02/10/00:00――刹那小夜・鈴ノ宮の連中
「ああ、ここか」
小夜が案内してやれば、夜笠夜重はそんな言葉を漏らした。
「何度か、遠目で見たことがあるよ」
「拠点だから覚えとけよ。正面が屋敷だ、オレはこっち。隣の簡素なのが詰所、てめーはそっち。挨拶でもしとけ」
「話しは通してあるのかい?」
「ねーよ」
「じゃ、セツの名前を出す許可くらいは欲しいものだね」
「言ってろ。ま、人との会話は嫌いじゃねーだろ? 好きにしろ。ああ、それと、鈴ノ宮の御大の執事が、
「うん?」
「覚えてねーか? いただろ、現実をいいように置き換える野郎が」
「……、……ああ! いたね! そんな名前だったかい?」
「そうだ。名前持ちは少なかったんだ、思い出せるだろ。今じゃきっちり執事だ、笑ってやれ」
「はは、諒解だ」
「暴れて殺すなよ」
そんなことがないのはわかっていて、皮肉を付け加えた小夜は、一度空を見上げて、今にも地表に落ちそうな紅月を確認してから、屋敷へ入った。
「――、いらっしゃいませ」
「営業声で対応すんなよ、マーリィ。サギほどじゃねーにせよ、知らない間柄じゃねーだろ」
「そうだけど」
きっちり一礼した侍女が、文句ありげに口を尖らす。マリーリア・
「なに?」
「紗枝はどこだ?」
「あの子なら、まだ
「だったら丁度いい。つーか、お前暇か?」
「ん? 今日は夜の番もないけど?」
「オレの連れてきた〝新入り〟が詰所に挨拶へ行ったから、気にしとけ。紗枝の護衛に回すついでだ、ここに配属させるよう今からソプラノと交渉」
「げ、事後承諾もいいとこじゃん!」
「オレの名前を出すように言っておいたから、問題にゃならねーよ」
「ばーか、ばーか!」
なんでそんなガキみたいになるんだお前は、と呆れながら、階段を上って正面の扉へ。
「ちなみに、オレと出身が同じだからな」
「――、ばーか!!」
だから、なんでそんな反応なんだ。いい歳した女が――いや、鷺城鷺花と同い年くらいだった気もする。まあいいか。
ノックもなしに中に入れば、歓談中といったところだった。
「小夜様」
「おー」
正面の執務机に鈴ノ宮清音、その隣にいた執事である哉瀬五六は、すぐに飲み物を淹れに動く。来客用ソファに座っていた紗枝の対面に腰を下ろした小夜は、流れ作業で香草巻きに火を点けた。
「で、どうだソプラノ」
「事情は一通り聞いたわ。あとは紗枝がどういう人物かを知る必要があるから、話を。考課表がないのなら、直接話を聞くしかない」
「結構なことだ。紗枝は?」
「あ、はい。その、戸惑うばかりで、どうしたものかと」
「どうしたも、こうしたもねーだろ。てめーはここで暮らせ。家賃は必要ない。然るべき時に然るべき仕事をして、役目を果たせ。それのどこに問題がある」
「小夜、名目上はそうだけれど、人には感情があるものよ」
「その感情で身動き取れなくなったら、それ以外の指針があった方がいいだろ。割り切れ、とは言わない」
「どうぞ小夜様、紅茶です」
「ん……ああ、それでだ、もう一人雇ってくれ」
「あら、なあに?」
「紗枝の護衛につかせる。あるいは仕事の補助だな」
「あの」
「紗枝、一人でできることには限界がある。できねーなら、まずは他人を頼れ。てめーの中にいくら我慢を詰め込めたって、できることは増えない。お前とそいつは、二人揃ってようやく一人前ってところだ」
「……はい」
「連絡は来ていないけれど?」
「知らない相手だ、説明は難しい――と、ああ、五六なら知ってるか」
「私ですか?」
「夜笠夜重だ」
「……、いいえ、記憶にはない名前ですが」
「現実を都合良く換える野郎には、〝
「――っ、まさか」
