10/18/00:30――哉瀬五六・鈴ノ宮にて
小雨になってきた外の庭で、煙草一本分の時間を浪費した五六はその足で詰め所へと向かった。
誰か起きていれば良い程度の考えもあったが、しかし予想通り――いつになく閑散とした詰め所で、たった二人だけが来客用ソファに腰掛けて起きていた。
「お――どうした五六」
「ジィズ、シェリル、起きていましたか。お二人とも休みはきちんと取りましたか?」
「はい。仮眠をいただいて、二時間ほど前に顔を出したところ……です」
「俺も似たようなもんだ。他の連中は自室に篭って、まあどうしてるかは知らん」
「そうですか、それならば良いのですが」
「そういうお前はどうなんだ?」
「さて、――通達です」
いつものように微笑んで誤魔化し、本題に入る。
「現時刻を持ちまして第一種篭城配置を解除します。対応としては機器のトラブルによる音信不通、復旧作業は今日一杯――つまり明日の陽が昇った頃合に終わるでしょう」
いわゆる、口裏を合わせるというやつだ。不審に思われても、そうした対応を貫けば問題はないと清音も判断した――というより、言い訳を清音は考えていなかったため、五六が考案したのだが。
「つまり、今日一杯は配置解除しても業務に手をつけるなってことか?」
「そうです。臨時休暇ですね、外出には一言添えるようお願いします」
「あの……」
「はい、どうしましたシェリル」
「もしかして清音様は、その」
「――ええ、実情はその通りです。もうお休みになられましたが、おそらく昼頃に起きる……いえ、起きられれば良いのですが」
「ま、何があったのかは聞かねえが、状況は一段落ついたと、そういうことだな?」
「そうですね、これからは今まで行っていた業務が本格化すると思いますが、一段落はしたのでしょう。ああ幾人かヘリの操縦を頼みましたが、そちらは大丈夫だったのでしょうか」
「ん? ああ、連中は仕事じゃなく操縦を趣味でやってるようなもんだ。俺たちにとっちゃ操縦するのは休暇みたいなもんですって言ってスキップしながら出て行ったぞ」
「それは何よりです。お二人とも、今日一杯は通常業務に手をつけないようお願いします。本格化するのは魔術師協会との繋がり、つまり鷺ノ宮が行っていた役目を引き継ぐ形になりますが、そちらに関しての効率化は手を打っておきますからご安心を」
「――待てよ。お前、休んでねえだろ」
「二日三日なら問題ありませんよ」
「そういう問題じゃねえだろ……本邸の方であった魔力波動、お前のモンも含まれてたじゃねえか」
「それはシェリルがお気づきになったのでしょう?」
「あ……はい、そうです」
「ご安心を」
五六はいつものように言う。六六の気配を感じたので、おそらく橘の分家も含めて全員を柱に使ったのだろうが、疲労もあるし魔力も減ってはいるが、倒れるほどではない。
倒れてなどいられない。
疲れて清音が休んでいるのならば、後の業務は五六が行うべきだ。
清音から休めと言われていたとしても、だ。
――とはいえ、二時間程度の睡眠は必要でしょうね。
その辺りの見極めは冷静だ。倒れてしまっては元も子もない。
「ったく、そういう部分は相変わらず誤魔化すんだな」
「誤魔化し切れない相手がお二人いるので――ああいえ、お嬢様を入れれば三人ですか。私もそれなりの配慮をしていますよ」
「お前の代わりに仕事をしたい連中は山ほどいるんだけどな。どういう求心力だ」
「私は、いつだとて私であろうと思っていますよ」
「……五六、余計なことを聞くぞ」
「どうぞ」
「翔花のチビスケは無事か?」
「――はい。ご無事です」
「……そうか。ならいい」
「シェリル、今日は庭の手入れも清掃も行わなくて結構です。これから忙しくなると思いますので、英気を養う意味でお休みになってください」
「はい。五六さんもご自愛下さい」
「ええ。――では、失礼しますね。おやすみなさい」
外に出てすぐに、五六には珍しく煙草へとすぐ火を点けた。日ごろは朝と夜の二度だけなのにも関わらず、ほぼ連続して煙を肺に入れる。
「――……零姉さん?」
「あ、ばれた」
「ばれた、じゃありませんよ――」
背後から肩を掴まれたのに気付かないわけがない。更に言えば首に抱きつき、肩に頭を乗せられる。
「ご無事のようで何よりです」
「こっちの、せりふ。五六、無事でよかったー」
「私は柱にされただけですから。姉さんは狩人と戦闘を行っていたようですが」
「うん。マーデ? だっけ、凄いね。殺せない。あ、ちがう、殺さない」
「そうでしたか。ああ――すみません姉さん、お嬢様はお休みになっています。夕方頃には起床すると思いますが」
「おつかれ?」
「心身共に――と、失礼。忘れてください。私がそう見えた、というだけですので、あまり口にするものではありませんね」
「五六も?」
「私はまだ問題ありませんよ」
「……ほんと?」
携帯用灰皿に灰を落とすと、くるりと眼前に回った零に首を傾げて問われる。その子供のような瞳に見られ、五六は苦笑するしかなかった。
「ええ――疲れもありますが、まだやることがあります。睡眠はもちろん摂りますが。それより姉さん、他の方たちは」
「だいじょぶ。七も、六六も、……一二三も」
「――そうですか。一二三も……では三四五は」
「うん。もどった」
「……それが、あの子の選択だったのでしょう。私から何も」
「そだね」
「それも含めて、少し考えておきます。――さて、泊まっていくのでしょう? 部屋の用意はできませんが、私の部屋でよかったら使って下さい。同室で少し業務もありますが、姉さんなら気にならないでしょう」
「ん、ありがと」
五六と違って橘の人間は平然と寝られる。
それは、睡眠が彼女たちにとって危機ではないことを示していた。
分家と本家の違い、その本質はそこにあるのかもしれない。
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