第5話 猫

 あれから数日、彼女から連絡は来なかった。あの日のLINEが短時間にすごい勢いで来たんで、毎日続くんじゃないかとドキドキしたが、それは杞憂に終わった。どうやら一過性の気まぐれだったようだ。


 榊アイの作品を見ていていつも思うんだが、彼女の生き方はまるで『猫』だ。自由奔放な文章を気まぐれに投稿していて、読者に全く媚びることが無い。自分の素直な今の思いを、そのまま『榊アイ語』に乗せて綴っているだけだ。

 ここまで徹底しているのになぜこんなに惹きつけられるのかと不思議だったが、それは我々が猫に惹かれるのと同じ理由なのかもしれない。こっちの都合なんかまるで無視、やりたいようにやる、そのくせ自分の都合で勝手に甘えて来る。服を着て二足歩行してスマホを使いこなす猫だ。


 しかし何故俺はこんなに彼女が気になっているんだろうか。別に好みのタイプでもないし、なんだか振り回されっぱなしだし、できることなら彼女とではなく『彼女の作品』とだけ付き合いたいくらいなんだが、どういう訳か連絡が無ければ無いで気になって仕方がない。

 なんなんだろう、俺の心にほんの僅かに空いていた隙間にスルンと潜り込んで、凄まじい自己主張を展開している感じだ。

 などと思っていたら、まさかのLINE着信音だ。タイムリーにもほどがある。


▷やーくも君! 元気? あのねあのね、あれからとっても素敵な事を思いついちゃったの。くふっ。聞きたい? 聞きたいよね?


 ここで聞いたらえらいことになりそうな気がするが、時既に遅しだ。『既読』が付いているだろう。


◀なんですか?


▷んーとね、ここで説明するのは凄く難しいのね。だから、来て。会って話しよーよ。明日はどう。土曜日は休みなんでしょ?


 まあ、休みだな。だが俺は休みの日は休みたいんだ。振り回されに行くのは御免こうむりたい。などと思う間もなく次が来る。


▷渋谷でもいい? 迷子になるかもしれないけど


 なんでわざわざ迷子になりそうな渋谷なんかを指定するんだ? あ、そうか、田園都市線だと一本で行けるからか。でも、それなら大井町線でそっち行けるから、その方が早いんだよな。


◀家、用賀なんですよね? 二子玉でいいですよ。わかりますか? 渋谷とは反対の方に一駅。


▷わかる! よく自転車で行く!


◀では、二子玉の駅を出たところ、玉川通り沿いのライズの看板のところでいいですか?


▷了解! 十二時ね! 一緒にお昼食べよ!


◀はい。では、また明日。


▷おやすみ~、ちゅっ♡


 えっ、ちょっと待て。なんで俺、会う約束してるんだよ? どこで狂った? まあいいか、特に忙しい訳でもないし。いや、良くない。休みの日というのは休む為にある。疲れに行くためにある訳ではない。

 でも、これで行かなかったら行かなかったで、一日中気になって何も手につかない事も目に見えてる。

 それにしても。『とっても素敵な事』って、いったいどんな事なんだろう?

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