09/24/19:00――鷹丘少止・懐かしい戦友
女が遊びに行きたい、と言い出した時に、じゃあここはどうだろうと提案しつつも誘導するのは男の役目ではあるが、その本質は結局のところ、女を主体にして任せてしまうと、男の手に余ってしまうから、先手を打つのだと、
何が厄介かというと、いつ言いだすのかがわからない、ということだ。事前に安全な場所を確保していたところで、都合の良い場所が、今この時になって都合が良いかどうかはわからないわけで、準備をしておくのは当然のことだが、それが効果的であるかどうかは別の問題だ。
だから、こちらの都合に合わせるよう行動してしまう。適当な会話で行先を示唆しつつも、ベストではなくベターに見せかけて納得させ、自分の領域に引っ張り込めばいい。
実際に
そんなこんなで訪れたのは久我山の旅館であり、気分転換も兼ねて一泊することになったのだが、女将に挨拶をした時に、少止はかなり久しぶりに訪れたことに気付いた。
「五年……くらいか?」
「ん、なんか言うたけ?」
「いや、随分と久しいなと思っただけだ、気にするな。なるほど、私の活動が活発になったのも、最近のことだったか。忘れてくれ」
「ええねんけど、部屋は葵じゃけん、一緒に使うんで、ええじゃろ」
「そのつもりで連絡した」
「ん、じゃあ案内はいらんなあ。ゆっくり休んでくといいがー」
相変わらず適当だなと思いながらも、ぐるりと玄関を見渡してから、ぽんと火丁の頭に手を置いた。
「なに?」
「火丁は慣れているんだろう、私は気を回さないから好きにしろ。外出する時にだけ連絡をしてくれればいい」
「それはいいけど、兄さんは?」
「私も久しぶりにのんびりさせてもらう。ちょいと、最近は鈴ノ宮の仕事でごたごたしていたからな」
「ああー、なんか、国外に行ってたんだっけ? 詰所から何人かいなくなってた」
「……まあな」
本当はそういう部分も隠ぺいしておきたいのだが、火丁が鈴ノ宮で暮らしている以上、隠し通せるものではない。だったら、少止が介入しないでおくのが、いろいろな意味でベストだ。その判断に間違いはないが、少止としては、火丁にはできるだけ関わって欲しくないと思う。
何しろ、自分は火丁の兄なのだから。
「あんれまあ、火丁でねーが。やっほい」
「あ、なごみ。今日はお休み?」
「ここんとこ客も少ないがー」
二階から降りてきたなごみは仕事着ではなく、普段着で。
首を傾げる彼女の後ろから、
「えっと……」
「なあ火丁、隣の、どちらさんなの?」
「や、それ、あたしの台詞なんだけど」
そんな二人を余所に、少止は口の端を歪ませ、花楓はどこか懐かしそうな笑顔を浮かべて、お互いに軽く拳を当てた。
「よう」
「やあ」
短いやり取りに、真っ先に火丁が口を尖らせた。
「ちょっと兄さん――」
「花楓、説明しとけ」
「ん。なごみ、彼は火丁の兄だよ。話だけは聞いていたんじゃないかな。それと、初めまして雨音さん。私は、なごみの――旦那、ということになる」
「え、ちょ……もお」
「うわっ、なごみが照れてる! すげー、初めて見た! 可愛いね!」
「そうだろう? 私もそう思う。だけど、独占欲もあるから、あまり苛めないで欲しいな」
「わかった! ――で、兄さんとはどういう関係で?」
「少止、説明を」
「あー……ま、昔にな? ちょっと遊んでた間柄だ」
「ちょう火丁、男のこういうの、知らん振りしとくんが良い女のすることじゃねーべか?」
「や、だって気になるし……」
「ええから、久しぶりじゃったら話すこともあるけん、そっとしとくんがええんやって。鷹丘くん――だべ? お茶でええ?」
「ああ、花楓と同じものでいい。梅沢は火丁の相手でもしていてくれ」
「はいよ。んじゃゆっくり休む――ああ、仕事やなかったべや。まあええか」
火丁の背中を押すように二階へ行く二人を見送りながら、気が利くんだなと少止は苦笑し、ロビーの椅子に腰を下ろした。
「うん。なごみのああいうところには、とても助かってる。きっと紫月さんがこちら側だから、そういう境界線が上手く引けているんだと思うよ」
