03/20/14:00――鷹丘少止・闇ノ宮の残党
いつもの、
「大佐に呼ばれた」
短く、投げ捨てるような言葉――いや、捨てるというより、放り投げる。次を受け止めることもなく、投げた言葉を受け取ったかどうかすら、どうでもいいような態度だ。
受け付けの対応も慣れたもので、すぐに内線で通達をしてから許可を取り、どうぞと一言口にするだけで済む。そういった意味合いでは、面倒のない相手ではあるが、生理的に緊張してしまうので、嫌な手合いになってしまう。
エレベータに乗り込んで一人、六階まで移動する。部屋は三つ目、ノックをしてから返事を待たずに中に入れば、部屋の主である
「きたか」
足で蹴って、扉を閉める。
「俺の所属と、軍籍コードを思い出せ」
「知ってるよ、かっこう。三○四。だから呼んだ」
「だから出頭した」
どさりと、来客用ソファに座った彼は。
鷹丘少止は、足を組んでから流れる作業で煙草に火を点け、テーブルの灰皿を引き寄せ、軽く瞳を瞑ってから紫煙を足元に吐き出す。
「室内記録は――」
それだけで、いつもの
「――義務付けられていたはずだがな」
ほとんど表情を作らず、気配も作らない。軍部の上司だからではない、個人的な知り合いだからだ。
「仕事か?」
「ああ、いろいろだ。まずは一つ目、こっちの仕事は辞めていいぞ」
「解体は順調に進んでるのか?」
「まだだ。暇は出してるけどな、お前みたいに」
「起爆剤は」
「朝霧がついでにやるって話だ」
「あのクソ女か……」
「なんだ、文句があるか?」
「ねえよ。お似合いだし、私にはできない。ただ、次の仕事がないことは諒解だ。生き方を変えるつもりはないが」
「ま、俺がこの椅子に座ってる限り、ある程度の情報は回すから、覚えておいてくれ」
「ああ」
もっとも、転寝夢見の父親に言わせれば、あの落ち着きようは病気だと、大笑いするほどなので、好奇心はあるのだけれど。
「これからの仕事は?」
「私のスケジュール管理まで頼んだ覚えはない」
「――なんだ、気を遣わなくていいなら、最初にそう言ってくれ」
面倒だなあ、なんて言いながら書類を丸めてごみ箱へ投げ捨てた彬は、頭を掻いてから次の書類へと手を伸ばした。
「どういうことだ?」
「仕事だ。俺からじゃない、俺は使い走り。鷺花からの伝言」
「――鷺城から?」
「面識は」
「まだない。必要があれば逢うこともある相手だ」
「一応、俺の孫娘だから気をつけろよ」
「あ、そう。で?」
「野雨に闇ノ宮の手が伸びた」
「――」
組んでいた足を逆に。驚きの気配が出るものの、表情には一切出ないのが、鷹丘少止という男だ。隠そうとしていなくても、なかなか出ないのが面倒だと思うこともある。
「事前調査は?」
「してる。片付け方法もな……わかった、諒解だ」
「最後の仕事として俺に協力を要請してもいいぞ?」
「私は徹頭徹尾、そういう〝仕事〟をした覚えはない。手が届かないなら、ほかに頭を下げればいい。同時進行中の仕事も片付ける……つもりだが」
「だが?」
「いずれにせよ手間がかかる。そのための準備はしてきたから、文句は言わない。どうであれ、あんたが野雨に手を伸ばすことはできない。違うか?」
「まあ、大佐としての俺には不可能だろうな。個人的には、庭のようなものだ――入れ」
なんだよ、来客かと顔を背け、一時的な時間を稼ごうと思ったが、それには及ばなかった。入ってきたのは、カーゴパンツにジャケットという姿の、あまり関わりたくはない、そして、逢ったことはないけれど、知っている人間だったからだ。
「元気か、
「ん? ああ、お前さんよりは、よっぽどいい。このでかくて豪華な椅子は、寝床としてはそれなりに快適だと気付いたしな」
