白刃と魔法Ⅲ
「冗談でも許さないわよ」
ミニアの平手が正確にバーンの張り出した頬を捉えた。バーンもまたミニアの気持ちを知らないわけではない。それを含めてのからかいの発言だったのだろうが、代償はいささか大きいように見えた。
「冗談も通じなくなったとは、さすがの
「うるさいわよ。もう一発必要かしら?」
怒るミニアを無視して赤く染まった頬を擦りながら、バーンはサイネアをまじまじと見た。こういうときは下手に何かを言うよりは収まるのを待った方がいいと経験でよく知っている。
「それでその子は?」
バーンの視線に耐えきれなくなったサイネアはまたアーロンドの袖をつかむと顔を隠すように腕にしがみついた。
「今私が住んでいるラスクニアの村の子供なんです。私についてきたいと言って聞かなくて」
アーロンドはズレてきたように思えるメガネの位置を直しながらそう言った。
「ミニアは何か知っているのかい?」
「えぇ。信じられないかもしれないけど、バーリンの子みたいなのよ」
ミニアの言葉にアーロンドは思わず立ち上がった。腕にしがみついていたサイネアが驚いて床にしりもちをついてしまったが、それにすら気づかないまま目を見開いてさほど驚いていないミニアを見る。
「どうして知っているんですか!?」
「どうして、って。この子試着するのにうまく着れないから手伝ってくれって言うから、昨日一緒に試着室に入ったのよ。そうしたら体はふさふさだし、羽は生えてるし」
「サイネア……」
確かにアーロンドは何度もサイネアに言い続けてきた。バーリンと知られてはいけない、と。しかしどんなことをするといけないかは一つも伝えていなかった。
人間には濃い体毛も羽もないこと。服の下を見られてはいけないこと。羽を使って飛んではいけないこと。
人間ならすぐに思いつくことでもバーリンとして生活してきた少女にとって、何が自分と人間の違いかなど、全てわかるものではない。
「びっくりはしたけど、悪い子じゃなさそうだし、アーロンドが連れてる子だしね」
相手がミニアで助かった、とアーロンドはサイネアの頭を優しくなでた。彼女なりに信頼した上での行動だったのかもしれない。もちろんうかつだったことは間違いないが、それはアーロンドとて同じだ。
「それにしてはあまり驚いていないようでしたが」
「ま、隠し事してるのはわかってたしね」
「うまく嘘がつきたいなら、メガネを触る癖をやめた方がいいだろうね」
アーロンドははっとしてブリッジを押さえていた手を離す。今のは立ち上がったときにズレた位置を直していただけのはずだが、言われると気になってしょうがない。
「そうでしたか。あまり巻き込みたくはなかったのですが」
「いいのよ。昔みたいに勝手に一人で行かれた方が困るんだから」
「そういうことだね」
アーロンドは乱れた髪を手で
その場所に行かなければ、そうアーロンドが考えているのと同じようにミニアもバーンも行かせなければ、と後悔しているのかもしれない。
「それではお二人にはお伝えしましょう」
アーロンドは意を決して自分がサイネアを見つけた時のことを話し始めた。
森でサイネアを見つけたこと、自身をバーリンだと言ったこと、帰る場所がないこと。
そして彼女を連れて村を出たこと、共存できるという村を探していること。
アーロンドの独白は演説のようでも自白のようでもあって、そのどちらでもなかった。身勝手な行動で周囲を振り回しているという自覚はありながら止まるつもりは
「白い羽のバーリン。確かに俺も耳にしたことすらないね」
「危険はほとんどないと思うのですが」
一通りの話を聞いたバーンがゆっくりと口を開き、それにアーロンドがすぐさま言葉を返した。
「別に疑うつもりはないさ。君の腰のものの方が危険な臭いがするよ」
今は研究室の壁にたてかけられている村正を見やってバーンは小さく言った。今は鞘に収まって落ち着いてはいるものの、一度抜き放てば
「それにしたっておとぎの国を探すっていうのはどうかと思うわよ」
ミニアは自分のコーヒーをすすりながら、呆れたように息を吐いた。興味の湧かないらしいサイネアはミニアに体を預けながら眠たそうにまばたきを繰り返していた。その頭をミニアがそっと撫でている。
「しかし、他に当てもありませんし」
「いや、そうでもないかもしれないぞ」
「何か知っているんですか?」
驚いた勢いのまま机を叩いたアーロンドのせいで、うとうととしていたサイネアの体が跳ねる。睨むミニアにアーロンドは困ったように眉根を寄せてバーンに向き直った。
「最近の研究でパンドラの匣を探しているんだ。もし本当にあるならその近くはバーリンが大量にいる。そこならあるいは人間と共存するバーリンがいてもおかしくないんじゃないか?」
「そうは思えないけどね」
水を差すような鋭い口調でミニアが言い放つ。いつの間にか膝にはサイネアが座っていて、眠たそうに目を擦っていた。彼女の身の振り方を相談しているはずなのだが、当の本人はまったく気にしていないようで、アーロンドは肩透かしを食らったような気分だった。
「バーリンが街中にいれば嫌でも目立つわ。肌だって黒いし大きな羽もあるのよ? 私たちが知らない隠された村かもしれないわ」
「いえ、そうとも限らないんです」
「何か知っているのか、アーロンド?」
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