全然タイプじゃないし!
ナガコーン
第1話ハンドパワー その一
人は私を戦闘民族と呼ぶ。
たとえば電車で、足を広げて座る男がいたら、私はさらに倍の勢いで足を広げて、膝と膝でスペースの取り合いをしたり、満員電車でむやみに押してくる人間がいたら、全体重を持ってその人物に寄り掛かるとか。
信号待ちで停まった前の車が、火のついたたばこを投げ捨てたなら、後続車である私は即座に車を降りて投げ捨てた煙草を車の中に投げ返すとかね。ざまあみろよ、シート焦げてるぜ。
こうした日々を送っていればいやでも人は私にあだ名をつける。戦闘民族と。
別に私はしたくてケンカをしているわけじゃない。もっと心穏やかに生きていきたいと、写経本まで買った。しかし無駄だった。腹に据えかねることは腹に据えかねるのだ。
もういい。ありのままなんて歌が流行る昨今、私だってありのまま生きてやるのだ。そう思い立ったのが、今年28の誕生日だった。
おりしも自分の誕生日に、件の映画のDVDを購入し(セットのブルーレイの方は母にあげた。なぜ二枚セットなんだ)歌いながら階段を駆け上がったアパートで、はっと顔を上げれば切って割ったような半月が輝いていた、まさにその時、ありのままでいいじゃん、と。
もちろん手から氷のビームは出ない。代わりに口からブリザード噴いてやる!
そんな戦闘民族の私だが、趣味は手芸である。一日にあった腹立たしいことやうっかり口論してしまった日など、気を落ち着かせようと刺繍に励む。血のように赤い真紅の薔薇が、部屋にいくつも出来上がる。戦闘の勲章ですか?と聞いてきた営業事務の小林千沙!そう言う事を真顔で聞くなと言いたい。
所構わず戦闘を開始すると言われる私だけど、私の中では、順調に女子高生をやって女子大生をやって(女子高生や女子大生を殺ったわけではない)、そして現在は、とある中小企業の営業である。戦闘民族部分をよい方に転がせば、かなり営業向きだと分かった。
というわけで、就職して5年。順調にスキルアップし、職場の居心地も良く、申し分ない日々を送っている。たまに戦闘が起きるけれど、たまに、である。昔よりは私も丸くなったと思いたい。
人生と言えば、仕事や生活部門だけで成り立っているわけじゃない。恋愛部門も存在する。私は別に恋愛部門に苦手意識はない。女の子たちとコイバナできゃっきゃと盛り上がるのも大好きである。好みの異性のタイプの話はたいてい盛り上がる。「わかるわかる~」というあるあるの世界が楽しい。
しかしながら、私の好みはなかなか賛同者がいない。この話になると、ほとんどの女子が、「へええ!!!」と興味津々の顔で話を聞いてくる。そして最終的には「ちょっと私は無いけどね……」と若干引き気味で終わる。
ほんと、これね、お察しだろうとは思うけど私の好みずばり、「漢」である。
あっつい胸板にぶっとい二の腕にがっつりとしたお尻とかね。見るからに屈強そうな男がタイプなのだ。
これが本当にご理解いただけない。なぜなのか。へにょへにょっとした美形が流行る昨今、右を見ても左を見ても軟弱ものばかり!セイラさんに平手打ちを食らうといい。
というわけで、私の中では天然記念物になりつつある、いわゆるゴリマッチョな方々を、私はこの営業手腕で相当落としてきたのである。
目の前に獲物があれば倒すだけ。簡単なお仕事だ。
ところが。
私は生ビールを目の前にして深いため息を漏らした。
屈強な男たちは精神まで屈強ではなかった。彼らが求めているのは、ふわふわとした砂糖菓子の様な癒し系の女子であり、間違っても戦闘民族ではなかった。
いろんなゴリマッチョを渡り歩いてきたが、誰もかれも、ついに私を見限ってしまう。彼らはいくらごりマッチョと言えども、ハートに筋肉の鎧をつける事はできなかったのである。
押しなべて気まずそうな顔をしながら離れていく者たち。
やってられない。
次こそは逃げられないように、首輪にリードをつけておいたらどうだろうか。
最近では真剣にそんなことを考えるようになった。そして28歳の現在。ますます獲物はトラップにかかりにくくなる。なんでだこら。そのトラップに年齢制限でもあるんですかね!