「そうか」
そうして、彼は、対面に腰を下ろす。
野雨の管理狩人、ランクSの〈
「挨拶はいるか?」
「いや、必要ない。私の動きは筒抜けだろうし、あんたのことをこれ以上、知ることも、今のところはない」
「イヅナがそう簡単に話すとも思えないが、お前がいいなら、いいか……」
「私に用件か?」
「ああ。おそらく――」
煙草に火を点けるベル。彬は相変わらずの姿勢で書類を読んでいるだけ。少止にしてみれば、熟練者を前にしてやや緊張も走るのだが、抵抗するだけ無駄、という言葉が頭に浮かべば、どうでもよくなる。
「――雨のから話を聞いたあとに、俺のところへ挨拶に来るだろうことを見越して、手間を一つ減らしてやったんだ」
「おいベル、今の俺は雨のじゃない」
「知ってる。嫌味で言ったんだ、とっとと現役に復帰しろってな」
「なんだよ、
「手のかかる息子がいるようなやつを、好き勝手動かせないと言ってるんだ」
「あー……いい、いい、続けろ」
「ふん。俺のセーフハウスに顔を出すか、それとも電話連絡をするか、可能性は半分ってところだ。どっちにしても、問題があると見ての行動だ」
「そっちの問題だな?」
「まあな」
「だったらそれでいい。ご足労願ったことに、感謝するような間柄じゃないし――どうせ私の行動が筒抜けなのも、わかっていたことだ。今まで黙認されていたこと自体に、裏を感じなくもないが」
「若い連中の成長を邪魔するほど野暮じゃない。実際にお前はよく動いてる。さてと、まずは
「いや――」
あの件の依頼人は誰だったかと思いだしながらも、たどり着いたのが軍の命令だったため、彬も噛んでいるのだろうと推測しつつ、首を横に振る。
「――どういう理由かは知らないが、私が狩人の仕事をする際に、後ろをついてくるから誘導は容易かった。しばらくは私も野雨にいるから、居付くのもそう難しくはないはずだ」
「そこまで考えているのか?」
「ああ、どうせ一時期とはいえ
「……ま、大丈夫だろうとは思うが、上手くやってくれ」
「あんたからの依頼なのか?」
「ん? まあ、元を辿れば俺のところにつく。彬を動かしてはいないが、話は耳に届いてるだろ?」
「まあな。俺に責任がなくて気楽なものだ。いつもそうしてくれりゃいい」
「言ってろ」
「気に掛ける理由は? ――ああ、面倒事なら言わなくていい」
「気遣いの必要はねえよ。知ってる人間は限られるが、俺の娘だ」
「おい……」
「なんだ、彬も初耳か? そりゃそうか、察してる連中を除けば知ってるのは十人に満たない。お前らを含めてもな」
そんな情報を、気軽にほいほい伝えないで欲しい。口外厳禁だ――というか、そんなことを口走れるような生き方を、少止はしていない。
「当人も知らないだろう?」
「お前が知っての通り、もういないとすら思ってるだろうな。零が言うとも思えない」
「私みたいな半端者に教えるような情報じゃない……まあ、だからどうしたって話だが」
「それでいい。プランは?」
「まだ詳細も耳にしていない」
「わかっているだろう。そのために餌を一匹、上手く泳がせてある」
「……接触はするさ」
「
「片付くのが早そうで何よりだな。野雨に入った時点で逃がさない。この件は私に任せて欲しいと、こちらから伝えたいのは、それだけだ。なにか問題が?」
「いや、他人の事情を横から首突っ込んで、勝手に解決するような真似はしない。しないが――なかなか、そうもいかなくてな」
「はあ?」
「たとえばだ、仮にお前がこの問題を放り投げたとする。だいたいランクC指定依頼ってところか、そう難易度は高くない。ところが、この件に関しては率先して解決したがる馬鹿どもがいる」
「……」
それは、何故か?
