10/27/09:00――ベル・車の設計図

 助手席に乗り込んだ青色は欠伸を一つ、頭の後ろに両手を回して。

「芹沢の開発課に向かってくれ」

 そう端的に言う。特に文句もなかったので、箱バンのアクセルを踏んで車を走らせた。インフラ整備が徹底されたこの野雨市において、車であっても徒歩であっても、そう時間はかからない。簡単に言ってしまえば、大通りに対して小さい通りが多く、車は大通りで移動するためルートが制限される代わりに、移動そのものは徒歩よりも早い。逆に、徒歩であれば移動速度は遅いものの、小さい通りを抜けることで直線移動が可能なため、結果的に早くつく――つまり、大差はないと、そんな感じだ。

「あ、忘れてた。俺は蓮華だ、蒼凰蓮華そうおうれんか

「へえ、そうか」

「先に訊いておくが、お前のセーフハウスッてまだ空きがあるよな?」

「調度品は揃えてあるが、セキュリティ組みまでしかやってない。俺の部屋の手入れもな」

「五木ンところの妹が一人いるから、契約しろよ。それほどワケアリってほどじゃねェけどよ、お前ェンところなら安心だ」

「あとで架空オーナーの直通ラインを教えておく、書類含めてそっちに送っておいてくれ。ぐるっと回って管理人の俺に通達がくる」

「オーケイ、承諾が得られたなら何よりだよ」

「ある程度、住人は厳選するつもりだったが、いないよりはいた方が自然だからな。その辺りを見越しての〝提案〟だと思えば、拒否感もない」

「そりゃよかった」

「……お前は暇なのか?」

「ん? ああ、怪我が治るまでは死ぬほど退屈な時間を過ごしたからな。今はそう暇でもねェよ」

「お前が、怪我? なんの冗談だ」

「俺にも〝志〟ってもんがあるのよな、これが。それを崩さないためなら、怪我もするし、誰かに花を持たせることもあらァな。ま、たぶん次はねェよ」

「心配しているわけじゃない」

「だろうよ」

 そこからは大した会話もせず、芹沢企業開発課へ行き、裏口の職員用駐車場に停める。向かう先は玄関ではなく、裏口だった。

「――あと二分」

「時間合わせか」

「予約をしてねェなら、こういう手段になっちまうのは仕方がねェよ」

 二分後、裏口が開いて初老ともおぼしき男が姿を見せ、二人の姿をみて驚いたように体を震わせた。

「よォ、フラーケン」

「誰が……! ああ、もういい。なんだ蓮華、いい加減に表からツラ出せよ、おい」

「付き添いがいる状態じゃ、そうもいかねェのよな、これが。それで福原、双海はいるんだろうな?」

「ああ……相変わらずだ。手続きが面倒だなクソッタレ、もういいから入れよ。余計な面倒を起こさなきゃ、それでいい。俺は一服したいんだ」

「中でも吸えるじゃねェか」

「一休みする言い訳がつかなくなるだろうが」

「そうかよ、難儀だなあお前ェも」

「とっとと行け」

「場所は?」

「七階開発室」

 諒解だと行って中に入り、エレベータの中へ。ベルは文句も言わずに入り、操作を行った。

「階段じゃなくて良かったのかよ」

「気にしてない」

 エレベータという密室は襲撃に対して無防備になりがちなのだが、対処方法は持っているし、何よりも、今は護衛の仕事に就いているわけではないのだ。

「お前ェのセーフハウスも、芹沢の息がかかった連中だっけ?」

「建築以外はな。いずれにせよ、鷺ノ宮を経由させてる。あくまでも〝一般事業〟だからな、隠れてこっそりやるつもりはない」

「じゃあ発注者の辺りも偽装済みかよ」

「知っているんじゃないのか」

「ん、まァ知ってるよ。ただ、お前ェがどう考えていたかまでは、こうやって確認しねェとな」

「……面倒なことだ」

 七階にある開発室というのは、かなり広い部屋だった。一見すれば、がらんどうにも見える部屋には、しかし、一角には山のように部品が寄せ集められている。まるで押し入れに物を押し込んで〝掃除〟だと主張する子供のように、この部屋が片付いているとでも言いたげな様相だ。