「最後の生き残りだ。汚れちゃいるが、牙は抜けてねーし、今は詰所で挨拶中だ。さっき、マーリィが様子見に行った」
「なに、五六。昔の?」
「はい、清音様」
「そう。じゃあ様子を見に行ってきなさい。それと、詰所の最終報告を受け取って」
「わかりました。小夜様、紗枝様、私はしばし、失礼いたします」
「はい。紅茶、ありがとうございました、五六様」
慌てた様子を見せず、きっちりと一礼してから部屋を出て行く。その際に、小夜の前へ灰皿を置くのも忘れない。できた執事だ。
「つまり、二人揃えて行動させろと、そういうことね?」
「不満か?」
「勝手に物事を進めて、最終的に押し付けるような真似は、そう、不満ね」
「今回は紛うことのないオレの手引きだ。誰かの依頼じゃねーから、引き受けろよ」
「あの……」
「狩人のリストを参照しろ。ランクD狩人〈
「――」
「見ろ、心当たりがあるってツラだ」
「さすがは蓄積学科、といったところかしら。アブも面白がって教壇に立っているそうね」
「らしいな。鈴ノ宮の表向きな事情も、知識としてはあるだろ。難点はそれを経験に変えることだ」
「魔術師としての教育もこっちで?」
「ここにいる連中の大半はそうだろ。上手く馴染ませりゃ、事件にはならねーよ。ただ、オレの動きは隠してねーし、聡い連中は既に魔術書含めて一連の流れを〝納得〟しているところだ」
「早いわね」
「オレとサギが動いたんだ、無視できねーだろ。隠れちゃいねーが筒抜けなのも承知してるし、隠すもんでもねーよ。っと、紗枝」
「あ、はい、なんでしょうか、小夜様」
「お前の姉、二人は狩人専用の留置所に入った。予定通り、父親は更迭……だが、一般人に戻るだけで害はない。無駄に広い屋敷を持て余すくらいなものだ」
「そう――ですか」
「もう逢うなと、そう言いたいが、落ち着いたら一度だけ逢いに行け。今はまだ駄目だ」
「……はい。そうします」
「ただし、一度だけだ。覚えておけ。言い方は悪いが――縁を切れ。それがお前の責任だ」
「はい」
「ん、いい目だ。それでいい。――ただし、気負い過ぎだな。新生活を始める楽しみを抱くくらいが丁度良いんだが……」
「仕方がないでしょう? 鈴ノ宮の執務室にいるのだから」
「そうか?」
「そうよ。――そうでなくては困るもの。小夜みたいになられたら大変ね」
「用事がある時にしか来てねーだろうが……紗枝、そろそろ休め。部屋の手配はしてあるんだろ?」
「ええ、もちろんよ」
「わかりました。あの、小夜様」
「感謝はいらねーよ。言った通りだ。てめーは、その志をずっと抱いてろ」
「――はい。では清音様、失礼します」
「ええ、ゆっくり休みなさい。まずは賓客としてね」
ぺこりと、頭を下げた紗枝を見送って、小夜は紅茶に手を伸ばす。
「仮に問題を起こすとしたら、オレが連れてきたもう一人、夜笠夜重の方だが、上手く紗枝が首輪になりゃ、いいコンビにはなるさ」
「責任を取るのが私でなければ、気軽に頷けるのだけれどね」
仕事は終わりとばかりに、気取っても仕方がないと思ったのか、立ち上がった清音はドレスのような衣服が乱れるのを構わず、小夜の対面にどさりと、音を立てて腰を下ろした。
「紗枝から聞いた限りでは、偶然に出逢ったような物言いだったけれど?」
「意図していない、という意味合いではその通りだ。オレの散歩中に馬鹿がいて、その糸を手繰った。ラルから報告来てるだろ? あれが全容だな」
「ああ……あれ、小夜の指示だったのね」
「手柄を全部やるって言ってんのに、ラルは文句ばかりだ」
「やり方が陰湿なのよ、小夜の場合は。陰湿というか――頭が痛くなるのね。断れないから。加えて、これから出るだろう〝結果〟も、だいたい言う通りになるのよねえ」
「ベルほどの先見はできねーよ」
