ラバー・ソウルズ〔take1〕
岩井喬
プロローグ
【プロローグ】
「がッ!!」
いや幾度目か俺の右肩に鈍痛が走った。その場でよろめき、尻餅をつく。
目の前にあるのは観音扉だ。建設中のビルだから電子ロックはかけられていないが、物理的に簡単な鍵はかけれているらしい。
早くこの扉を破らなければ――!
「ふんっ!!」
我ながら性懲りもなく、俺は足の裏から力を込めてダッシュ。右肩に力を集中させて、扉の突破を試みる。
「うっ! ……くあっ!」
また弾き返された。右肩の皮膚がむけて血が滲んできたが、しかしそんなことに構ってはいられない。特に、左腕を使えない今のような状況にあっては。
「畜生ぉぉぉぉぉぉぉ!!」
もうどうにでもなれ。そう思って仕掛けた、渾身のタックル。すると、
「!?」
身体が、浮いた。扉が向こう側に開いたのだ。
「うべっ!」
俺は無様な声を上げながら、扉の向こう側――高層ビルの屋上へと転がり出た。ざんざん降りの、雨の元へ。
俺という追手がいたことにようやく気づいたのか、俺の目標としていた少女ははっとして振り返った。二十メートルほど離れた、ビル屋上の淵から。
間に合ったか。俺は少女が呆気に取られている隙に膝をついて立ち上がり、ゆっくりと少女に向き合った。
「……て。待て、待つんだ」
俺の声は、驚くほど掠れていた。
「俺の……俺の話を、聞いてくれ」
「嫌ぁ!!」
少女は両耳に手を当て、かぶりを振った。さらに一歩、後ずさる。もう少女に与えられた距離は、一メートルを切っているはずだ。
「すまなかった。君の気持に気づいてあげられなくて――」
「うるさい!! 黙って、喋らないで!!」
俺は何とか、一歩を踏み出した。右腕は打撃でガタガタ、左腕は身体についているのが奇跡的なほどの負傷状態。それでも、バランスを保つのに苦労しながら距離を詰めようと試みる。
「何もしない。ゆっくりこっちに来てくれ。それ以上後ろにさがったら、君は本当に取り返しのつかないことになる」
「黙れ! 黙れ、黙れ、黙れ!!」
「そういうわけにはいかない」
「黙れ……」
海浜工業地帯の七色の光が逆光になって、泣きじゃくる彼女の姿を浮かび上がらせる。
俺にはもうかけるべき言葉がなかった。ただただ、彼女の元へと少しずつ足を運んでいく。
彼女が歩み寄ってきてくれることに、微かな期待を抱きながら。
それが、彼女にとって『生きる』という選択になるのだから。
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