2040年

02/04/07:30――ベル・義眼の調達

 いくつかの仕事を終わらせて施設に戻ったベルは、眼帯で失った左目を隠していた。抉ったのは誰でもないマーデであり、それ自体もまたベルの望むところだったので問題はなく、それも半月ほど前のことだから、慣れたものだ。といっても、それはそれでべつに良いのだけれど、ともかく。

 その日、ふらりと訓練室に赴いていれば、大の字に倒れたイヅナがいて、九ミリの詰まった木箱に座りながら、煙草を吸っているアブがいた。

「――よ、戻ったか」

「大した仕事じゃなかったからな」

「よく言うぜ、何個も掛け持ちしやがって……最近じゃ、施設から回された依頼なんて、ほとんど後回しだろ。どんだけ地盤を固めるつもりなんだ、お前は」

「知り合いが増えると、面倒を押し付けられる。そんなものはとっとと片付けておいた方が楽だ。余生は呑気に過ごしたいだろ?」

「抜かせ。そんなタマかよ、お前が」

「人生設計はしといて損はねえよ。いい暇つぶしにもなる。退屈な仕事の時は尚更だな――で? イヅナは何してんだ」

「うーっス。見てわかんないすか? もうね、なんていうかアブ先輩ってマジで鬼っつーか、俺もうどしようかと」

「なに言ってんだ、お前は。だいたいな、キツネがいねえからって、朝から俺に一戦交えようと持ちかけたのはイヅナじゃねえか」

「違うっス! 一人じゃ退屈だろって言って強引におっぱじめたのはアブ先輩の方じゃないすか!」

「そう……だっけか? 似たようなもんだろ、それ」

「ぜんぜん似てねえっスよそれは! 座学じゃフェイ先輩とコンシス先輩にいじめられるから、唯一、キツネさんのいねえ今、躰動かすことだけが俺の憩いの場だったのに!」

「知るか」

「ふうん……ま、なんとかやれてるみたいだな」

「うっス」

「どうだアブ」

「だいたい基本はできてるだろ。最初の一ヶ月でキツネがちゃんと叩き込んでる。面白半分で九ミリを六発撃っても当たらなかったしな」

「本当に面白半分だったっスよねあれ!」

「避けたんだからいいじゃねえか、細かい野郎だな。だいたい俺は拳銃が嫌いだから、遊びでしか使わねえよ」

「そこそこ、か」

「まあな。俺が見た限り〝相性〟が良かったってところだ。上手く馴染んでやがる」

「お前はナイフ抜いたか?」

「まさか。そこまでじゃねえよ。朝のラジオ体操で演武を見せるほど自己顕示欲は強くねえ。〝騙し〟に乗ってやっても、そこから覆せる」

「マジでなんなんすか、先輩は……騙されてから対応とか」

「相手の流れの中で戦況を覆すなんてことは、べつに自分の流れを作らなくてもできる――なんてことは、コンシスあたりが教えてんじゃねえのか」

「あー……」

「まだその段階か」

「ここからが長いんだよなあ……どうしても、経験の蓄積が必須だろ」

「――なんだアブ、どうにかしてやりたいと思うのか?」

「そりゃあな。そうすりゃ、いいように使えるだろ。道具の手入れなんて当然だ」

「俺道具なんすか!?」

「うるせえ、似たようなもんだと言ってるんだ。そうなりたくなけりゃ、上手くやれ」

「へーい……」

 それなら丁度良いかと、ベルは組んでいた腕をほどいた。

「起きろイヅナ、今日は休みだ」

「へ? どういうことすか、ベル先輩」

「出かけるから車の運転をしろ」

「あ、うっス」

 ひょいと、疲れも感じさせない身動きでイヅナは立ち上がった。そういうところの〝誤魔化し〟が、イヅナの本分だ。もちろん、二人にとってそんなことは見抜けて当然で、甘いと言わざるを得ないのだけれど。

