08/22/23:00――鷹丘少止・成功か失敗か
失敗だった。
いや――手違いがあったと、そう思っていい。だが、どうであれ結果的に彼らは敗走し、相手には見逃された。敗因は、そもそも仕事を引き受けた
つまり、その男の気まぐれによって、自分たちは追い込まれたのだ。相手が自分たちと遊ぼうなどと考えなければ、何事もなく終わったのに。
「なんなんだ、クソッタレ――」
息も絶え絶えに、木の根元に座り込んだ
「ジャングルのサーベルタイガーだって、マーキングして存在を報せるってのに」
満身創痍、どころか、死に体に限りなく近い。致死は遠いけれど、それはぎりぎりのラインで防御が間に合っていたという結果でしかなく、夢見が行動で示した通り、身動きすらできないほどの疲労が躰を襲っている。
特に、奮闘とは言えないけれど、前線に立っていた
三人は――化け物に、出逢った。
今までにも組んで仕事をすることは何度かあった。三人が揃うこともあれば、二人でやったこともあったけれど、しかし、大きな失敗を犯したこともあって、それは反省会という暴言の吐き合いみたいな喧嘩もしたし、もちろん最初の頃は敗退だってした。それを糧にして成功させてもきたが――それでも。
今回のことに限っては、やや異色であっただろう。
仕事自体の危険度は、それなりに高かった。だいたい仕事を持ちかけるのは、
ただ、場所というのが某国の大使館別棟というのが、問題だった。見つかったら国際問題どころか、最悪の場合は殺される。警備も同業者が行っているような場所であるので、戦闘も充分に考えられた。そのための仲間だ。
とはいえ、決して三人は仕事仲間というだけではない。それ以外でも話はするし、年齢もそう変わらないこともあって――まあ、話というのも、日常的に仕事やら何やらになってしまうのは、確かだけれど。
実働は少止、フォローは夢見。戦闘になった場合に備えて花楓、という配置。
仕事は上手く行った。電子データを盗み、それどころかバックドアまで作成して潜り込ませ、北海道にある夢見のサーバにデータを転送できたくらいだ。時間も充分、作業も完了、痕跡も残さず撤退はできた。
――異変を感じたのは、大使館を出てからだ。
花楓がいなかったことよりも、戦闘の気配に反応した。そう遠くない距離だが、一キロは離れている。市街地からは外れていたのは、結果的に幸いだったと言えよう。夢見が使うテレポートのESPで跳んだ先で、それは行われていた。
たった一人の男を相手に、一つの戦場が作り出されていて、二人は迷わずそこに飛び込んだ。その結果が、今だ。相手に手傷一つ負わせることもなければ、相手の意図すら読むことができず、ほうほうの体で逃げ出してきた。
――逃げるのなら追わないよ。
男の言葉通り、追跡はない。だからといって一安心、なんてことはないけれど。
「おい、少止」
「なんだ」
「どうやって移動した?」
「奥の手だ。何度も使える手じゃない。移動距離はおおよそ百キロくらいなものだ」
「……、夢見の、テレポートとは少し、違う感じがしましたが」
話せる程度には回復したのかと、一瞥を投げてから、小さく頷こうとした少止は、自分が仰向けに倒れていることに気付き、ああと、声を出した。
「魔術品でな、試作型で一度きり。位置指定が曖昧だが、テレポと似たように空間移動が可能な代物だ。どうであれ私の持ちかけた仕事だ、退路の確保も私がやった」
「そういうことか。俺としてもお前らと一緒に長距離テレポは難しかったから、助かったぜ。便所に入ってた時、隣からペーパーの差し入れくらい助かった」
「そのたとえはどうなんだ……」
「んなことはいい。それより、あれはなんだ? 俺の感覚で言えば、こっちの対応全てが、あいつにとっちゃ把握済みだったんだが」
「確かに、対応はされていたね。最初、私が一人でやっていた時も……そう、まるで蹄を知っているかのような……」
