第45話「異界の二人」

巻き上がっていた土煙が平原に広がる火炎の、ゆらゆらとした光に照らされながらゆっくりと消えていく。


男達は聞き慣れない爆音に、何が起きたのかを知るべく、音すら立たせるのを止めて土煙の消え行く様を凝視していた。


そこに立つのはマッドワイル(土壁)に守られたナイフの男、アキラであった。

アキラはマッドワイル(土壁)を解くと再びウォルターバリル(水球)を作り始めた。


「あのナイフの奴は魔導師だったのか・・・・だが何故ナイフなんだ・・・・」


フィルが疑問を溢すと、食い入るように見つめていたテオ爺から声が上がった。


「見ろ!あれじゃ!ウォルターバレル(水球)に何か入れよったぞ!!」


アキラは生成したウォルターバレル(水球)に拳大の塊を入れると同時に突撃してくるヒュージオークに向って発射した。


放たれたウォルターバリル(水球)が着弾するのと同時に鼓膜を揺らす爆音と共にヒュージオークの体を穿っていた。


「馬鹿な!低級魔法であんな威力見たことないぞ!あのウォルターバリル(水球)に入れた物はなんだ!!」


歴戦の魔導師であり、尚且つA−クラスの強さを誇るテオ爺がアキラの魔法に驚愕していることですら驚きだったフィルとハルズマンだが、二人の驚愕はそこでは無かった。


コウである。


コウは次々と襲いかかるオークパーティーを1体また1体と、全て一撃で屠っていたのだ。


「あれは化物か・・・・」


「くっ・・・・・あの剣が遺跡からのアーティファクトか何かなのだろ。」


この時、既にアキラとコウにより第二陣は壊滅。

残るはオークキングと、それを守るオークパーティー合せて10体のみとなっていた。


「コウ!多分あの一番デカい豚野郎が恐らく一番危ない!ナトリウムもあと二発だ。分かるな?」


「おまかせあれー!」


フィルとハルズマンの全速力とは比べ物にならない速度でコウが残る群れに向けて走り出した。


オークパーティーはコウの一太刀を浴びまいと固まって防御姿勢を取っていた。


「ブグァァァァ!!」


オークキングの咆哮と共にオークパーティーは死に絶えた仲間の武器をコウに向って投擲し始めた。


コウは蛇行しながら群れの背後へと回り込む。

投げられた武器や死骸はコウに触れることすら無く地面を転がっていく。


「フィル・・・・あれはどう見ても自力なんじゃないか?」


「フンッ・・・・・」


コウが回り込み、群れをアキラと対角線上の位置で止まる。


「兄ちゃん!!」


「行っけぇぇぇぇ!!」


アキラが渾身の魔力を込めたナトリウム水弾がオークキングの後頭部へ着弾し、けたたましい爆音がその場の者たちの鼓膜を激しく揺さぶった。


「ブゥゥゴォォアアァァ!!!!!」


「っくそ!やはりか・・・・」


オークキングは頭から煙を上げて膝を付くも、再び立ち上がりアキラへと怒りの篭った咆哮を向けた。


「クソっ!今のでも効かねぇのか!?」


ハルズマンの悲痛の声が溢れた。


平原でオークパーティーを仕留める筈だった《ワンド》と正規兵の男達はアキラとコウの戦いに魅入っていた。

自分たちでは傷すらつけることのできなかった魔物をほぼ倒してしまったこの二人が倒せなければ自分たちにはどうすることもできない。抑えることすらできないのだ。


そしてその二人のうちの片割れが放つ見たことのない魔法が効いていない。

男達の握る拳には汗がジワジワと湧き出ていた。


「すいません!アキラさん!!コウさん!!」


すると、急に男達が聞き慣れた声が、張り詰めた空気が充満する平原に響き渡った。


「お嬢!!」


「副隊長!!」


「アリアス様!!」


男達は荷馬車から降りて叫んだ赤髪の女性の名前を口にした。

そこには驚きと共に、少なくともこの戦場から生きて帰れる可能性ができた事による安堵感が篭っていた。

赤髪の女性一人ではなく、青が入ったような藍色ともとれる黒髪の女性と猫系獣人が一緒に降りて来た。


「な、ナタリー嬢まで!!?・・・・・と言うことは・・・・・まさか!?」


「済まない。体調が優れず出るのが遅れた・・・ああ、あの二刀流の方こそ、我らが望んだ『異界の戦士』コウ様だ。」


それを聞いたテオ爺が首を傾げた。

ではあの未知の魔法を使った者は『異界の戦士』でないなら何なのかと。


フィルはナタリーの言葉を受けた後、すぐさま戦場に目を戻す。

ナタリーが側にいるのは嬉しいが、それよりも戦いの行く末が気になっていた。


オークパーティーはオークキングの怒りの咆哮に呼応し、オークキング共々、一斉にアキラを優先排除目標として走り出していた。


「コウ!!」


「うぉぉぉぉぉ!!!」


既にコウは紅い湯気のようなものを纏いながらオークキングへと走り出していた。


だがオークキング率いるオークパーティーは既にアキラへの距離を縮めている。


「間に合わない!!!」


ハルズマンは居ても立ってもおれず、アキラに向かい走り出そうとしていた。


その途端、オークパーティーの体が一気に腰まで地面に沈んだ。

何が起きたか解らないハルズマンはその場でたたらを踏んでしまった。


「む、無詠唱じゃと!!」


怒りにより注意を怠ったオークキングたちはクアグマイア(泥沼)に足を取られ身動きが取れなくなってしまっていたのだ。


だがオークキングにはアキラの仕掛けたクアグマイア(泥沼)は浅かったようで、仲間であるはずのオークパーティーを踏むことで容易く抜け、アキラへの直進は止まっていない。


オークキングが体を捻り、神殿の柱のように太い腕を白くなり始めた夜空へと振り被る。


だが既にその後ろには、コウが剣を持った腕を胸の前で重ねたまま飛び上がっていた。


「最上流剣技刀重鋏とえばさみ!!」


「チェックメイトだ。豚巨人。」


フィルは自惚れを自戒しつつも目の前で繰り広げられている光景が信じきれずにいた。

コウの剣技はフィルの知るどの流派にも属していない。

出鱈目に振っているに違いないと。

絶対の自信を誇る陽炎で切ることを許されなかったヒュージオークを一太刀で屠る様に、これは絶対に《古代超技術武器|アーティファクト》の力に違いないと。


最小戦力で足止めをされていた事による悔しさと、恥ずかしさ。それによってもたらされる参戦しても足手まといになるという事実。


フィルは、あの男を認めたくは無かった。

認めてしまえば、大切な人を守るために強くなろうとした今までの苦労や努力が取るに足らないものになっていくような気がしていたのだ。


だが認めざるを得ない。


樹齢を重ねた神木のように太いオークキングの首がコウの一太刀で大量の血飛沫と共に夜明けの空を舞っていた。


「・・・・・・これが『異界の戦士』か・・・・・」

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