「比較していないわ」
「あっそ。さて――道すがら調べたが、紗枝は
「――あら」
「VV-iP学園でな。ほかにはレンや、なごみなんかも。もう一人いるが、そいつの名はまだ明かす必要はねーだろ。余計な影響が出る前に、手の内に引き込めたと思えば上出来だ。もっとも、それほどの付き合いがあるわけじゃねーけどな」
「そう……」
「サギはなんか文句言ってたか?」
「いいえ、何も」
「そりゃ、良いことだ。何か問題があるようなら、善処するから連絡を寄越せ」
「しないわよ。ジェイルの様子見?」
「なんだ、知ってるのか」
「私や、ジィズくらいはね」
「そうか」
それならいいと、立ち上がった小夜は、しかし。
「――そういえば、手土産は持ってこなかったな」
「いらないわよ。なんだかんだで、気に入らないけれど、お互い様だもの」
「それがわかってりゃ、いいか。じゃあな」
「はいはい……」
ご馳走さん、と言って部屋を出ても、侍女の姿はもうない。そういう時間帯かと思って一人で外に出て詰所へ向かえば、やや老いを感じさせる男とすれ違った。
「ジィズ」
「おう、セツか」
「最終報告書の提出か?」
「まあな。五六は様子見をしてるし、ありゃお前が連れてきた客らしいな?」
「客にゃならねーよ」
「それらしい話も聞いてる。今は地下で遊んでる最中だ」
「まだ起きてる連中がいるのかよ……」
「お前だってそうだろう。遅番の連中だよ、仕事はほとんどなかったからな。ジェイルもいるから、挨拶しとけ。同期なんだろ」
「まあ、な。お前も、いい加減に年齢を考えて、シェリルと腰を落ち着ける算段でもしてろ」
「ははは、まだまだ、ガキばっかりの連中に任せられんな」
現状、彼抜きで鈴ノ宮が回せるとも思わないので、手を振って別れた。
石造りの詰所は簡素で、中に入ってもいくつかのテーブルやパーティションで区切られた待合室くらいしかない。上は宿舎になっており、地下には訓練場もある。下からうごめくような人の気配もあったので、二人が並べば詰まるような階段を下りて行けば、十数人程度の野郎どもが、声を上げて遊んでいた。侍女はマーリィだけだ。
「ジェイ」
「ん? ――おお、なんだセツか」
夜重との戦闘を観戦していた男が、振り向いて近づいてくる。戦闘は基本的に体術のみでの訓練のようだった。
「久しいな」
「ここへ来て二週間くらいか、どうだ?」
「最初は戸惑いもしたが、連中が清音を支える理由がわかって納得したところだ。あいつは俺を家族の一人だと言った。俺たちのために、仕事をしている。だから俺たちは、家主を支えるために仕事をする――簡単なことだが、困難だ」
「それだけ、じゃねーけどな」
「やーっときたよセツ。もー、なんなの、あの子。っていうか、ジェイルは知り合い?」
「ああ……まあ」
「同期だよ。
煙草に火を点けて、あっさりとその事実を明かせば、ぴたりと喧騒が止んだ。
「セツ……」
「なんだ、額を押さえて」
「俺が嫌がって黙っていることを、わざわざ口に出して言うな! お前は昔っからそうだ! 面倒事ばっかり起こして、解決したとその口で言いながら、面倒を俺に押し付ける!」
「うるせえ。そのぶんの報酬で納得しろって言ってただろーが」
「できるか!」
「え、え、なに、ちょっと待って。……ええ!? ジェイルがジークスのJ!?」
「オレがSだ」
「お似合いだ、サディストが……」
「いいじゃねーか、ここにゃ軍人崩れがほとんどだ。自己紹介の手間が省けるだろ? その前の経歴まで明かしたわけじゃねーんだから、文句言うな」
「ここで信憑性の議論が始まれば、中心にいるのは俺だ。文句くらい言わせろクソッタレ。だいたい、JAKSが恐怖の対象になったのは、お前とアイが原因だ」
