第4話 暗雲
度重なる北伐が成功する可能性があった回もあることをご存知だろうか?
大国である魏に対し、蜀はあまりにも小さく非力だ。だが一回目の北伐の際、趙雲はあと少しで魏国に一泡吹かせる事が出来たのだ。勝機はこの回のみとされている。
結果は敢えて語るまい。正直言って筆者はこの戦いの話を読んで諸葛亮が嫌いになってしまった。
当然、趙広にとってもその話題は面白く無いわけで、最近知り合った武将に思わず愚痴ってしまう。
「あんまりだと思いませんか、姜維殿。丞相は病床にあった父を無理やり出陣させ、自らの側近の失敗の尻拭いをさせた上に関家と張家の若君の初陣の為に囮に使ったのです。なのに父はそれを当然のように喜んで…あげくに死期を早めてしまいました」
「それはそれは…しかし丞相にもお考えがあっての事、趙将軍とて納得の上では?」
「ならば何故あのお二方は父をあのように悪し様に老害呼ばわりなさるのか」
「まさかそのような…」
「爺の失策と嘲笑いながら援軍として現れたと聞きました。私は悔しい…父とて関、張の両将軍と共に長きにわたって先帝に仕えて参った筈、なのにこの扱いの差はなんなのですか?」
姜維は若き将の叫びの中に亡き英雄の背中を思い出す。その笑みは穏やかに見えたがあれは諦めのそれではなかったか。何故か彼はいつも一歩さがって物事を見つめていた。
(何が趙将軍をそうさせたのか…)
この時代、我先に行動せねば出世はもとより生きていけない。趙広はすっくと立ち上がり、決して父親がしなかった笑みを浮かべ
「私は父と同じ道を違う生き方で貫いてみせる」
そんな趙広の悲痛な叫びと同じ言葉を遠い異国で呟いた者がいる。
司馬懿はいきなり突拍子もないことを言い出した次男に頭をかきむしりたくなった。
「何故私の生き方が不満なのだ」
「父上は他人が思っている以上に人が善すぎる」
「そんな風に言われたのは初めてだな」
司馬懿はてっきり悪し様に言われると思っていたので面食らった。だが目の前の息子にとってそれは計算内である。にんまりと口端を歪め、彼は一気に言い放つ。
「どこの世界に自分を暗殺しようとしてる一族を守ろうとするお人好しがいるってんだ。あんたはバカだ!」
「昭、貴様父に向かってなんて事を」
「ああ何度でも言ってやんよ、このボケが、クソが、アホんだらぁ」
司馬昭は本来親孝行な息子である。兄である司馬師と共に父を支え、その後は語る必要もあるまい。
だが今は違う。
彼らが親子は燃え盛る炎の中にあった。諸葛亮と国内の内通者の手によって火攻めの計を受けたのだ。絶対絶命のこの瞬間、父は手を胸の前で合わせ、あり得ない事を言い出した。
「私が死んだら亡き文帝陛下の眠る御山に埋めてくれ。魏国の礎として…もう悔いはない」
果たしてこの状況で誰が埋めに行くのだろう。司馬昭は亡き陛下の尊顔を思い出す。
(いったい何やったら此処まで崇拝出来るのよ)
一部では冷血青トカゲとまで言われ恐れられる文帝様である。洛神の話は奇跡としか思えない司馬昭は自分よりも小柄な父を脇に抱えると戦禍の中を駆け抜けた。時折聞こえる悪夢のようなうめき声は後続の司馬師まで凍らせる。
「陛下〰️今こそ参りますぞ〰️」
「えぇぃ、こんな国、この司馬子上が亡ぼしてやるわ!」
それは反逆心からではなく、まったく違う思いから出た言葉だ。
(早くなんとかしなくては父さんがヤバい、ヤバすぎる!)
〰️魏国は曹丕が作り、司馬懿が育てた〰️
その思いは母心に近いものであっただろう。司馬一族の快進撃はこの時から始まったとしても過言ではあるまい。
(このボケ爺、誰かなんとかしてくれーっ)
司馬昭の願いも空しく、司馬懿仲達。実はかなり長生きします。
司馬親子が無事に逃げ切った頃、諸葛亮は幕舎にて深いため息をもらしていた。
(趙雲殿亡き後、関、張家の若君達に任せるつもりでしたが時期尚早だったようです。私としたことが…)
趙雲亡き後、魏を脅かす存在はいなかった。なぜなら若君らは功を急ぎ、趙雲よりも先に命をおとしてしまったのだ。
(将が敵を深追いして崖から転落するなどあり得ません。不摂生を重ねて病に臥すことももっての他です。私が彼等の『若さ』を肝に銘じておけば、このようなことにはならなかったろうに)
悔やみきれず、歯噛みする諸葛亮に声をかけたのは馬岱である。やや色素の薄い髪をぼりぼりと掻きながら幕舎にやってきた彼は沈痛な面持ちで口を開いた。
「丞相、いつまで北(魏)との戦を続けていくおつもりですか」
「勝つまでです。それが先帝からの悲願であることはあなたとてご存知でしょう」
「しかし今の我が国の国力では難しく思われますが…」
「今辞めればこれまでの苦労が報われません」
「…俺は若い者達が先に死んでいくのが耐えられません。広なんてまだ十代なんですよ。今のままでは実戦経験無いうちに前線で散りかねない」
馬岱の頬にはいつしか涙が流れていた。彼は幼い頃に家族を失い、従兄弟と共に命からがら逃げてきた。年端もいかない趙家の兄弟を実の弟のように可愛がり、今や二人の親代わりでもある。
「俺はもう大事なものをなくすのは嫌なんです。孟起兄ぃも子龍さんも…白姐ぇも…もう嫌だ…」
「馬岱殿、泣き言は云わぬ約束です。いつ誰が聞いているかわかったものではありません。控えなさい」
「…すみません、つい」
諸葛亮は青い顔で幕舎の外に目を向けた。幸い誰も聞いてはいないようだが用心にこしたことはない。
「もはやあの秘密を知る者はあなたと私だけです。私は友の為にも子供たちの未来の為にもこれを墓まで持って行くつもりです。あなたもいいですね、馬岱殿」
馬岱は頷くことで返事とした。
順平候の墓守り 豆狸 @kuma0324
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。順平候の墓守りの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます