片翼の天使
水流那
第1話
別れのキスをした。
とても冷たい感触だった。何も高揚を感じない。
頬を触る手がゆっくり離れていく……もう時間だ。
「さよなら」
そう言って彼女は去っていった。振り返りもせずに。
4年付き合って終わりがこの程度か……そう思った。
両手に大きな鞄を持って出て行く彼女の白いコート姿が印象的だった。
大学4年の夏休みは基本的に暇だ。
真面目に通ってれば3年までには単位がほぼ全てとれ、残すは僅かな必修科目と卒論くらいなものだから。地元の企業に内定が取れてた俺はこの時期、無為に時を過ごすことが多くなった。
何をするにも気が乗らなかった……いや、考える事自体億劫だったんだろう。長らく続けてた塾講師のバイトも途中で止めてしまった。一人暮らしの気ままさか、ベッドの上で寝そべり本ばかり読んでた気がする。しきりにかかってくる友人からのメールや電話もわずらわしく思い、ついには携帯の電源を消してしまった。せっかく禁煙してた煙草までまた吸うようになっていた。灰皿はもう捨ててしまっていたので、空き缶で代用している。
……胸にぽっかり穴が開いたようだった。
まさか、自分がこの表現を使う時がくるとは……仰向けになりながら少し苦笑してしまう。
その時、インターホンがけたたましく鳴った。
更には急かす様にドアまでしきりに叩きやがる。
新聞の集金か、はたまた何かの苦情なのか、やれやれと思いつつドアを開けた。
ドアを開けると見知らぬ少女が立っていた。
いや、今時の大人びた高校生を少女と呼んでいいのものか……考えるのも面倒くさい。
「なんでお母さんと別れたん?」
悲しげな目で俺を見つめる。
お母さん?!
俺は人妻と付き合った覚えはないはずだ。
そんな俺の懸念を少女は吹き飛ばした。
「私は20年後から来たあなたの娘なの。此処でお父さんとお母さん別れたら私が生まれなくなってしまう」
片翼の天使 水流那 @suina
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