ⅷ
「こ、これは……」
速水有栖がようやく萌黄のシステムに侵入したとき、事態はある意味において最悪の状況だった。
仮想空間に閉じ込められた萌黄=樹が戦っているのは巨大マシュマロマン、ではなくて巨大なテディベア。
「樹くん、大丈夫か?」
笑いをこらえて、有栖はイヤフォンマイク越しに声をかけた。
「これが、大丈夫に見えますか?」
と、樹の返答。
空を覆うのは、色とりどりの風船爆弾。
そして、ルピナス畑を踏み荒らしているのは、ぼろぼろのクマのぬいぐるみ。頭に電極が突き刺さり、巨大な牙と爪を備えている。
それだけじゃない。眼からビーム光線、口からは火焔放射。
だが、どんなに凶悪な風貌でも、それは樹が幼い頃肌身離さず一緒だったテディベアだった。
そんな記憶までのぞかれたのかと思うと、かぁーっと頬が熱くなる。
「君がオートパイロットと通信を自ら遮断したんだ。自業自得だろう」
樹の心情を知ってか知らずか突き放すように有栖は断言した。
「繋がっていたから、どうにかなったとは思えませんね。だいたいさっきまでこの一帯の通信は遮断されていたみたいだし」
テディベアからの強烈なパンチをかろうじて避ける。
ソードで切り付けても、ぽよよんっと弾かれて、ぼぉーっと口から炎が吐き出される。
「ともかく、この空間から離脱しないことには話にならんようだね」
コンソールの前で有栖は思案した。
彼は、すでに想輔作と思われるミニゲームのソースコードに行きついていた。
「樹くん、あの渦巻きの中心をみてごらん。おそらくそこが出口だ。
そして、君の愛しのクマちゃんにはバグがある。左肩をあげるとき、2.5秒ほどフリーズする。その時が脱出のチャンスだ」
そう言いながら、ソースをそっと書き換える。
「脱出って、逃げるんですか?フリーズ中に倒せばいいんじゃ……」
「そのクマを倒しても、ゲームが終了するとは限らないだろ。もう敵機はとっくに引き上げている。君も速く撤収したまえ」
樹はしぶしぶ同意した。
言われたとおりに脱出すると、そこはけんぽく宇宙センターの敷地内だった。
目の前には、壊れたパラボラアンテナ。
援護に来たものの、手持ち無沙汰に上空を旋回するオロチの群れ。
「わかっていると思うけど、早く自動操縦に切り替えて。通信が回復して異常を検知した宇宙センターの職員がそっちに向かっている。さっさと帰るんだ」
速水有栖はソースコードの終盤に目を通しながら、有無を言わさぬ口調で樹を促した。
萌黄がおとなしく帰路についたことを確認すると、有栖はほっと息をついた。
だが、まだやらなければならないことがあった。
一連の会話のなかでのたったひとつの有栖の嘘。
本当はテディベアを倒せば、ゲームは終了だった。
ゲーム終了後、ファンファーレが鳴り響き、くす玉が割れるふざけた仕掛け。
その垂れ幕のメッセージは……。
「速水有栖の本当の正体は、×××」
有栖は冷たいまなざしでスクリーンをにらみつけると、残されたブログラムを完全に消去してから、他にトロイの木馬の類のものが仕掛けられていないか慎重にスキャンした。
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