03/17/18:00――鷺城鷺花・連立式、複合式

 自分のふがいなさに腹が立つ――などということは、断じてない。むしろ魔術戦闘においてまるっきり通用しなかったことは現時点で良い経験になったし、そのおかげで見えてきたこともある。

 つまり鷺花には、何もかもが足りないということだ。あと背丈も。

 情報を摂取するのは面白い。この知識が役立つかどうかはともかくも、何かを得ることの喜びはそれが何であれ同じことで、鷺花にとっては小学校レベルの学業など造作もなく、それに終わりが見えてきた頃、エルムから地下書庫への出入りを許可された。

「大前提として書庫内部での術式使用は――禁止だ。ま、僕や父さんは別だけれどね」

「ふうん……」

 暗い階段を下りた先の書庫は広く、そして暗かった。これでは本の背表紙も見れないと思ったのだが、歩くたびに先を示すように灯りが点く。

「ああ、書庫内部に術式を使ってるから、ほかの術式を影響させたくないんだ」

「それもある。最大の理由は魔術書が呼応して二次災害を引き起こす可能性があるからだ。その辺りの手も打ってはあるけれど、書庫の半分が異空間に消し飛ぶのは避けたい。だから鷺花には、まだ許可しない」

「はいはい」

「……おかしいな。最近、僕に対しての扱いが随分と雑になっているようだけれど?」

「気のせい」

 恨みが溜まっているだけだ。

「あっちには作業台がある。その内に使うこともあるだろうし――ああ、鷺花には持ち出しも許可している」

「許可してないのは?」

「そうだね、ウェルとジャックには許可をしているね」

「……あ、そう。キースレイおじさんはオッケーなんだ」

「含みがあるね」

「してない人を聞いたのに」

「している人物の方が少ないからね。――さて、現段階で鷺花が入れる区域はこの棚までだ」

「ここ? ……長棚五列、両面かあ」

 本棚は八段、長さは五メートルほど。かなりの数だ。

「鷺花、両手を前に。掌は上で」

「ん?」

 何をするのかと思えば、引き抜いた本が置かれた。

「後はそうだな……」

 二冊、三冊、四冊――六冊目で完全に視界が塞がれた。あと死ぬほど重い。

「ぬおっ」

 しかし落とすのは躊躇われるため腰まで使って耐えれば、八冊目がぽんと置かれた瞬間に重量が一気に消えた。

「――へ?」

「そんなものかな。部屋に戻って読むといい」

「ちょっとししょー、なんかした?」

「したとも言えるし、していないと否定もできる」

「あ、じゃあ魔術書の作用か。ふうん……ま、いいや。戻るね」

「転ぶなよ」

「その時になったら考える」

 というか視界がほとんど塞がれているのだから無茶な忠告もあったものである。

 地下書庫を出て最初の難関は階段だ。ただ視界が塞がれているとはいえ軽いのは救いだろう。

「――おや」

「あ、レインの声。ちょっと部屋の扉開けて」

「ええ構いませんよ。ついでに一番上の本だけ持ってあげましょう」

「やめてっ、お願いだからやめて!」

 わかっていて言っている辺り意地が悪い。

 どうにか部屋に到着して適当におろし、ふうと肩から力を抜く。レインは既にテーブルに座っており、大剣は壁に立てかけてこちらを見ていた。

「……なに?」

「珈琲はまだでしょうか」

「自分でやればいいのに……」

「鷺花の珈琲が飲みたいのです」

「そんな言葉じゃ誤魔化されないからね」

「そう言いながら淹れてくれる鷺花には好感が持てますね」

「私も飲むだけよ。それに、もう落としてあったし。温め直しはしないかんね」

「ありがとう。――本の選別はエルムが?」

「そう。連立と複合の辺りってのは背表紙見てだいたい予想したけど……なんだろうね、それ」

 それを今から学ぶのだが。

「普段はどのように知識を?」

「とりあえず読む」

 珈琲をテーブルに二つ置き、座ると同時に上から一冊を引き抜いて手元に置く。

「私が見ていても?」

「いいよー。ついでに話し相手になってくれると助かる。その方がなんか捗るのよね」

「では次から音楽でも聞くといいでしょう。そうですね、私がアクアに手配しておきましょうか……」

「おお、それもいいね」

「音楽は聞かない?」

「喫茶店で流れてるのは聞いてた」

「ああ、SnowLightですか。そういえば、珈琲も一夜いちやの仕込みだそうですね」

「うん。休日に教えてもらった――よっと」

 まずは中身に目を通さずぱらぱらとめくる。それに連動していくつもの構成が展開していくが、レインは珈琲を片手に優雅さを自覚しつつその展開式に目を通すだけだ。

 魔術書の多くは文字によってある種の術式を内包している。鷺花はそれを先に抽出し、内容の補強にしており、いわばあらすじのように最初は目を通す。

「なるほど」

「何を納得したのか説明を」

「連立式ってあれでしょ? 火を発生させるのに必要な要素を集める時なんかに、二つ以上のものを〝一つの要素〟として捉えるために必要な部分ね。接合部分とはちょっと違うけど、接着剤的なものってのはわかる。ただ種類がなー」

「他人の術式を解析するのは良いですが、そろそろ独自の術式を考えてみてはどうですか。聞いている限り、どうやら法式の方も安定しているのでしょう?」

「うん、そっちの制御はできてる。昔みたいに暴走することはないから」

「興味本位ですが、それらはまったく別のものとして機能しているのですか?」

「そう。術式の行使なんかには一切影響しないかな……んあ、やっぱり連立式も数があるなあ……これ、番号付けで保存しとこう」

「番号付け?」

「そうしとけば簡単に引き出せるかなって。最近は短縮化を考え中」

「それを言うなら最適化では?」

「……それもそっか」

「魔術は面白いですか」

「魔術に限らず面白いよ? あ、でも今は魔術かなあ……お、複合式もある。これはあれだね、火の威力を上げるために風を起こすって部分の構成の繋ぎか。連立は横並びだけど複合の場合は縦並びってところか……」

