09/15/14:20――浅間らら・狙撃大会
どうしてこうなったのだろうか――。
照準器を覗きこんで、そんな疑念に囚われている戌井は、そもそも照準が合わず、上手く標的に当てられない。さっきからほかの銃声が耳に飛び込んでくるし、消えては浮かぶ的に狙いを定めれば、定めた先から誰かが撃ち抜いてしまい壊れていく。弾装に入った弾を撃ち尽くしても結果は零――ため息と共に顔を上げれば、情けないだの次をやれだの、笑いながら野次が飛ぶ。それを片手で振り払いながら、次の男に狙撃銃を渡して壁際に向かうと、腕を組んで首を傾げた。
確か、午前中は真面目に訓練をしていたはずだ。三日目にもなると、引きずった疲労がピークになって、まともな思考回転すら奪うのだと気付いたのは冷静になってから、つまり昼休みをぼーっとしたまま食事だけ済ませて終わり、いつの間にか狙撃大会が開催されていた今なのだから、いくら回想しても正解は出てこない。
「ジーズ、ファッキン! どうよ、十中八!」
「なにぃ? てめえクソガキ、でけェ的ばっか狙ってんじゃねえぞ!?」
「でかけりゃ満足してくれるって思ってんのは野郎だけ! サイズじゃなくてテクニック磨けっての!」
「言うじゃねえかこのアマ、おらどけロド! 俺がやってやらァ!」
「おっしゃあ勝負じゃい!」
浅間は口調まで変わってるけれど、なんでそんなに元気なのかしら――痛む額を押さえつつ、佐原はどこにいるのかと思えば、野郎連中にもみくちゃにされていた。
「おう――てめえら、嬢ちゃんからの命令だ!」
どやどやと、また幾人かが入ってきたかと思えば、主任やら隊長やらと呼ばれているジィズが怒鳴り声をあげ、一瞬だけ静かになり、ただし銃声だけが消えないでいる。
「倉庫にある八千六百発を全部使うまで、通常業務は停止だ! いいかクソッタレども、繰り返すが命令だ! 撃ち尽くすまでが大会だ、気合入れて撃て!」
そして、一気に騒がしくなる。完全にお祭り騒ぎだ。見れば侍女まで混ざり、後ろからスカートの中を覗こうとした野郎を蹴り飛ばしていたりもする。
なんなのだこれは。
「ちょっとジェイ、腕落ちてんじゃない?」
長いブロンドを肩の後ろに投げながら、ふいに戌井の前を通りかかった女性が隣にきて、背中を壁に押し付けて呆れたような視線を投げた。もちろん戌井ではなく、狙撃銃を片手に持ったジェイルに、だ。
はて、ジェイルは知っているがこの女性は誰なのだろうと思っていると、ジェイルは戌井を挟んだ逆側に、同じよう壁に背を預けた。
「俺の腕が落ちたのではなく、お前の腕が上がっているだけだメイリス」
「それって言い訳?」
「潜水艦、しかも小型の高深度探査艦に乗って狙撃訓練をする馬鹿はいないと言っている」
「こっち、得手じゃない7.62ミリなんだけど?」
「なんだ、不得手の自慢なら、湯船に顔を突っ込んで一人でやってろ。だいたい、現役の時はそう差もなかっただろうに」
「だから不満なの」
「こんなところで対物を持ち出す馬鹿はいない。それより、あの浅間というガキはどう見る」
「ん? センスあるよね。いくら7.62ミリとはいっても、標準の射距離なら八百ヤード前後ってところでしょ? コンディションが良いこの場で千ヤード当てられるなら、狙撃手としては標準レベル」
浅間の名前が出て反応するが、内容がよく理解できない。というか、どうして自分は挟まれているのだろう……などと思っていたが、続いた言葉にぎくりと心音を跳ね上げた。
「つまり、普通の仕事なら回せるレベルということか」
「そゆこと。距離は七百ヤード前後、補助に観測手一名、弾は予備を含めて二発。ソフトプライマーで、風速は三メートルまでかしら。あとは精神状態と、本人のコンディション次第」
「状況に即対応、か」
「条件やら準備やら、そういうのはあまり気にしなくていいと思う。聞いた話じゃメイが見てやってたんでしょ?」
「そうだ」
「だからかな、どっちかっていうと狙撃任務寄りじゃなく、しんがり担当のバードマンに近い」
