08/10/16:10――前崎鬼灯・印象操作
公共交通機関を使って移動した二人は、徒歩で熟のいる場所へ行く。大した距離ではないため問題はないのだが、あったとすれば居残りの二人を説得する部分であり、そこに関しては全て鬼灯に放り投げられたためなかなか苦労した。
「――しかし、なかなか弁が立つじゃねーか」
「そうか?」
「交渉人になれるかって言われりゃ修練も必要だろーけどな。あやめも旗姫も存外に頑固だろ? 上手く言いくるめやがった」
「褒め言葉には聞こえないな。それに――俺はかつて、話しようと俺と約束をした。それが誰であってもな」
「言葉を扱うか……言術師に関連性はねーけど、きっとてめーは己自身との会話も含まれるんだろーな」
「見透かしたことを言うな?」
「いやべつに、ただそうじゃねーかと思っただけだ」
「……刹那。お前は旗姫の両親を知っているな?」
「おー、まあな。理由も一通り知ってるぜ。ただてめーにゃ関係ねーよ。いや知っても仕方ねーっつーか、知るにゃ足りねーもんがあるっつーか」
「いや、無理に聞くつもりはない。旗姫が言い出した時の返答に困るようではと思っただけだ」
「周到なことだ」
「……刹那。お前の両親はどうなんだ?」
「どうって、何がだ」
「親はなくとも子は育つと言うが、環境の形成に一役買っているのは確かだ。お前はどうなのだろうと、好奇心でな」
「そりゃ木の股から生まれたわけでもねーし、親はいたんだろうぜ。ただ生きてはねーだろ」
「そうか。では保護者が?」
「いや、それもいねーよ。孤児って言えば通るんだろーが、オレの場合はちょいと違う。ずっと一人で生きてきたぜ。今も、同じだ」
「……難しいだろう、それは」
「寝床はなくても、喰えるモンがありゃ生きていける。昔は満足に食料も得られねー場所で暮らしてたから、殺してでも奪ったもんだが……こっちに出てきてからは楽なもんだ。水は無料な上に残飯だってその辺りに転がってやがる。それに何より、金さえありゃどこでも食料が手に入るだろ。これでもオレは狩人だ、仕事には欠かねーし……ま、それが一番の問題だな」
「――どういう人生を歩んできたのかよりも、正気を疑うような発言だな」
「どっちかって言えば、てめーらの流儀だとオレは狂気だろうぜ。あるいは壊れてる。アブ……ああ、てめーの場合はエイジェイか。あいつだってオレに対しては口を噤むぜ? あの壊れ方は異常を通り越してるってな」
まあ伝聞だから本人が言ったわけじゃねーけど、と付け加える。平然と、それが当たり前のように。
正直に言えば鬼灯は刹那小夜に対して異常性を感じていなかった。
当たり前のようにそこにいる。
確かに気配も感じず家に這入られたことに危機感を覚えたものの、だからといって小夜本人に何かしらの特別めいたものを感じない。それは路傍ですれ違う他人を意識したところで、ただすれ違った、としか思えないのと同じだ。
態度や性格の問題ではない。ただ存在が、あまりにも平凡に映る。
それが技術ならば、それでもいい。鬼灯が感じ取れないほど錬度の高い技術なら納得もできる。けれどもしも――それが、技術ではないとしたのならば。
なるほど、確かに壊れ過ぎているのかもしれない。
家が倒壊していれば目も引くが、更地ならばさして気にならないように。
「しかし、あの集まりには何の意図があったんだ?」
「わからねーか?」
「ああ、理解できないし納得しようにも意図があまりにも不明過ぎる。セオリーで考えれば、一箇所に集められた場合は外に視線を向けさせないためだろう? そう考えて調べたが特に目立った何かを――俺は掴めなかった」
「だったら、どうなんだ?」
「どうもこうもない。ただ……俺の感想を言えば」
「おう」
「特に理由もなく、当事者が勝手に集まってしまった――そうだな、現象のようにも感じた。どのような仕組みで、どのような手管で、おそらく誰かが創り上げた場なのだろうが、たとえば通過儀礼のように過程の一つとして数えられるものではないかと。ただ俺にはあの場を俯瞰することもできなかった。考察にせよ感想にせよ、そこで終わりだ」
「ふん、本当に達者な口だな。思惑はそれぞれってな……オレにしても、くだらねーことをするって思ったぜ。必要なことの前に、不必要なことをねじ込んだってな」
「不必要なことが、必要だったと?」
「さあな。オレはべつに先見が秀でてるわけでも――おい、ここだろ?」
「ああ」
入り口は下り。段は三つになっており、一番上には熟の住まいとハウスがある。中段はぶどう畑になっており、一番下にはパイプハウスがあってこちらも熟の仕事場だ。
