第2話 ハンドパワー その二

「なるほど!この場に、草食動物と戦闘民族が顔を合わせているというわけか~。ファイッ!!」

 主任がレフリーよろしく、片手を振り上げる。

 「別に俺は草食動物じゃないですよ」

 「この13年の間に、夏原はいったい何人の首を狩ってきたと思う?相対するお前は完全に草食だろ」

 「主任、私は首狩り族じゃありません」

 「はは!似たようなもんじゃーん!!はは!」

 こいつこれで素面なんだから主任じゃなかったら、ちょっとひねってやりたいところだ。

 「モテないというほどモテないタイプじゃないと思うけどなあ。花村君。ほら、手足長いし、顔小さいし、結構スタイル良いし、仕事もできるし、いつもニコニコして感じいいじゃん」

 千沙恒例の、全然興味ないけど適当に話をつないでみましたという上っ面だけ合わせた会話を進行させる。こういう場で話をつなげるという調子の良さは、さすがモテ女子である。大体、こんな風にアゲられたら、普通の男はその釣り針にかなりな確率で食いついてくるだろう。

 ちなみに私の場合、その様なスキルは当然花村相手には発動しない。誰しもにいい顔なんかできない。興味ないと言ったら興味全然ないんです。これがいわゆるストライクゾーンが狭いというのだろうが、知ったことではない。

 「そーですかねー」

 へらっと笑って、花村は「あ、すみません、生」とそのまま注文する。それからメニューを見ておつまみ何にしようかという顔で思案して、それからぱっと顔を上げた。

 「あれ、今なんかの話の途中でしたっけ?」

 これである。

 千沙はゆるふわっとした薄茶色の髪に、くりくりとした瞳(人工的な瞳増加システム投下)ぷるっとした唇という、とりあえず合コン来たら一番に狙ってみたい女子である。それが向こうからボールを投げてきている(ように見える)。

 というのに、そんなボールに気付きもしない。

 花村の場合は、こういうボールを真剣に拾いに行かないからモテないのではなかろうかと思う。

 そう考えればそうだ。この5年間。部内だけでなく、会社全体の飲み会もあるし、そこそこ見栄えが効くし感じがよい花村は、なんとなく女の子が飲みの場で一緒にいる印象がある。

 でも、思い返せばこんな雰囲気の会話を、ことごとくぶった切っているような気がする。その度に私は「こいつ、こんなに空気読めないのに営業とか!!!」とお腹の中で嘲笑っていたことをうっすら思い出した。