「そういう捉え方ですか」

「汎用性も利きそうだけど、ここらが一番重要そう。こうして考えると単純な術式でも内部構成は複雑になってるよね。んー」

「そう言われても、私は魔術師ではないのでわかりませんが」

「あ、そっか。レインの場合はさ――よし次」

「もう読み終えたのですか」

「いつも四ループはするから。また持ってくるの面倒だし。レインの場合は大剣に含まれる術式を引っ張り出してるわけでしょ? あれって、術式構成のみストックしておいて属性環境から自然界の魔力を呼応させてるのよね」

「魔力の貯蓄もしていますが――アンブレラ、寝てなさい」

 大剣に埋め込まれた大きな宝玉の表面に文字が浮かんだが、すぐに消えた。

「へええ……自己意識?」

「基本的には私と変わりません。r因子は使っていませんが」

「なにそれ」

「話は逸れますが、私を私たらしめる要因でもあります。いわば自己意識を確定させる因子――でしょうか。人が意識と呼ぶ、魔術的には魂魄の因子が限りなく近いでしょうね」

「あ、そっか。レインって肉体を持たない生命体だっけ」

 生命体の定義にもよりますがと、レインは苦笑する。その間も鷺花は本を読む手を止めない。

「私のr因子を複製したものが弟のレィル――には、まだ逢っていませんでしたか。今はセツの補助をしているようですが、基本的には遊んでいます。性格もそう似てはいませんが」

「二人だけ?」

「ええ。そもそも私には増やしたい、と思うことがありませんし、レィルも同様でしょう。ただ主人様がそれを望んだので、結果的に増えたのですが」

「あ、じゃあ電子戦とか得意?」

「得意――というか、そもそも私に言わせれば故郷のようなものです。肉体を得ているとはいえ、意識の大半はあちら側に接続しているというか、この話をするのには形而界の説明も必要になって複雑化するのが目に見えているので、そうですね、かといって遠隔操作をしている実感は皆無なのだから故郷で正しいのでしょう」

「つまり?」

「得手ではある、と答えておきます」

「そっか。やっぱそっち方面の知識も必要になるかなあ……」

「後回しでも充分かと。基礎知識さえあればどうとでもなりますよ」

「ま、今はこれだよね。――でさ、本題はレインの術式の反応速度なの。かなり高速化してるでしょ?」

「ああ、あれはどちらかといえばアンブレラの――黙ってなさい」

「反応速度が上がったね」

「こちらの会話を聞いていますから……暇つぶしのつもりでしょう。r因子ほどではないにせよ、半自律化はしていますし、私の影響もありますからね」

「好奇心旺盛なんだ。いいことだね」

「悪いことではありませんが、まあ戦闘の最中は問題を起こしませんので。基本的に大剣の動作そのものを制御しているのはアンブレラです。私はその最終決定権を握っている状況ですか」

「同調してるの?」

「限りなくそれに近いですね。脳内に羅列される文字情報がアンブレラの伝達であり、戦闘状況でもあります。もちろん、それとは別に私自身が把握した状況を加味した上で最終判断を下していますが」

「同調……そうか、補助的なものとして捉えればべつに……ん、そういえば伝達なら、複合より連立に近いもので……接合……接合、ああー! そっかそっか」

 本をどけてナイフを袖口から引き抜いて置く。もう見飽きたほど繰り返したナイフの術式を展開して、ひょいひょいと指で触れて移動させていく。

「そういえば袖口に仕込んでいましたね」

「小型の得物を仕込むなら袖が一番いいって教えられてたから。父さんは飛針とばりだったけどね」

「ああ、雨天の……やはり幼少期に最低限は教えているのですか。ところで何を?」

「連立と複合――と似た接合部分の術式を抜き出してる。一緒の術陣になってるから細かく分析しつつ、だけどね」

 術陣――魔術陣と、その単語が頭の隅に刻まれる。それはある種の閃きだが、この時点でそちらに集中するわけにもいかない。

「サギはエミリオンの術式を解析していたのですか」

「うん。っていうか、一番最初に見たのがじーさんの術式だったから、目標になるかなって。このナイフだけどね」

 ちなみに戦闘訓練で使ったもう一本はエミリオンに返してある。使いどころが限定されるし、そもそも鷺花は戦闘を常としている日常を過ごしているわけではない。

「またあの人は無自覚に影響を与える……学習能力が日常生活で発揮されないのは、どうしたものか」

「刃物創ること以外、すごく適当よね。話は面白いから暇になると逢ってるけど、魔術の話はあんましないかな――よっと。わかんないのは、これくらいか」

 随分と少なくなったなと思う。最初はまるでわからなかったけれど。

「あー……でもさすがに、この辺りは本人の話を聞かないとわからないかなあ」

「――随分と成長しましたね」

「そかな? どうだろ、まだ歩き出したくらいだと思うけど」

「なるほど。誰かに聞かせてやりたい言葉ですね」

「え、誰?」

「さて、誰だったか。――先が楽しみなのはエルムだけではない。私も楽しみにしていますよ」

「……? うん、そっか」

 よくわからなかったが頷いておいた。日常会話な上、他人のことなど、その程度でいいのだ。


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