まどろみの空蝉

八坂つくも

第1話 月を探しにどこまでも

 家々の灯りはなく、星だけが草木の露を照らす。

 ときどき小屋の中の牛たちのイビキが聞こえる以外、しんと静かな夜だった。


 その中でひときわ鮮やかに、夜露に湿った少女の金髪がきらきらと夜風に揺れて輝いている。


「眠れないの?」


 声をかけられた彼女は僕のいるあたりをちらと見て、すぐに視線を戻した。凭れている木製の柵が彼女の動きに合わせて軋んだ。


「ううん、家に居づらいだけ」


「居づらい? だってあの家は、君の家だよ。居心地のいい場所を家と呼ぶんでしょ?」


「キミは短絡的でいいね」彼女は鼻で笑った。「家も親も、子供は選べないんだ。家の中は諍いばかり。……人は、醜い」


 少女は自分の体を抱きしめた。さあっと吹き抜けた風が二人の体温を奪っていく。


「好きな場所を家と呼んで、好きな人を親と呼べばいいのに」


 僕は、夜空に向かって吠えるように訴えかけた。君はもっと自由でいいのに、と。


「……そうだね。じゃあキミの隣が、わたしの家だ」


 彼女がくすりと笑った気配がした。


「なら、僕の家も君の隣だよ」


 シルクのような闇の中では彼女に見えなかっただろうけれど、僕も微笑み返した。僕は彼女が笑ってくれたのがとにかく嬉しかった。


 少女が空を見上げたのにつられて僕もそれに倣った。そのまま彼女はじっと睨むように見つめていたが、ややあって口を開いた。


「キミと以前会ったのも月がない夜だったね。キミが新月の日しか来ないのはなぜ?」


「月がよく見えるから」


「月なんてどこにもない」

「あるよ、僕の目の前に」


 彼女が目を見開いて振り向こうとしたとき、月は僕の喉の奥に消えていった。


 ごくん。


 急に辺りが冷えて僕は小さく身震いした。


「また月を探さないと」


 月にあたたかく照らしてもらうのだ。


 彼女よりも美しく愚かしい月が見つかるだろうか。僕は思案しながら、そっと鉤爪でヒゲを撫でた。



お題 《月》《牧場》《飲む》

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