「反省会は後だ。野郎の事情に関しては、私が調べておく。少なくとも仕事は成功した……そう割り切っておけ」
「ああ、その顔は知ってるぜ。禁煙二日目の野郎が、目の前で煙草を吸われた時によく見る――あんな化け物に、知り合いがいるってツラだ」
震える手でオイルライターで火を点けた夢見は、言いながら煙草の紫煙を空に向かって吐きだした。
「うちの親父とは質が違う。どうだ花楓」
「そうだね、私の――師事している人とも、違う」
ESPの使い手でもなければ、武術家でもない。
「どっちかって言えば、なるほど確かに、系列としちゃあ少止の方向だよな」
「けれど心当たりはない、と。情報を流す必要はないけれど、こちらに報告は欲しいね」
「巻き込んだのか、巻き込まれたのはわからないが、さすがに私だって報告くらいする。加えて、調べ切れるかどうかも半信半疑だ」
「……? つまり、少止が原因ってことでいいんだな?」
「待て」
「なるほど、心当たりがあるのは少止なら、少止が引き寄せたという理屈にも納得だね」
「私も半ばそんな気持ちになっていたが断定はするな。もしそうだった時のことを考えるくらいにしておいてくれ」
「教会で祈るよりもよっぽど有意義だな。それなりに考えれば、気も晴れる」
「それでも体力は回復しないよ」
「言うな。さすがの俺でも鍛え直そうかと考えだしたくもなる――お前らと違って、体力を資本にしてるわけじゃねえんだよ」
見ろこの細腕を、なんてうそぶくが、基本はできている。一般的な高校生の運動部レベル、といったところだ――が、なるほど確かに、二人と比較すれば、大したことはない。
ただし、だからといって戦闘が不得手ではないのが、夢見の厄介なところだ。
携帯端末を取り出した少止は、とりあえず報告だけするため、上半身を起こす。いくつかのサーバを経由して、暗号化して無事に終わったことを伝える。あとは現物を渡すだけだが、さすがにそれは電子データのやり取りでは行わない。そういう依頼でもあるし、最低限の所作だ。
「報酬は上乗せしとけよ、少止」
「……なんだよ、織り込み済みで付き合ったんだろ」
「そういえば、半月ほど前に良さそうな酒場が開いたらしくて、調べておいたよ。野雨にある、フラーンデレンってところなんだけどね。資金の流れを見ていたら、少しキナ臭かったけれど」
「ああ、そいつは俺も気にしてた――が、それなりに繁盛してるし、夜の店ってことで、密会なんかにも使われてるらしいぜ。知ってんだろ、少止」
「わかった、わかった。あの店は、ビール専門で仕入れも良いし、連れて行ってやる。もちろん私の奢りだ。それでいいんだろ」
「それはそうとして、ここは? 名古屋から百キロ範囲となると……」
「ああ、
「あまり長居はしたくないね。私はこっち側への〝糸〟はあまり伸ばしていないんだ」
「ははっ、〝五森〟の関係だろ、花楓」
「なんだ、夢見はよく知っているね? それは武術家の領域かと思ったけれど?」
「――、まあなんだ、この間隣に座った姉ちゃんが、誘い文句のついでに言ってたんだ」
嫌なことを思い出しでもしたのか、舌打ちを付け加えた夢見はそっぽを向く――いや、向いたと思ったら頭を抱え始めた。
「なんだ、どうしてだ。せっかく仕事を引き受けたのにこの状況、どうしてこうなった」
「なに落ち込んでるんだ、お前は。つーか、暇だったから引き受けたんじゃねえのか。なあ花楓」
「え……え、ええ、まあ、その」
「なんだよ」
「ちょっとなごみと喧嘩をしてね……ははは、どうしたらいいのか悩んでいたので、丁度良いかと」
「……お前ね。んで? 夢見はどうなんだ」
「姉貴が帰ってきてて、妙に猫撫で声で甘えてくるんだよ。単車の整備もしたし、風呂の用意もちゃんとしたし、飯の準備もしてるのに、なんか裏がありそうなんだ……仕事でどっか行くまで雲隠れしようかと思ってたのになあ……」