「アブ先輩、ありがとうございました」

「おう。次はもっと楽しませろ」

「そんな、戦闘狂愛者ベルセルクじゃないんすから……」

 訓練室を出て、裏の駐車場に向かいながら、だいたい三ヶ月くらいかと、考える。

 ベルたちが仕事をするようになったのは、施設に入ってから二年後。それは過保護とも思える措置であり、正直に言えば退屈の二文字を感じるほどに、外に出ての仕事は楽なものだった。

 三ヶ月だ。育成方法を既に確立していて、何が失敗で何が成功なのか、その上でイヅナに〝合う〟やり方を彼らが見出している。戦闘訓練はキツネ任せになっているが、それ以外の知識は、上手く詰め込んでいるのだろう。

 急成長、とは思わない。

 イヅナもまた、先を見定め、足を踏み出すために、余計なものをあっさりと手放して捨てた、同類のようなものだ。言うなれば、ベルたちと同様に、壊れている。

「鍵」

「ういっス」

 ひょいと放り投げた鍵を受け取ったイヅナは運転席へ。自分で運転しない車は、そういえば久しぶりだなと思って助手席に座れば、エンジンがかかる。

「――って、マニュアル運転じゃないっスかこれ!」

「オートマだから、クラッチがないだけ楽だろ」

「俺、自動運転しかやったことないんすけど」

「あんなのは電車と同じだ、運転じゃない。慣れろ、アクセルを踏むと動いてブレーキを踏めば止まる。ハンドル操作で動く。当たり前の仕組みだ。事故ったら笑ってやる。問題は上が揉み消す。わかったか?」

「諒解っス……」

 ゆっくりと、車は動き出す。山の上だ、公道に出るまでにだいぶ降りるので、そこまでに慣れるだろう。峠を攻めろと言っているわけではなし、だ。

「どこに行くんすか? 俺、あんまし風狭かざまには近づきたくないんすけど」

「そう――なのか?」

「あそこの錠戒じょうかいにラルさんがいるんすよ」

「ああ、お前が気にしてる女か。安心しろ、今日は野雨のざめだ。つーか、俺の拠点はだいたい野雨だから覚えとけ」

「そうなんすか? あー……覚えてないや」

「以前に記憶か」

「うっス。いやあ、綺麗さっぱり忘れられるものっスねえ。生まれがどこだったのかすら消えてるのに、最近気付いたんすよ」

「良いとも悪いとも、だな。少なくとも〝こっち〟には近づいてる」

「そりゃ光栄っス」

 やや乱暴とも思えるハンドル操作だが、それが感覚を掴むためのものだとわかっているので、気にならない。全身運動でもなし、すぐに動かせるようになるだろう。

「ベル先輩」

「なんだ? ナビゲートならしてやるから、安心しろ」

「うっス。それもそうなんすけど――ベル先輩にとって、狩人ってなんすか?」

「なにって、お前がなろうとしているものだろう。馬鹿な話だとは思うが、最初に言った通り、不可能じゃない」

「そりゃそうなんすけど……」

「そうだな――狩人は職業なんて言うが、基本的にはそこらのドブ浚いと似たようなものだ。好き勝手、いいように使われるなら軍人にだってできる。それ以外の汚れ仕事を放り投げられる職業だ。そもそも、なりたいと願ってなれるものじゃない」

「まあ、あれっスね。俺みたいに、何もかも捨てりゃいいと言われて、捨てられる人ばっかじゃないってことなんだろうけど、ちょっと雑じゃないっスか、それは。俺だって花形だなんて思っちゃいねえっスけど」

「考えてみろ。適材適所とはいえだ、軍人よりもはるかに状況への対応力が高い駒を、軍事行動じゃなく、依頼の一つで動かせる。給料が高い癖に、嫌な仕事を任されるドブ浚いとそう違いはない。望んで手を挙げても通らない、面倒だが必要だとため息を落とす野郎が、せいぜいってところか」

