第4話 1-A(3)学園寮
「確かに、中学で寮生活というのは珍しいですよね、『ユキヤ先輩』」
「いや、ホントに無理しなくていいから…」
「やっぱり、男の子がいいんですか?」
「サトミ、そのセリフを誰から聞いたか正直に答えてくれないかな」
あの2人しかいないがな!
図書館から出て校門をくぐり、学園寮に向かって街中をサトミと歩く。街と言っても、人影はほとんどない。
寮の建物は学校の敷地内になく、商店や公園のある市街地を挟んだ向こう側にある。なぜそうしたのか最初はわからなかったのだが、
「でも、ユキヤさんとこうして一緒に下校することになるとは思いませんでした」
「そうだなあ。リアルでは場所も年齢も離れてるもんなあ」
『登下校』を導入したかったようだ。運営にぐっじょぶと言わせていただく。
「マリナとマキノは?」
「マリちゃんはハンバーガーショップに寄ってみるそうです。マキノさんは、えっと、他のユーザと海岸沿いの公園に行くって」
「買い食いとハーレムデートか。前者はともかく、後者は…。生活指導の教師アバターってないのかな」
「支援ユーザでも暴力行為は強制ログアウトですよぉ…」
◇
寮の食堂でサトミと夕食をとる。マリナは買い食いしすぎで食欲がなく自室に直行したらしい。マキノは夕食の時間になっても帰って来やがらない。管理人AIに通報しておくか。
「この世界では食事があっていいですね」
「寮食は同じ曜日に同じ定食メニューだけどな。学校には自販機しかないし」
「焼きそばパンが自販機で買えるのはびっくりしました」
過去にはそういうのが珍しくなかったらしいけど…どう考えてもリソースの問題だよな。辺境世界よりも仮想空間は極めて小さいはずなのに。生徒AIのバリエーションを増やしたしわ寄せか?
「個室が快適ですよね。シャワーが使えるのが嬉しいです!」
「辺境世界での経験が一番反映されたところだな。湯船はないけど」
冒険コースとかでは、シャワーがない代わりに『大浴場』が実装されているらしい。年齢制限や世界観との兼ね合いだろうなあ。
「明日の放課後はみんなでカラオケに行ってみませんか?」
「ああ、マリナが見つけたって言ってたな。でも、曲数どれだけカバーしてるんだろ」
「楽譜データからの生成音のみらしいですけど、結構あるみたいですよ?ある配信会社のマークが貼ってあったって」
「某事務所を経由したかな…」
マリナもサトミもカラオケ慣れしているみたいだからな、楽しみだ。
もちろん、マキノは誘わない。混ぜるなプロ。
◇
「おはようございます」
「おはよー」
「おはよう。…マキノは起きてこないな」
「そういえば、朝食の時間に見たことないですね。朝弱いんでしょうか?」
「門限無視して遅く帰ってくるからなあ。必ず、ユーザの誰かと」
あいつの睡眠パターンは何の参考にもならないだろう。
「でも、朝のHRの時間帯には必ず教室にいるわよ?連絡事項がなくても」
「ふーん。マリナはなーんでそんなに把握してるのかなー」
「え、ああいや、その、たまたま、偶然…」
一昨日、帰りが遅かったのは知ってるんだ。支援ユーザなめるな。
「と、とにかく、さっさと朝食とって学校に行きましょ!」
「そ、そうですね!あ、今朝はベーコンエッグですよ」
「今日は和風が良かったかなあ」
サトミに免じて追求はしないでおこう。
◇
「ひどいなあ、置いていくなんて」
「のんきに待っていたらみんな遅刻だろうが。校門で風紀担当AIに頭を下げるのはゴメンだ。一応、お前の部下だろうが、あのAI」
後から走ってきたマキノにそう言い放つ。こいつ、リアルでもスタミナがあるせいか、息を切らせず駆け寄ってくる。さわやかに。
「いや、すまない。ゆうべ遅くに家族の下に戻ることになった生徒を見送ってね」
「予定通りにログアウトしただけだろ?」
「もう同じような生活を共にできないかもしれないんだ、別れを惜しんで当然だろう?特に僕は、来年はいない予定なんだし」
「それは、そうだが…」
辺境世界でもそうだったが、こちらでは長い長い生活でも、現実世界では一瞬のこと。竜宮城に浦島太郎を送り出すようなものだ。現実世界に戻ったら、日々の忙しさやしがらみの中ですれ違い、その一瞬を再び共有できないことがほとんどだろう。
「今頃どうしているかな、カスミ…」
え?カスミって、結婚式の前日にマリッジブルーになって勢いでお試しクーポン使ってダイブしたっていう、あのカスミさん?
結婚して!お願い、ちゃんと結婚して!
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