第63話「赤よりも紅い朋友」
「ウゴォォォォォォォオオオオオ!!!!」
人間よりも遥かに大きなエイプ達の発するドラミングの音が、《ブラド荒野》にけたたましく鳴り響いていた。
「キミヒサ!!アレってどうなってるの!?」
アスナは青い顔をしながらも剣を握る手は弱めていない。
「知るか!!こっちが聞きたいわ!」
増援までの時間稼ぎとしてエイプを殺すことなく戦っていた。
だが急に《ブラド荒野》にいた3体のにエイプ達が叫び始めたのだ。
様子がおかしいとキミヒサとアスナは兵を下がらせ動向を見ていた所、3体のエイプが青い光に包まれていった。
光が雲の様に消えていき姿が確認出来た時には、そこには3体の巨大なエイプがキミヒサらモリアナ兵を見下ろしていたのだ。
(ここに来て短いが、こんなことは起きたことも聞いたこともないぞ・・・・)
あまりのことにキミヒサの頬に吹き出た汗が伝う。
現状の危うさを感じたのはキミヒサとアスナだけではない。
エイプの大きさと恐怖を掻き立てるほど強く打ち付けるドラミングの音で“死”を感じた後方の兵士たちは既に戦意を喪失していた。
「キミヒサ様、アスナ様!早く逃げましょう!」
「馬鹿野郎!それこそ甚大な被害が出ることになるだろうが!!」
だが魔法しか取り柄のないモリアナ兵では、この場も長くは持たない。
このまま後退しながら援軍と合流するのも手ではあるが、エイプ討伐の増援など知れている。
ましてや帝国とのいざこざのせいで割ける兵も限られているのだ。
キミヒサの見る限りアスナと二人でも1体を相手取るので精一杯だ。
状況はまさに“四面楚歌”である。
「ウゴォォォォォォォオオオオオ!!!!」
「く、来るぞぉぉぉー!!」
「下がれ!!皆下がるんだ!!!!」
「第一班!早く下がりなさい!!」
巨大化した1体のエイプの速度は速く、またたく間に取っていた距離を詰めてきていた。
キミヒサ、アスナ、第一班で1体ずつエイプを相手にしていたため、互いに多少の距離が出来ていたのだ。
助けるためにエイプと第一班の間に入ろうと考えても距離的に難しい。
「第一班!急げ!散開しろ!!」
アスナとキミヒサの叫びも虚しく、エイプは既に第一班を攻撃範囲に捉えていた。
今から助けに向かおうにも時すでに遅し。
岩のような拳が、まごついて固まっていた第一班の頭上に振り上げられた。
「ひゃあぁぁぁぁあ!!」
「た、助けてくれーー!!」
「く、くらえーーーー!!!!!」
第一班の悲痛な叫びも届かず、全てを振り絞って放たれた魔法もエイプの体毛を削ることさえ叶わない。
放たれた慈悲のない拳が振り下ろされた。
轟音と共に《ブラド荒野》の血のように赤い土煙が第一班のいた場所を染め上げる。
「「「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」
それを見ていた新兵たちの叫びが戦場に木霊する。
その声は彼らの脆く儚い“兵士”たりうる信念が崩れ落ちた音なのかもしれない。
叫びを契機にその場にへたり込み神に祈る者、錯乱して森へ逃げる者、その場から振り向くことなく逃げる者などが続出し始めた。
もう“恐怖”に支配された彼らに戦う事は不可能だろう。
「クソっ!」
「・・・ねぇキミヒサ・・・・何かおかしくない?」
「何がだ!?おかしいのは分かってるんだよ!!!」
逃げた兵士の人数は少ないものの、ベテランたちの表情も目の前の光景にネガティブなものに塗り替えられてしまった。
仲間が死んだのだ。それも2人に命を預けてくれていた部下だ。
未だ赤い土煙が舞っていて確認はできないが、今の攻撃は並の兵士ならば鎧ごと潰されてしまう威力であるのは明白だった。
キミヒサもアスナも叫びたい気持ちでいっぱいになるも、状況はそうさせてはくれない。
このまま叫んでいるだけでは、それこそ全滅である。
悔やむ気持ちを抑え、残りの者が“助かる道”を切り開かねばならない。
そうしなければ、より多くの兵士たちに被害が及んでしまう。
だが《ブラド荒野》を抜けてすぐに幾つかの集落がある。
このまま退いてしまえば、被害は集落に及んでしまう。もし避難勧告が出ていたにせよ人がまだ残っていた場合、戦える者のいないその被害は目も当てられない。
キミヒサは全員でゆっくりと後退することも考えたが敵、即ちエイプは巨大な3体だけではない。
自分とアスナだけでは全員をカバーしながら後退する事は難しい。頼みの綱であった一番剣術に覚えのある第一班はまとめてエイプの拳で命を落としてしまっている。
(ならば、生存率の高い自分とアスナで殿を努めよう。それが今出来る最善か・・・・)
「皆!聞け!俺とアスナで前に出る!出来るだけ速く下がれ!その間、俺とアスナで殿を努め・・・・・・・」
「ストーーーーーップ!!!!」
二人が聞き馴れている、よく通る声が《ブラド荒野》に響き渡った。
兵士たちは急に聞こえてきた覚えのない声に動揺が走る。
「二人共!あいつら死んでないから!」
声の方を見ると、見た事のない馬車が異常な速さで向かって来ていた。
「この声って・・・・まさか・・・・」
「ああ、あいつだ・・・・・ボッチサイエンティスト・・・・」
すると兵士達がざわめき始めた。
それは向かってくる馬車にではない。
皆、一様にエイプの拳の先を見つめていた・・・
「なんだよあれ・・・・・」
「う、嘘だろ・・・・」
キミヒサとアスナが振り向くと、赤い土煙が晴れたその場所で、揺らめく“紅いオーラ”を纏った男が巨大なエイプ拳を両手で受け止めていた。
「こいつチョー力強いんですけどー!」
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