2010年

04/25/10:20――嵯峨公人・二村双海

 魔術師だ、と豪語する意味がよくわからない。

 興味があるものに向かって一直線に走る様子というのを実際に見ていたいのならば、嵯峨さが公人きみひとの魔術に没頭する様子を俯瞰していれば間違いなく納得できるだろう。それほどまでに公人は魔術――その中でも、ただただ刃物を創造することに傾倒していた。

 二年、没頭した。

 一通りの基礎を学び、面倒ではあったがどうにか通帳への振込みのタイミングを狙い、振込み先を逆探知し、いくつも経由したハブを辿って入金日時を逆算した後、そこからの行動範囲を狙ってようやく父親と連絡をつけた後に、ツテで魔術書を数冊ほど仕入れ、たった一度の実践で命を落とすことを理解しながらも、どうにか金属の構造を術式分解することが可能になったのに一年。

 そしてもう一年でそれを刃物のカタチにすることができるようになった。つまり、基礎的な一連の工程をようやく覚えることができ、また術式を行使するに至った公人は、己が使う者ではなく創る者であることだと自覚することができた。

 そこで公人が着眼したのは、刃物を創造する際に基盤としている金属の在りようだ。簡単に言ってしまえばオリジナルの金属を創ることができたのならば、汎用性の高さは当然のこと、公人だけの刃物を創ることが可能になるとの判断だ。もちろん、術式そのものの技術向上も忘れてはいないし、そこが基本だろうけれど。

「あー、俺も中学生か。入学祝い、どうすっかな……」

 普段から節約している公人は、こうした時に資金を度外視して何かを購入しようと、そういう区切りをつけている。むしろ、必要なものがなくても、買うべきものを探してまで購入するようにしているのは、それもまた金の使い方として間違っていないからだ。

 ちなみに、小遣い稼ぎ程度の仕事をするようにはなった。なったが、内職じみたことであって外で活動するようなものではない。とにかく時間に余裕を得られた今こそ、落ち着いていろいろと考えるべきだろう。

 そこで、妙な話を聞いた。

 学校に通いながらも、適当に済ませサボっている公人と似たような人物がいるらしいとのこと。教員に打診してそれとなく聞き出してみれば、芹沢企業開発課で仕事に従事している人物で、義務教育であるのにも関わらず、テストだけは成績を出しているものの、授業にはほとんど出てこない、下手をしなくとも公人よりも態度の悪いヤツらしい。

 訪ねてみよう、と思う。思うが、正面から扉を叩いて通るとは思わない。何しろ公人は世間慣れしているとはいえ、見た目もまだ幼く、せいぜい大人びて見えたとしても高校生止まり。成長期のこともあってスーツを買っておこうにも、背丈が伸びれば合わなくなる。服装で誤魔化すなら、まだ時間が必要だ。

 野雨市内にある芹沢企業開発課のビル前にて、でけえ建物だと苦笑した公人はそのまま裏手へと回る。思った通り裏口はあったが、それが見える位置、そして視線を集めないよう隠れてしばし時間を潰す。

「入学祝いね……ま、忘れねえ内に実用性があって、そこそこの金額で、使えるものでも買っておくか」

 ちらりと視線を落とした左腕には時計、時刻はまだ十時を回ったところだ。時間帯のチョイスとしては――良い方に転んだようだ。二十分も待機しない内に、つなぎ姿の男がふらりと外に出てくる。そこへ公人は近づいた。

「兄さん、ちょっといいか?」

「ん? なんだ坊主」

「坊主ってほど頭を丸めちゃいねえよ。いやそうじゃない、ここに二村にむら双海ふたみってのがいると思うんだが、今日もいるだろ?」

「いるかいないかの前に、何の用だ。正面回れよ」

「俺みたいな、兄さんから見ても坊主にみえるガキなんか相手にしちゃくれねえだろ。二村とは同じ学校なんだ、見た目通りってわけ。んで、いるようならとりあえず、公人――あ、これ俺の名前な。公人が逢いに来たって、伝言だけでも頼めないか? そんなガキは知らねえと、本人が言うんならとっとと退散するからさ」