「こっちは、ずっと隠してたから、細かいところの追及に余念がなくてな……まあ、そいつも私が原因なんだ、責任は負ってるが正直に言えば面倒だな」
自業自得かと、苦笑しながら和服の花楓が対面に腰を下ろす。
「やっぱり、魔術師としての感覚は取り戻したみたいだね」
「否応なくな。情報か?」
「私の網にも引っかかったから、それなりに知ってはいるよ」
二年ほど前まで、二人は行動を共にしていた。
まだ魔術師であることを隠し、己で封じていた少止は狩人として前線に立ち、花楓は武術家としてその補助と、背中を守るために立ち回っていた。情報収集に関してはお互いに個別で行い、よく顔を合わせて情報整理をしたものだ。それ以前の術式を使っていた頃も、花楓は知っている。
利害の一致、なのだろう。
少止は狩人としての実績を積むために、花楓は実戦における経験を身に着けるために、どうすれば生き残れるかを模索する、いわば子供のような手さぐりでの成長を、お互いにやってきたのだ。
簡単に言ってしまえば、戦友に近い。もっとも、それを言うのならばもう一人、欠かせない人間もいるのだが。
けれど、少止は本来の目的である火丁に関与することを決め――その頃、花楓はなごみと出逢った。
それ以来、お互いにこうして直接顔を合わせるのは、初めてのことだ。電話連絡などもしていなかったので、本当の意味で、久しぶりである。
「闇ノ宮の件も耳に入ってるよ」
「ん……あれもな、私としちゃ行動が遅かったと悔やんでいるところだ」
「けれど、少止の手には余る――と私は思っていたし、少止も似たようなものじゃない? 向こうからの行動を潰す、後手に回るしかない。ただ以前の件では、そこにほかの手の介入があった」
「対価も支払ったけどな……まあ、その事後処理もきっちり私がやったんだが」
「正直、私としては彼ら――いや、彼女たちかな。頭が上がらないよ。口が悪いけれど、化け物じみている」
「それに関しては私も同感だ」
「――その繋がりになるのかもしれないけど、この前、都鳥の道場で朝霧芽衣に逢ったよ」
「どうした?」
「丁寧に受け流しておいたよ。どうやら大将と手合わせをしたみたいだけど、どうも、凛くんも対峙したみたいだ。あの子には荷が重いとは思うんだけれど、大将の判断かな」
「凛なら、どうせ前じゃなく逃げを打ったんだろ。話にならん」
「相変わらず厳しいことを言うね」
「最悪の状況で前を選べない連中の末路は、屍体袋の中だ。いつも見てたじゃねえか」
「本当、懐かしいね」
「朝霧は私が組織に属していた頃に、作戦を一緒したこともある。当時のアイツはそうでもないが、今のアイツは正直、手の打ちようがねえ」
「〝
「私の場合は最初から、あってもないようなもんだったからな……鈴ノ宮に出入りしても、かつての私を知ってる、というか気付いてる連中は少ない。〝かっこう〟なんて、そんなもんだ」
「敵地侵入、環境に馴染む専門家か。どうしてか私には、気配の変化は捉えられるけれど、少止が少止であることまで誤魔化せているのか、わからないからね」
「前からそうだったもんなあ」
私は私だ、と公言して憚らない少止だが、ある程度は誤魔化せることを理解している。それでも、何故か、未熟な頃の花楓には、勘違いさせたことがないのだ。もちろん、だからこそ、相棒として認めていたのだけれど。
「――ああ、そういや紫花にバレた」
「へえ? 下手を打ったの?」
「いや、鷺城が来て勝手に暴露しやがった……」
「ああ……ははは、鷺城さんが相手じゃ、仕方ないね。私は針でやり合ったこともあるよ。道場ではなく外で。正直、どうしてあの人は、私の持つ技術を引出す方法を、あんなに知っているのか、不思議でならない」
「刹那や花ノ宮が一目置いてるくらいなんだ、不思議で充分だろ。けどあれだぜ? 紫花はちゃんと、私に対して前を選択した」
「そうなんだ。紫花くんの方が、理解できてるのかな」
「そいつはどうか知らねえけどな……」
「というか、紫花くんとやり合ったんだね」
「こっちは術式アリで戦場の流儀だ、いくら道場内部とはいえ、死を回避することは大前提として可能だったけど、打つ手が少なくて困った。ぎりぎりの綱渡りで辛勝だ」
