黙劇ピエロ
新橋 秋
0 プロローグ
その日、声を失った。
朝、いつも通りカーテンを開ける。冬休みの余韻が抜けない気怠い気分を吹き飛ばすような晴天だった。母の作ってくれた朝食を頬張り、足早に家を出た。遅刻ギリギリで少し急いでいた。
いつも通りの通学路でコトは起こった。唸り声をあげてトラックが真っ直ぐ突っ込んできたのだ。余所見運転による信号無視、横断歩道を走って渡っていた俺を轢いた。トラックと言うよりもトレーラーと言うべきか、とにかく大きな箱。突っ込んでくることを理解した時に回避行動を取れた気がする。それが幸いしたのか一命を取り留めた。大きな怪我は、頭を打ったこと、膝から下を粉砕骨折したこと。小さな怪我は数え切れない。事故当時から意識がなく、そのまま丸一週間回復しなかった。話を聞くだけで痛々しかった。
ほとんど記憶にないのだ。母の話、父の話、医者の話、警官の話、それら全てを記憶と照らし合わせ、自分の話とした。何を言っても聞いてくれない、聞こえない。本当に声を失くしたと理解したのは、目が覚めてから三日後だった。
世界がこんなに「声」で溢れていたのか、と思うくらい他人の声がよく聞こえる。煩いくらいに ———————。
(なぜ声が出ないのだろう……喉も前と変わらないはずなんだけどな……)ふと思う。医者には、「事故のショックによるもの。精神的なもので、治るかどうかはわからない」と言われた。
当初はあまり気にならなかった。チャットやスマホで文字を打って伝えれば問題ない、五感もある。手話など練習すれば全く問題ない。そう思っていた。しかし事態は単純ではなかった。人は声でコミュニケーションをとる生き物。表情や身振り手振りなど、基本的にはおまけ。ましてや文字を使い、どれほどの情報を相手に伝えられるというのか。最良のコミュニケーションツールを失くした今、一体どうやって生きていけば良いのだろうか……途方に暮れた。
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