第43話「平原月下の第二幕開演」

「・・・・冗談・・・だろ?・・・」


「・・・俺の陽炎ですら切断なんて出来かった・・・」


二人は自分自身の力に多少の自身を持っていた。

一般兵以上、王宮騎士未満。

もちろん《ワンド》各支部の隊長クラスには及びはしないが、自分たちは一般的に強い部類に入ると自負していた。


ことミストラルにおいても、その実力は評価されており、所属や階級を抜きにしたら上から数えた方が早い。


だが目の前で起きた光景は自負を崩すものだった。

フィルの陽炎ですら、腕さえ切断することができなかったにもかかわらず、男は二刀流であるため、片手で武器ごと断ち切っていたのだ。

その剣には剣速が早すぎたため、血が振り払われて1滴も垂れていない。


助けてやろうと考えていた者が自分達以上の力を有していのだ。目の当たりにした事実に早計な自分達が恥ずかしく思えてきた。


ここで一つ疑問が残る。


「・・・・何者だ・・・・?」


ハルズマンはそう呟くと、二刀流の男の顔を記憶の端から端まで照らしあわせる。


通常のヒュージオークはBランク(熟練傭兵・正規兵隊長・中級魔導師)に指定される生物である。

これは一対一を想定し、傷を負いながらも狩れる事が基準のランクである。


だが目前に群れるのは森で遭遇するヒュージオークとは比べものにならない強さ。

それを4体、一体一撃の無傷で仕留めたのである。


それだけ見てもAランク(叩き上げ士官・名の知れた傭兵・上級魔導師)、非覚醒魔人を一対一で苦戦しながらも殺れる力を持っていると見れる。

横にいるフィルですら帝国付けランクでB、ミストラルではB+となっている。


ここまでの強さがあるのであれば、知名度も高くなり二つ名を有しているのは確実である。

そもそもランクと言う制度自体が国により管理されているのだ。


逃亡者や管理の行き届いていない山奥から今日出てきましたと言うわけでない限り、往き来のあった村や町、点在都市から国に情報が渡り、自ずと名が知れ渡っているはずである。


主要都市の城壁が高く、必ず門を潜らなければならないのは敵襲のためだけでなく往き来する人を管理するためでもある。


ハルズマンは《ワンド》に入る前の傭兵時代から、様々な強者の顔を見てきた。

そして《ワンド》に入ってからというもの、強者と呼ばれる者との接点は多い。


王宮騎士、王宮魔導師、帝国近衛騎士、上級魔導師、Aランク傭兵、果ては冒険者と呼ばれる流れ者まで。


そのどれにも当てはまることのない人物がそこに立っていた。


「・・・・何者だ。名を聞かせてもらいたい。」


もしかすれば帝国の隠し玉の可能性もある。元帝国士官のフィルでさえ知らないのなら尚更警戒するに越したことはない。


二刀流の男は、ここが20を超えるオークパーティーとの戦場であると感じていないような笑顔で振り向くと双剣を鞘に収めた。


「コウだよー!間に合った?大丈夫?怪我した人とかいる?」


「あ、いや、いない・・・・いや俺達くらいか・・・・・」


「兄ちゃーん!大丈夫っっぽいよ!!」


「こっちはダメだ!しばらくかかりそうだ!」


ハルズマンはコウの軽さに一瞬、我を忘れてしまったのを頭を振って戻すと、荷馬車に上半身を突っ込んでいるもう一人の男がそのまま答えていた。


「ブゴァァァァァァァァァァァ!!!」


その途端、また地響きのような声が響き渡る。

ハルズマンとフィルは、肌に感じる振動が大きくなったことで、自分たちが先ほどよりも群れに近づいることに気づいた。


「来るぞ!」


ハルズマンの咆哮に合わせてフィルもコウも剣を構える。

目線の先ではオークキングを除いた25体から第二陣というべき15体が一斉に走り出していた。

第二陣にはゴブリンファイターも含まれ、先ほどのヒュージオーク4対と違いパーティーとしてのバランスが強化されている。

剛力鉄壁のヒュージオークと速度と小回りを補うゴブリンファイター。


この規模のパーティーを一人で駆逐するとなればSランクは必要であろう。

複数人であるならば全員Bランクで17人程度、Aランクなら7人前後といったところである。

そこまでの力に見合った人数はこの場にはいない。


恐らくAランクであろうコウと、Bランクのハルズマンとフィル。

後方部隊の者でもテオ爺が全盛期でAランク。あとはBランクが数名で残りはC以下である。

ハルズマンとフィルは苦虫を噛んだように眉間のシワが深くなる。


「すいません。《ワンド》の方ですよね?あの奥の一番大きいのはなんですか?」


オークキングの叫びに気づき荷馬車から出てきた細身の男がコウとハルズマンとフィルが構えるところまで走ってきた。


「オークキングだ。周りのヒュージオークから考えて・・・・・!?」


「・・・・双聖・・・か・・・・」


ハルズマンが状況説明をしようと男に目線をやると、そこにはコウと言った双剣の男と同じ顔があった。両手に安物のナイフを握りしめてコウの横に付く。


双聖を「禍をもたらす者」として良しとしていない帝国の出身であるフィルは、信心深くはないものの、今の状況が相まって思わず顔を顰めてしまったが、直ぐに再び敵へと向き直った。


笑顔のコウに対してアキラは無表情に近い。

コウがこの場で笑うということが異常ではあるのだが、アキラに対して同じ顔であるにもかかわらず全く別の印象を抱いていた。

《ワンド》かと聞かれ戸惑ったがコウにもアキラにも名乗らせておいて自分が名乗っていないことを思い出す。

名乗らないでいるであろうフィルのことも併せて自分が名乗るべきだと判断した。


「ああ、そうだ。《ワンド》三番隊マブラウス・ハルズマン、こっちは・・・・すまん、彼は帝国出身でな、同じく三番隊、陽炎のフィル・ロン・クラッドだ。」


「アキラです。ベラデイルに届いた伝言を・・・・」


「ハルズマン!今は名乗ってる場合じゃない!」


(あのアキラと言う双聖・・・・安物のナイフしか持ってないじゃないか・・・馬鹿なのか?・・・・それより、あのコウとか言うやつの剣・・・・)


コウの力が尋常ではないということを知らないフィルは、あのヒュージオークを切断できた理由が剣にあると考えていた。

アキラの安物のナイフに関してはリーチも考えない馬鹿なのかと呆れていた。

毒付く気持ちを抑え、フィルの陽炎を握る手が強まる。


(この陽炎を超える剣はない。)


それに呼応して陽炎の熱が辺りの温度を加速的に上げていた。


フィルの声にハルズマンが群れに向くと、既に足の速いゴブリンファイターが間近に迫っていた。


「テオ爺!頼む!」


ハルズマンが何かしらの手信号を行うとテオ爺達、後方部隊がクアグマイア(泥沼)や各々、属性の違う威力の高い攻撃系魔法が一斉に放たれ始めた。


魔法が平原を燃やし、土煙を巻き上げる。


平原月下の戦、第二幕開幕である。

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