第4話 五月とメイドのお花見な日々
全く売れない作家・
これはふたりの、とある日常をつづった物語、四作目です。
桜の開花宣言がされて、いよいよ春本番です。
「ごっがつっさまぁ〜、たっだいっまでぇ〜す」
「何だその、この上ない陽気な様は」
「商店街で、これ、いただいてきました」
ペラ……。
「何々? 商店会親睦日帰りお花見バスツアー」
「あい。ふふふ」
「……で?」
「で、って、八百屋さんのご主人が、おふたりもどうぞって」
八百屋のご主人、鈴来さん。
大阪に引っ越した朝霧家の一人息子、サトルくんの同級生のお父さんです。
「何だ、スズキくんは連れてってもらえないのか。かわいそうに」
「五月様?」
「ん?」
「人の話ちゃんとお聞きになってますか?」
「ん?」
「おふたりって、五月様とわたくしのふたりです」
「……ん? 私とお前のふたり?」
「はい」
「何で?」
「何でって……」
なんでしょう、この噛み合ないもどかしい会話は。
ま、これが五月家の日常です。
「ですから、八百屋のご主人が、五月様とわたくしのふたりで参加してくださいっておっしゃってくださったのです!」
「あぁー、そういうこと。だけど、私は商店会の会員じゃないから参加できないだろう」
「それがですね、おそば屋さんのおかみさんのお母様が具合を悪くされたようで、おかみさん、今ご実家に帰られているのだそうです」
「そりゃたいへんだな」
「おそば屋さんのご夫婦はとっても仲がよろしくてですね……」
「うん、知ってる」
「ご主人はひとりじゃつまらないから行かないとおっしゃってるのです」
「確かに。おかみさんがいないと、萎んだ風船みたいなんだよな、あのオヤジ」
「で、代わりにわたくしたちってことなのでございます」
「なるほど」
ちょっとちょっとめいとさん、それじゃ答えになってないです。
五月先生、納得しちゃダメですよ。
「……いやだから、何で会員でもない私たちが参加していいのかってことだよ」
「それはですね、以前、会報作りをお手伝いされたじゃないですか」
「ああ。でも手伝いってほどのことでもなかったろ。キャッチコピー考えたのと、誌面のレイアウト手直ししたのと、校正をちょろっとして……」
「ほぼ、五月様がお作りになりました」
「そっか?」
「参加者の皆様にも了承を得ているし、次の福引き会のチラシを作ってくれるなら、参加費無料でよいですって」
「私は作家だぞ! 広告屋や印刷屋じゃないのに」
「パソコン使える人が他にいらっしゃらないのです」
「シャッター通り化も近いな……」
五月先生、そんなこと言ったら叱られますよ。
だけど、実際、切実な問題です。
後継ぎがいないために、閉店する店舗は増えるばかりです。
和菓子さん、呉服屋さん、畳屋さん、家具屋さん、閉店してしまいました。
あとにはコンビニや、大型チェーンの飲食店がオープンしました。
結局のところ、チラシ作成と交換にお花見バスツアーに参加することとなりました。
☆ ☆ ☆
バスツアーの当日です。
「お、おはようございます……五月……様……」
「メイド、何だその顔は……」
「思いのほか、お弁当の仕込みに時間がかかってしまって……」
「うん」
「そのうち、興奮して眠れなくなってしまって……」
「お弁当って、何人分作ったんだ」
「皆さんの分です……。参加費無料ならば、せめてこれくらいは……と……」
バタッ!
「ったく……弁当は……詰め終わってるか」
クカー……。
☆ ☆ ☆
商店街の入口に、バスが停まっています。
乗車口の前に、桜色のスーツを着て、旗を持ったお姉さんが立っています。
その隣では、名簿を持った八百屋のご主人が参加者のチェックをしています。
「鈴来さん、おはようございます」
「おはようございます、五月先生。今日は楽しんでくださいね」
「はい、ありがとうございます。メイド、乗るぞ」
「どうしたんですか、メイドさん。ふらふらじゃないですか」
「ははは……子供の遠足と同じで、なかなか寝付けなかったようです」
「ははは……」
おふたりの席の前には、鈴来くんが妹のミカちゃんと座っていました。
「メイドさん、おはよう」
「あ、スズキくん……おはようございます……」
「どうしたの?」
「現地に着くまでわたくし休ませていただきます……」
クカー……。
「はあ? つまんねー」
「ごめんよ、スズキくん。まったく、どっちが小学生なんだか……」
このセリフ、確か前にも……。
それにしてもめいとさん、幸せそうな寝顔です。
一足先に、お花見の夢でも見ているのでしょうか。
〈で、いったい、弁当以外のこの大きな荷物は何なんだ?〉
☆ ☆ ☆
道中は順調で、時間通りにお花見の現地に着きました。
桜、満開です。
「五月先生、一杯どうですか」
「町会長さん、商店会でもご活躍ですね」
「いやー。洋品店は閉めたけど、一応まだ相談役として残ってるんでね」
「ご苦労様です。メイドの作ったおいなり、いかがですか」
「ほー、いただこう。美味しいって評判だよ」
「あいつ、はりきってこれ作ってて、夕べ寝てないんですよ」
「うん、美味い。一生懸命作ってくれたんだろう。ありがたいね」
当の本人、めいとさんはどうしたのでしょう?
まさか、まだバスの中で寝ているのでしょうか。
「町会長さん、きれいな桜ですね。一杯どうぞ」
「メイドっ! な、何だその格好はっ!」
「ふへへ、ふへへ……」
〈花見に小悪魔メイドって、絶対町会長への嫌がらせだろ……絶対そうだろ〉
「メイドさん、相当出来上がってるね」
「す、すみません……」
こうして商店街の皆様は、満開の桜を愛でながら、お弁当をたらふく食べましたとさ。
おしまい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます