05/12/21:00――鷺城鷺花・エミリオンの戦闘技術

 夕闇に紛れることもなく、日本では黄昏時と呼ばれる妖魔との遭遇が比較的高い時間に三人はただ、己の存在を誇張するように歩く。街中であり、また教皇庁の管轄である土地であるため屍喰鬼グールなどの外敵は存在が希薄であるものの、出歩いている人間はほとんどいない。

 ――あるいは。

 外敵と呼ぶのならば、この三人こそ相応しいか。

 周囲よりも彼女たちの闇は濃い。だが、そんな闇の中でも主張するのは金髪、否、金色の色をした瞳と髪だ。自ら発光しているかと錯覚するほどの金色は、人が持てるものではない。

 幻想種、金色の従属と呼ばれる吸血鬼の血が成せるものだ。

 闇夜の眷属が吸血によって身体強化を施すのならば、金色の従属は吸血によって身体再生能力を向上させる。治癒ではなく再生と名のつくそれは、心の臓を奪われたところで死に至らない。

「全開ってわけじゃねーよ。だいたい、七割から八割ってとこだ」

「そうであったとしても、かなりの存在感よ」

「んなこたわかってる。だいたい教皇庁の連中だって、ここまでじょうかいを潰してきたんだ、それなりの対策をしてるだろ? 逃げ出すような連中じゃねーし」

「どうかしら。いくつかのパターンは考えているけれどね」

「どーすんの?」

「協会みたいにチャンスを与えるつもりはないわよ。はぐれが出ることは織り込み済みだとしても、ね」

「ん……一応、こっち側の入り口にゃ二人立ってるな。見えるか?」

「今確認したわよ。というかこの距離でよく見えるわね」

「五百ヤードもねーだろ。突破するか?」

「するわよ。一応、一般人には手を出さないつもりだけれど、そんな連中がいるとも思えない。……とっとと終わらせて、野雨に戻りたいわ」

「それについては同感だぜ」

「私、やることないなあ」

「しなくていいわよ。――〝蛇の尾と簾ウロボロス〟」

「――はっ、簡単にやりやがる」

 バチカン全土を囲った結界に小夜が嗤う。効果は惑わすのではなく、入り口と出口を繋げた形だ。出入りそのものを可能としながらも、出ることが入ることに変わったため、現実的には封じられたのと同じだ。

「七十三枚、広域展開かよ。魔力消費量も馬鹿になんねーだろ」

「バチカン全土に敷かれた布陣そのものを利用しているから、そうでもないわよ」

「利用っていうかあ、流用だよね、これ」

「広域化そのものは任せてる感じだから、流用とも少し違うのだけれどね」

「儀式陣で補助するみてーな感じなのか?」

「それが一番近いかしら。そう難しいことでもないわよ。――〝七竜の玉座シジマ〟」

 七則、世界構造の地水火風天冥雷をすべて強化する範囲術式を追加し、三人は内部へ足を踏み入れた。

「やるじゃねーか。以前はもっと面倒な処理が必要だったろ」

「そりゃ私だって成長するもの。効率化とはちょっと違うけれど、このくらいのことはできなくちゃね」

 火が暴れ、水が乱れ、地は揺らぎ、風は震え、雷は鳴る。まるで世界を凝縮したかのように荒れ狂う属性に、バチカン全土は一気に混乱した。かつてのレインがそうであったように――この状況下を平然と受け入れられるのは、並大抵のことではないだろう。

 だから。

「サギ――」

「いいわよ」

 普段ならば否定していたけれど、小夜の言葉に鷺花はあっさりと頷いた。

「で、なに?」

「先にそれを聞けよ」

「どうせ面倒ごとでしょ。この際だからいいと言ったの」

「そうかよ。……お前が受け取ったエミリオンの技を見せろ」

「――」

「受け取った以上、そいつはどうしたってサギの技術になっちまうのはわかる。それでいいから見せろ。オレは、あいつがどんな戦い方をしてたか知らねーんだ」

「それ、暴れてすっきりしろってこと?」

 目を据わらせて見ると、冗談じゃねーよと小夜は嫌な顔をして手を振った。

「お前がそうであるように、オレだって好んでてめーと戦いたくなんてねーよ。それでも、いいだろ。惜しい相手を亡くしたと、そう思えることができるかもしれねーんだから」

「かつてのじーさんがどこまで使えたか知らないけれど、いいのね?」

「あー?」

「いいのね? 今の私が使っても」

「……おう。そのために、血を飲んできた」

「わかったわ。建物なんかは壊してもいいし、邪魔なのは殺すから、ウィルは観戦でもしててちょうだい。それで、既知の除去はそのままでいい?」

「除去したままでいいぜ。あるとうぜーからな」

 頷きながら、コートの留め具をつける。胸の下と腰の付近のベルトだ。

 そして、影からそれを取り出す。

 キューブ――立方体の中にひし形の宝石に似たものが入っており、その周囲を碧色の球体が浮遊している。それは技術結晶と呼ばれる、おそらく術式の領域で言えば最高峰に該当するものだ。かつて初代識鬼者が、己の技術を他者に譲渡するために作り出した。

