03/08/07:00――鷺城鷺花・展開式

 翌日の朝食は自室で食べたのだが、その折に侍女でオブシディアンの宝玉をつけた三女、一番背丈の低いシディにほかの部屋がないかと打診すると、十五分ほどしてからすぐに案内された。

「えっとね、ここはあたしが使ってるんだけど、とりあえず共用ってことで。いいかなサギ」

「うん。だいじょぶ――かな? まだよくわからないけど」

「あたしの魔力波動が残留してることもないと思うよ、掃除もしてるし。あー、そういえば昨日、テーブル一個やっちゃったって言ってたね」

「そう。ついでに部屋が水浸しだったし、熱かったし」

「最初から飛ばすねえ。ちゃんと寝れた?」

「――え?」

「……んん?」

「えっと、寝てないからわかんない」

 二十回ほどキースレイから借りた本を読んでいたらいつの間にか朝になっていて、というか朝食を持ってきてくれたのに気付いたら、その時が朝だったのだ。

「眠くない?」

「たぶん。ちょっと試したいことがいろいろあって」

 シディの自室の隣にあるこの部屋は、物が一切ない。四角いただの部屋で、広さもある。だからと、鷺花は床に腰を下ろして実験を開始する。

「よっと」

 鷺花が文字式を学んだ上で試そうと思っていたことは、単一文字に凝縮されていた構成そのものを、別の手段で――つまるところは術式として構築できるかどうか、だ。実際に簡単なものはできていたけれど、詳しく読みとるほどに単一文字に凝縮されている情報が多く、精密な構築はまた被害が出そうだったので、こういう場所でやっているわけだが。

「うぬ……」

 できる。できるが――視覚化されない、というのはやはりデメリットだと感じてしまう。もっとこう、目に見える形で操作しつつ変化などの経過を見たいのだが、具現した術式ではなく、術式の構成に関してであるため、やはりそこが難しいのだ。

「どしたの?」

「んっとね、シディ、魔術の構成って目に見えるようにできないのかなって」

「ああ、もしかしてサギは展開式を探ってるのかな」

「展開式?」

「そう。これは魔術陣や儀式陣に似た部類なんだけどね、魔術の初動から完了までの流れを、文字通り展開することで研究の効率化を図るんだ。やり方には個人差があって――っていうか、魔術なんて個人差しかないみたいなものだけど」

「じゃあ、みんなやってるんだ」

「んー、どうだろう。できない人だっているよ。そこは適性になるのかなあ」

「シディは?」

「いちおーできるかな。たとえば、んーほら」

 鷺花が構成を閉じたのと入れ替わりに、シディが淡い黒色の構成を具現させる。

 それは、云うなれば数式に限りなく近かった。鷺花にとって数式が初見なのは年齢から考えて当然のこと、しかし数学と呼ばれる学問の中のどれにも該当しないものだ。複雑すぎて、そもそも数式記号ですらあいまいである。

「おー……」

「基本的には魔術構成に色づけしてやって、自分が理解しやすい形に具現してや――」

「よっと」

 なるほど、周囲の空気を集めることで半具現させる刃を作る術式だ――と、出現した構成を見て自分でそれを組み立てれば、術式の仕組みがよくわかる。

 ただ。

「二度手間だ。どうしよ……」

「え……あれ、えっと、なに、あれえ?」

「ん? どうしたのシディ」

「どうしたのって、あの、そのう……あれえ」

「――あれ」

 二度手間だと、自分は今言ったけれど。

 どうして二度手間なのだろうか――そんな疑問を鷺花は抱く。

 シディの話を聞く限り、展開した構成はシディが理解すべきものであって、シディ特有のものだ。それを模倣するかたちで術式そのものは鷺花も使えるけれど、目に見えることでの細かい調整や操作などはできない。

