03/07/14:00――鷺城鷺花・魔術構成
魔術師が最初に行うことは自己を見つめることだ。
第六の感覚器官がどのように馴染んでおり、魔力の流れがどうなっていて、どのような構成を組み立てられるか――などという具体的なものでは決してない。
鷺城鷺花はただ、どうして己の中に第六器官こと魔術回路が生成されたのか、それはどのようにして自分に影響しているのか、そんな結論を得るために――己がここにいる理由や、感情、これからやりたいこと、そういった当たり前のことを考えて、自分がどうなのかを知ろうとしていた。
宛がわれた一室は鷺花にとって広すぎる部屋だ。そもそも自分が四人は並んで眠れるんじゃないかと思うほどのダブルベッドは、大の字に寝転がっても随分余る。何気なく腰を下ろしてみたものの、両足は床から離れてふらふらと揺れた。
これからどうなるのだろう、そんな不安はない。
幼い鷺花にとって親元を離れたこの場所は、距離的な意味合いであったところで遠いの一言に尽きる。だが事情はわかっているし、あとは鷺花がここに馴染めるかどうかが問題なのだが、そこはそれ、馴染めば問題にならない――その程度のことだ。
自分ができることをやる。ただ、どこまで何ができるのかを見定める必要があり、それこそが自己を見つめる理由だ。
しかし、何もせず腕を組んで考えることなどしたことがなく、ぴょんと飛び下りた鷺花は高い位置にある取っ手を押して部屋を出た。
廊下の空気は冷たくはないものの、どこか動いていないように感じる。停止――ではないし、人気がないのとも違う。ただ、鷺花の知っている空気とは別物だ。
さて、ここはどこだったろうか。
この館の間取りを教えてもらっていないことに気付いた鷺花はふらふらと歩き始める。子供の歩幅では通路も長く、エントランスに出るのにも時間を要したが疲労はなかった。半ば探検気分ではあるものの、まだ余所の家、という感覚が大きいため、あちこち扉を開くわけにもいかない。
二階、手すりの間から見下ろしたエントランスは広い。けれど日本にある
この館にはどれくらいの人がいるのだろう、などと考えていたら、脇に手を入れられて持ち上げられた。
「うわ――」
と思うと、手すりの上に置かれる。身体バランスは実家の教育で得ていたため落下することもなく、手すりに座って振り向くと、無精ひげの男性が鷺花の頭に手を当ててじっと目を見つめていた。
父さんよりも年上かな、と思う。感覚的なものでしかないが、鷺花の知っている――大爺さんと呼んでいる人間よりは年下だから、五十前くらいなのだろうけれど、そこまで明確な数字は出ない。
「……なに?」
「鷺城鷺花か……」
「そう、だけど、じーさんは?」
「エグゼ・エミリオン。エルムの父親だ」
「あ、じゃあ、この館の……主人? で、いいかな」
「ああ」
「よろしくお願いします」
「……? なにがだ?」
「えっと……お世話になるから」
「いや俺が世話をするわけじゃない。しかし、ふむ、まだ術式を使ったことがないようだな。基礎知識もまだか」
「あ、うん。まださっき着いたばかり」
「それでセツが来ていたのか……」
「セツと逢った?」
「気配だけだ。特に俺の用事はなかったから逢わなくても問題ない。――父の名は
「うん」
「手を見せろ」
言われるがままに手のひらを見せると、頭から離れたエミリオンの手が触れる。少しくすぐったかったが、みじろぎをすれば落ちそうなので止めた。しかし何でこんなところに乗せたのだろうか。まだ幼い鷺花には視線を合わせるため、という結論は出ない。
「この具合だと……」
「うん?」
「握力の問題を加味した上で……成長期の調整は除外してもいいか。いっそのこと魔力伝導率を重点として」
左手で鷺花の手を持ったまま、右手で空中に一度円を描くと小型の術陣が展開する。ちょうどエミリオンの掌サイズであり、それは円柱を描くように次次と違うものが重ねられていく。
――魔術だ。
「こんなものか……」
術陣のすべてを握りつぶすとそこにはナイフが一本あった。全長は二十センチほどの黒塗りで、一枚の金属だ。
「よし、使え」
「使えって……言われても」
「ん? ああそれもそうか、――よし鞘もできた。強化プラスチック系だが問題ないだろう」