「つまり、だからこそ、一般の狙撃任務でも可能と、そういうことか。俺と同じ見解だというのが癪に障るが、まあいいだろう」
「ほんっとに変わらないねえ、ジェイも。膝立射が得意なのもさ」
「本質的に、人はそう変わらないものだ。メイリスこそ、そろそろ鬱陶しいブロンドをやめたらどうなんだ」
「これは地毛よ!」
「知っている――浅間! 一息入れてこっちにこい!」
というか、自分はどうすればいいのだろうと戌井は視線を泳がせるが、お祭りの中で所在がないのだから、どこへも行けず、結局そのままだった。
「ふいー、楽しい! みんな射撃、上手いですね!」
「軍人なら、基本は教わるものだ。それより紹介しておこう、このクソッタレなブロンドはメイリス、俺の同僚だ」
「よろしく」
「――あの、もしかしてとは思ってたんですけど、メイファル・イーク・リスコットンさん……ですか?」
「そうよ」
「朝霧さんと知り合いで、
「前者は思い切り否定したいけれど、ええ、まあ、そう」
「初めまして! 自分は――じゃない、私は浅間ららです! お名前は以前から聞き及んでおり……えっと、そうじゃなくて」
「……ちょっと浅間、落ち着きなさいよ」
「落ち着いてらんないよ戌井ちゃん!」
「いいから」
「よくないってば! すごい人なんだって!」
「あのね浅間、よく聞きなさい。いい? ここに来て、凄い人たちを一杯見てきて、軽くテンパった時の私が思い浮かべる、良い言葉があるのよ。いいから聞きなさい」
「え、うん、なに?」
これは失礼なんだろうけど、まあこんな雰囲気だし、いいわよね、などと勝手に解釈した戌井は、浅間の肩に両手を当てて言う。
「――そのすごい人は、朝霧殿と比較してどうなのよ」
「…………あ、うん、えっと、なんかごめん」
「ちょっとそこで納得するわけ!?」
「はははは! おいメイリス、一本取られたぞこれは。どうする」
「否定はしない……私だってメイと面倒なんて起こしたくないもの」
「でも、メイリスさんは対物狙撃が中心じゃなかったですか?」
「まあね。こっち、距離を稼ぐことに興味沸いて、対物に移行したから」
「私、使ったことないんですよ」
「難しいねえ……」
「そうなんですか?」
「扱いそのものよりも、反動の問題だ。浅間は小柄だろう、最大限の軽減を求めたとしても、四発も撃てば骨が痺れるような痛みが消えなくなる」
「反動も計算に入れないと、超長距離は誤差が生むからね」
「でも確か、メイリスさんの記録って、三二〇七ヤードで十一秒五連続射撃――でしたっけ。電子補助なしですか?」
「ああ、私はあれ、嫌いなのよ。こっちが撃てるって状態なのに、コンマ六秒も遅れるから。仕事だからやったけど、競技じゃないんだし、タイムを狙ったわけじゃないの」
「――え? もしかして、実戦なんですか!?」
「あのね……五台の装甲車に囲まれて、弾幕張られてるところへ状況入りしたら、否応なく撃つしかないでしょ。それこそ一秒レベルで損害が酷くなるし。記録をとったのは観測手の馬鹿」
「でも凄いことに変わりはないですって。どういう感覚なんですか?」
「そうねえ……私は〝色〟で状況把握するタイプ。術式も感知系だから、その応用。そもそも私には照準器を覗いた時点で、射線そのものが見えるから」
「うわあ」
「といっても、銃のコンディションによって補正するのは、当然だけれどね」
「うんうん、そっかあ――やっぱ呼んどいて正解だったかも」
「へ?」
時計に目を走らせた浅間が、そろそろだと笑う。あ、なんか芽衣が見せる笑いと似てるなー、などと戌井は思っていたのだが、それはすぐに結果が出た。
「――祭りの会場はここか!?」
大声を張り上げ、狙撃銃を肩に乗せた朝霧芽衣の登場に。
『お前は呼んでねえよ!!』
その場にいる七割の人間が、揃って叫んだ。
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