10/17/20:25――中原陽炎・誘いの心律

 こんな時間に来客かと、夕食を終えて一息ついていた頃合を見計らったかのような状況に、中原陽炎はため息を落としながら玄関へ向かった。

 マーデが来てから時間が経っているとはいえ、あまり良い予感はしない。けれども追い返すほどの技量を陽炎は有しておらず、けれど七という存在を身内として勘定するほどには会話をした。

 お互いを知ったのだ。いや、少なくとも七を知った。

 そこに感情を含めずとも、この家にいる以上は陽炎が守らなくてはならない――義務感でも感情でもなければ、果たしてその結論がどこから出てきているのかは自分でも不思議に思うが、ともかくだ。

 玄関を開けると、小柄で表情の一切を消して能面――いや、能面よりもよほど感情を示さない人形が、いや人形よりも人らしいカタチであるが故に人形よりも感情を見せない少女が、ゴシックと呼ばれる黒白の装束を身にまとって立っていた。

「――こんばんは」

「あ……ああ、うん、こんばんは。どちら様だったかな」

「フェイよ。知っているのでしょう?」

「……知っていると判断する理由を俺は聞きたいかも」

「マーデのマンションに住んでいて、それなりに情報通でもある。もっともこちら側ではその程度の情報持ちでは、まあ……そうね。扱い方を知らない三流以下の立ち位置になるでしょうけれど」

 少女の声色であるにも関わらず辛らつなことを言われるが、むっとするよりも先に納得が生じてしまい、陽炎は苦笑する。

「何か、用件があるのかな」

「そうね。疑問が少し……それと、七番目がいるのでしょう?」

「うん、まあいるね。たぶん我が家のようにソファでごろごろしているよ」

「話を聞きたいわ。入れてもらえるかしら」

「しょうがないね。なんだか今日は諦めろって標語が似合う一日だったみたいだ。どうぞあがって」

「あら、招いてくれるのね。お邪魔するわ」

「俺はあの嘘吐きを毛嫌いしてるだけだから」

 リビングへ案内すると、予想通りにソファに寝転がった七が顔を上げた。

「お客さん?」

「そうだよ」

「そっか。――あ、陽炎、眼鏡」

「え? ああ……さっきまでネットに触れていたからね。日常生活には必要ないんだけど、細かい作業は欲しくなるから」

 和服ではしまう場所もなかったため、手近な場所に置いてからフェイにソファを勧める。

「ってあれ? フェイ?」

「久しぶりかしら――ああ、そうでもないわね。相変わらず能天気そうで何よりだわ」

「へえ、知り合いなんだ。さて何を飲む?」

「あらお気遣いありがとう。紅茶をいただけるかしら」

「……」

「なにかしら?」

「いや、随分と素直だなと思ってね。七さんも紅茶でいいかな?」

「お願い」

「駄目よマーデを基本で考えては」

「そりゃ失礼をしたね」

 紅茶は何があっただろうかと上部を開けて探した陽炎は、まだ封の切られていないアールグレイを手に取った。ホットで飲むには少し癖があるけれど、残りが少なく香りが飛んだアッサムよりは良いだろう。

「フェイも陽炎と知り合いだったんだ」

「あら、それは勘違いよ。私と中原のは初見だもの」

「そうだね。俺としては七さんとどういう知り合いなのか気になるところだよ」

「んとね、喫茶店でバイトしてるんだけど、その時にお客さんできて暇な時に話をしたり」

「そうね……間違いではないわね。ええ。暇だからといって会話に付き合わされるのが私なのよ。――けれど、初見であっても知らないとは限らないわ。ねえ中原の」

「……その通りだけどさ、俺のことをそう呼ぶのはやめてくれないか? 陽炎でいいから」

「ではそうしましょう、悪かったわね。私も中原の隊長を思い出すから区別するわ。七もそれで構わないかしら」

「へ? あーうん、べつにあたしはいいよ? でもその隊長って誰なの」

「それ、うちの親父。フェイは顔見知りなのか?」

 そうねえと、その言葉に感情が生み出されているのに表情には決して浮かばない辺り、どういうわけかを考えながら茶葉が踊るのを見る。

「アブほど親しくないけれど、顔合わせはしておいたわ。もう少し落ち着きが欲しいわね」

「……まったくだよ。進言して欲しいくらいだ」

「圧倒してやりなさい陽炎。そうすれば落ち着くわ」

「無茶を言わないでくれよ。俺は武術から離れて親しいんだから」

「そうかしら。私にはやる気がないようにしか聞こえないわ」

「……やれやれ。そうだ、先日の試験結果を見たよ」

「一般には流布しないはずだけれど?」

「知ってて聞くんだね」

「……? どゆこと? なんの話?」

「狩人認定試験はその経過が必ず公表されるのよ。けれど基本的には狩人でなくては閲覧できないわ。だから、どうして陽炎は見ることができたのか、知りたいわね」

 本当にやれやれだと思いながらも、カップにお湯を入れて温める。

「このマンションはマーデ……あの嘘吐きがオーナーでね、ここはメインサーバ、マーデの名義のサーバにログインすることでネットに触れることができるんだよ。逆に言えばマーデの名でネットに触れられるってわけ」