そんないつもの光景を見て足を踏み入れようとした鬼灯だが、ため息をつきながら小夜が腕を引っ張るようにして止めた。
「――どうした?」
「あのな……いや、つーかちょっと待て。動くな。ステイ。あー……」
視線が左下に落ちる。
「……ってこたあ、あれか。くだらねーっつーより面倒だな。おい鬼灯、てめーはここがどう見える」
「どうと言われても、熟の住まいであり仕事場だ。人の気配は探ってみなければわからないが、なんだ?」
「オレにゃそうは見えねーってんだよ。とりあえずお前、逆立ちしてみろ」
「は?」
「いいからやれってんだ――ああクソ、面倒臭え。目を瞑れ。オレがいいって言うまで開けるな」
「……いいだろう」
目を瞑ると周囲の視界が遮断される。すぐに両足から地面の感覚がなくなったが、全てを任せるつもりで受け止めると、内臓が揺さぶられるような動きが一つ。
「いいぜ、目を開けろ」
「――!?」
ここはどこだ、という言葉を飲み込んだ。
上下が逆転した視界から己の躰が反転していたことに気付いたのはその後で、先ほど考えていた更地が現実のものになったため、意図しない考察との合致に躰が強張る――そうだ、見えているのは更地だ。
「ちなみに、場所は移動してねーぜ」
ぐるりと小夜が片手で鬼灯の躰を戻すと、軽い酩酊を感じつつも呼吸を意識して正す。
「なんだ……どうなっている!?」
先ほどまで見えていた光景が嘘のように――鬼灯が目を瞑っていた時間だけで小夜が何かをしたかと疑いたくなる状況だ。
更地である。
ハウスも、住まいも、ぶどう畑すらそこにはなく、三段になっているところは変わらないものの、何もかもがない更地だ。風除けのための細葉の木もなく、ただ不自然に小石が落ちていて。
住まいのあったところに、ティーカップが四つ置いてあるのが不自然過ぎた。
だが現実として小夜が短時間で何かをしたとは思えない――ならば。
「暗示か……!」
「ESPはそのへん、得意分野なのか?」
「まさか――かなり難易度は高い。そもそも暗示とは思い込みのことだ。他人に己と同一の何かを思い込ませることほど難しいものはない。価値観の違い、あるいは視点や思考の違いからもそこは明確だ――が、光景に関してはそうでもないと証明されたな。視覚情報はそれなりに重きを置いてはいるが誤差も大きい。そのために俺は会話を選択した」
「つまり、今回の場合はちょっとした操作でもできちまうってわけか」
「いや――ちょっとした、どころではない。おそらく俺の、あやめの認識にピンポイントで情報が上書きされず継続するように働きかけたのだろう」
小夜が足を進めたため、その更地に鬼灯も踏み込む。
「さすがに足裏からの感触だけで、場を意識するのは難しいからな」
「ま、五感が正常な内はそんなもんだ」
「……だが、昨日今日といった様子ではないな。残骸も撤去されている」
「この土地の感覚だと、ざっと二ヶ月前ってところだな。たぶん正規の撤廃業者を洗っても履歴は残ってねーだろ。片した――にしちゃ、やり方が乱暴だ。んなに早く痕跡を消したかった理由は、オレの知ったこっちゃねーけど」
「二ヶ月前……」
「お――ははっ、なんだこりゃ。鬼灯、てめー考えるより全方位警戒(オールレンジアクティブ)してとっとと戦闘態勢に入った方がいいぜ?」
「なに――」
ごとり、と音がした。
それが宙に浮いた直径二メートルはある三つの岩だと気付いたのは、それが動きを見せてからだ。
「ぼけっとすんな。とりあえず手は出さねーからな」
「――」
遅く、ずしりと周囲の地面が陥没するのと共に戦闘態勢へ。飛来する岩の一つに焦点を絞ってESPをぶつけるものの、あっさりと弾かれる。残り二つは小夜へ。
「なんだ、きっちり中身も入ってんのか」
流れる動作で煙草を口にした――二つの岩が直線から曲線を描いて予測の立たない動きで飛来するものの、それすらも見越していたかのように足さばきだけで回避した小夜は、岩がぶつかった瞬間に生じた火花で先端に火を点ける。
「ああ、なんだ。てめーの暗示が解けることが鍵になってやがる。つーことは、今の鬼灯じゃちと荷が重いってことか。そんくれーじゃねーと鍛錬にもならねーよなあ?」
返答はできない。目に見える岩だけでなく小石、砂地――足場そのものが変動し、精神攻撃も含めたあらゆる攻撃を見極めるのに鬼灯は精一杯だ。だからといってバリアを張れば身動きができず、そもそも対応ができなくなる。後は耐えるだけ――そんな状況に陥った時点で、打開策はないも同然だ。
瞬間移動で逃げる?