 彼女は。

 二村双海は、デスクに腰を下ろして、珈琲を片手に暇を持て余していた。

「よォ」

「おーう、なんだ、蓮華か。どうだ見ろ、珍しくウチが掃除をしてやったんだ」

「お前のは掃除じゃねェよ。四十も間近で何やってんだ……ガキでも作れよ」

「どういう関係があるのかは知らないが、今じゃフラスコの中でガキなんか作れる」

「そんで、しばらくは培養液に漬けておけばできあがりッてか? お前の趣味に口出しするつもりはねェけどよ――旦那はいるのか?」

「旦那? 遠出をするとは聞いちゃいないね」

「お前の場合、本当に聞いてないだけッて場合があるからなァ」

「旦那がどうした」

「義手、義足とはいえ野郎の〝作品〟を実際に使ってるガキを連れてきたんだ、興味があるかと思ったンだよ」

「……ベルだ」

紅音あかねの息がかかってるけど、気にするな」

「ああそう、顔出さないでくれって今度伝えておいてくれ。相手をするのが面倒だ」

「知るかよ」

「ふん、義手ならそれなりに耐えられるか」

 珈琲をデスクに置いた双海は、がらくたの山まで行ったかと思うと、真ん中付近に蹴りを入れて崩し、手を突っ込んで〝ソレ〟を取り出した。

「拳銃で7.62ミリが射出可能な仕組みを作ったんだが、こいつがまた反動がでかい。わかりきってたことだけどな、遊び道具としちゃなかなかだ。在庫期間が長かったが、やるよベル」

「名は?」

Revia1Flatレヴィアワンフラット――二代目だ。最初の奴は、だいたい同じフォルムで、九ミリを使用する詰まらん代物だったな」

「そうか」

「で? こっちは暇だし、いいぞ、何の話だ?」

「以前の外見で、スペックは問わないから携帯端末を手配してくれ。ちょっと前に壊して、しばらくは芹沢マークの市販品を使ってたが、どうも馴染めねェのよな、これが」

「ああ、すぐにか?」

「できるだけ早く。――ま、作るのはお前じゃなかったけどな」

「手配だけしといてやるよ」

「ベル、出せ」

 わかったと頷いたベルは、どうも顔合わせのために連れてこられたんだろうことを感じつつも、拳銃を腰裏にしまい、懐から設計図を取り出した。

「なンだよ、〝格納倉庫ガレージ〟を作ったのか」

「鞄を持ち歩くのが面倒だったからな」

 ちょっと待てと言って、双海はどこかに電話をしていたようだが、すぐに切った。その間、作業机の方に大きい紙を広げる。

「――なんだ、ボディの方か」

「ブルーは知っているんだな」

「まァ、ありゃァさすがに、気付かずにはいられねェ代物だろうがよ」

「お、思ったよりもきっちり描いてあるじゃないか。同業でもないんだろ」

「狩人だ。認定証ライセンスはまだない」

「じゃ、ウチと似たようなもんか。技術者にも認定証なんぞ必要ないからな」

 設計図を覗き込んだ双海は、妙に嬉しそうな笑いを浮かべた。

「なるほどねえ、遊び要素もあるじゃないか。実用性重視のクソ詰まらないものだったら、余所に回してやろうかと思ったが、これはなかなか……どうしてこんな思いつきを?」

「車を選択したのは必要性だ」

 吸うぞと一言、ベルは煙草に火を点けて昨夜に完成させた図面を改めて見る。

「最近の車は〝軽い〟んだ。こと日本におけるオンボードAI搭載型の自動運転システムに文句はないが、電気エンジンそのものも、コスト低下や小型化が進んで、ボディを強固にすることで重量のバランスを取っている。だったら、エンジンを二つ乗せることも可能だろうと考えた」

「そこに必要性は?」

「あまりない――が、使い分けられることを〝楽しみ〟として見出すことは可能だろう。付け加えれば、一般市場に出回って欲しくはないという気持ちもある。やや大型のスポーツタイプになるだろうが、大きな見落としはないはずだが」

 現在、日本における主流は電気エンジンだ。コストそのものも安いし、何より緊急時以外には給電すら必要ない。採算が合わないレベルでの販売は芹沢企業が行い、結果としてガソリンスタンドなるものが激減してしまったが、そもそも経済なんてものを度外視するこの企業には、あまり関係のないことだろうし、政治家の〝利権〟など、芹沢への投資を行う資産家にしてみれば、大した影響はない。結果的に、数パーセントの富豪から市井へと金が流れる結果にも繋がっているため、格差の減少にも繋がっている。国民からの支持も圧倒的だ。