 相手の術式があり、自分の術式がある。

 共通性は――結果、つまり効果を発揮したものと、構成。

 しかし文字式の一つを鷺花が違う術式で同じ効果を発生させたのと同様に、これがシディの魔術の行使であって、鷺花に適しているとも限らない。

 同じ結果でも違う手順がある。

 ――だから、二度手間なのだ。

 相手の構成を知るために、自分で組み立てて実行する際には、自己流への変換が行われるから。

 頭に浮かんだのはエミリオンの魔術だ。

「そっか……つまり、私なりの変換ができてないから、駄目なのか……うーん」

 その辺りを度外視できないだろうか。

「んぬう」

「えーっと、サギ?」

「どしたの? あ、シディは仕事とかだいじょぶ?」

「そだね。そうなんだけどね。なんていうかこう……うーん、若様はどういうつもりなんだろ……」

「さあ……」

 そもそも、シディはまさか鷺花がここに来てから魔術を行使し始めたなどとは思っていない。てっきり基礎はできていて、その延長のことだと思っているのだ。事実が発覚するのは数日後だが、驚きを通り越して呆れるという新たな経験ができる。

 それはそれとして。

「とりあえずはいいや。疲れたら休むんだよ?」

「うん。シディもね」

 ――さて。

 方向性を改めよう。

「まず、じーさんの術式を組み立てること」

 ただし前提として、実行させてはいけない。あくまでもその前段階で、どのような仕組みになっているかを知るためだ。

「だから、分析をしたいってこと」

 ここで先ほどの問題に当たる。つまり、自分なりの術式と他人の術式は違う、という点だ。

 エミリオンの術式を鷺花が構成しようとするのならば、それは鷺花の術式になる。それが悪いことではないが――分析それ自体が、オリジナルではなくなるのだ。

「原型をそのままに……なんだけど」

 そこに自分がなければ、そもそも術式として完成しない。シディに、どうやって他人の術式を分析しているのか聞いてみればよかったのかもしれないが、なんだか変な感じがして聞けなかった。実際にその判断は正しかったのだが、それもまた後になってわかることだ。

「――ん?」

 ふと、思う。

 実際に詳しく知らないが、自動車だとて組み立てるものだ。そして、組み立ててすぐに走るわけではない。まずは確認作業があるはずだ。

「確認……」

 そのためには、どうすればいい?

 なんだか同じところをぐるぐる回っているような感じがして、袖からナイフを取り出す。ポケットに入れたら重かったので、鞘ごと手首に固定してみたのだが、持ち運びとしては便利だった。取り出しやすいし。まだ使ってないけど。

「確認」

 同じ言葉を繰り返して、じっとナイフを見る。

 文字式がどうの、展開式がどうの、というのは必要な知識だろう。魔術のことをほとんど知らない鷺花にとって、そうした知識は得ていきたいと、前向きに考えている。

 ただ、違うのだ。

 なんだか――順番を間違えているような、感覚。

 順序としては本来、正しい。基礎を知らなければ発展もできないのに、発展から先に入っているのだから、間違っているのだろう。けれど、まず鷺花がやりたいのは――分析、だ。

 鷺花は。

 その行為が単純でかつ明快、つまるところ簡単な部類だと信じて疑っていなかった。

「ん? 確認? あ……れ?」

 組み立てようとして、失敗する。

 現時点でそれは明確だ。おそらくその部分に関してだけ言えば、鷺花の持つ知識と経験が至っていないからだろう。最初からエミリオンと同じやり方で刃物が作れるとは思っていない。そして、それは昨夜から証明され続けている。

 ナイフはここにあって、分析をしたい。

 確認をするのに、実行はいらない。

 自動車の仕組みは知らない――ならば、知ろうとするにはどうすればいい?

「そうだ。分析って――」

 知りたいのならば、分解して内部を覚えるのが確実だ。

「――逆なんだ」

 逆手順。

 その発想に至っていながらも、結論を掴むまでに時間がかかったことを、仕方ないと思うか、遅いと嘆くか――どちらでもなかった鷺花はすぐに、それを行った。

 原型をそのままに。

「創り上げるんじゃなくて――」

 それは、どちらかといえば抽出に限りなく近い。

 完成系が目の前にあるのならば、そこから内部構造を外部へ取り出してしまえば、そもそも実行されたカタチが存在している以上、それは、ただの情報の羅列だ。

「――おしっ!」

 一つ、そして二つと出てからは早かった。一気に出現した術陣が同一のものだとわかると、ぱちんと手を叩く。

 成功だ。

「これが」

 だから、これが。

「分析の術式ってことにしておこう」

 よしよしと頷いた鷺花は、肩の力を抜いて術式を解く。ナイフを片手に持ってから大の字に倒れ――そのまま、睡眠へと移行した。

 一時間後、それを発見したシディが鷺花の自室まで運ぶのだが、その記憶はない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る