「……手慣れてるじゃねえか坊主。本当に退散する気があるのか、お前」

「あるって。もし駄目なら学校で逢った時にするし、試験の時は出席してるからなアイツ。とにかく頼むよ兄さん」

「しょうがねえ、伝言だけとりあえずしてやる。入ってくんなよ」

「不法侵入するなら、こんなとこで兄さんと話をしてねえって」

「それなら留置所で、だろうな」

「違いねえし、そいつは御免だぜ」

「はいはい、待ってろ」

 言葉通り、公人は乱暴な手段に出るつもりはない。二村双海にだとて興味本位であるし、切羽詰ってこれしかない――という状況からは遠いのだ。ただ、向こうが公人のことを知っているのならば、あるいは。

 さてどうなるだろうかと考えていると、扉が内側から開き、先ほどの男が苦笑した表情で小さく手招きをした。

「おう」

「いいのか?」

「確認したが、双海が自分の客だと言ったんでな。今は六階の作業室にいる――んだが、さすがに一人で勝手に行け、とは言えんから仕方ない、煙草の時間は遠のくが案内してやる」

「そりゃ悪いな、兄さん。次があったんなら、上等な酒でも持って来るぜ」

「期待はしねえよ。それに酒より紅茶がいい。ここじゃ珈琲ばっかだからな」

「そっちなら得意だ。フォートナムメイソンの良い茶葉がある……あ、ダージリンのがよかったか? アールグレイなんだが」

「また上質なモンを……ま、何だっていい」

「次があったらな。兄さんもここの住人なんだよな? 専門……とかがあるのか?」

「あるやつもいるし、ねえのもいる。ただまあ、機械工学全般が開発課の主だった専門だろうな。結構幅も広いんだ。今の俺はヘッドホンの開発だ。これがまたなかなか難しくてな……」

「楽しいって顔に出てるぜ?」

「苦あり楽ありってのは当然のことだ――と、ここだ、ここ。…………はあ? なんで通じねえんだこれ。おい」

 エレベータに乗ってそこに到着し、インターホンのボタンをかちかちと押すがランプは点灯せず、何度も押している内にスイッチごと奥へ抜け、そこに穴ができた。

「――おい双海! てめえ何してやがる!」

 ばん、と出入り口を叩いたかと思えば、カード認証用のパネルを右手で高速連打、無反応なのがわかるとメンテナンスハッチを開いて男は携帯端末と直結させ、手早い操作を完了させ五秒後に内部へと突入する。

「双海! ――ってうお! なんでインターホンがねえんだよ! 壁にあるもんまで分解すんなや!」

「――ああうるせえうるせえ! 喧しいなお前は口うるさい姑かフラーケン、イギリスの山奥に帰れ!」

「誰がイギリス人だ誰が! 福原健三郎って名前を適当に略してんのはてめえだろうが! ああもうこいつは、本当にこいつは、あーくそっ、なんで俺ばっかこいつの後始末を、あー……事務にやらせるか。そうしよう、俺がやるべきことじゃねえし」

 それはたぶん、事務が彼にやってくれと頼むことだろうけれど。

「じゃあな坊主、気をつけろ」

「ああ、ありがとな兄さん」

 彼が出て行くと扉は閉まり、二十畳ほどの部屋の中はがらくたの山で埋め尽くされ、足場がない――逃げ場がないことに気付かされる。それも別にいいと、肩から力を抜いて見れば、彼女は。

 二村双海は作業着スタイルで部屋の中央付近にあぐらで座り込み、手元で何かを組み立てており、時折部品を放り投げては違うものをかき集めている。小柄な少女であり、横顔だけ見ればそこに幼さをあまり感じない。油で汚れているのも確かだが、何より風格のようなものが見てとれた。