そうして目の前のビールをごくごくと喉を鳴らしながら飲み干した。
今日も暑い一日だった。コンクリートとアスファルトが四方八方から夏の日差しを乱反射してくる。いくら戦闘民族と言ったって、天候とは戦えない。
ぐったりとして帰社すれば、「ビアガーデン行っちゃう?」という主任が神に見えた。
それで暑気払いとばかりに、営業の私たちと事務と主任で、ビアガーデンに来ているのである。すでに時間は1時間経過。同じ勢いで飲み続けるのは私と、もう一人、花村春人だけである。
主任は「ビアガーデン!!」と言いながらも実は下戸で、この飲み会の雰囲気を愛する天然酩酊男だ。普段から酔っぱらってんじゃねーの?というくらいご機嫌に毎日生きている。毎日だ。
もう、お腹の中、洪水だろうね。よくあの勢いでウーロン茶飲みまくれるよ、ほんと。私にさらにもう一杯のビールを進めながら言う。
「戦闘民族夏原花音、どうした?勝てない敵でも現れた?戦闘能力どれくらいなの?」
「主任、うるさい」
「やるのか?俺はやらないぞ!」
「主任なんか全然好みじゃないですから!」
「おっと、恋愛問題?」
「恋愛問題」
そう言うと、小林千沙が身を乗り出す。
「花音ちゃんの恋愛問題聞きたい!」
「語るようなことは無いよ。もうね、出会いが無いっていう話」
「いよいよ狩りつくしたか、夏原」
「あのね、ゲームの話じゃないんだから!」
そう言ってぐびぐびとビールを喉に注ぐ。
「花音ちゃんてストライクゾーン狭いからなあ」
千沙はかわいらしく枝豆を口に放り込みながら頬杖をつく。
「花音ちゃんてさ、目鼻立ちはっきりとした美人さんだし、髪もがっつり巻いてるし、爪もきれいにしているし、仕事もできるし、見るからにバリキャリモテ女子じゃん。出会いが無い、っていうのはさ、ストライクゾーンの問題と思うんだよねえ」
「そうは言っても好みじゃない男なんか眼中に入ってこない」
「まあ、花音ちゃんの事だから、どこかからゴリマッチョを狩ってくるような気がするけど」
「狩りじゃないって」
「何盛り上がってんですか?」
ひょっこり現れたのは、またしても新しいビールを手にしている花村春人。上機嫌でにこにこしている。相当飲んでいるだろうにちっとも顔色変えずに、いつものように日陰のもやしのように真白である。ボディソープに漂白剤でも入れてるんじゃないの?
「いくら飲み放題だからって、それ何杯目?」
「夏原さんほど飲んでないよー」
そう言ってへにゃっと笑う。
がーーーー!!こういうへにょへにょなよなよしているところが、イライラするんだよ、花村め!
花村春人は私と同期で入社した男だ。とにかく、見た目もよわっちいし、いつもへらへらしてるし、はっきり言って私の好みの対極にいる男だ。対極過ぎて、カマキリの方に親近感を覚えるくらいである。
こんなへらへらなよなよで、営業なんかできるのかと思うんだけど、成績は常に私と競り合うってね。これも腹立つ要因なのかも。こいつはなんとなーくへらへらーっと仕事をして、ぬるぬるぬるぬるウナギのような営業トークを展開させ「もう、花村君にはまいっちゃうな、ははははは」という感じで仕事を取ってくるらしい。補佐で一緒に仕事をした後輩からの証言である。何それ意味わからん。まあ、どんなスタイルだろうが、結果が全てである。私の好みなど知ったこっちゃない話だ。
「花音ちゃんの恋愛問題の話してたんだよ~」
千沙がスマホをいじりながら、そう言う。
「恋愛問題か~」
花村がつぶやく。
「お前は、どうなの?そう言えばお前のそう言う話聞いたことないな」
主任も枝豆をつまみながらそう聞く。
「だって、そう言う話無いですから」
しれっとして、にこにこしながら花村は言う。
「えー?そうは言っても、お前入社してからもう5年くらいだろ?その間何にもないわけ?」
「ないですよ」
「じゃあ、学生の時以来って感じ?」
「そうですね……うーん、13年ぶりくらい?」
13という数字がテーブル内を、のんびりとした深海魚の様なペースでぐるりと回る。
「13……13?」
「そうです」
「っていうかっていうか、花村君て花音ちゃんと私とタメだよね?」
「そうそう。今年28」
「13年前っていうと、15歳になっちゃうけど……」
「うん。中学の卒業式の日に告白されて、それから3カ月くらい付き合って、それでなんかいつの間にか別れ話になって、それ以来」
そう言いながら、小さな口を動かして枝豆を黙々と食べながら、またいかにもうまそうにビールを飲み干した。
「あ!生お願いします~」
テヘペロみたいな顔して店員さんにビールを追加注文する横顔を、私たちはぽかんと見つめた。
「花村君、彼女ほしいなとか思わないの?」
「俺全然モテないし、しょうがないかなあって」
「しょうがないなかあって言いつつ、13年たったということ?」
「光陰矢のごとしですね」
はははって花村は笑って、そしてやってきた泡部分がフローズンビールをごくごくと飲んだ。
「はーおいしい!幸せ~」
そしてこっちが気恥ずかしくなるほど乙女のような笑顔で、うっとりとビールを見つめながらそう呟いた。
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