第29話 サザエ

 賢島についてからのアイさんは、ずっと首からカメラを提げたままで歩いている。まあ、それはそうだろうな。寂れた漁村の風情と観光地の趣が混然一体となっていて、これは確かに絵になる。


 『地元の新鮮な魚介類を使ったバーベキュー』を謳い文句にした看板が目を引く。アイさんの目が何を訴えているかはすぐに理解できる。十分後には、お店の外に出したバーベキューコンロでサザエとイカを焼きながら、俺たちはビールで乾杯していた。


「海を眺めながら、焼きたてのサザエでビールなんて最高!」


 と言いつつも、しっかりと写真を撮っているアイさんは、ある意味凄い。本物の写真家のようだ。俺が素人だからそう感じるだけなのかもしれないが。


「お兄さーん、サザエ追加!」

「はいよー」


 店の方から返事が聞こえる。


「とれたて魚介類のバーベキューって初めて!」

「まあ、簡単に言うと浜焼きですよね」

「ハマヤキっていうの?」

「そう、浜で焼くから。私が子供の頃は海でよくやりましたよ」


 俺はサザエの蓋のところにちょっと醤油を垂らしてやる。醤油で蒸し焼きにするのが旨いんだ。


「そっか、八雲君、新潟だもんね」

「次に新潟に行く時は寺泊に連れてってあげますよ。福浦八景に行く途中にあるんです」

「ハマヤキ、食べられるの?」

「寺泊漁港がありますから。あの辺、『魚のアメ横』って言われてるんですよ」


 なんて話をしていたら、お店のお兄さんがサザエとおにぎりを持って来た。


「はいよ、サザエさん。お客さんたち、お昼ご飯なんだろ? これはサービスだから、焼きおにぎりにして食べな」


 格闘家のような風貌でお兄さんが人懐こく笑う。


「きゃう~、ありがとう! ね、ね、ね、この辺って、何処が素敵? 全部全部素敵だけど、あたし写真撮りにはるばる東京から来たの」

「へぇ、東京からわざわざ。じゃあ絶対に後悔させられねえな。すぐそこ、見える? 船着き場があるんだ」


 俺たちは大将の指す方を見るが、ここからではよくわからない。


「そこから遊覧船が出てる。ゴージャスなデカい奴と、小ぢんまりした奴だ。デカい方はオシャレで優雅に眺められるし、揺れも少ない。小さい方は海がすぐ目の前だ、島の間もスイスイ抜けられる。どっちでもお好みだけど、この遊覧船は乗った方がいいな」


 いや、もう話の途中からすでにアイさんの目の色が変わってるから。


「にゃあ! それ乗るっ。小っちゃい方。ありがとっ! ねえ、このバーベキューの写真、あたしのブログに載せてもいい?」


 なんだなんだ、凄い積極的だな。


「おう、いくらでも載せてくれ。宣伝大歓迎! 俺の眩しい笑顔も載せるかい?」

「え、いいの? じゃあ、お兄さんの写真も撮らせてよ。お店のオーナーって紹介したいの」

「オーナーじゃなくて『大将』にしといてちょんまげ」

「了解!」


 なんてやりながらしっかり大将の写真も撮って、毎日持ち歩いているのか、カバンの中から名刺を取り出した。


「あたし、榊アイっていうの。これがブログのURLね。ここに写真載せるから見てね。あと、こっちが小説サイトのURL、今書いてる小説にここの事を書く予定なの。その為の取材に来てるんだ。小説にも大将の事、書くからね。だからこっちも見てね。あ、彼は藤森八雲君っていう小説家さんでね、彼とコラボで書いてる小説だから、彼のところも見てね、あたしのところから飛べるようになってるから」


 と一気に捲し立てて俺のペンネームを名刺の隅に書いて大将に渡してる。凄まじい宣伝能力だ。


「よーしОK。早速ツイッターで呟いとくよ。俺が出てるって言えば、仲間がみんな覗きに行っちゃうよ」


 サムズアップしてみせる大将にアイさんはテンションMAXだ。


「えー、そうなの? ちょっと貸して、あたしのツイッターのアカウントも書いとくから。ここでお話しよっ。追加取材お願いしなくちゃなんないかもしれないから」

「了解。今夜フォローしとくからね。いつでも追加取材カモ~ン」


 凄い、ただひたすら凄い。なんだこの営業能力は。うちの会社に欲しい。中村さんの席が無くなるぞ。

 それからアイさんはすっかり大将と意気投合し、ビールと大アサリをオマケして貰った。更に大将は知り合いだという遊覧船の船長に話をしてくれて、タダで乗っけて貰うことになり(お代はブログで感想を書くだけでいいらしい)、あっという間に賢島の地元観光協会を味方につけてしまったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る