「公人」

「おう」

「お前、あの嵯峨か?」

「厳密には俺の親父があの嵯峨だ。俺は違う……けど、まあ同じようなもんだと見られても仕方ねえか」

「違うんだな?」

「関わっちゃいねえよ。そりゃ親父だって似たようなもんだ」

「どこがだ。創立者なんだろ」

「親父の戯言を真に受けるなら、創立したんじゃなく仕組みを完成させただけだ。今の嵯峨財閥ってのは、その仕組みの中で好き勝手やってるもので、それが本来の目的だったらしいが、親父はもう興味を失って手を加えようともしていない。――馬鹿な野郎だ」

「なるほどな。同じクラスらしいってのは聞いてたが、話してみりゃ面白そうな野郎じゃないか」

「そりゃどうも」

「お前、携帯端末持ってるか?」

「ああ」

「ちっ、なんで持ってんだよ。いいか、次に買い替える時は必ずウチに言えよ。使うヤツがいねえと、感想もない。発展がなけりゃ次もないときた、どうしろと」

「知るか。……携帯端末を作ってるにしちゃ、大きいじゃねえか」

「見ての通り、液晶を作るための装置の製作だ」

「わかるか。俺は技術者じゃねえよ」

「ま、もうちょい待て。一段落したらまともに話を聞いてやる。中学も同じになったな公人」

「らしいな。お前はともかく、俺の方は二村の名を目にしたのは最近なんだ。そっちは、そうでもなかったみたいだが」

「ウチがこうなったのは二年前からだ。公人の方が悪名高かったの、先だろ」

「悪名ってな……ま、違いねえか。俺としちゃ上手くやってるつもりなんだけどな。とかく、周囲から浮いて孤立してるくらいが丁度いいと思ってる。教員も給料分の仕事をすりゃそれで終いだ」

