第3話 日本は忍耐すると幸せになれる国?

 国際結婚したおかげで、僕は日本社会を外国人視点で見る機会が増えた。

 結論としては、日本は『忍耐の国』だなと思う。


 奥さんには「我慢してください」と不適切発言をしてしまい、「我慢、我慢、もう!」と切れられて誤解されてしまってますが、上手く「忍耐」を伝えることが難しいなと思う。


 タイや南国では感情を率直に表現して生きてるうちに欲望を追及するというスタンスらしい。あまり我慢や忍耐は得意ではないらしい。


 南国では年に三回も米が取れ、果物は成っているのを食べ放題の国ではそういう欲望を抑えることは必要ないし、逆にあくせく働くこともせずに生きていける。


 ただ、それは食べていけるというだけで、日系企業がタイに進出して高賃金労働や日本並みの給与になりつつある時代(一部では日本は逆転されてる)ではまた違う話にもなってきている。



 日本では「我慢ではなく、忍耐したら幸せになれる」ということを伝えるのは難しい。

 今の日本では必ずしも忍耐すれば幸せになれるとは言いがたいが、「忍耐=長期的な努力」とでも言い換えれば分かりやすいだろう。


 オリンピック、スポーツ選手などは分かりやすいと思うし、小説家でも10万字以上の物語を書けることがデビューの必須条件である。


 僕が得意とする資格試験でもそうだが、少なくとも2~3ヶ月は集中して勉強できなければ合格は難しかったりする。


 受験勉強や学校のテストに嫌気がさした人々には、長期的努力と言われても、そもそも勉強嫌いなのだから仕方ないだろうということにもなるかも。



 結局、人より秀でて金銭的に恵まれるには、普通に働いてるだけではなく、会社の仕事をやるのは当たり前で、休日や時間外に資格を取ったり、こうやって、エッセイや小説を書いてデビューしようというような努力が必要になる。


 それ以外にもダイエットしたり、資産運用したり、婚活、妊活やらやることはいっぱいある。


 といっても、僕にとって資格試験、エッセイ、小説は娯楽であり、趣味でもあり、仕事のようなものでもあり、もはや努力や忍耐の対象とは言えなくなっている。


 僕にとって忍耐とは「楽しみながら長期的に努力すること」ということになる。

 

 イメージ的にはカイジに出てくる「モンスターパチンコ沼」の攻略法のようなものだろうか?


 カイジの数々の戦略の前に「モンスターパチンコ沼」はパチンコ玉であふれかえり、大当りになるしかない状況になった。


 資格試験などは難しいものは何年もかかるが、ある程度の勉強量になれば合格するしかない状況になる。


 エッセイ、小説は才能とやらが必要と言われるが、ある程度、書き続けていればそれなりのレベルに達するようにも思う。


 まだ、僕にはそのレベルがどの辺りなのか、全く把握できていないのだが、そのうち達するのではないかと思っている。


 そういう話が奥さんに伝わる日がくるといいなと思うが、これは日本人に伝えるのも難しいことかもしれない。


 「忍耐」とはただ我慢することではないし、結構、楽しみながら、制約条件の中でいろいろと頑張る、不自由な環境の中で頑張るものだと思う。


 それが日本人の良さかなとも思う。

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