07/02/11:00――刹那小夜・得物を探して
砂漠での任務を終えた彼らは一度、ベースである戦艦に乗せられることとなった。いわゆる哨戒をメインにした船ではあったが港につくこともあり、そうした折には酒を飲みに降りることも許可される。配置が決まるまでは休暇扱いだが、たまにはサンディエゴに呼び出されて臨時の訓練教官をすることもあれば、小遣い稼ぎの仕事に出ることもあった。
そんな休暇の大半を費やして、セツは射撃場でいくつもの拳銃を試していた。
銃は手軽で使う機会も多いが、何よりもセツの空間転移術式との相性が良い。ならば銃器そのものとセツ自身との相性を探ろうと、製造国を問わずあらゆる拳銃をそれぞれ五百は試している。もちろん、ふと思いかえって以前に使った拳銃を使うこともあった。ちなみに弾の代金は、今までの任務の給料から引かれることになっている。
いくら正式に所属していない訓練生扱いであっても、いやだからこそ拳銃を扱わせるため、週に二百は撃ち込めと弾丸を配布しているのだが、そんなものは半日どころか一時間で終わった。対外的には訓練熱心、ということで通るのだけれど、ここではあまり意味がないことだ。
「……なにか用かよ」
イヤーマフを外し、テーブルに並べられた三丁の拳銃と予備弾装に視線を落とすと落胆の吐息が出そうだったため、一瞥するだけに留めたセツはテーブルに腰を下ろすようにして振り返った。
「ジェイ」
「しばらくこもっているとは聞いていたが、やはり銃器の触りを確かめていたのか」
「そっちこそ、暗殺任務を上から捻じ込まれて出てたんだろ? 結果は?」
「上上だ。だが海の上の任務以外は遠慮願いたいものだと、きちんと伝えておいた」
「そりゃお疲れさん」
「銃にはもう慣れた――とは愚問か。馴染むのはあったか?」
「ねーな。つまり、オレにとっちゃどれも同じって結果だ。それはそれで面倒がねーんだが、どれか一つを選べって言われた時に、何か一つでもありゃいいと思ったんだけどな。確かにシグは精度も高いし扱いやすいけど、そいつは結局、それだけの量産品ってことだろ? 悪くは言わねーけどな」
「弾は?」
「一番多く使ってんのは9ミリだ。45ACPも悪くはねーけどな、さすがにこのガタイじゃ口径がデカくなると速射に向かねーんだよ」
「なるほどな。よし、なら少し待て。面白い代物がある」
「あー?」
「――おう、持ってきたぞ」
「なんだディじゃねーか。なんだその荷物は……つーか、ジェイの使い走りかよ」
「ついにタメ口か貴様……」
「オレらの隊長であって教官じゃねーだろ。安心しろよ、公私混同はしねーし」
「ああ、それはいいな。俺もそうしよう。ご苦労だったディ、感謝している」
「ったく、どうしようもねえな貴様らは。荷物は届けた、俺はもう行く」
「いや、待ってくれディ、上の人間としてできれば見ておいて欲しい。そうだな、十五分もせずに終わるはずだ。頼む」
「ああ? ジェイル、貴様また面倒を起こすつもりじゃねえだろうな?」
「また、というのは心外だが、面倒はもう起きてる。それが本当に面倒かどうかはこれから次第、ディの受け取り方だ」
「……嫌な予感しかしないんだがな」
「そこで俺から良い言葉を贈ろう。――見なかったことにしよう、この一言で無事に解決だ。ま、そういうわけにはいかないと思うがな」
番号札のついた荷物を受け取ったジェイは、休憩所のテーブルに置いたため、セツも弾装が空なのをチェックしてから安全装置(セイフティ)をかけてそちらへ移動した。
「なんだそりゃ」
「預けてあった俺の荷物だ。所持品は訓練校の初日に取り上げられただろう」
「そうだったのか? オレは荷物なんてなかったし、知らねーよ。んでその管理を一応ディがやってたってわけか。おいディ、打診すりゃ返してもらえるもんなのか?」
「貴様らは遅いくらいだ。以前、伝えたはずだが?」
「忘れたぜ」
「俺は覚えていたが、今まで特に困らなかったからな。今でも困ってはいないが」
ジッパーを開けたかと思うと、ジェイは鞄ごとひっくり返すようにして中身をぶちまけた。中からは時計、携帯端末、携帯ゲーム機、腕時計、ノート型端末、適当な衣類やステレオに使うネットワークが一つだけなど、いろいろ出てくる。