「だから関係ねーって? おいジェイ、寝ぼけてんじゃねーだろうな。海兵隊のエースをメイリスに譲って、船乗りに転属したお前が、現場でどんだけの成果を上げてたのか、ここでオレに説明させんなよ」
「クソッ、冗談じゃねえ……」
「わかった」
「なにがだ、クソッタレ」
「オレが説明役になってやるから、夜重と訓練でもして来い。どうせ、ここにいる連中じゃ届かねーよ。できるとしたら、ジェイくらいなもんだ。ほれ、このナイフを使って昔を思い出せ、スナイパー」
「狙撃手にナイフ持たせて――……ああクソッ、わかった交代だ!」
「善戦したら、いつもの通り」
「酒を二本に煙草一箱――本当にクソッタレだ」
宿舎にいた頃は、酒といっても配給のビールと煙草だった。いわゆる、身内の間での軽い賭け事と、願掛けのようなもの。成功は祝う、失敗は蹴る。そういう楽しみだ。そのほとんどは、金を好きに使えるようになった後期に多かったけれど。
「……セツ、ちょっと、マジ?」
「嘘ついてどーする。実際には、オレらの動きが派手だったのもあって、上が勝手につけた名称だ。今じゃ、JAKSには気を付けろと、夜間警備や仕事の前に苦笑しながら言い合うんだろ? 注意しろって意味合いで」
そんなものだと、傍にいた元軍人が言えば、冗談の類じゃなかったのかと応える者もいる。
「ま、オレとアイがやったってのも、半分は正解だ。哨戒に出れば敵が消える。一番槍として出れば、後衛のやることがない。撤退戦でしんがりになれば、追いかけてくる敵がいなくなる。防衛戦に駆り出されれば、やることがなくなって左遷される、だ」
「なにやってんのよ……」
「当時のオレはいろいろと試していたからな。せいぜい、今の夜重くらいだったか。見ろよ、劣勢に見えるが一撃も食ってねーだろ」
言われて、見れば。
夜重が優勢だが、真剣な表情をしているジェイルは、だらんと下げた腕にナイフを握ったまま、自然体で全て見切っている。
ともすれば、やる気がなさそうに。
「ジークスの中で一番の間抜けはケイだ。ついてくるのがやっと、見ているだけしかできない。そういう忸怩を噛みしめながら、成長って空白を上手く使っていた。ジェイは、上手いまとめ役だな。聞こえてるだろ夜重、気を付けろ」
小夜は、笑いながら言う。
「〝隙間〟を貫かれるぜ」
夜重が踏み込む、今までよりも速度が上がり、右手だけだったナイフが左手にも、同じ形のものが握られていた。
だが、遅い。
いや――早かったのか。
踏み込んだ正面には既にナイフが、差し込まれている。
夜重は気付かなかった。
だからこそ――対応できる。
からん、と音を立ててジェイルのナイフが宙を舞ってから、落ちた。夜重の左のナイフが喉元に触れており、それ以上は動かない。
「いくら〝隙〟を見せても来ないのなら、これは意識の隙間を縫うタイプだと思っていたらビンゴだ。セツの言葉で気付いたなんて思われたくはないね。隙がない状態で発動するのなら、そのように対応すればいいだけのことさ。いや、だけど強いね、お前は」
「ふん。セツ、良い酒を寄越せよ」
「おー、後でな。お前ら、今夜はもう終いにしとけ。――夜重、どうだ」
「ははは、楽しませてもらったし、どうやら私の牙も、磨けばどうにかなりそうだと気付けたよ」
「だったら、あとは紗枝との関係だ。今日は適当な寝床に案内してもらうか、庭で休め。明日になったら話をしろ。面倒になって逃げる時は連絡だ。いいな?」
「ああ、そうするよ」
やれやれと、小夜は肩を竦めた。
今日の仕事としては、少しばかり、時間がかかりすぎたようだ。
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