第4話 BBQへGOGO! その一

 バーベキュー大会かー。

 社内メールで回ってきたのは、下半期恒例行事のご案内だ。

 またこの季節がやってきた。


 真夏という、マッチョウォッチングシーズンは、さびしく過ぎ去った。今年はなぜか海へ行っても、それほど心が躍らなかったのだ。なんだろう。おかんみたいな気持ちで「ふふ、若いっていいわね」みたいな感想しか抱けなかった!!なぜだ!

 いよいよ枯れてきてしまったのだろうか、私。

 この世のマッチョ的ハイシーズンを楽しめないなんて、どうしたらいいの、ジェイソン・ステイサム……。

 ジェイソン・ステイサムくらいになるとハゲなんか気にならないという事だけが分かったこの夏。着実に精神が老化しているような気がする。トランスポーターを三日おきに見るという生活を送ってしまって、結局シリーズの1から3まで買いました!

 ジェイソン・ステイサムで私のマッチョは満たされてしまったのだろうか……。あるいはマッチョ断ちがもう2年も続いているから、すでに私の中のマッチョリソースが、人生の全体の中で小さくなってしまったとでもいうのか……。わからぬ。

 解せぬ毎日の中、隣のデスクの手をちらちら見るのはもう卒業した。

 毎日見てたらそりゃね、飽きるってもんよと言いたいところだけど、やはり映画の様な二次元とは違ってその存在感は半端ない。なので、無遠慮に凝視するという風に宗旨替えした。

 別に花村はタイプではないが、手はストライクである。あれほどストライクゾーンが狭いと言われる私の真ん中投げてくるとは、花村のやつも捨てたものではない。

 いいじゃん、だったらガン見すればいいじゃん。だって無料だし!見て減るもんじゃないし!!

 ということで、穴が開くほど見ることを、私が私に許可した。

 私がガン見しているのを、最初は気付かなかった花村だけど、さすがに目も合さないので、不審に思ったのか「あの、なんで目合わせてくれないんですか?」と、戦闘民族にお伺いを立てる一般市民の様な腰の低さで花村がある日聞いてきた。

 ガン見するようになってから2週間くらいたってたんだけど、今更か!と思わなくもない。

 「え、別に目合わなくても仕事できるでしょ?」

 「えーまーそーですけど。もし何か俺がまずいことやってそれでだったとしたら申し訳ないなあって」

 は、そうか。そう考えるのか。

 そこで私はやっと手から視線を引きはがす。今じゃもう、手だけに話しかけているので至難の業である。

 「別に何でもないよ」

 久しぶりに顔を見て話す。いつも笑顔でにこにこマークみたいな簡単な顔をしている花村だけど、今日はその目じりがちょっと下がっていた。

 「そう?」

 「うん。花村君は気にすることない」

 「……ならいいだけど、俺、ちょっと空気読めないとこあるから、何かあったら言って?」

 「うんうん言う言う!言わないわけないじゃん。黙ってろと言われたって黙る事などできないよ」

 「そうだね」

 そしていつものようにへにゃりと笑った。

 「まあ、一つだけ言う事があるとしたら」

 「うん?」

 「花村君の手の形が、どストライクで好みだから、目の保養で見てるだけ」

 「手が?」

 「そう」 

 「……へえ……」

 そう言って花村は黙って自分の手を見た。

 「手、ね」

 「花村君はそういうの無いの?足とか胸とかあるじゃん」

 「あー……。ぱっと思いつかないかも」

 「はあ?じゃあ初対面の人のどこ見てるわけ?」

 「初対面?うーん。見てないかも」

 そう言ってへらへら笑う。

 「どっちかというと、自分が相手に悪い印象を与えてないかなあとかの方が気になる」

 「へー。そんなこと考えたこと無かった」

 「そりゃ、夏原さん美人だから、初対面の人でもとりあえず好印象でしょ?だけど俺はそうじゃないから、初めて会った人にも感じよさそうに見えなくちゃなって。仕事柄特にそうだし」

  え、なに美人とかって、いきなりアゲてきてんだよ、花村!

  思わず顔に血が上る。いかんと思ったのだが、さすがの花村はそれを丸っとスルー。

 「でも手が好きって面白いね」

と普通に話を続けるから、私もそれに続いてうっかり本音が飛び出す。

 「うん。顔見てる暇あったら手を見たい」

 おっとと、顔に興味ありませんて丸出しのこといっちゃったよ。けれど、花村は気にする様子もなく、常のへらへら笑いを私に向ける。

 「はっきり言うなー。じゃあどうぞこんなのでよかったらご覧ください」

 それでその手は私の目の前を通り過ぎ、パソコンの前に着地するから、私はその通りに視線を動かして、仕事を再開させた。

 すると隣で、くすくす笑う気配を感じて、ぱっと顔を見れば、モニター見ながら花村が  知らん顔しているふりをしながら笑っていた。

 「ところで花村君も、バーベキュー行くの?」

 「うーん、暇だし行く。ビール外で飲むとおいしいよね」

 「またビールか!」

 「ビール、だーい好きだし」

 テヘという顔をする。げー。なよなよすんな!

 「ビールばっかり飲んでると、お腹でてくるよ~。もう30間近なんだから、世にも恐ろしいことになるわよ。今はまだ若いから平気かもしれないけど」

 「そっかー。ビール腹は困るかも」

 そうそう。今は若いからどんなに飲んでも大丈夫だろうけど、花村みたいなやせっぽちは、突然お腹が出てくるんだからねー。けけ。そうなったら笑ってやる!