 立方体が弾け、中身が鷺花の掌の中に消える。

 ――笑った。

「あはは……これ、あははは」

「ちっ」

 その様子で何かを悟った小夜は掌に二番目のナイフを複製しつつ、空間転移で距離を取る。オリジナルさえ所持していればいくつでも複製可能な投擲専用ナイフで、小夜の空間転移とは相性が良い――けれど。

「セツ」

「なんだ?」

「やっぱ、じーさんは凄いよ。……まったく、譲られた技術をそのままに独自改良してるだなんて思わなかった。なんだ、刃物の創造だけじゃないじゃん」

 それが妙にうれしくて。

「じゃ――行くわよ」

 言って、鷺花は術式ではなく歩法で間合いを詰めた。

 エミリオンが得た技術はあくまでも刃物を利用した戦闘技術だ。それは刃物の作り手である彼に対し、使い手でも担い手でもない現実を補うため、初代識鬼者が渡したものである。それは当人にとってあくまでも身を守るためのもの――そうでしかなかったのに。

 その技術は、間違いなく、紛れもなく、戦闘において有利になるようなものだった。

 使い手がそうであるように刃物を扱い。

 担い手がそうであるように刃物を己の一部として。

 作り手としての自負を損なわず、戦闘を行う。

 左足の踏み込みと共に振りおろしの動作、その最中に創造された直剣は小夜の防御したナイフ、いや腕ごと破砕するだけの威力を伴って打撃され、地面に当たるより前に解体されたものの、周囲の空気を盛大に震わせて轟音を立て、地を抉った。

 翻る手には曲刀、震えた空気を残断する力は後方への長距離跳躍によって届かない。立て続けに刀を消したまま、左手を振り払えば五本の投擲専用ナイフが雷光の如く走って小夜へ向かった。

 ――まだだ。

 届かない、と思う。

 エミリオンならばもっと無駄がなく、もっと早い。

 前を行く彼を幻視した。おおよそ三歩の距離、その背中を見ながらも同じ動きを鷺花がする。

 右足の踏み込みから背中を見せる左の後ろ回し蹴りに乗せて、地面を蹴り上げる動作と共に足裏に創造したナイフを小夜へ向けて投げ飛ばす。

 小夜は、迷うことなく五つの雷光よりもその一本を注視して更に空間転移で距離を取り、転移先からは少し離れた位置、鷺花は蹴り放ったナイフを足場にするよう出現し、やはり小夜に向けて蹴り飛ばした。

 エミリオンの持つ特性は〝刃物〟――それを極限まで突き詰めた彼は、創造段階においてあらゆる術式特性の固定から逃れることができた。

 つまり、〝魔術〟の特性を持つ鷺花があらゆる魔術を扱えるように――それがナイフなどの刃物の創造であるならば、あらゆる魔術を組み込むことができる。

「――」

 聞こえないほど小さな舌打ちが一つ。同時に小夜を取り巻く、否、鷺花の領域全体が歪んだ。

 空間転移の広範囲展開。あらゆる場所を起点に、そしてあらゆる場所を終点にしてしまう、領域の創造。本来ならば入り口と出口を封じれば対抗できる空間転移も、こうなってしまえば領域ごと消さなくてはならず、それは鷺花の術式ならばあるいは可能かもしれないが、エミリオンの術式ではいくつかの手順が必要になる。

 だがこれは、戦闘行為でありながらもお互いを殺すための戦場ではない。

 小夜は対抗し技術を引出させる。

 鷺花は対応し技術を使い切る。

 そういう戦いだ。

 同じ移動方法は使わない。空中を足場にするかどうかを逡巡するよりも早く、右手を振りかぶって槍を創造し、投擲した。それは小夜との射線上の途中で効力を失って弾けるように消え――その、本来発揮するはずだった威力を。

