10/17/20:35――蒼凰蓮華・さあ、はじめよう
市立野雨西高等学校の中庭にて、蒼凰蓮華は一人佇んでいた。
「……お前の記録、確かに受け取ったよ。使わせてもらうからな」
それはここではない、違う場所で散った一つの命に対しての言葉だ。
「――さてと。お前さんも悪ィよな。けど対価は支払った、今この時まで――あれから一年程度のもんだけどよ、場を整えてくれてありがとよ」
空を覆う水蛇の妖魔は、草去の方向へと既に移動を開始している。ここを清浄なものとして治めていた蛇は、蓮華との約束によりここを発った。
ここで、ある一つの儀式を行うために。
手段は今しがた得た記録によって、確定する。
ふらふらとした足取りで蓮華は校庭へと向かう。一見すればやる気のない様子にも受け取られるが、それは疲労によるものだ。
一度、VV-iP学園に顔を出して久我山桔梗および五木忍と接触した蓮華は、あの場所だからこそできる情報を集めてから、野雨市の各地を走り回っていた。途中でマーデの手配による移送ヘリで風狭の都鳥涼に挨拶をする以外は基本的に徒歩で、公共交通機関を使うことなく歩き通しだ。
「ちっとばかり予定よりゃ早い。これもま、可能性よな」
手にしているのは錫丈にも似た棒だ。これは学園に居たエミリオンから受け取ったもので、決して杖代わりにするものではない。
運動場に出てすぐ、先端を大地につける。金属性のそれは重く、当然のように地面へ食い込み、歩数と同期して軌跡を描く。
円を描くように。
それは一筆で描かれる魔術陣、いや儀式陣。決して先端が地面から離れることがないのは、蓮華が野雨市を歩いた軌跡が途中で途切れていないことを示している。
ヘリを使って移動したのは、全てを書き終えてからだ。いや、おそらく書き終えていなくとも大丈夫だっただろう。
あのマーデが手配したのだから。
人が歩けば軌跡ができる。それを目にできるかどうかは資質次第――けれど、それが実際に描かれたものならば。
この儀式陣は。
野雨市の縮図になる。
けれど蒼凰蓮華は魔術師ではなく、魔法師だ。可能性を見通すだけの法式しか扱えない。
「エミリオンは、どうやら北風の末裔を保護できたみたいよな。後の選択は、当人がすることで俺がどうにかしてやれることはねェ……か」
こういう事態になると、己ができることが少ないことに気付かされて舌打ちしたい気分になる。
誰かを助けることがどれほど難しくて。
手を差し伸べることの責任が、どれほど重いのかを痛感させられて。
「――クソッタレ」
蓮華には守るべきものしか守れない。それはごく小範囲で、手の届く場所しか。
その場に足跡は残らない。ただ記された溝だけが儀式のための陣を敷く。
「……数知の三四五がいた形跡があるな。見納めかよ」
自己犠牲で思い浮かぶのはかつて草去で忍がやろうとしていたことだ。あれは蓮華がいたから否定できた――けれど今回は。
それを知っていても、傍に行って否定することができない。
当人の意思に任せるしかない。
「おい、そろそろ始めるぜ」
誰もいないとわかりながらも、蓮華は言う。それは世界に記録を――いや、現在を確定して過去にするための記録を残すために。
「遊びは終いにしとくんだな」
その記録を読める者へ、声を放った。
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