「おいジェイル、生活品に絡まないものも多くあるじゃねえか」
「あまり偏っていても問題がある。にしても――杜撰だな。ディ、新入生の荷物チェックは徹底してやらないらしいな」
「空港備え付けのチェックと同等、くらいだが……?」
「何度やるんだ」
「そりゃお前、特に反応がなけりゃせいぜい二度くれえなもんだが、なんだ?」
「だから杜撰だと言っている」
言いながら腰を下ろしたジェイはポケットからツールを取り出す。ナイフやドライバーなどが一緒になっているものだが、これはアイのお手製だ。以前に使っていた時に、半ば強引に全員分作れと言ったら本当に作ってきたあたり、あの女も世話が上手な部類なのだろう。六角レンチやナイフ、星形レンチまで完備しているが、アタッチメントで簡単に中身を変えることもできる、まさに便利なツールだ。
「受け取れディ」
真っ先に携帯端末をばらしたかと思うと、中から出てきた九ミリをディに投げる。もちろん機械の中であっても布、そして小さなケースのようなものに包まれていた。おそらくチェックを素通りさせるためには必要な梱包だったのだろう。
「見なかったことにしていいか?」
「今はまだそれで通じるな。セツ、ガンオイルをくれ」
「おー」
およそ十分。電子機器の中や骨董品を割って出てきた中身を組み立てれば、一丁の拳銃になる。弾装の中身は空だが、そんなものはここにいくらでも転がっている。
「見たことねーなそれ。貸し出しリストにゃなかったぜ」
「ジェイル……」
「そう恨めしそうな声を出すな。ディ、俺の所持品登録頼む」
「理由はどうする。そんな骨董品をどこで、と問われることは目に見えてるのに、どうやって誤魔化しゃいい」
「任せた少尉殿」
「貴様……」
「おーい」
「うむ、これはCZ75の初期型だ。チェコで生産されたショートレイルといってな、俺の親父の形見だ」
「古い型ってことか?」
「まあな。CZ85なら――ああ、ここの貸与リストにはなかったな。まあ現行モデルもあるにはあるんだが、この前期型は少し癖があって面白い。セツ、十五発借りるぞ」
「構わねーよ」
弾装に弾を込め、イヤーマフをつけずに立ったジェイが片腕で十五発を連射する。十二秒といったところだが、マンターゲットを見るジェイはやや不満顔で戻ってきた。
「さすがに放置し過ぎたな。これじゃ親父に怒鳴られる」
「音が高いじゃねーか」
「ん、ああそれは……おいディ、どうした。もう戻っていいぞ。ああ俺の荷物なら、適当にぶち込んでおけ。必要なものはもうない」
「どうすべきか考えているんだ……まあいい、俺が譲ったことにでもしておく。それで構わんな?」
「そうしてくれ。俺の所持品でなくなると、セツが気に入った場合の対処が困る。すぐにやっておけ。頼んだぞ」
「しょうがねえ……貸しだからな。というか貴様らには貸ししかない。覚えておけ」
「俺は存外に物忘れがひどい」
「奇遇だなジェイ、オレもだ。今朝の朝食も忘れちまってな、よく鳥頭と怒鳴られるんだ」
「三歩で忘れる、か。それもいい」
「……とりあえず、面倒は起こすな。上手くやれ」
「イエス、サー!」
返事だけは良いんだがなあと、ジェイが詰め込んだ荷物を持って戻ってしまう。
「とりあえず触ってみろ。理由がわかる」
「おう。……あ? なんだこりゃあ」
「前期型はコストを考えず最高級スチールの削りだし加工がされている。後期型は量産を考えたからダメだが、当時は共産圏でしか手に入らなかった。だから現存するのも稀少で、手に入れるのは相当苦労するだろう」
「ジェイは親父が?」
「ああ、形見分けというか死ぬ間際にくれてな。もちろんまだ動ける時にだが……親父はライフルよりもこっちが得意でな。それに俺もCZ75は気に入っている」
「いいか?」
「百発までならな」
「オーライ」
最初、十五発を撃ってからは早かった。弾装に弾を入れる時間すら惜しいと思えるほどに乱発したセツは、マンターゲットの穴を見るまでもなく。
「――面白れえ」
そう言いながら、安全装置をかけてジェイに返した。
「オレが使い慣れるにゃまだ時間がかかるだろーけど、いいな。癖が強いってのがたまらなく好みだ」
