08/15/00:05――雨天暁・狐にまつわる昔話
森を抜けた暁は九尾の背後からその通信を受け取り、あろうことか暁は走ったままで居合いを完成させた。
水面を小石が跳ねて飛ぶように、空気を伝わって居合いの力はそのまま九尾の尾へと向かって往く――だが、それでは終わらない。終わるはずがない。
だから走る。その衝撃波よりも速く――ただ疾く。
『追ノ章〈
次いで停止――右足を強く踏み込み急激な停止動作からの居合いは、停止における衝撃の大半を刀に乗せて放出し、抜刀の方向は地面から上空へ向けた変則の形。その衝撃は滝を昇り上がる竜のようで、その顎は尾を噛み千切らんと迫る。
そして、停止の力を利用して暁は上空へと思い切り飛んだ――そう、飛んだのだ。
『――終ノ章〈
「おお!」
それは肯定の言葉。
それは気合の言霊。
尻尾のほぼ中央付近に向けられた空中からの抜刀、居合い。落下速度と力による強引な攻撃は、刃が当たるその一点にて――水走、昇水竜との合流を果たし三種の衝撃が合致した。
『雨天抜刀・水ノ行第三幕〈
「〝山地水に曰く、此れを磐石と然り〟」
結果を待つよりも早く、暁は堅い尾の表面を蹴って場所の移動を開始した。相手が巨体であればあるほど、同じ場所に留まっていれば危険は増す。
夜空に、絶叫に似た咆哮が響き渡った。
「うるせェ……」
『聞こえてるぜ暁、暢気だよなァおい』
「事実だろ。つーか硬ェ。第三幕でこれとなると、おい蓮華どうする」
『べつにどうも。とりあえず一尾は打倒できたし問題はねェよ』
次だなと蓮華が言った矢先、漁火の方角から金色の光が空に向けて放たれた。
封がまた一つ、解けたのだ。
「暢気なのはどっちだてめェ。暴でやってたら手首傷めてたぜ?」
『やってねェンだろうがよ』
「徹したからな。ッつーか的確な指示だな蓮華、初見で三幕とは意地が悪ィぜ」
『最大効果を求めながらも、最大威力を見せず、的確な判断が可能な技――となると、いい塩梅だろ? 耐久度と比較すりゃバランスが取れてるよ。……お陰で軽口を叩く余裕がなくなりそうよな』
同じ武術家であっても、涼も咲真も雨天の技など知らないはずだ。おそらく蓮華は雨天の技を見て、あるいは受けたことがある……?
――どうせクソ爺が絡んでるンだろうけど、な。
「おい蓮華」
『ンだよ――と、次の尾は
「褒姒はいねェだろ? 尾が出たのは華陽に繋げるためだけだ。だいたいあいつは――」
『暁』
短く、制止するような言葉が飛んだため、ふうと暁は足を止めて一息つく。
褒姒は、おそらく稲森に居た誰かそのものだろうけれど、それによって動揺を生むので言うなとのことか。
「残るは九つ目を除いて、六……いや同じなら七尾か。おい蓮華、六か七つ目辺りまで温存してェぞ俺は。最後はどうせ
『おゥ、俺ァそう見てるけど――お前ェ、どこまで往けるよ』
「
揺れ動く気配に一瞥を投げ、近づいて来た槍を持つ咲真に対して軽く片手を上げて挨拶とした。お互いに動き回っているが、余裕はまだあるようだ。
『そうじゃねェッて。師範から止められてるのがあるンだろうがよ』
「あるけど……べつに失敗はしねェぜ?」
「そういう問題でもないと思うがな……しかし、黙って聞いていれば九尾に関してお前たちは何か知っているようだが?」
「あ? ンだよ咲真、お前知らねェのか? ……あれ? よォ蓮華」
『俺に振るなよッたく……昔話さ、あるところに狐の姉妹がいましたとさッてよ』
そう、それは古く昔のお話。
『気弱な妹は性格に反して力だけは強大だったのよ。そして珍しくも九つの尾を持ち合わせていたのよな――その力を我が物にしようと、狐の一匹が尾を喰いました。残りは八本です。力を奪われたと、その力で自分をまた襲いにくると思った妹が相談すると、姉は言いました――なら、自分が二尾を喰らって強者となりお前を守ろうッてよ。残りは六本で、しかし姉の姿はどこにもなく、残り五本も五匹の狐に喰われてしまいましたとさ――』
九尾の伝承にはいくつかの名が残されているが、そのどれもが九尾自身を示すものでありながらも九尾自身ではない、という事実を知らない者は多い。ここにいる中でも蓮華と暁しか知らなかったようだ。
蓮華の話した通り、それぞれの尾には自我がある。尾を喰ったつもりが、彼らは逆に喰われてしまい妹狐の中に取り込まれてしまったのだ。
一尾の妲己、二尾の褒姒、三尾の華陽、四尾の
九つの尾を持つ――
その説明が終わるか否かという状況で、暁はそれに気付いた。
「まずい――蓮華!」
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