「また悪知恵が回るもんだな」

「社会なんてそんなもんだろ。ガキはガキなりに斜に構えて社会に挑めばいいとも言うけど、挑まずとも馴染むくらいはできるし、仕組みを逆手に取ることくらいできるさ」

 ぼうっと突っ立っているのも何だったので、近くの壁に背を預けて腕を組んだ公人は視線を走らせ、面白そうな金属があるかどうかを探し始める。

「学校の用事じゃねえよな?」

「ねえよ。だったら平日のこんな時間にこねえし」

「ああ、今日って平日だったか」

「デートの誘いなら、昼飯でもどうかって、もうちょい後の時間だろ」

「ってことはまだ午前中なんだな」

「お前ね……」

「ウチらなんてのは、そんなもんだ。好きな時に好きなことしてんだからな」

「インターホンを分解しちまったのも?」

「部品が欲しかったから」

「常識の通用しねえ場所だってのはよくわかった。いや、常識が違うだけか。お前らってそうやって一人でやってんのか?」

「上から依頼がくることもあれば、誰かが企画を立ち上げて合同作業ってのもある。今は企画の合間だから好き勝手やってんだよ」

「なんだ、じゃあそいつは二村の趣味って感じか?」

「そういうことだ」

「それでさっきの兄さんは、ヘッドホンの開発をしてるってことか」

「ヘッドホン? なんだそりゃ、ヘッドホンの何を作るってんだあの野郎は。アンプ内蔵の小型化でもするってんなら、大型化を先にやってみろっての」

「俺に言うな。しかし音楽……スピーカーか。なあ二村、そっち詳しいか?」

「ある程度はな。最先端に追いつけるかどうかって話なら余所でやれよ」

「お前の実力がどの程度か計ろうってんなら畑違いだ。そうじゃなくてだな、音楽を聴く環境っての? そういうのを作ろうと思えば、何がいる?」

「何って――なんだ、初心者が入り口から門をくぐるってんで、助言が欲しいってことか? ウチに?」

「そういうことだ。あくまでも選択肢の一つだから真面目に答えなくてもいいぜ」

「……ステレオな。音楽は何を聴くつもりだ?」

「今は市販のコンポで、クラシックを聴いてる。オケもあるがピアノも多い」

「予算は?」

「あー……そうだな、入学祝いだし一年分の稼ぎとすりゃ、百万くれえは出せるが、できりゃその半分で済ませたい」

「馬鹿言え、ステレオなんてのは一部大金持ちを除けば、中古市場が活性化してる趣味だ。新品なら百でも足りねえし、そりゃピンキリだけどな。部屋は空いてるか?」

「どのくれえの広さが要るんだ」

「欲を言えばキリもねえ」

「空いてる部屋……二十畳間が一つか。リビングには置きたくねえし」

「見た目は気にするか?」

「そりゃ気にはするが、ある程度はってところだが」

「専門的な話をしても通じねえだろうから簡単に言ってやる。まずはディスクの再生装置、ボリューム含めコントロールのためのアンプ、それから音を増幅するためのメインになるパワーアンプ、それと音の鳴る箱が二つ。最低限これだけ揃えれば音は聴ける」

「四つの装置が必要ってことか」

「それだけじゃねえが、まあそう思っとけ。単純計算すりゃ一つにつき二十五万」

「ぐ、百万か……いやいい、とりあえず試算だ。話を聞こう。そうだな、二十五万円になる。間違いはない」

「――よし、珈琲だ」

 一段落したのか、立ち上がってゴーグルに似た眼鏡を外した双海はようやく、公人を目で見て、なんだと苦笑しつつがらくたをかき分けてデスクの珈琲へと近づく。

「その見た目なら、スーツでも着りゃ表でも通るだろ。ガキの癖に大人びた風貌をしてやがるじゃねえか」

「そうか? 自覚はねえし、どっちかってと二村のが風格があると思うけどな」

「大人連中に混ざってりゃ、否応なくこうなるもんだ。そうだろ?」

「ま、そうかもな」

「おっと悪いな公人、ここじゃ座る場所もありゃしねえ。珈琲は?」

「貰おう。味にゃ期待しねえよ」

「そんなに悪くねえぞ」

 差し出された紙コップを、がらくたを踏まないよう気を付けて受け取って飲むが、なるほど確かに、不味くはなかった。

「話を戻すぞ。でだ、音を鳴らすのに必要なその四つの内の、どこに重点を置くのかって話が面倒なんだ」

「……そいつは二村、つまり逆に言えばどこかに重点を置いた方が、購入時はともかくも先があるって話か?」

「ふん、頭は回るみてえだな」

「頭を使わなきゃ学校なんかサボれるかよ」

「悪知恵も働くからの問題児ってことか」

「うるせえ、お前だって似たようなもんだろ。で?」

「音を鳴らすために重要なものはどれかってのは、どれも重要だ。どれを変えても良くも悪くもなる。音も変わるしな。ただ、どれに関しても換えは利く。たとえばの話、八十万の再生装置だけ購入しておいて、後はがらくたでも、次に買い換えるのは三つになるって寸法だ」

「ああ、そういうことか。逆にさっきの二十五万で全部揃えれば、後になって全部換える羽目になるってか」

「どうする?」

「スピーカーに六十、再生装置に十、コントロールに十、パワーに二十の配分でどうだ」

「六、一、一、二の配分な。わかった。さて――おい公人、内線どこだ?」

「俺に訊くなよ。この部屋のどっかにあるのか?」

「ある。インターホンじゃなく、ほかの連中に連絡するためのやつだ。電話の子機に似てるやつ。……いかん、まるで思い出せねえ」

「思い出せよ」

「いいから探せ。そうだ、アンプにゃ真空管か、ソリッドステイトか、二種類ある。どっちがいい?」

「どっちって……よくわからんが、とりあえず安定する方にしてくれ」

「じゃソリッドステイトでいいか。くそっ、どこやった内線……」

「分解してねえだろうな?」

「その時は分解された形状でわかるだろ」

「ったく――余計なことを言うなよ」

「はあ?」

 腕を組んだ公人はため息を足元に落としてから目を閉じる。

 ――足は床についている。

 自覚するのはそこから、足場をそのままにして己の領域を広げるような感覚。まずは平面で、すぐに部屋の隅を感知して角形を把握した後に、ゆっくりと立体になるよう上へ持ち上げるようにして周辺情報を拾う。

