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6時10分前だった。
都心のターミナル駅にほど近い閑静な恩寵公園内。
桜はすっかり終わり、ぽつぽつと八重桜の紅色が新緑の間から顔を出す。
葉桜のトンネルをしばらく歩くと、木々の間からこぢんまりとした洋館のトレードマークたる
さて、その博物館の受付前。
イオニア式のエントランスの重々しい鉄扉はすでに堅く閉ざされていた。
制服姿の樹は、マニュアル通りの受付嬢とむなしい押し問答を繰り返していた。
「入館は五時半までです」
「だから、鏑木先生に会いたいんだ」
「お約束されているのですか?」
「いや、だから、知り合いじゃないけど紹介を受けて・・・・・・」
「どなたの紹介ですか?」
「・・・・・・・」
そういえば原田裕太の先輩という紹介者の名前も聞いてなかった。
電気街で時間をつぶしすぎた。また出直すしかないとあきらめかけた時。
ぽんっと肩に手を置かれた。
聞こえるのはあのつややかなバリトン。
「鏑木先生には郁青学園の速水有栖の紹介とお伝えください」
ゆっくりと振り返る。長身の有栖が前屈みになってのぞき込むように受付嬢を見つめていた。自信たっぷりの様子でにこやかに笑いかけながら。
受付嬢はその黒目がちの瞳に魅入られた。
(さっさと連絡をつけろ!)
頭の中に響く非情なる声が命ずるままに、受付嬢はインターフォンの内線ボタンをプッシュした。
その時、樹は気づいた。受付嬢の手元を無意識にみつめる有栖の目に潜むぞっとするような冷たさを。何故だか犬童神無の虚無的な瞳を思い出した。
あわてて肩に置かれた手をはずすと、今度は樹ににっこりと笑いかけてきた。猫のように大きくつり上がった瞳からすでに邪気は消えていた。
「どうしたんだい。こんなところで」
「あ、あなたこそ」
「僕は予備校に向かう途中さ。この公園を突き抜けるのが一番近道だからね。そうしたら、押し問答している君を見かけた」
「じゃあ、なんで鏑木先生の知り合いなんですか」
「彼は昔僕が属していたあるグループの顧問だったんだよ。まあ、深くは詮索しない方がいい」
なんだか知らないけど、とてつもなく怪しい人だ。
裏口を案内されて照明が落ちた暗いコンコースを歩いて行くと、クレリックシャツに白衣を羽織ったひょろりとした体型の男性があわてて階段室を駆け下りてきた。
「お待たせしたね。君が噂のロボット少年か」
「はい、星川樹といいます。よ、よろしくお願いします。からくりのオリジナルを拝見できるなんて、すっごく楽しみです」
樹はすっかり少年の心に戻って、もはや都合良く現れた有栖などどうでも良くなってきた。
そんな樹とは対照的に、鏑木は暗がりにたたずむ有栖を不安そうに見つめた。
「君は一体どういうつもりで・・・・・・」
「単なる通りすがりですよ。同じ学校の制服を着た彼が入館できずに困っていたようなので。では、僕は予定があるのでこれで失礼しますよ、先生」
そう言い残して、麗しの生徒会長はご退場。
機体と高揚感に包まれてすっかり少年の心に戻った樹は、学園でみせるクールな雰囲気にそぐわないコケティッシュな視線を鏑木に投げたのに気付かなかった。
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