それも一手だろう。ただし、紛れもなく逃走になるが。
「くそ――」
「毒づく前にとっとと核を見つけて止めろ。見た感じ、そうしねーと止まらねーぞ」
そうは言うが、あちこちに意識が向いていて情報が集まるのにも関わらず処理が追いつかない。致命傷は避けるものの、躰には鈍い痛みすらあった。
「つーか、お前らって実戦経験ほとんどねーのな。この程度じゃ遊びにもならねーよ……ったく、そんなんで誰かを守れるのか」
はあと吐息した小夜は細かい動きを止め、投球するかのよう半身になって左足を上げ、振り下ろした足が踏み込みとなり地面を穿ち、カウンターになるよう右の掌が岩の一つに触れた。
静寂に似た停止、加速するように動いた現実が岩を砕く。
「この程度、中国武術を倣えば生身でもできるぜ? ESPの使い手が何をやってやがる」
それとも、と小夜は笑う。
「あやめがいねーと、何もできねーってか?」
「――!」
邪魔な岩を、強引に殴りつけるようにして破壊した。続いて感知用の波を広げようとするが、強制的に停止させるような〝針〟によって邪魔をされた。
「暴力的だなあ鬼灯」
己のことを棚に上げてよく言うと鬼灯は思ったが、実際に小夜はただの一度も暴力的になっていない。そもそも、する必要を見出せてはいなかった。
「違和感がありゃ足を止めろ、それが基本だ。けどオレは違う、そいつがあったら迷わず足を向ける――何故か? そいつはオレが知らない何かだからだ。知ってりゃ違和感なんか覚えねーよ。それは知ってるものだ。明瞭じゃねーか。知らないから違和感になる――でだ、そいつを違和感とすら覚えねーのは論外だぜ?」
探るのはあやめの領分だ。いや鬼灯の不得手とする部分である。
痛みを強引に除外しつつ、直線移動を開始した。針――つまり楔を壊すことで周囲の感知範囲を広げるために、そのためならば多少の攻撃など受けて立つ。
だが、それを――その行動を読まれていたら?
「ESPで土を針に変えたってことか」
感知した楔など、あくまでも偶像でしかないとばかりに地表へと浮かび上がる。それはあっさりと、展開したバリアを突き破った。囲いを作るのではないため強度に関しては不満もあったが、それでもあっさりと――だ。
「愚鈍」
辛らつな一言と共にわき腹を蹴り飛ばされ、針は空を切った。
「もちっとオレを楽しませてくれよ……って満身創痍だなおい。あー大規模破壊はオレじゃなくアイツのが得意なんだけどな」
直後、鬼灯は迷わなかった。
最大跳躍――それこそ小夜が点になるかのような高度まで一気に跳んだ。
そうして、多くのものがその場に突き刺さった。鉄パイプ、そして岩、あるいはテーブルの破片のようなものまで。
だが、すぐに鬼灯は気付いた。それは突き刺さったのではない、最初からそこにあったものだと。
「――」
ゆっくりと落下しながら、理解する。
三メートル以上はあった土手が今はない――つまり。
これは大規模な陥没のようなものだ。
「核も壊したぜ……つーか、これてめーの役割だったんだけどな」
「……すまん。不甲斐なくてな」
大地に足がつくのと同時に膝が曲がって崩れ落ちる。額に流れる汗を袖で拭いつつも、呼吸は整ったが躰に力が入らない。
「だがこれは」
「言ったろ? やり方が乱暴だってな。適当に切って埋めただけだ。こりゃハサミの手管だな。あのアマ、まだ現役気取ってやがるのか……」
「師匠がどこへ行ったのか、心当たりがあるか?」
「あの手の連中が自らの足で動くなら、向かう先は戦場だ。けどま、今回は違う。お前も一人、逃がし屋を知ってるだろ? そいつの仕事――ま、国外に出たところまでの情報は持ってるけどな。どこに行ったかまでを知るのは野暮ってもんだろ」
「なんだ、他者のプライベイトを守るような感情があるのか?」
「は? オレに感情の有無を聞くなよ、答えにくいな……現在地なんぞ知らなくとも、その目的を知ってりゃ問題ねーって意味だ。身動きできねー癖に、口だけは回るのか」
「精神的な疲労ではないから思考はできる。俺が求めているのは会話だと、先ほども言ったはずだ」
「で?」
「……師匠はおそらく、俺たちに旗姫を任せたんだろう。そして己からの干渉を嫌って姿を消した。こうなった以上、俺たちが深い追いして師匠を問い詰めないとわかった上で――いや、俺がそう判断することも納得ずくで」
「ま、そんなところだな」
「何が起きるかわからないと警戒すべきだろうが、情報が足りない。できれば行きたいところもあったんだが……どうしたものか」
「行くか?」
「……は?」
「守ってやるかどうかはともかくも、行きたいんなら――とっとと移動する」
「何を――」
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