二人とも、どうでもいい事情だった。というか、物凄くプライベイトだ。ちなみに三人とも、お互いのプライベイトに関しては、それほど調べてはいないし、話してもいない。だから、夢見に姉がいることは知っていても、どんな人物かは知らない振りもすれば、花楓の付き合いなど、正直なところどうでもいいのだ。
「弱り目に祟り目だ」
ぱたぱたと音を立てて降ってきた雨に、煙草の火が消えることを心配しつつ、夢見はずるずると躰をずるようにして、木の根元へ移動する。
「お似合いだろ。雨は匂いを消すとはいえ、敗走の上に雨だ。ありふれた話だぜ――映画の中じゃな」
「お前のその一言多いの、なんとかならねえのか。海兵隊宿舎を思い出して嫌な気分になる」
「それは私たちと出逢う前の?」
「俺が認定証を持つ前の話だ」
「そりゃまた古い話だな。……だよな? お前の経歴は知らねえけど」
「まあ、拾われてから真っ先に放り投げられたのが軍部だったからな。そっちの仕事もそれなりに引き受けてはいるが、そこそこだ」
「厄介な立場を持っていると大変だね。しばらくはこちらに?」
「そうだな、まあ、たぶん」
「どうでもいいが、酒は奢ってから消えろよ。消すのは財布の中身だけでいい」
「うるせえよ」
煙草の箱を投げれば、少止が受け取って口に咥える。
「日頃からまっとうな一般人として過ごしてんのは、俺だけか」
「まるでVV-iP学園生がまっとうではないと言いたげだね」
「狩人だってまっとうだろ」
「ここに鏡はないんだ、言葉くらい選べよ」
お前が言うなと、二人が言っても夢見は軽く受け流した。付き合いも二年以上になれば、そんな言葉を真に受けなくもなる。
「時間は?」
「ん……ああ、もう少しで日付が変わる頃合いだが、夢見はなんかあったのか」
「宿の手配もしてないんだ。しばらく出ると言って仕事にきた俺が、間抜けなツラを見せに戻れってか? ――冗談じゃねえ。それなら野宿の方がよっぽどマシだが、場所の把握もできてない馬鹿が三人揃って、野宿としゃれ込むわけにもいかないだろ」
「少止、この近辺にセーフハウスは?」
「待ってろ、今から現在地を参照してやる。期待はするな、私だって全国にセーフハウスを持つほど、ランクは上がってねえからな」
「それは暗に、報酬の悪い仕事ばかりだと?」
「私もまだ腰を落ち着けるほど、経験を積んでねえと言ってるんだ……ああ、やっぱ蒼狐だな。もちろん私のセーフハウスなんかない。ホテルの類はもう閉店の時間をとっくに過ぎてる」
何故ならば、二十三時から翌日四時までは、外出禁止の法律があるからだ。
「いくら雨が降っても、俺の体力は回復しねえよ。さすがに
「雨天じゃあるまいし、雨で活性化されるものはないよ。こうなっては、街へ出るよりも、ここらに居た方が安全かもしれないね」
「妖魔が出なけりゃ、それでもいいけどな……」
「おそらく、ここならば安全だよ。蒼狐の妖魔は一ヶ所に固まっていて、そこに立ち入るのは難しい。武術家の領分だからね」
「だったら、二時間交代で寝ようぜ。私が最初の二時間だ、次は夢見な」
「へいへい、諒解だ。贅沢は言わねえよ。街に出て狩人に尻を追っかけられるよりはマシだ」
「何かあれば起こしてくれて構わないよ。――その前に気付いて起きるだろうけれどね」
おのおのが、その場で転がって休息を取る。これが初めてのことではない、仕事によっては一週間ほど一緒に過ごしたこともあった。二年間で、特に最初の一年は、二十個以上の仕事をしたものだ。
だから、文句を言いながらも、こんなことには慣れたもので。
そういう〝間柄〟が、彼らにとっては一つの繋がりとして、そこに在ったのだ。
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