 とはいうものの、営業成績ではつかず離れずで、全く持って不思議人物であった。今ここに来るまで全く関心が無かったから流してたけど。 

 「そこがダメだ!」

 私は人差し指を花村に突き付ける。

 「え……軟骨から揚げ、ダメですか?」

 花村はメニューを持ったまま、全人生を否定されたかのような悲しい声を出した。

 「違うよ、そうじゃなくて」

 「タコわさだったらいいですか?」

 「ちがーう!!」

 「お!戦闘開始?戦闘開始?」

 主任が小躍りしながらウーロン茶を飲む。ウーロン茶も大概にしろ。胃の油全部持ってかれるぞ。

 「メニューの事じゃないよ、花村の男女交際に対する姿勢だよ」

 「え……男女交際?」

 ハトが豆鉄砲くらったように、花村は目を白黒させた。

 「今さ、千沙があんたをこんなに上げてきたら、ちょっと自分に気があるかな?くらい思うじゃん、普通!」

 「あるの?小林さん」

 「無いよ、ごめんね花村君」

 その返事を聞いて、花村が「ほら、何言ってんの?」という顔で私を見る。

 「そうじゃなくて!千沙みたいなこと言ってくる子が今までだっていろいろいたでしょうってことよ!」

 「はあ……うーん、覚えてないけど」

 「あるの!あるのよ!」

 「よく覚えてるね、夏原さん」

 「記憶力は営業必須でしょうが!」

 「そっかー。さすがだねー」

 へらへらっと笑ってまた新たに運ばれてきたビールに花村は口をつける。

 「この先もそう言う話を仕掛けてくる女子がいたら、まず全力で拾ってこい!それでも彼女ができないと言うなら、相談に乗ってやる!」

 「いや、別にそこら辺悩んでないし、相談してもいないんだけど……」

 「私はね、それなりの資質を持っているのにそれを全く生かさない人間が我慢ならないのです!」

 「へえ、俺は夏原さんから見て資質があるってこと?」

 「花音ちゃんがゴリマッチョじゃない人類を認めるなんて花村君すごい!!」

 「あのね、私だって一般的な水準くらい把握してます」

 「夏原の一般的な水準って!是非聞きたい!」

 主任が目をキラキラさせる。

 「じゃあ、主任から見て、花村君はどうよ?全然モテませんというのを聞いてどうよ」

 「えー。まあごく一般的な若者だし、全然モテないことないと思うけどなあ」

 「でしょ?要するに本人が人生に手を抜いているからよ!私はそうやって漠然と、モテないから~とか時間が無いからできなくて~とかいうのが心底嫌いなの!」

 残りのビールを一気に飲んで、私はテーブルにドンとジョッキを置いた。

 「持って生まれたものを最大限に生かし全力で生きる!これが人生よ!」

 そう言って、ぎろりと花村を見ると、さっきと変わらずへらへらとしながらビールを飲んでいた。

 「夏原さん」

 「なによ」

 「軟骨揚げ、頼んでいい?」

 花村が、メニューを指さしながら申し訳なさそうに言った。

こ い つ む か つ くー!!!!!!!!!

 「ビール、もう一杯ください!!」

 「あ!軟骨も!!」





 そんなわけで、私と花村は部内では、犬猿の仲とか異星人同士とか言われているそうだ。

 別にケンカしているわけじゃないんだけど。

 同じ部署でデスクも隣だし、私だって穏やかに暮らしたい。

 でも。

 デスクの上に、光で反応して首を揺らす雑貨とかが置いてあると、なんとなくイラつくのである。ひょこひょこと右左と揺れる花が、パソコンに乗っているのである。ここはおまえの部屋じゃない!と言いたいところをぐっと我慢する。人には人のやり方があるのだ。

 しかし、ちょっと視線を動かすと、そのひょこひょこが目に入る。

 「花村君、それなに?」

 「これ?」

 パソコンを打つ手を止めてそのおもちゃに視線を向ける。

 「かわいいでしょ、100均で売ってたんだ~。夏原さんもいる?癒されるよ。はいどーぞ」

 なぜか引出しからパッケージからあけてないそいつが現れ、私のデスクに置かれた。

 光を浴びたそれは花村のパソコンの上にあるのと同じペースで揺れ始める。

 雑貨に罪はない。

 「ありがとう」

 「どういたしまして」

 そうしてお互い、コンプライアンスによるコンプライアンスの為の単純事務作業に戻る。

 花だけがニコニコ揺れる。私はそれをパッケージごとパソコンの隣に並べた。


 お昼休みを挟んで、引き続き今日は事務仕事だ。なぜかパソコンで見ることのできない資料を資料室から持ってこなくてはいけない。なんでパソコンで見られない資料が必要になるんだよう!と思いながら向かう。

 資料室にはパソコン入力していない膨大な書類が所狭しと並んでいた。指で年号をたどって見上げればかなり高いところにある。やれやれ。

 私は隅から梯子を持ってきて、据え付ける。がたがたと揺すって、安全を確認し、上を目指す。

 私はこう見えて、案外背が低い。7センチのヒールを履いたって160には届かない。なんで背が伸びなかったのか。一睨みするにも170くらいあったらもっとにらみがきくんだけど。

 神様が、無益な争いを私にさせぬために小さく設えたのかもしれないな。私だって別に無駄な争いに身を投じているわけじゃないんだけど。

 そんなことを思いながら、梯子に乗ってやっと届くファイルに手を伸ばし、やっと引っ張り出せたと思ったら、それは想像以上に重かった。

 「は!!ちょっと、これ!!」 

 重さは想像できなかったが、今バランスを崩した私がどうなるか、完全に予想できる!!ヤバいと思い、何かに掴もうとしたが指が空を切る。

 ダメだ!と目を閉じた瞬間、がしっと大きな手に体を支えられた。

 た、たすかったー!!

 自分の二の腕を掴む大きな手に、最大限の感謝の気持ちをこめて振り返る。さすが素敵大きな手!一体誰の所有物なのか!

 「ありがとうございます!!助かりました!」

 そう言いながら、軽く狩りモードで頼もしい掌の持ち主を見上げた。

 げっ!という声が出なかっただけ私は大人だ。

 「夏原さん、危ないから高いところのものは俺が取るよ」

 まさかの花村春人!!ええ?この手が?

 まだ私の腕をつかんでいるその手をじっと見る。ええ?こんなになよなよしてるのに?漂白したもやしのようなつやつや色白げんこつサイズの小さな顔と、その手を交互に見る。

 「あ、痛かった?ごめんごめん」

 そう言って、その手が私から離れていく。

 「ファイル、デスクに置いとくよ」

 そう言って、花村春人は資料室を出ていった。

 な、なんで。なんで花村のくせに手があんなにがっしりと!!もっと細くて女みたいな手だと思ってたのに!!

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