「あの嘘吐きさん、狩人だって言ってたっけ。それでか。フェイもまた無茶したんでしょ」

「そんなことしないわよ。素直に認定証を受け取ったもの。ねえ?」

「俺に聞かれてもな……酷いものだって感想があちこちから出てるみたいだよ」

「あの程度をどうにもできない現役の錬度が低いのよ。鷺ノ宮邸の調査も私を含めた三人の狩人で向かったのだけれど、本当に頭が痛くなったわ」

「俺に言わせれば、そっちの方がおかしいと思うけどな――お待たせ。砂糖とミルクは要らなかったよね?」

「ありがとう」

「いただきます」

 どうぞとテーブルに置いた陽炎は二人の対面に腰を下ろす。しかし、七と話がしたいのならば場所が少し悪いと思うのだが。

 口実だったのか、と思うけれど確証は得られず、紅茶を一口飲んでから話を促した。

「それで、七さんに聞きたいことがあるって話だったよね」

「ええ。邸宅を破壊した際に現場でアブと逢ったそうね」

「あー、あの子フェイの知り合いなんだ。相手にされなかったっていうか、会話が一方通行だったっていうか」

「格下に見られたのよ。ソプラノ――いえ、鈴ノ宮が依頼を出したそうだけれど、真意を確認したかしら」

「いやあ、それがどうしてか連絡もつかなくって」

「つまり襲撃されるような理由は、少なくとも七の中では確定できていない……そう受け取って構わないかしら?」

「だって清音の考えることなんてあたしにわからないし」

「……そう。陽炎はどう?」

「俺? この状況を誘発するためって答えは短絡的過ぎるかな」

「短絡的ね」

「実際に理由はある。ただ俺には複雑すぎて読み取れないな」

「あら素直ね」

「誰かと違って俺は素直なの」

 へえ、と二人が同時に呟いた。マーデと比較すれば誰だとて素直かもしれないが。

「さて、続けましょう。零については何か知っていて?」

「姉さん? なんか狩人と遊んでるんでしょ?」

「その理由について」

「だから、暗殺代行者を辞めるっていう理由が必要だとかなんとか……でも、そのためには姉さんを打倒しなくちゃいけないよね? あと言質も取るのかな。もうしませんって」

「……そうね。相変わらず能天気だこと」

「え? だって――陽炎も言ってたけど、姉さんが打倒されることはまずないでしょ」

「馬鹿ね。零番目くらい打倒できるわよ。終わりの数字ならば文字通り、終わらせてやればいいんだもの。私でなくてもできるわ」

 そういうことかと、眉根によった皺を見せないよう立ち上がり、キッチンへ。棚を探って発見したクッキーを皿に並べて戻る。

「陽炎は気付いたようね」

「……どうせあの嘘吐きが行ったんだろ」

「ええ、マーデが現場に入ってもう長いわね。――いえ、長引かせているのかしら。いい七、打倒できないのならば、できる人材が呼応するのは当然のことよ。けれど、まあ、殺すことが目的ではないから安心なさい」

「ふうん……よくわからないけど、まあ姉さんだし」

「まったく……呆れるわね。いつものことだけれど。さて、本題なのだけれど――七は橘の、分家を含めた人間の所在をどの程度掴んでいるのかしら」

「え? 分家も?」

「そうよ。本家は今、二人しかいないでしょう」

「うん。十三(じゅうぞう)も一四(いよ)もいないし」

「七さん、そのお二人は?」

「あーうちの親父とおっかさん。今はフランス辺りじゃないかなあ」

「その二人は名前から察するに、分家の人?」

「そだよ。まあ、そういうこともあるんじゃないかなって言ってた」

「……なるほどね」

「えっと……分家は五六しか知らないよ? 清音と一緒だったから」

「名前も?」

「うん――他にいるの?」

「いえ、知らないのならばいいわ。けれど……陽炎は知っているわね?」

「まあ、あいつに言葉を投げられた時にいろいろと調べたからね。さすがの俺も所在までは掴めていないよ」

「……そうよね。まあ、いいのだけれど――少し気になっている部分があるのよ。悪いけれど、しばらくここに居て良いかしら」

「客人として? 俺はべつに構わないけど、後で化粧くらいさせてよ。七さんは?」

「け、化粧はとりあえずいい……」

「そっちは明日ね? そうじゃなく、フェイのことだよ」

「あ、うん。構わないよ。話もしたいし」

「じゃあ、ごゆっくり。俺はとりあえず部屋に戻ってるから」

 橘一族に関して、一体何を気にしているのだろうか。

 現状なのか、それともこれから何かが生じるのだろうか。

 まだ陽炎は何もかもを知ることができないでいた。


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