「そゆことじゃなくて……」
「なんだ不具合があるか? 見たところ手にも馴染んでいるようだが、さすがに癖までは見ただけで読み取れん」
「じゃなくって、私、こういうの使ったことない」
「なんだ、そうなのか? 雨天なんだから見慣れていると思ったが」
「それは弟の役目」
「そんなもんか? まあ使わないなら放置しておけばいい。どうせいつか使うことになる。その時にサイズが合わないようなら俺が調整してやるし――」
「――旦那様」
「……幻聴か。三十六時間が堪えるとは俺も年齢を考えないといかんな。挨拶周りをするつもりなら、後にしとけ。どうせ夕食で顔を合わせる」
「うん。……えっと、アクア?」
「何を言っている鷺花。――アクアなどいない」
「旦那様」
じゃあなと言うエミリオンは、やや長身で青色が目立ち、アクアマリンの宝玉を胸元につけた侍女、アクアには一切視線を合わせず、やや速足になって去ってしまう。アクアは呆れ顔だ。
「まったく……サギカ様」
「あ、うん。サギでいいよ?」
少し呼びにくそうだったので言うと、ありがとうございますと頭を下げられる。
「よろしいですかサギ様、館の内部で術式を扱う場合、必ず室内にてお願いします。廊下やエントランスなどで行わないように」
「わかった」
「はい、お願いします。それより、サギ様はどうかなされましたか?」
「あ、えっと、どういう造りになってるのかなって」
「てっきり若様が説明なさったかと……」
「聞いてない」
「そうなのですか」
それではと、浴室や大食堂、地下の書庫やどこに誰が住んでいるのかを説明され、なんとなく地図を頭に浮かべながらも鷺花は床へと降りた。
「けっこうたくさんいるんだね。あ、もういいよアクア、ありがと。部屋に戻るし……今度、アクアたちのことも聞かせてね」
「はい、それはもちろんです。何かあったら気兼ねなくどうぞ」
「わかった」
鞘に入ったナイフを片手に、来た時よりも気軽な足取りで部屋に戻った鷺花は、テーブルの上に置いて、部屋の扉が閉まっているのを見て、腰を下ろした。
「よーし」
エミリオンの魔力波動によって感化された鷺花は、自分の中にある魔術回路をあっさりと自覚できた。いや、既に準備されていたものを見ることができた、という程度の、実に当たり前のことであるため、そう難しくはないが、魔術師としては特例になるのだろう。
鷺花にも人並みの好奇心がある。大人たちは例外だの特別だの、そういう扱いをするが、年齢ぶんの経験しかしていない。歳相応――なのである。
先ほどのエミリオンを思いだしながら、一つ目の魔術陣を組み立てる。慎重に、精密に、忠実に――そして。
発生した直後、やや間を置いてからごとんと、テーブルが二つに両断されて床に落ちた。
「……おー」
ぱちぱちぱち、と自分で手を叩いてみるが半ば現実逃避だ。こんな結果を目指してやったわけではないし、まだ一つ目である。
「そっか。魔力を通して起動すると、実行されちゃうんだ」
だったら、魔力を使わなければいい――けれど、魔力を使わなければ術式自体が使えない。となると、どうすればいいのだろうか。
実行しないで停止させる? 止める、という行為にはどこかためらいを覚える。もっと別の――魔力、術式、実行、そんな流れで実行だけいらない場合、どうすれば?
「実行できない、ならいいんだけど」
同じことを二度試すのは馬鹿のすることだ。というか壊れたテーブルどうしよう、などと考えるが今は見ないことにしておいた。
「お?」
閃いたのはセツが使っていた車だ。
自動車である。
仕組みが完成していて、エンジンも稼働してなお、しかしアクセルを踏まなければ機能が全て動かない乗り物――つまり、術式に対してもアクセルような仕組みがあれば、実行はされないはずだ。
「えっと」
実行しないためには、仕組みを作る。
「――どうやって作ろう」
なんとなく想像はつくが、なんとなくだ。
あれもちょっと違うし、などと考えているとまた新しい発想が生まれた。
逆手順だ。
今は術式を模倣することで、結果的にナイフを創ろうとしている行為になる。けれど、ではナイフから情報を読み取って術式を模倣しようと思えば、何をする?