 サン・ピエトロ大聖堂の半分以上を上から押しつぶすように破壊した。

 空間転移。

 両足で着地して裾を払い、考える。

 もしもエミリオンならばどうする? 広範囲の領域に対して解除を目論むか? それとも否定を織り交ぜるか? いやいや、まさか。

 預かった技術は、技術でしかない。だが染みついてしまっている戦術思考は、間違いなく、適応を選択する。

 笑っている。

 背中を見せている幻視したエミリオンは、面倒そうに頭を掻きながらも、笑っていて。

 ――戦闘は領分じゃねえんだがな。

 仕方なそうに、それでも。

 ――楽しい戦闘なら大歓迎だぜ。

 その笑みが重なる。

 間違いなく小夜を見た鷺花も、嬉しそうに笑っていた。

菊華の剣ラクティフローラ

 小夜が転移の領域を作りだしたのならば、こちらは刃物の領域を創り出そう。

 掌に出現した芍薬に似た花を頭上に放り投げ、眼前にかざした手の前に巨大な大剣が大地に刺さる。その大きさは鷺花の五倍、いやそれ以上の大きさで、横幅だけで両手を広げてもまだ足りない。

 それは防衛用の剣だ。今まさに踏み込んできた小夜は、その大剣に転移そのものを遮断する効果を発揮され、懐にまで潜り込めない。

 直後、頬に違和感を感じた小夜は脚を止める――否。

 スカートの裾が縦に斬れている?

「お――」

 何年ぶりだろうか。

 十数年ぶりなのは間違いない。

 こんな、刹那小夜ともあろう者が――背筋に悪寒を走らせるだなんて。

「――はっ」

 そんなことが、こんなにも嬉しいだなんて。

 攻撃を受けたことなら最近でもある。血を流すことも、まあなくもない。けれど、小夜は自分の知覚範囲外の攻撃を喰らったことは、かなり久しぶりのことだった。

 気付かなかった。

 何をされたのかわからない。

 だが間違いなく攻撃を受けた。

「手伝え紫陽花!」

「いいの? やたっ、らっきー!」

「二対一ねえ――」

 引き抜いた拳銃を発砲すると、阻んだ大剣が砕けた。右手に三番目のナイフを握った鷺花が見える。

 見えて、おかしいと紫陽花は思った。

 伸縮指向魔術フォーシスにより威力をかなり増大させた弾丸だ。あの大剣を砕くだけで済むとは思えない。それこそ近辺を更地にしてもおかしくはない――。

「馬鹿が避けろ!」

「――ぬおっ、馬鹿避けれるかあ!」

 実際、その間にタイムラグはほぼない。言葉が放たれた直後には大剣が吸収・転換した衝撃そのものが紫陽花の背後から解放される。周囲の転移属性そのものを利用した形だ。

 時間がないから相殺が間に合わない。いや、両手の範囲くらいならば間に合わせられるが、そもそも最初に放った衝撃波が大きすぎた。己を守るくらいしかできず、小夜は転移してそれを避け、鷺花には被害はない。

 壊れた建物を強引に更地にした。

「そうか……効率だけを考えるのなら小型化も視野に入れるべきなんだけれど、今の私か……創造系列ね、うん、おっと」

 思わず考え込みそうになった鷺花は投げられた二番目を回避し、右手のナイフで立て続けの投擲を打ち払う動きで宙に軽く放る。一気に接近してきた紫陽花に対して左手に小太刀を創造し一撃目を受け止め、空中で三番目を大剣に変換して振り下ろす。

「あ――まず、紫陽花上手く避けてよ!」

「ええ!?」

 三歩前へ行くエミリオンが連撃に入った。

 左右、両足、その上で空中に創造したナイフからの連携――逃げるには追い、回避には迎え、受け流しには連ねる。その取捨選択すら、エミリオンが持っていたものだ。

 だが、矜持があるのだろう。

 どのような刃物の創造であれ、半自動的に動くものですら、必ず一度は手で触れるようにしている。どれもこれも己のものだと誇示せんばかりの態度だ――が、それが決して非効率ではないように戦術が組み立ててあった。

「あーもう疲れるー」

 けれどその攻撃を、まさか体術だけで回避されるとは。

 ――いや、伸縮指向魔術も使っている。鷺花が展開する術式のことごとくを消しているのに対し、紫陽花の選択は術式を己へ向けて利用することだ。ほとんど体内で発生する術式で、そこまで効力は及ばない。

 やはり対人で彼女たちに勝るのは、難しいか。

 間合いを大きく取りつつ、掌に芍薬を創造して散らす。それは転移する時に発生する隙間、つまり転移空間そのものに対し、指向性を与えず無秩序に滞在させる刃物だ。小夜がこの場を消さなければおそらく破壊できないだろうし、しかも存在そのものが転移し、規則性もなく動くため、特定も困難だ。

 さて、続けよう。

 試そう。

 まずは可能な限り巨大な刃物を――。


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