白刃と過去Ⅳ

 至極冷静に放った村正は嘘をついているようには思えない。バーンも考えになかったわけではない場所だ。だが、誰もが頭の端に思い浮かんでいながら行こうとはしなかった場所でもある。


「あいつが大学を空けていた期間を考えれば予測くらいはついただろう?」


「そりゃそうさ。でも近づくとは思ってもいなかったさ」


 村正が投げかけた視線は、それだけで体を斬られたような冷たい心地をバーンに思わせた。


「アルテルなんて重装備の軍人を連れて行かなきゃろくに探索もできないし、それでも大きな研究機関が何度か探索をしているはずだろ?」


「そうだな。ただ詳しく調べるには戦力が足りなかったんだろう」


「当たり前よ。アルテル内部なんて細かく調べようと思ったら一個師団級の戦力が」


 そこまで言って、ミニアは言葉を止めた。彼女の視線の先では村正がにやりと笑いを浮かべている。それほどの戦力、本来なら簡単に揃えられるものではないが、今はここにたった一人でその条件を満たす者がいる。


「決まったな。早く準備を済ませろよ。俺と嬢ちゃんだけで行っちまうぜ?」


 村正が言った途端に荷物をまとめ終えたらしいサイネアが部屋の中に戻ってくる。期待に満ちた瞳は今にも宿を飛び出して行ってしまいそうだ。


「お前は、いったいどこまで知っているんだ?」


「俺が知っているのはあいつのことだけさ」


 大きなバッグを持ちあげる村正にバーンとミニアは慌ててそれぞれの荷物をまとめ始めた。


 まったく人気のないレリギオーはもはや村としての機能がなくなっているようだった。バーリンだったとはいえここに住んでいた全てを破壊したと思えば、どれだけ村正の持つ力が強大で畏怖いふすべきものか理解できる。


 もう早朝というには遅い時間だが、村の中はもちろん無人だ。その中を四人が歩くのはもうずいぶんと慣れてしまった光景でもある。ただ一人の性格がまったく様変わりしてしまっている以外は。


「ずいぶん寂しくなったわね」


「元々レリギオーにいた人はどうなったのかわからないが、戻ってくる人もいるのかもしれないな」


 村の中に漂っていた嫌な雰囲気はもはや消えてしまって、空を舞う小鳥のさえずりも時折聞こえてくる。


「それは勝手に起きることだ。俺には関わり合いのないことだな」


 感傷的な雰囲気を一刀両断して、村正は迷いなく無人の道を行く。そこから少しだけ後ろをついていくミニアとバーンはまだ半信半疑でいた。


「本当にアルテルに行くの? 私は妖刀のこと味方だとは思ってないんだけど?」


「ならついてこなければいいさ。その方があいつも安心するだろうよ」


 憎まれ口を叩く村正は振り返ることすらしない。それならばミニアも黙ってついていくことしかできない。


「別に行かないとは言ってないわよ!」


 まとまらない集団は人気のない街道を進み、立入禁止を告げる立札を無視してアルテルに向かって無言の行進を続けていた。




 視界いっぱいに続く樹海の中に天から落ちてきたような人工物がぽつんと遺されていた。砂利と石を固めた壁から発生する原因不明の魔力にあてられているだけで気分が悪くなってくる。これが原因でアルテルの周辺は立入が禁止されているのだ。


「初めて来たけど、噂通りね」


「なんじゃ、嫌な予感がするのう」


 サイネアは早くも怖くなってきたらしく、いつものように村正の背中に張りついた。


「まともな人間なら近寄る気すら失せるだろうな」


「うむ、群れの中にいた時に似ておるな」


「バーリンも体から魔力を発しているものね」


 人類の中でも魔力が強いと言われている人間は外からあてられる魔力にもある程度の耐性がある。村正はもちろんのこと、ミニアやバーンならこうして近づくことも可能だが、並の人間ならこの遺跡に辿り着くのも難しいと言われている。


「中はバーリンの巣だとも言われているんだ。慎重に行こう」


「そこまで気にすることじゃねぇとは思うけどな」


 バーンの忠告を無視して、天井の崩れた遺跡の中へ村正は進んでいく。災害指定級を一人でほふる者に怖いものはないのか、と言いたげにバーンは頭を抱えている。


「どうした? そんなにビビらなくても問題ねぇから早く来い」


 おそるおそるバーンが遺跡の中に足を踏み入れると、いきなり黒い塊がごろりと足元に転がった。反射的に飛び退いたバーンを見て、村正は面白そうに笑みを浮かべている。


「あいつが斬ってから人間もバーリンも近づいていないらしいな」


 転がってきた黒い魔力の結晶を蹴って、村正がふむ、と顎に手を当てた。今まで見せたことのない知的なしぐさにミニアは吐き気を催したように顔を歪めている。


 バーンが驚いた黒い結晶はバーリンの死体が変化したものだ。よく周りを見てみればそこらじゅうに同じように黒い結晶が転がっている。その数はレリギオーの裏山で見た数と比べても劣らないどころかこちらの方が多いように見えた。


「なんなの、急に。妖刀がなんでそんなこと知ってるのよ」


「俺があいつと一緒にここに来たから、とでも言っておこうか」


「一緒に? ここで拾われたんじゃなかったの?」


 アーロンドはここに一人で来たはずだ。ミニアたちはそう聞いていた。いつもなら遺跡に向かうときは必ず声をかけるミニアにもバーンにも内緒で、真面目なアーロンドが講義どころかゼミまで一度すっぽかして出かけていったのだ。

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