 己から流れ出した魔力が一つの術式構成を介して広がった――簡単な探査(サーチ)術式。こんな単純な術式でも、失敗すれば己の命に係わる上、公人はこうした作業が苦手だ。それなりの集中力を要する。

「――あった」

 場所の確認は済んだ、ひょいひょいと部屋を移動していくつかの物品をどけてから手に取り、それを双海へと投げると、彼女は受け取り。

「お前、魔術師か」

「あ? いや――どうなんだろうな。俺は魔術師なんて呼ばれてる連中を一人も知らねえし、自分がそうだと思ったこともねえ。ただ刃物を創りたいってだけのガキだ」

「……まあいい、ちょっと待ってろ」

 言って、双海は内線を耳に当てた。

「――むろ。あ? なんだめめ、今日の当番はお前だっけ? まあいいか、とりあえずかなめに繋いでくれ。おう。…………かなめ、ウチだ。いやそっちじゃねえよ、客だ。同軸の箱でシステム一式。箱六、プリ一、パワー二、プレイヤー一の比率で百万に仕上げろ。納期は――特に指定はねえが、早めにな。どうせお前、手は早いだろ。……あ? 倍出せ? 馬鹿言うな、まだお前はコスト削減に手ぇ出してねえのかよ。だったら妥協しろ。は? 妥協はしねえ? 当たり前だ馬鹿野郎! 客の要望に応えろって言ってんだ。聴くのはクラシック全般、オケもピアノもだ。ソリッドステイトで仕上げろ、いいな? ……振込みを先にしろだあ? 成功報酬を先に受け取れるのかお前は。それだけの技術はある? クソ喰らえだ、仕上げてから吠えろ技術者。手が足りねえならツラ出せ、ウチの手なら貸してやる。以上だ」

 通話を切断、あろうことかそれを双海は再びがらくたの山の中に放り投げてしまった。

「――口が悪ぃな」

「口さがないと言え。ウチだって公人と同じガキだ、虚勢くらい張らねえとな」

「そりゃ虚勢じゃなくて、思ったこと口に出してるだけだろ」

「ま、似たようなもんだ。ああ、かなめって女はここの技術者でステレオ関連に手ぇ出してるヤツでな、完全にあいつの作品にはなるが市販品じゃなくったって別にいいだろ?」

「そりゃ初心者入門だから、何でも来いだ」

「諒解だ。振込みはできるか?」

「いつでも。そんくれえの貯蓄はあるぜ」

「そりゃ結構だ。ああは言ったが、早い内にな。振込み口座は後で訊いてから伝えてやる。おい公人、携帯端末は持ってるか?」

「さっき持ってるって言ったろ」

「……芹沢の作りじゃねえだろ、馬鹿かお前は。ウチの技術者が作るガラクタの方がよっぽどマシだぜ、クソッタレ。既製品の見た目に騙されてんじゃねえよ、あんな利便性と性能がごっちゃ混ぜになった大衆向け、使用用途の幅を広くしただけでまとまりがねえときた。よく買うぜ、そんなもの」

「ボロクソに言いやがる……」

「いいか公人、次に買い替えるなら芹沢にしろ。芹沢のがねえならウチんところに来いや。わかったな?」

「諒解、諒解した。とりあえず連絡先な、ほれ」

「赤外線通信? クソッタレな機能なんてついてねえよ。だいたい連絡先の交換なんてのは消去が容易な紙媒体にしなきゃ情報漏れの危険性があるだろうが。甘っちょろい野郎だなお前は」