 だったら多少高くても買うだろうと思うのは、いわゆる商売の考え方で、これもごくごく一般的な思考だが――残念ながら、芹沢には通用しない。彼ら技術者は、好き勝手研究をして、面白いものを作って、明日の飯に困らなければ、それでいいのだ。

「ミッドシップなら、リアドライブだな」

「そうなる。マニュアルと自動運転の両方も視野に入れてくれ。――ただし」

「なんだ」

「搭載AIについては、こっちで用意する」

「特注か?」

「いや……」

「――生命体だよ、双海。そのAIはネット上で生きてる」

「そりゃ寝狐ねこと同じか?」

「あー、存在としちゃ似たようなもんだが、発祥そのものは違うな」

「狩人非公式依頼所Rabbitの統括主か?」

「おゥ、そうだよ」

「……」

「ん? どうした、何かあるのかよ。知ってるはずだろ」

「いや、あの女、どういうわけか俺らがニャンコと愛称で呼んだら、嫌われてな」

「お前ェ……それであいつ、この間コンタクト取った時に不機嫌だと思ったら、ンなことが原因かよ」

「どうでもいいがベル、そいつと話をさせろ」

「いいのか?」

「ウチが打診してんのに、どうしてお前が確認を取るんだ」

「性格に難あり、だ。――レイン! 聞いているな? ツラを出せ」

 雨かと、蓮華は苦笑しつつ、部屋の隅にあるサーバーから珈琲を淹れた。

『見せる顔はありません』

 機械音声ではない、女声が流れたのは、双海が普段使っている作業用のノート型端末からだった。

「セキュリティは通じない、か。まあウチは大して困らないけどな。聞いてたんなら、自己紹介は不要ってことか」

『はい、双海様。言葉の足りない主様の表現にはいささか文句もありますが――私がレインです、以後お見知りおきを』

「おう。で? どこが難ありなんだベル、礼儀正しいじゃないか」

『躰を作っていただける技術者を相手にならば、きちんと敬意を表します。これは当然のことかと』

「出来上がったら、手入れをする俺への敬意はどうした」

『私の主なのですから、所有者として手入れを怠るなど言語道断なのでは?』

「……」

「なるほど? 面白いヤツじゃないか」

 たぶん、これはもう気にしたら負けだろう。

「レイン、仕事だ」

『――失礼、蓮華様。どのような意図があって私にそのような申し出を?』

「はあン、なるほど? つまりこう言いたいわけだ――対価も代償もなく、躰を作るためにベルが働くのは当然のこととして、俺がここまで一連の流れを作ったことに対しての報酬はベルが支払うものであって、本来は当事者でありながらも、躰がないという理由だけで、身動きしないお前ェは、何もしなくて当然だと?」

『あなたは私に働けと言うのですね?』

「どんな形であれ生命体なら、そのくらいのことはしても罰は当たらないよ。ついでに言えば――お前ェは、自分がベルの〝負担〟になることを、是とするわけでもねェだろうがよ」

『内容をどうぞ』

「理解が早くて助かるね。ま、脅迫じみた手を使ったのも確かだ、反省する必要はねェよ。レイン、爵位制度を知っているな?」

『もちろんです』

「早いうちに公爵位を取って居座れ。お前ェならそう難しいことじゃねェだろうよ。そこに関しては〝人間〟を偽らなくてもいいぜ、速足で駆け上がって構わねェ」

『概算しますと、三十六時間以内に可能ですが』

「いいよ。公爵位になったら、考えられる限りのセキュリティを組んでりゃ、それでいい。そうすりゃァ電子戦技術も、もうちょい底上げできるだろ。影響は限定的だけどよ」

『わかりました、引き受けます』

 おゥ、と言えば、会話は終わる。ベルは紫煙を吐き出してから、備え付けの灰皿で消す。

「双海、可能か?」

「ここまでタイトな仕組みだと、まずは試作型プロトタイプの組み立てからだ。一年くれ」

「構わない。俺もまだ、表舞台に出るのは先だ。それと、試作型はどうであれ、譲渡する相手は俺に選ばせてくれ。打診はする」

「ウチの知ってる相手なら、何よりだね」

「善処しよう。直通の連絡先を渡しておく。早い返事を期待しないでくれ」

「面倒事なら〝ツラを出せ〟だ。ウチが一人で作るわけじゃないが、口封じはいらないな?」

「ああ」

「諒解だ。さあって、忙しくなる――」

 子供を育てる暇なんてありゃしないと、双海はそう言って大笑いした。


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