 「夏原さんも行くでしょ」

 「まあね、残念なことに一人身だからね。休みの予定が無いからね」

 「夏の狩りはうまくいかなかったんだ?」

 「狩りっていうな!まあ、そうなんだけど。私も年取ったのかも」

 「戦闘民族返上?」

 「ってかもともと戦闘民族じゃないけどね!」

そして私は椅子にもたれ、両手を天井に向けて伸びをする。

 「あーあ。花村の手で満足してるんじゃ、確かに年取ったかも」

 「俺の手が年寄りみたいな言い方」

 「いえいえ、めっそうもない。おいしく拝観させていただいております」

 「おいしくって!」

 「はー、じゃあこれ出席にして返信するかな。ぽちっとな」

 「じゃ俺も」

 窓の外は日差しはまだ強いのに、風がからりとして、秋を教える。

 夏は行ってしまった。一人のマッチョも残さずに!!(白目)



 10月の秋晴れが広がる本日。会社近くの大きな公園のバーベキュー場で、社内下半期もっと働けコラなバーベキュー大会が今まさに始まった。

 始まった瞬間から火もおこさずに取り合えずビールで乾杯である。

 「さてみなさん!いつもお疲れまです!いよいよ下半期始まりました!!本日は盛大に食べて飲んで、ほんでもって月曜日からもっと働け!ということで、乾杯!」

 という今回は我が営業の主任の全く馬鹿をさらしてるとしか言えない挨拶が、すっかり高くなった空に向かってビールの泡とともに吸い込まれていく。

 さて。

 「さすが花音ちゃん!火おこしうまーい!」

 「本当、いつも助かるよな。さすが戦闘民族!」

 「ちょっと、主任、私は年がら年中火おこしする生活してるわけじゃないですから」

 「狩ってきたものをあぶって食べるんでしょ?」

 「主任をまずさばいてもいいですか?」

 「いやん、花音ちゃんこわい!」

 うげー。

 これで何度もいう様だが素面とかあり得ない。そして主任とかあり得ない。

 「はーい!肉じゃんじゃかもってきて~」

 あちこちでビール片手に立ち話をしている社員たちに呼び掛ければ、ぞろぞろと肉が集合するから、私はちゃっちゃかそれを焼き始める。給食のおばさんよろしく肉を焼きあげていると、見知った手が視界に入った。

 あー、花村。

 バーベキューグリルからちょっと離れたところで、ビールを片手に立っている花村は、全然似合ってないTシャツ姿でのんびり缶ビールを飲んでいる。

 Tシャツがあそこまで似合わないって何なんだろ。ハンガーにかかってんのかっていうくらいだぼっとしてる。サイズあってないんじゃないの?

 まあいいけどな。花村で重要なのは手であって、Tシャツが似合ってるか似合ってないかなんてどうでもいいことだ。

 肉を焼き、ビールを飲み、今度は肉を口に放り込む。

 「んーー!!おいしい!」

 これ結構いい肉そろえたんじゃない?口の中でほろりとほどける牛!!さすが牛!これでこそ牛!

 「なんか夏原が牛肉食べてるとリアルに牛想像しちゃう」

 「主任、いったいどんな私を想像してるんですか」

 「えー?牛一頭仕留めて丸かじりしてるとこ!」

 「主任に肉あげない」

 「えーーー!!ビール飲めないから肉だけが楽しみなのにいいい」

 「反省したらあげます」

 「えーん、ごめーん夏原~」

 主任のテンションをかわしつつ、ちらりと花村の手を伺う。すると隣に華奢な手を発見。

 なに?

 缶ビールのお代わりを手にしているその細い腕は、隣の部署のかわいこちゃんだ。

 若い。若いオーラ出しまくって、花村に上目づかいで話しかけている。

 やめろ、それは私の手だ!

 意味の分からない事を考えながら、ビールをあおり、肉を口に運んでいると、不意に花村が顔を上げてこちらに歩いてきた。

 『花村さん~お肉食べません~?』『そうだね、食べよっか。あの戦闘民族が焼いてくれてるよ』

 け、誰が戦闘民族かい!脳内で勝手にアテレコして勝手にイラついた私の元へ、花村がのんきにやってくる。

 「夏原さん、お疲れ~」

 「はいはいお疲れ!!」

 「肉焼くの代わろうか?」

 「いえいえ、私にはこれが似合ってますんで!」

 「どうしたの?」

 「いえ別に」

 なんだこれ、なんかイラつくわ。

 花村は黙って缶をつぶした。もう飲みきったのか。

 「そこのビール飲んでいいのかな?」

 私の後ろのクーラーボックスに氷漬けになっている缶ビールを花村が指差す。

 「いいんじゃない?」 

そう言った後、私は閃く。そうだ!うけけけけけ。

 「取ってあげるよ」

 私は満面の笑みでそう言う。

 「ありがとう」

 ヘラリと笑っていつものように答える花村に背を向け、私はビールを漁るふりをして素早く手にした缶ビールを激しくシェイクさせた。

 「はい、花村君」

 「わーい、ありがと」

 そして何の疑いもなく花村はプルトップを開けた。途端に噴出するビール!

 「うわあああああ」

 と声を上げる花村は、見る間にビールまみれになった。

 うひひひひひひと薄ら笑いを浮かべる私を花村が恨めしそうに見る。

 「夏原さーん、ひどいよー」

 「わわ、花村君、Tシャツ脱いで洗ってきなよ。ビール臭くなるよ。この天気ならすぐ乾くし」

 千沙が横から苦笑いしながら言う。

 そうだそうだ!そのなまっちろい貧相な体も、太陽の光にさらせば少しは健康的に見えるようになるかもだぜ。

 「あーあ」

 そう言いながら、花村は何の抵抗もなく、Tシャツを脱い……だ……。


えええええええええええええええええええええええ!




 


 

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