「んじゃ、試験なんて必要あるんすか? 先輩の言葉だと、なろうとしてる連中を落とすためだけのものに聞こえるっスよ」

「そう言ってる。実際、あんなのは試験でもなんでもない。ハードルの高さを上げるだけ上げておいて、その下をくぐるやつを待ってるだけだ」

「先輩が穿った見方なのか、試験の方が面倒なのか、よくわかんねえっスよ」

「どっちもどっち、だな。イヅナ、術式は?」

「そこそこっスね。まだ戦闘じゃ使ってないっス」

「へえ?」

「いや、なんかこう、キツネさんが使わないんで、俺が使ったら負けた気分になるっつーか、まあ、そういうくだらない見栄っスよ」

「キツネからはまだ、一本も取れないか」

「情けない話っス。先輩たちはどうなんすか?」

「ん? この前、アブがやった時は、三時間ぶっ通しで部屋を一つ駄目にした挙句、最後には面倒見きれないとキツネが逃げたな」

「一本っていうか、それ、すげーことなんじゃ……」

「俺がやってもいい気分になると、その前にキツネが逃げる」

「怖いっス! マジで! あー、へこむわー」

「安心しろ。いくら俺でも、キツネの体術を真似ることはできない」

「そういえば……体術に関して、先輩たちはどうしてるんすか?」

「雛形はない。基礎で躰を作ったあとは、何をどう動かせば効果的なのか、つまり知識を蓄えることで選択肢を増やしたあと、独自の方法を身に着けただけだ。好みもあるが」

 たとえばアブがナイフを好み、フェイが拳銃しか使わないように。

 公道に出てからは、ベルがナビゲートをする。施設があるのは杜松ねずの郊外にある山なので、野雨へは二十分ほどかかるが、そこからは早かった。イヅナも運転に慣れたようで、自動運転の車たちを上手い具合に避けていく。

 到着したのは、やや小さな屋敷だ。駐車場は庭に隣接しているので、正面入り口の門を開けて中へ入れる。

「ここ、どこっスか?」

「脳内地図を参照してるだろ」

「またそうやって見透かしたことを言うんすから……まあ、してたっスけど」

「鈴ノ宮の管理下におかれた屋敷だ。覚えておけ、ソプラノは結構手広くやってる。訓練場もあれば、こういう〝離れ〟も各地にある」

「あー、それ、確かベル先輩が指示したとか何とか……」

「誰かに聞いたのか」

「いやいや、ちょっと先輩らの動きをネットで追ってる時に、いろいろと」

「諒解だ。余計なことを言った雨女には、こっちから注意しておく」

「あはは、バレてら」

 玄関を叩くと、侍女が出迎えた。二人はそのまま奥の書斎へ通される。

「あの、先輩」

「ん?」

「なにしに来たんすか?」

「ああ、目的か。そろそろ空洞の左目にも、中身を入れてやろうと思ってな」

 その部屋は、壁という壁には天井まで本棚があり、そのほとんどが埋められている。脚立が置いてあるほどの高さから考えても数千冊はありそうな部屋の中、床に本を並べつつテーブルに腰を下ろして読み耽る男が一人いた。

 無精髭に加えて市販の鋏で適当に切ったとしか思えない髪形。シャツとズボンの上に長い白衣を引っ掛けただけのシンプル過ぎる衣服もずぼらさを増長させながらも、どうしてか不潔な感じが一切無い。近づけばシャンプーの香りすら感じるほどの清潔感を持ちながらも、読み終えた本を律儀にも床に積んでテーブルに戻り新しい本を開く――どこかちぐはぐな格好と動作に、イヅナはただ厄介だなと思った。

