルナイフを一振りが各自に配備されているが?」

「うむ、まさに見ての通りだな。私は必要ない。腕も鈍っていたところだ、適時合わせて行こう」

「貴様は素手くらいで丁度良い――否、それでもまだ充分な差がある。つみれはどうだ?」

「あたしは基本的に、武器を使ったことないから、いらない」

「ふむ……イヅナがどこまで仕込んだのかは知らんが、必要なら言ってくれ。さすがにムチとろうそくの準備はしていないが」

「いや使わないし」

「うむ、使われてもこう、対応に困るな、それは。ははははは」

「私もそっちの気はないな。サミュエルは?」

「用意されているんだ、使おう。拳銃と――ああ、予備弾装はとりあえずいらない。ナイフも貸してくれ」

「ムチの話を振ったつもりだがな。足のモノは使わんのか?」

「……対多数の戦闘では、両手を使うよう仕込まれてる。二本あって困るものじゃない」

 そうかと言って差し出された拳銃を、ホルスターごと腰の裏に横向きで固定する。ナイフは右の腰にしたことから、つみれは、足のナイフは左なのかな、と思った。そしてそれは正解だ。

「さて、一応作戦でも練っておけ。私はあちらの様子でも見てこよう」

「いらん気遣いだがな」

 受け取っておこうと笑ったミルエナは、つみれの背後に回って軽く背中を押しながら、どういうわけかパイプ椅子に座らせた。その正面にミルエナが立ち、白井は作業している彼らに背中を見せる形で横に位置する。

「さて――作戦とは言われたが、どうする」

「半端な連携は邪魔なだけだ」

「同感だな。やるならば戦闘の中にやればいい」

「……お願いがあるんだけど」

「なんだ?」

「脱がんぞ」

「ミルエナは一人で脱いでればいいと思う。じゃなくって――しばらく観察する時間をちょうだい。誰がどこまでできて、あるいは、あたしがどうするのかを見極めたい」

「相手は待ってくれんぞ?」

「うん、べつにあたしを守って欲しいわけじゃないから、それはそれで、あたしもどこまで対応できるか実感したいし。ただ望んで中には入らない。最初のうちはね」

「……いいぜ。俺も試したいことは早いところ済ます」

「やれやれ、構わんが、私の腕の鈍りがそう簡単に戻るとは思えないな。そもそも私にとって戦闘は本来、専門外だ。敵地への潜入から破壊工作、ないし情報奪取がメインだからなあ」

「それでも、戦闘ができないわけじゃないんでしょ?」

「うむ、そう言われてはやるしかあるまい。こちとら、ほんの半月前に顔を合わせたばかりの、いわばお互いに何も知らない状態だ。擬態ができるくらいには知っているが、その程度でしかない。今回の訓練で見えてくるものもあるだろう」

 その善し悪しは、まだわからないが。

「ならば私はアタックに回るが、ミュウはどうする?」

「どっちつかずだな……攪乱、陽動も適当にやる」

「うむ。では総合的に――倒すつもりでやると、それで構わんか」

「らーじゃ」

「とりあえずはな」

 どこまで通用するかは知らんがと、白井は最後に吐き捨てた。

「準備が整ったが、そちらはどうだ?」

「ああ、構わんとも」

 つみれは立ち上がって天幕から出ると、芽衣が右足で三度ほど地面を叩くところだった。すると呼応するように敷地全面を覆うほどの巨大な術陣が姿を見せ、驚きの声がいくつか上がる。

「ふむ? 何を驚く――見ろ、サミュエルは無関心だが、ミルエナなどは当然のように受け止めているではないか。つみれも動揺してない……詰まらんことだが、貴様らは訓練が足りん。しかし――妙に整っていて、扱いやすい式だな。これはマーリィあたりが汎用性を考慮しているに違いあるまい。今度酒でも奢ってやるか」

 何度か左手で触れただけで、すぐに術陣は消えてしまった。そして。

「田宮、ちょっと来い」

「あ? なんだよ――うおっ」

 無防備に近づいて来た田宮に対し、思い切り右腕をフルスイングして、五メートルほど吹き飛ばした。何が起きたのかもわからない状況の中、いち早く身を起こした田宮は駆け寄ってきた。

「てめっ、なにしやがる! いてーじゃねえか!」

「ふむ、そうとも。つまり痛覚はある」

 なるほど、という声は白井とつみれが揃った。お互いに一瞥を投げて、白井は肩を竦めてつみれは小さく舌を出す。

「ああ? くそ、痛え。どんだけ強く殴ってんだよ……」

「その割には歯も折れていないし、口を切ってもいないことを不思議に思うんだな。説明しておこう、この場所全域においての有効攻撃そのものの威力は、今しがた取り付けた十体の人形に転送される仕組みになっている。注意すべきは斬撃だ。いつものつもりで使っても、人に触れた時点で停止するから、つまり振り抜く前に人が飛ぶ結果になるからな」

「痛みはあっても、怪我にはならないのね……朝霧殿、限度はあるのかしら」

「気になるか戌井。安心しろ、痛みでショック死するようなこともあるまい。痛覚の限度もきちんと設定してある。ちなみに人形の耐久度は338ラプアを四十発くらいなものだ」

「一キロ先のコンクリに穴空けるくらい?」

「……そんなものだ」

「ふむ、まあつみれの言ったくらいなものか。なあに、安心しろ。残りが少なくなった時点できちんと止めるとも。説明は以上だが、問題はあるか?」

「ねえよ、クソッタレ。俺で実験しなくてもいいじゃねえか……」

「田宮、――私に女を殴れと?」

「エルを殴れよ!」

「避けられなかったてめえの不徳を受け入れろ、田宮」

「うるせえ」

 さて、どうであれ、これで場は整った。

 訓練開始――だ。


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