「目に浮かぶよ。けれど、――辛勝であることは相手に伝えない」
「当たり前だろ。どれほど不利な状況下に陥ろうとも、不利を相手に教えない。さも日常のように余裕を見せる、それも生き残るための一手だって、お前とも話したじゃないか」
「……少止、昔を引きずるようで、君がどう思うかわからないけれど、この際だからかつてのように、いいかな」
「私とお前の関係は、どうなったって、変わるもんじゃねえだろ。あの頃はよかった、今は違う、そう思い込むのは馬鹿のすることだ。いつだって人生は地続きで、過去は消えねえよ。問題か?」
「相談だよ。いや質問かな。――私たちの世代は、実力に差があり過ぎる」
そうは思わないかと問うと、少止は腕を組んだ。思考する時間を寄越せ、という態度であり、それは花楓も知っている。ちょうどなごみがお茶を二つ運んできて、それを受け取ってから、しばらくして少止は口を開く。
「……私もそれを危惧してる」
「危惧、か。そうだね。紅月の出現時間が早くなり、魔術師としての覚醒が頻繁に起こることが、加速の現象として捉えられると考えるのは自然で、ともすれば時間が限られていて、あるいは少ないと、そうも思えてしまう」
「そんな中でだ、どう考えたって私や花楓のレベルは――平凡、だろ」
「凡庸と言い換えてもいいくらいだ。一般的……つまり、最低限自分の身を守ることができる、その最低ラインを越えていて、もう一人くらいなら、守りたいと思える」
「どうであれ、私とお前を中心にして考えてみりゃ――どうだ」
「どうだろう――ん」
「ああ」
花楓が頷き、少止が背後を振り返って片手を挙げた。
「茅(ちがや)、丁度良い。聞きたいことがある」
「――唐突だね。ちょっと待って……ああ母さん、ただいま。彼らと少し話をしているから、またあとで」
「クッ、挨拶が先か。難儀だなあ茅」
「僕が悪いんだよ。それにしたって少止がいるのは珍しいね。やあ蹄の、久しぶり」
「やあ。ベルギーでは何事もなく――というと、語弊があるかな。無事に終わったようで何よりだ」
「うん?」
一体なんのことだと、茅は少止の隣に腰を下ろした。
「お前、網張ってねえのか。私の方でも情報は掴んでる。棺桶屋の一人が〝マジィ〟に確保されたっていうんで、奪還作戦が組まれた」
「もう一つ、〝シマリス〟もだよ、少止」
「そっちはアフリカだろう」
「へえ――そうか。いや、何しろ僕は、古巣に関しては情報を得ないようにしていたからね。情報の入りが遅いのは、勘弁して欲しいよ。どうしても、日本じゃ僕の情報網はないも同然だからね、その辺りは二人の方が詳しそうだ」
「網くらい張れと言ってるんだ」
「はは、重重承知はしているんだけれど、なかなか難しくてね。それより、なんの話を?」
「同世代の話だよ。私と少止を基準にしたら、きっと山のは少し上にいるんだろうね」
「――いや? それは僕の過大評価ではなく、自分の過小評価だよ。もちろん、絶対的な評価はできないし、その点については承知していると思う。それでも、可能な限りの私情を除いて、二人はもうそれなりの位置にいる」
「たとえば、
「あるいは、
「そうだね、橘
「朝霧芽衣か」
「そう――かなり、遠いよ。僕は基礎が足りない。先ほどの話じゃないけれど、情報網も持ってはいない。そういう足りないものが多くあるけれど、彼女たちにはそれがない。同世代の括りの中では、もう、限りなく完成に近いと言ってもいい」
「鷺城鷺花はどうかな」
「あれはもう別の領域になるよ。同世代であることが、おかしいと思えるほどに。そうだね、芽衣と同じ位置となると潦兎仔がそうなる。――はは、そう考えれば、中堅に位置しているのかもしれないね」
「私たちが中堅、か」
「根が深い話だよ。まったく――」
未熟を痛感している彼らが、中核になっているだなんて。
それはもう、笑いを通り越して、呆れるしかない話だ。
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