走狗のガーディアン*執筆休止中
繕光橋 加(ぜんこうばし くわう)
プロローグ
彼らは憲兵であった。
我々革命軍が立ち向かうにも巨大すぎる相手ではない。少なくとも作戦の立案から敗走までを振り返って、想定通りの人数規模、想定通りの弾薬数だった・・・はずだ。それでも、彼らは早く、強かった。遊撃隊のように素早く移動して我々を包囲し、狙撃手のように正確な攻撃で我々の戦力を刈り取っていった。
我々は負けてしまった。完敗だ。武装蜂起の失敗によって、私たちの軍勢は散り散りとなり、私を含めた中枢が荒野に取り残された。兵の多くは乾いた土を鮮血で濡らし、またそのほかの者は遠くへ逃げ去ってしまった。今流れているあの雲ほどは、遠くにいないのだろうけど、敗軍の将としてはいっそ、ここへ一生戻って来ることができないほど、遠くの彼方まで、逃げて、逃げて、生き延びてほしいと思った。
失敗の決定打は実力の不足に過ぎない。私を絶望させるに相応しい理由だった。以前の2回に渡る制圧劇は、市街戦を元に公式の軍隊に大損壊を与えた。しかも自軍は無傷に近く、攻略の時間さえ1日とかからなかった。今回もその実績を評価され、自分の兵を持つに至った。上層部にとっては、私は兵をつけてでも守る価値があると判断したのだろう。多くの命を預かっている…その責任が、緊張感が、私の背筋をきりりと伸ばした。
そもそも、私は戦術家だった。前衛での作戦構築能力が群を抜いていると評価され、一平から
「前方右25°から政府軍が!約15分後には接触します!」
「なに…?防衛用に待機していた政府軍の一派…か…?」
攻略の標的となった離れ街に続く『赤土の荒野』の横断中の事だった。索敵にあたった兵の声を聞いたときはまだ、適度な緊張感は私の味方だった。早急に迎え撃つ陣形を整え、後方隊列に守られながら移動している上官らに報告の使いを出した。
私の「前衛で作戦を練る」という仕事は、敵の動きを実際にこの目で見る必要がある、と思っていた。いくら作戦の主導権が後ろの上官とはいえ、情報の収集で劣ってしまっては、命令の
私は上官からの返答、追加命令を待った。しかし、その伝達は帰ってくることはなかった。前衛に居る私の目に映ったリアルは、たとえ私でなく、どんな歴戦の勇者だったとしても、戦慄したことだろう。彼らは、雑魚をやすやすと絡め捕る網のように一瞬で広がり、無機的で無感情な防御盾を並べた。
勿論、彼らは政府軍だ。反乱軍相手に先手を取って攻撃してはこない。我々個人を見れば、指名手配クラスの悪党がうじゃうじゃいる。だが、かなりの距離があるため、構成員一人一人を照合できはしない。誤って初犯の構成員を殺してしまえば、法によって裁きを受けるのは彼らも同じ。だから、攻撃、またはそれに準ずる行動を受けない限りは、彼らは有効な実力行使ができない。せいぜい催涙弾くらいだろう。その常識を前提に、我々は銃口を相手に向けて押し並べた。直に来るであろう発砲の命令に、ゴロツキの兵隊たちに準備をさせていたところだった。
ボスンッ…
「!?」
唐突に、政府軍は中央になんの変哲もない煙幕を投げつけてきた。指揮の立場にある私は当然警戒し、
この間、わずか一分もかからなかった。
政府軍からの発砲音と前衛の兵の悲鳴、そして立ち上る狼煙に、主力の後方部隊が前進をやめ、攻撃へとシフトするが、更に前後の部隊の中間の、連絡員が通り過ぎた背後の空間に、左右に広がった政府軍が派手に
反乱軍の兵隊など、所詮アマチュアである。度胸も団結性もプロに適わない。気付いた時には時既に遅く、後方部隊の兵員が命令を待たずに発砲を始めてしまっていた。極限の緊張に耐えきれるような人材ばかりではない。政府に反感を持つ物騒な寄せ集めは、軍役経験のある者の方が少なかった。後衛の兵員から見れば、どう見ても前衛の部隊が攻撃されたように見えたのだろう。だが、プロと同様に正確な攻撃をすることができるなら、そもそも相手のプレッシャーに耐えることができる。軍から離反した兵隊だっていたのだ。しかし、平民を出自とする彼らは、取り返しのつかない間違いを犯した。
彼ら政府軍はそのまともにあてることもできない発砲を今か今かと待っていた立場だ。紺色の制服は雪崩のように殺しにかかった。その制服を見て、やっと合点がついた。
(あ、あいつら、憲兵隊か!馬鹿な!何故こんな辺境の地に奴らが!)
憲兵――衛兵ともいうが――は、軍隊の中で警察活動をする兵隊である。軍規に背いた不良の軍人を取り締まることを仕事にする。軍隊の中の警察、警察の中の警察として、軍隊の中から抜粋されたエリート集団という認識が近いだろう。銃を持った不良と戦うためには、勿論それを上回る力量を持っていなければならなかった。
普通に考えて、街を集団で警備していたりはしないのだ。この国では、軍や保安隊に付属しているはずだ。偶然か、計画が漏れていたのか、考える余地もない。しかも驚異的なことに、最初の一撃では、前衛には負傷者こそあれど、死亡した者はいなかった。その圧倒的な実力を、まざまざと見せつけられた。対して、前衛部隊中の私の周りに、銃をまともに扱える無傷の兵が、6割もいるだろうか。
「そうか、これが…」
これがプロの仕事なのだ。表面上の、兵の頭数だとか、弾薬の量ではとても計ることができない。殺意を持った圧力が、我々を恐怖の渦の中へ飲み込んでゆく。黒くて、暗くて、決して底に足がつかないような、おぞましさがそこにあった。銃声が、何を言っているのか聞き取れない悲鳴に変わり、最後には何も言わなくなる。もはや周りの命は、血を流し、吹き飛ばされるばかりで、私の脈拍を滝のように打った。
「くっ…!どうして…!震えるんじゃない!!言うことをきくんだ!」
構えた銃口が震えて、照準を合わせることができない。まるで自分の物ではないかのような腕が視界に入った。自分の体がこれほど忌々しいと思ったことはなかった。撃っているのだが、撃っている感覚が全然なかった。殺しているはずなのに、殺されていく感覚があった。衰弱した思考の中で、唐突に強い衝撃が、どすんと地面を走った。横向きに吹き飛ばされ、私は気絶してしまった。
あれからどれくらいの時間がたったのだろうか。戦場だというのに、仰向けに倒れて、青い空を見ていた。今遠くの方で激しい音が聞こえるが、首を動かす力もなければ、指一本も動かせない。頭からシッポの先まで麻痺していた。今自分は生きているのか。死んでいるのか。そんなことさえ考えるに至らないほど、ひどく疲れていた。この『赤土の荒野』は、一面に
今、私の服にべったりとついているものは血だろう。いったい誰のものなのか。同志たちは捕まっていないだろうか。上官はどうだ。無事に逃げられたのだろうか。何を考えるにしても、体を動かそうとすると全身に激痛が走るし、このまま考えようにも、頭の中がぐるぐると混沌を極めている。眠い。もう一度瞼を閉じてこの世界から逃げ出そう。
かすむ世界が
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