情報系ラボガールズ

水波形

進捗01:テーマを決める

ガラガラと扉が開き、悠里ゆうりが入ってくる。

入れ違いで、呉羽くれはが教員研究室に入っていった。


和奈「ど、どうだった?」


悠里「……和奈かずなぁ……却下された……」


和奈「う……またですか……」


研究室の空気がさらに暗くなる。

11月頭。

この時期には、3月上旬に行われる学会に向けての、研究テーマの決定を行うのだが……


悠里「わかりにくいって何よ!!何がわかりにくいのよ!!私がその場で説明してあげるじゃないのおおおおお!!!!」


和奈「わー!悠里、落ち着いて!!」


理系の研究室ではじめに苦しめてくる言葉、『わかりにくい』。

この言葉で基本、大体のことは却下されてしまう。

理系だから語彙力がない?そうじゃない!


悠里「何で!スライドの!アニメーションを使わず!1枚で研究概要を!説明しないといけないの!!」


そう、だいたいこういう"無茶振り"が来るのだ。


悠里「しかも文字が多かったら却下されるって、そんなの手詰まりじゃない!!!」


悠里が、デスクに突っ伏す。

長い黒髪がデスクに広がる。


和奈「専門用語も優しい言葉に置き換えないといけないし……と言うか、優しいの基準がそもそもに分からないもんね……」


悠里「そう!アイテムベース推薦(※1)とか、ユーザベース推薦(※2)はオッケーなのに、何で形態素解析けいたいそかいせき(※3)で首をかしげられるのよおおお!?」

(※1)購入された物に似ているものを推薦すること

(※2)その物を購入した人が他に買っている物を推薦すること

(※3)文章を意味のある単語(名詞、動詞…等)に切り分けること


和奈「……なははははは……」


悠里「……和奈は?」


和奈「私は……そもそも手法が決まって無くて……」


悠里「和奈は何するんだっけ?」


和奈「衣服のレコメンド推薦……かなぁって。通常の確率じゃダメって言われて……」


悠里「衣服のレコメンド推薦に確率なんて使うの?」


和奈「服の種類が膨大だからね……それに性別もあるし……男性が好きなのは、ボーダーで、袖なしでーみたいに条件分けが多すぎるから……」


悠里「あ~……頭痛くなってくる……」


和奈「うぅ……このテーマにするんじゃなかったよぉ~……」


そんな会話をしていると、ラボの扉が開く。


和奈「あ、呉羽!どうだった?」


呉羽「…………教授が何言ってるのか……全くわからなかった……」


リンゴマークのノートパソコンを片手に、若干青ざめた表情で呉羽が戻ってくる。


呉羽「……コサイン類似度って何?ユークリッド距離とドッチが良いかとか、両方知らない……と言うかそもそも、文章のベクトル化ってどうするの……?」


悠里「まず、コサイン類似度ってのは、ベクトルの内積を求めるときに使う計算式にコサインが出てくるから、そのコサインを上手く使って類似性を計算する手法で……」


呉羽「……?……??……???」


和奈「待って悠里!呉羽の脳みそはもう満パンよ!!」


悠里「早すぎない!?」


呉羽「……ごめん悠里、日本語で喋ってくれない?」


悠里「日本語よ!!」


呉羽「……あの、意識高い系が使う用語を使うの辞めて……」


悠里「一切使ってないから!!」


呉羽がデスクに突っ伏す。

あ、デジャビュ……


華「ほら、ボロボロなキミたち!」


3人で死んでいると、うちの研究室の教授、新名 華しんみょう はな先生が入ってきた。


華「来週までにもっとわかりやすいスライドを作ってこいよ!!」


悠里「これ以上分かりやすくなりませんよぉ……」


華「そんなことはない!」


悠里「……でもぉ……」


華「いいか!君たちのスライドには愛が足りないんだよ、愛が!だから伝わってこないんだ!!」


和奈「……んな、無茶苦茶な……」


華「とりあえず私は今日は帰る!キミらも戸締まりはしっかりして帰れよ!!」


そう言うと華先生は、さっさと出ていってしまう。


和奈「この研究室……外れだったかなぁ……」


悠里「かも、しれない……」


うちの大学に、今年から着任した華先生。

情報系には珍しく女性の先生で、私達は変に気を使わなくても良さそうだと志望した。

情報系の学部は、全学生100人中女子は5人ちょいという凄まじい比率。

出来るだけまとまっておきたく、みんなで入ってきたわけだけど……


呉羽「……もう、ダメ……頭動かない……」


入ってすぐに、学会の準備をしろとなかなかなスパルタ。

テーマは『推薦(レコメンド)』。

好きなものをレコメンドする手法を考えろと論文集を渡されたが、正直読めるわけがない。

と言うか、読んで理解できるものじゃない。


呉羽「……もうダメ……quiitaクイタ読んで落ち着こう」


和奈「……それ、落ち着く手法ではないかんね?エンジニアの情報共有サイトでしょ、それ?」


呉羽「あ、私の書いた記事のストック数増えてる、やったね!」


和奈「聞いちゃいねぇ」


悠里「あーもう!頭が熱暴走して思考能力がオチてる!!」


和奈「急にどうしたのよ……って、あんたすげーな」


悠里がごちゃごちゃと書いていたノートを覗き込むと、アイデアを50個出していた。


悠里「このうち、使えるのが何個ある……何個…………ダメ……これじゃ先生を論破できない……」


和奈「何あんた!?先生論破するつもりなの!?」


悠里「……負けっぱなしは私のプライドが許さない……」


和奈「……負けず嫌いだねぇ……とりあえず、帰りませんかお二方?」


悠里「…………賛成」


呉羽「…………同意」


和奈「ほら、近くの中華行こ」


悠里「お、良いね!私レバニラ定食!!」


呉羽「私、チキンカツ定食」


和奈「うぐ……呉羽と被った……」


呉羽「先に言ったもん勝ち」


和奈「…………じゃあ、私はとんかつ定食にする……」


パソコンやらをカバンに片付け、私たちは席を立つ。


和奈「とりあえず、今日の進捗……おーっしまいっと!」


………………………

………………

………

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