白刃と槍Ⅵ
「そういうわけなんだけど、通れるかしら?」
「主任のお知り合いですか。所属は明確なのですか?」
門番は少し
「こちらは、アーロンド・ダマスカス、じゃないわ。今はどこに住んでるんだったっけ?」
「ラスクニアですよ」
「アーロンド・ラスクニア。それと、名前をまだ聞いてなかったわね」
目線を合わせてミニアがサイネアに問いかけるが、さきほどの奇行が相当に
「サイネア、です」
苦笑いでアーロンドが代わりに答える。サイネアは警戒したままときどきミニアの方を向きはするものの口を開かない。
「完全に嫌われちゃったのかしら?」
「そういうわけではないと思いますが」
サイネアにとっては目に映る全てが初めてのものなのだ。人間とはどういうものかを知らない彼女にとって、感情をすぐにおおっぴらに表に出すミニアはあまりにも特殊で刺激が強すぎる。あれが人間にとって普通のことだと勘違いしなければよいのだが、とアーロンドは困ったように頭を抱えるミニアを見て、自分の頭を抱えたくなる。
話のついた門番の指示に従って、魔力透視機構のついた首都の正門をゆっくりと通る。サイネアは魔法が使えないと言っていたが、魔力がないとは限らない。杖を持たずに微量でも魔力を発しているとしたら、強制検査は免れない。
アーロンドが祈りながらゆっくりとダマスカスの内部を目指して歩いていると、ちょうど中央辺りで警報が鳴り響き、赤色のライトが回転し始める。
「な、なんですか?」
「ひうっ!」
驚いたサイネアがアーロンドの背中に張り付くと同時に正門の電源が落ち、辺りが暗闇に包まれる。
「あなたのせいですか?」
アーロンドは身をかがめて腰に差した村正に問いかける。
「さぁな。向こうが勝手に負けただけだろ」
杖でありながらその身に魔力を内包する村正に異常を検知しすぎてエラーを起こしたようだ。これでも村正を包む鞘はアーロンドが時間をかけて打ったもので、村正から流れ出す魔力のほとんどを抑えている。このおかげでアーロンドは鞘に入れてさえいれば、意識を奪われることはない。
「ほら、みなさい。どうしても通す、なんていうから」
呆れたようにミニアが溜息をつく。村正の危険性を十分に知っているミニアにとっては無謀と言ってもいいことだったのかもしれない。
「大丈夫なんですか?」
「大方予想外の魔力反応だったんでしょ。技術部に連絡するわ。どうせこの時間ならそんなに人も通らないでしょ」
自分のせいではないつもりだが、故障したと聞くとなんだか自分が悪いような気がして、アーロンドは門番に頭を下げた。
「ありがとうございました、ミニア」
「いいのよ、このくらい。でもごめんなさいね、ちょっと対応があるからここまでみたい」
「大丈夫ですよ。田舎者でもダマスカスは初めてではないんですから」
残念そうに口を尖らせたミニアを残して、アーロンドとサイネアはレンガ地の道路を通って住宅街に進んでいった。
「今日の宿はあるのか?」
「ありますよ」
長らく住んでいたダマスカスの街を数年離れたとはいえ、アーロンドが道を忘れることもない。ましてやこの都市の中でも最も通い慣れた場所ならなおさらだ。
十字路にきれいに区画された通りを迷うことなく何度か左右に折れながら進んでいく。
「しかし、ここはあの村とは全然様子が違うのう」
「ダマスカスは旧文明と同じ機関を魔法で動かしていますからね。というよりもラスクニアが特殊なだけなのですが」
旧文明と同じようにエネルギーを使っていれば、必ずまた
似たような作りの通りを抜けて、その中では一回り大きな家の前で、アーロンドが止まった。
「ここは、どこじゃ?」
「私の家ですよ」
アーロンドは長く開かれていない扉に手をかけ、取り出した鍵を差し込む。少し
「ぬし、家が二つあるのか?」
「こちらは元々住んでいた家ですよ。私はここ、ダマスカス育ちですから」
一回り大きく見えたのは、居住スペースの隣に工房が備えつけられているからだ。もう長年使っていない工房にはほとんど道具が残っていないはずだ。一度売ってしまった後にアーロンドが買い戻したのだ。そのままを譲り受けたが、なくなってしまっていたものは戻らない。
「どうした、入らないのか? わざわざ買い戻した大事な家だろ?」
含みのある村正の言葉にアーロンドは拳を強く握る。
「ごめんなさい。さぁ、どうぞ」
工房の方をぼんやりと見ていたアーロンドに気を使ってか、鍵の開いた扉の前で待っていたサイネアを連れてアーロンドは数年振りに実家へと戻ってきた。
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