最初に行うべきなのは、分析だ。どのような術式によって完成しているか、それを探らなくてはならない。その際には感じるよりも物理的に目視できた方が良さそうだ。
「分析、えっと、解析。内部のものを取り出す感じで」
その場合は、どうする?
「最初っから実行をしないんだから――あ、そっか。分析をする時だけ、実行しない土台を創ればいいのかな?」
分析のために、実行しないための術式を実行する――。
封じるのとは違う。魔力そのものは存在していて、構成もきちんとしているけれど、芯を通さないようにしてやれば。
「じゃなくって」
分析しようとする対象をいじるのではなく、土台を作ることが目的だ。
どうだろうかと思って違う術陣を作ってみると、今度はテーブルの支柱がくの字に勢いよく曲がった。
「回路を通って構成された段階で、もう魔力使ってるじゃん」
つまり魔力を使うことと、実行することは別物になる。そして実行とは、具現そのものであって世界に干渉することだ。
「ししょーが言ってたっけ。法則に干渉して術式が具現する……法則そのものにはなれないし、えっと、法則がないものはできない」
だとすれば法則に干渉しないような器があればいい、そんな結論に至って頷く。少しだけなんとなくだが現実味を帯びてきた。
干渉を断つ。
不自然さはなく自然そのものの流れでそれを発生させるには?
「んっと……」
法則は身近にある。どんなところにもだ。それを遮断するとなれば、何かしらの結界を思い浮かべるが、それでは器にはなれない。そもそも前提として、内部で術式を組み立てることが――。
「あ」
気付いた。
術式ではなく、組み立てるのは構成だということに。
「器なんか作んなくても、式にしなけりゃいいのかあ」
複雑な計算式の中で、式として成り立たせているイコールを別のものにしてしまえばいい。ただし、だからといって等号がなければ構成として成り立たない場合もある。それを想定しておき、イコールと同じような役割を持つまったく別物を組み込む。
組み込む?
「じゃなくって……えーっと、そうそう、置換だ。置換」
置換するためにはまず検索が必要だ。構成を組み立てる段階で、等号だけを検索して随時置換してやればいい。それが分析のための術式そのものになる。
「よっと」
既に等号になる場所だけは知っていたため、最初の術陣を出現してみせるが、しかし何の意識もせずに発生させて二秒、それは消えてしまった。
「あー、さっきの記号じゃ無理かあ」
等号は、存在していて均衡が保たれる。その一部を書き換えようとすれば消えてしまうのが当然なのだけれど、実際に目にしなくては実感が伴わない。
深呼吸を一度してから、意識を切り替えた。
「まずは――」
基礎も知らないのだから、それゆえに基本から。
空気中の可燃物を集めて火を発生させる。いわばマッチと同じ現象なんだから、できるだろうと思ってのことだったが、煙草に火を点ける程度のものが目の前に出現した。
「おー」
これが魔術だ、と思う。ただしエミリオンが使っていたものとは次元が違うけれど。
「さて」
こんな結果に嬉しがってもいられない。まずは今の術式の構成を、目に見える形で具現するところから始めよう。
まずは火を消して何もない状態から、実行の前段階で止めて目に見えない構成を魔力の流れとして捉える。思えば実行には意志が伴うものであり、自分の術式に関してならそこで留めることは簡単だった。
「えーっと……色づけ? 違うか」
どうすればいいのだろうか。
目に見えない構成を、目視できる形で具現させる――その上で実行はしない。
自分の術式ならば実行せずにいることはできるだろう。とりあえずは、具現させる方法を模索すべきだ。
鷺花はまだ気付いていない。
最初の原動力が、他人の術式を分析したい、という気持ちから発生していることに。
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