「そこまで言うなよ……」

 さんざん暴言を貰って、ようやく連絡先を交換する。見ると双海の携帯端末も似たような形状だったが、そこを突くと長引きそうなのでやめておいた。

「で、刃物を創るとか言ってやがったな。作品を見せろ」

「――ねえ」

「なに?」

「今の俺に作品なんて呼べるモンは創れねえ。だから、仮に作れたとしても、そいつは俺の作品でもなんでもない、ただのガラクタだ。だから見せるもんはない」

「……お前はそう思ってるんだな?」

「ああ」

「いいぜ、それならいい。なんだ公人、職人のツラしてんじゃねえか」

「似たようなもんだって言ったろ。違うけどな。……あれ? こりゃ兄さんに言ったんだったか。まあいいや、どうせ言ったし」

「それが本題だろ」

「まあな。とかく金属ってやつを解析したいから、そういう繋がりを求めてきた。当面の目的はオリジナルの金属を生成することだ。まあ……術式で、だが」

「……口外するなってのは受け入れたから、公人も言うなよ」

「あ?」

「芹沢にも何人か魔術師はいる」

「――……同類じゃねえだろ」

「公人ほど社交的じゃねえからな。それに、連中は魔術で完成はさせるが、魔術で創りはしねえ」

「なるほどなあ……」

「逢うか?」

「いや、止めておく。今はまだその領域じゃねえし。何もかも独学だと手さぐりだしな……ここらに転がってるのはほとんどステンレスか?」

「鉄くずは扱いが面倒だから、大抵はステンだな。ほかはアルミ、ニッケル、チタン合金……公人はどんな刃物を創ろうとしてんだよ」

「それも、まだ決まってねえ。ただ最低条件として、耐久年数なんてもんは度外視してえとは思ってる」

「経年劣化による摩耗は、いつだって消えねえだろ。エントロピーは増大するんだから、永久機関を作ろうとしても無駄なのは立証されてる。外部からの供給にも限度はあるしな」

「それでも、だ」

「それでもか。ウチにとっちゃ魔術はまったくわからねえけど、それでも理の裡だ。かなり難易度は高いだろ」

「そこを解決できなきゃ俺は先に進めねえよ。とりあえずは金属の生成だ。感覚としては合金に近いんだが……」

 実物に触れても、発想はなかなか浮かばないものだと、しゃがみ込み手さぐりで物品に触れる公人は苦笑と共に言う。

「金属加工にも種類があるよな」

「大きく分類するなら、鋳造なんかの成形加工、それから切削加工は切るやつだな。あとは接合加工なんかもある。対応する材質でやり方が変わるのは当然だが」

「材質……金属そのものの配合を独自改良するのが最初の一歩だな、やっぱり」

「分子配列を?」

「ああ。一度分解して把握してから、素材を別にして安定を保たせつつ配列を組み上げる……今の俺じゃまだ無理だな、基礎理論から、基盤からやらなきゃならねえ」

「携帯端末を作るために、その部品を作る前に、部品を作る部品を作る――ウチがやってんのも似たようなもんだ」

「それを苦行だとは思わねえよ。それに、俺としちゃそれだけに熱意を注ぐわけにもいかねえ。確かにそこからだが、先を忘れちゃ意味がねえよな」

「何事も今の積み重ねと言うけどな」

「そりゃそうだけど……確かに、二村の言う通りあれか、何を創るかってのも考えねえとなあ」

「本来なら、まずそこだろ」

「そう言われてもなあ、好きでやってるけどまだそこまで至らない、そう俺は自覚してんだけど、おかしいか?」

「おかしいっつーか、ズレてる感じはさっきからしてるな。手順が――飛んでるのとも違うが、逆順? 抜け落ちてる感じとは違うか」

 ただ。

「そのままなら、必ず落とし穴にはまる。……つーか今、ウチが落ちてんだけどな」

「おい」

「辛いぞ? これはなかなかに辛い。何故って、穴に落ちてんのはわかるのに、どうやりゃ抜けられるかさっぱりだ」

「それでも手を動かし続けるしかねえってか?」

「そういうことだ。ん、まあちょっと待ってろ。金属類を集めておいてやる」

「小さ目にしてくれよ。俺の鞄に入る程度の」

 肩掛けの鞄は入り口付近に置いたままで、そちらを示すと確認した双海は笑った。

「ははは、諒解。――重量は気にしねえよ」

「そういう意味じゃねえよ!」


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