「やはりな」
「ああ?」
「ケイから聞いた限り、口径に拘らず試していたからな。反動や形以外の部分での癖を探っているようにも思えた。どのみちコイツは取り出すつもりだったから、ついでにな。だが、手に入れるのは難しいぞ」
「オークションでも高値がつく、か。まあそいつは追追確認する。べつに今すぐってわけじゃねーし、オレが気に入る銃があったってだけでも収穫だ。ありがとなジェイ」
「礼なら、セツの動きを追っていたケイにも言うべきだな」
「あいつなんだかんだで気が回るよな。野郎にしとくにゃ惜しいぜ」
「セツやアイと違って、気を回していても気付かれないような動きをしないだけ、器用じゃないだけだろう」
「オレらは気を回すんじゃなく、そういうことを確認してるだけだ。だから円滑に回ってんだろ? 変な遠慮もしてねーけどな」
「それもそうか。――しばらく貸せ、とも言わないんだな」
「ああ……オレの術式について、話しちゃいなかったっけな」
まあ座れと言いながら、セツは煙草を取り出す。現状では支給品ではなく己で購入できるため、特に制限はない。
「おい、どこから取り出した」
「部屋から転移させただけだ」
「
「距離はざっと二千ヤード範囲内。けどな、最近気付いたんだが、その条件を外れても転移可能なものがある。つーか、ここまで広範囲の移動ってのは、昔じゃ考えられなかったけどな。ジェイだってそうだろ?」
「それは、たとえば自分の部屋からの距離、ということか?」
「住処との距離ってやつだ」
「それならば、確かにそうだな」
「でだ、オレはどうやら、オレの所持物に関しちゃその制限から外せるらしい」
「……難しい定義だな」
「さすがジェイ、話しが早い。まだ探ってる最中だけどな、所持時間や受け渡しの方法なんかも、実際に試すにも面倒が多い。少なくとも対価を支払って購入した物品に関しては問題なしだ。受け渡しもたぶん、釣り合う対価がありゃ問題ねーだろ。つーわけで、借りるってのは、そこに引っかかるから微妙なんだよ。奪うのとは違うだろ?」
「なるほどな、理解した。だが、気にし過ぎだとも思うが。たとえばケイなんかだと――」
「――おう、俺を呼んだか? つーか俺の話か? 食堂の姉ちゃんが今にも俺を捕食したい目で狙ってること以外なら問題なしだ。この前、眼球が美味そうねって満面の笑顔で言われて俺ドン引き。ないわー、あれねえだろ」
で、なんだよと腰を下ろしたケイは、すぐにそれを発見した。
「CZか……ああ!? おいこれ誰のだ?」
「俺のだ」
「ジェイ貸してくれ! うっわ、マジ前期型とかありえねえ! 死ぬほど探しても見つからなかった逸品が今ここに! ちょっ、うわ分解していい? いいよな? な? 後で三千発くれえ注文しとくから撃たせろ! うわマジの前期型だ! これ夢じゃないよな?」
「――どうだセツ、このありさま」
「一発殴っておけ」
「いてっ、殴るなよ! でも許す! これ前から実物を拝見したかったんだよなあ!」
「うぜーな。そんだけレアってことか。ちなみに現行だとどんな感じだ?」
「多少の形状変化はあるが、45ACPのCZ97も含め、いくつかある。同じスタイルでポリマーになった形状のものなら、かなり出回っているな」
「あれなあ、形状似てるしデコッキングになってんだけど、ポリマーなんだよな。悪くはねえけど、初期型ってのはやっぱ憧れだぜ」
「だがやらんし、俺がきちんと調整をしてから貸してやる。それまでは待て」
「なんだ、調整前か。オーライ、そこまで強欲じゃねえよ。――ただし確約だぜジェイ、頼む」
「わかった、そのくらいの約束はしよう」
「オーケイ。でだセツ、終わったのか?」
「今日はとりあえずな。何かあったか」
「今日はこのまま港で一泊だってよ。アイとメイリスが酒場に行くって言ってたから、てめえもどうよ。行くなら顔出してこい」
「本当、よく見てるな」
「いいことだ」
「ああ?」
「なんでもねーよ。んじゃジェイ、後始末頼む。いい酒があったらディに差し入れしとくからな」
「ああ、頼んだ」
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