「来たぞウェル」

 言葉に、魔術師であるウェル・ラァウ・ウィルは反応する。

「……ん? おお、ああ、えっと……ベル、か?」

「他の誰に見える」

「子供が二人も迷い込んだのか……と、そうか、ベルか。確か義眼の……」

「おい、おいウェル、いいから本を置け。思考を俺に関連する筋に繋げろ」

「わかった、わかったから少し待て……僕は今、別の……」

 すとんと再び本に視線が落ちた所でもう一度叩く。すぐに本を取り上げて横に閉じて置くと、更にベルは叩いた。

「繋がったか?」

「……ああ、うん、大丈夫だ。今は鏡面限界に至る道筋を考えていて、ああ、わかっている、叩かなくていい、わかった、義眼のことだ。準備ができている」

「ウェル……その没頭すると他が見えなくなるの、どうにかしろ」

「僕の性格は、直らないよ……ええと、二人だ。そうだベル、そっちは、――新しい使用人とかいうオチじゃ、無いよな」

「イヅナだ」

「どもっス」

 無難に、ぺこりと挨拶をするが、焦点は合っているようだが〝見て〟いないように感じた。というか、イヅナはここで術式を作動させて、細かい調べてやろう、という気にならない。深みに足を踏み入れてしまうような気がするからだ。

「そうか。……そうか、何で僕は呼んだんだっけ……いやまずは義眼だ、義眼だ」

 ふらふらと頭を揺らしながらぼやけた焦点を移動させていたウェルは、義眼という言葉を連発しつつ足をぶらぶら動かし――やがて、ベルが頭をまた叩くのを切欠にして床に下りると、腕を組んだ。

「よし、繋がった。義眼だベル――ところでベルはまだ来ていないのか? あいつの義眼なんだから本人がいないと」

「おい研究馬鹿、誰と今まで話してたと思ってる」

「馬鹿にするな、繋がったと言っただろう。ちゃんとベルと……ん? なんだベル、いるじゃないか」

「お前な……」

「で、そっちのは誰だ?」

「イヅナだ」

「……ど、どもっス」

 先ほどと同じやり取りを繰り返す。どうやら本格的に――いや、研究者らしいといえばらしいが。

「そうだ僕が呼んだんだ。で、ベルの準備はいいのか?」

「いつでも」

「なら済ませよう、僕も……いや、僕はべつにいいか。しかし今何かをしていた気がするのだが――」

「気のせいだ」

「うん、そんな気もする。しかし――ええと、イヅナか、うん、なるほど、なかなか面白い手を使うんだなベルは。いや否定ではないよ、間違いではないとは言わないけれど、それが正解とも言えないからこその、一手だ」

 そうとも、なんて言いながらウェルは片手をイヅナへ向け、避けよう、なんて意識が生まれないような隙間を縫って、その手が肩に触れた。

「方法は多くある。だが、認識されない事象は事象として成立しないことを逆手に取り、強い認識力を持つ者の存在を〝認め〟ながらも、その人物が〝記録〟できない状況そのものを作り上げることで、認識を誤魔化す、あるいは逸らす。それがごくごく僅かな時間であってもそれは――違和としてすら、残らない」

 触れられていることに気付いたイヅナが一歩下がれば、ウェルの手が一冊の魔術書を持っており――それが、己の躰から〝引き抜かれた〟という事実を認識したイヅナは、驚いたように目を丸くして、そのまま落とされる本を、両手で慌てて受け取った。

「済ませよう。安全装置セーフティの構築は? 展開式か術陣で見せるんだ」

「これだ」

「ふうん……僕の術式に混ぜるのには、問題なさそうだ」

 そうして、ウェルはテーブルの上の木箱を開けた。中には白い布に包まれた、紅色の、宝石のような何かがあって――。

「ベル、〝認識の錠〟を外せ」

「もうやった」

「うん、それでは〝移植ロード〟しよう」

 無数の術陣が、宝石を中心にして展開する。円形のそれは、宝石を一回り大きくするほど無数に重なり、ふわりと浮かぶと、その球形はベルの眼帯の上から、ずるりと、吸い込まれるようにして潜り込んだ。

 左目を失って得た空白領域、それ以上の情報が脳内に詰まる。圧縮言語を利用しても、かなりの要領を食うが――それでも、空白の全てを埋め尽くすほどではなかった。元より空白を多く持っている性質が功を奏したかたちだ。

 〝瞳〟を開けば、一気に九つの異なった視界が広がり、そこに己の視界が重なって、軽い酩酊を覚える。そこまで確認したベルは、瞳を閉じて――物理的にではない――やると、眼帯を外し、前髪を下ろして隠した。