「お前が懸念している通り、お前の妹に少なからず影響がある一件になりうるからだ」
「おい……」
闇ノ宮に関連する事情ではなかった。
「関係ないって振りをして鷺花は水面下で手をきちんと打ってあるし、小夜なんかは今ここでお前が面倒だからやらないって言うのを待ってるし、行動が遅ければ勝手に紫陽花が動いて終わらせる気でいる」
頭が痛くなる問題だった。
「勘弁してくれ……」
「そこでだ、野雨の外にいる残党処理をこっちに任せてもらいたい」
「そりゃ」
――実際に、少止が一人でやろうとすれば、それなりに時間がかかる。一日や二日の話ではない、早くても二ヶ月くらいだと思っていた。大きくは夛田と呼ばれる一派だが、それもあくまでも一派。闇ノ宮は各地に、分家として多くの人間を送り込み、日常生活を送らせることで潜ませている。探し出すのも、消すのも、なかなかに面倒な仕事であることに違いはない。
だが。
それは、最後の闇ノ宮であるところの、少止の仕事だと、そう思っていた。
「……交換条件だと?」
「それで納得するのなら。ちなみに断ると――……んー」
「言ってくれ」
「おそらく、俺じゃなくて小夜との直接交渉になった挙句、交渉の途中なのに、先にもう片づけを始めようとしていた紫陽花の首根っこを掴んで、鷺花がくる……という感じだ」
「具体的過ぎて嫌すぎるな、それは」
だいたい、少止の実力では手が届かないような三人衆である。本腰を入れてやろうとしたのならば、それこそ呼吸のようにあっさり終わらせられるに違いない。兄としては嬉しいような、ありがた迷惑のような、複雑な気持ちだが――。
「わかった」
頷くしかない。
「野雨の内部に入った連中は、私がやる。外は任せる」
「いいんだな?」
「ああ、構わない――私から連絡しておくか? 刹那なら」
「それは必要ない。もう動いてる」
「事後承諾かよ……」
少止が断れないのを見越した上での行動だ。まったく、手が早い。
「外の情報が野雨に来てる馬鹿に漏れるまでの猶予は、せいぜい一ヶ月程度だ。来たのは六名、武装あり」
「その情報は知ってる。期間は……餌の動き次第だと言っておく。例外もあるが」
「妹に手を出された場合と――いや、そこまで立ち入るつもりはない。俺も、半ば引退したようなものだ」
「せめて隠居と言ってくれベル。あんたが引退なんてのは似合わない」
「聞いたか、彬」
「聞こえてる」
「だったら返事をしろよ、お前が引退なんてのは似合わないっていう嫌味だぜ」
「うるせえ」
そろそろ話は終いかと、腰を浮かせかけるが、しかし。
「――六人、引きこんだのはお前だろ。理由は?」
まだ、続くことを察して、二本目の煙草を取り出した。
「わかっているんだろう……と、返すのは分が悪いか」
「まあ、そうだな」
そもそも、ベルにとってわからないことなど、少止にとっては想像すらつかない領域のものだろうし、少止にとってわかっていることなど、ベルが知っていて当然だ。つまりその問いも、確認の意味合いでしかない。
「紅月の影響が出てきてる。先月の遠々路だってそうだ」
「ああ、
「
確かに、身内で片付いたのだから、問題ではなかった。あったとすればそれは、蒼の草原と呼ばれる野雨の封印指定区域から、厄介な女が一人、遠々路紗枝に接触したことくらいなものだ。二人ともに鈴ノ宮に配属、というか暮らしているので、既に事件は収束している。
だが、問題は遠々路紗枝が魔術師として覚醒してしまったことだ。元から持っていた素養が、紅月の影響で強引に発芽する――そうした現象は、今までにもそれなりに起きてはいた。
だからだ。
「
「そうか。ま、上手くやっているようだから、そこはいいんだが……いつになると考えている?」
「なにが」
「今はまだ、外出禁止の二十三時以降に紅月は姿を見せる。随分とでかくはなっているけどな。その時間を割るのはいつだ?」
「名前が挙がってた三人衆が野雨から離れた時から数日後」
冗談ではなく、真面目に返したのに、二人揃って大爆笑だった。
なんなんだこれは。
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