「うん、生きているな」

「この程度で狂ったりはしない――おい、イヅナ」

「え、おおう、ういっス!」

「本を戻さないと、今のお前じゃ術式は一切使えないから、とっととやれ」

「はあ……そう言われても」

「難しいことじゃない。形跡を辿った限り、己の中で〝読む〟ことはできていたのだから、それが本来の形で実体化したところで、大した差はないだろう。ただし、魔術書を〝使って〟術式を使っているような半人前では、その程度のことで術式が使えなくなるのはやむを得ないが、しかし、己の一部だったものを取り出されたのだから、それを元の位置に収納するだけのことだろう。僕だって、取り出した本は元の場所に――……うん」

「戻せよ」

「いや、位置はきちんと把握しているのだから、そこは些末な問題だ。そう言っているのに、どういうわけかガーネは怒る。よくわからん」

「お前の事情なんか知るか」

 あれこれと迷っていたが、しばらくすると、イヅナは魔術書をどうにか、己の中に戻せたようだった。

式情饗次魔術の書オペレイションゼロワンか――教皇庁魔術省所属、ジェイ・アーク・キースレイの書物だな。数冊の内の一つだが、なるほど、日本にきていたか」

「お前の〝古巣〟だろう」

「百年も前の話をしても、仕方ないだろう。サバを読んでも、だいたいそれくらいだ。一通り目を通したが、なに、なかなか良い着眼点をしていると思ったものだ。ただし、いかんせん実用性に欠ける。誰かが読むことを前提にしながらも、それを魔術書という形態で書いた意図そのものは否定しないが……ああ、思い出した。鏡面限界だ、そうだ、思い出した。そこから形而上に繋がる何かがあるのではと――」

 そうとも、なんて言いながら再び本を開いたウェルを置き、二人は外へ。もちろん、侍女には一声かけておいた。

「あー……」

「なんだ?」

「いや、いろいろと疲れたんすけど、とりあえず、あの人は放置でいいんすか?」

「ああ、今の住居へは空輸になるが、侍女が頭を叩いて気絶させる算段でもしているはずだ。気にするな」

 乱暴だ、とは思ったが、しかし、それはかなり良い手だとも思った。

「と、一応言っておくが、俺の左目を探るなよ」

「それ、極赤色宝玉クロゥディアじゃないっスか?」

「さすがに知ってるか」

「教皇庁魔術省の聖遺物管理局が遺失して久しいものっスよね。九つの特性を封じた、宝石……」

 その魔術品は、九つの特性を持つ。元来は単一の特性にしか適合できないはずの、それ故に魔術品と呼ばれる理屈を完全に覆した作品の一つ。

 それは、分析、封印、解法、解放、構築、拡大、減少、凝縮、呼応、因果の九つを担う。いや、扱うというべきか。

 魔術分析、魔力封印、魔術解法、魔力解放、魔術構築、魔術拡大、魔力現象、魔力凝縮、魔力呼応、魔術因果――いずれにせよ、そのただ一つでも使用したのならば街一つが消し飛ぶほどの威力を持つとされる。また使用者には相応の負荷がかかることになり、扱えば死ぬとすら――言われている。

「そうだ。だから、探るとたぶん、お前の許容量を一気に越えて脳が壊死、すぐに廃人だ」

「こわっ!」

「安全装置は作っておけって話だ。それがきちんと作動するかどうかまで、俺は把握してない」

「うっス……」

 二人は再び、車に乗る。

「しかし、対価とか必要なかったんすか?」

「わかっただろ」

「げ……あー、駄目だ、やっぱベル先輩相手じゃ誤魔化せないか。いやまあ、目の代わりにするってメリットは先輩のもので、相手にしてみれば先輩に預けるってことが、そもそもメリットになったんじゃないかとは、思ったんすけどね。ただ――」

「ただ?」

「ベル先輩を怖いと、そう思うのは」

 果たして、どちらだろうかと、そう思ったのだ。

「このために目を潰したのか、それとも目を失ったから、こうしたのか――どっちなんすかねえ」

 ベルは、苦笑するだけで答えなかった。


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