いまこの世界。
じんた
第一場面-井の中の蛙
次の瞬間、林檎の身体が弾けた。血肉が飛び散り蛙の頬を濡らした。
「頼むよ、君しかいないんだ。」
猫は細切れになり、彼のお気に入りのシャツを赤黒く染めて猫らしく丸くなっている。
「それは無理さ。俺は、俺の為の、俺が演じる、俺の人生を、俺らしく生きたいのさ。諦めてほしいのさ。」
赤い鶏冠を揺らしながら、ゆっくりと鶏は蛙に近づいてきた。
「俺は、生きるために仕方なく君を殺すのさ。」
桜が咲いてる。薄桃色の小さな花弁が何十、何百、何千と舞っている。美しく、妖しく、切ない。
「それは勘弁してくれよ。」
蛙は、自分の胸に手を当てた。
「逃げるなんてだめさ。」
その言葉を最後に、景色は変わった。
◯
「はじめまして、私は蛙だ。いや、名が蛙なんだ。ちなみに、カエルは嫌いだ。紛らわしくてすまない。本名は蛇喰 蛙(しきぐい かわず)だ、よろしく。
私の才能は、実態や周囲の事象、空間を「変える」事が出来るのだ。何故こんな事が出来るかって?それは私が「変える」という事を理解しているからだ。分かりづらくてすまない。しかし、それ以外に説明できないのだ。
私は先ほど、「居場所」を変えた。なんせあのままだったら私は私の家族同様、殺されてしまうからね。家族を殺したのは鶏。いや、鶏という名なんだよ。時折 鶏(ときおり にわとり)、奴の才能は『時造り』。時間を何秒間か造る事ができる。おそらく奴は、その間に林檎の体内に手榴弾を打ち込み、猫の身体をミンチにしてシャツに包んだのだろう。まったく、時折家はどいつもこいつも狂っている奴ばっかだ。時折家の当主、時折 雉(ときおり きぎす)なんて自分の息子との口喧嘩に負けた腹いせに鬼ヶ島を海に沈めたんだとさ。
話を変えるが、君は何故ここにいるのかね?」
「ここが僕の部屋にあるトイレで、僕は今凄まじい便意に襲われているからです。だから退いてください。」
明咲 蓮は、丁重にお願いした。深々と自分を掘り下げて。相手がどんなに自分より下のものでも、明咲 蓮はいつでも、どこでもそうする。例え、腹に腹痛という爆弾を抱えていても。
すると、自分を蛇喰 蛙と名乗った男は、足を組みかえながら答える。
「それは出来ない。何故なら、私が変えた物は3分間変える事が出来ないのだ。だから、3分まってくれ。細かく言うと、後1分53秒だ。」
#
「僕は、都道府県が一つ、東京は立川に住む高校二年、明咲 蓮 (みょうざき れん)です。よろしくお願い致します。」
見知らぬ奴にトイレを占拠されてからようやく二分程経過した後、用を足した蓮は、四畳半に広がる自室のなかで簡潔に自己紹介をしていた。すると、胡座をかいて静かに聞いていた蛙は喋り始めた。表情は読めないが、どこか眠そうだった。
「私はお腹が空いた。しかし、余りにもグロッキーな物を見てしまったが故、食べた瞬間吐きそうだ。そういえば君、明咲と言ったかね。明咲といえば、天下統一を果たしたあの日輪家(にちりん)の分家かなんかではなかったかな?私は、帝国史は苦手だったが、流石に日輪家やその他の分家の事は教官に叩き込まれたのだよ。いやぁ、辛い3年間だった。つまりは、君は貴族という事なのかい?」
よく喋る蛙である。
いや、よく鳴く蛙である。
「貴方は、家族が殺されるのを目の前でみて平気なのですか?」
蓮は困惑していた。自分の家族が殺された事をグロッキーな物と表現したことに対して、理解することができなかった。
納得できなかった。
「私の質問は無視かね。大体、明咲家の連中にそんな事言われたかないね。君達なんてもっとグロッキーな事をやってきたのではないのかな?君のお父さんやお爺さんは。」
明咲 蓮の家系、明咲家は、日輪家に仕えるようになってから代々、罪人の処刑や、敵国の密偵の尋問などを請け負ってきた一族である。
明咲の伝統により、長男が全ての教育、技能、権力を父親から受け継ぐ為、次男である蓮は普通に高校生活を日々送っている。
なかなかぼんやりとした日常に、蓮は満足していた。しかし、そんなほのぼのとした日常もこの日を境に、変わる。
蓮が蛙の質問に答えないままでいると、蛙が呆れたように言った。
「まぁいいよ、私は懐がでかい。君が私を無視した事を私が無視してやろう。」
蛙は掌で膝を叩き、話を続けた。
「君の質問に答えよう。私はいたって平気だ。何故なら、爆破された私の家族、ミンチにされた私の家族は死なないのだ。正確に言うと、まだ死なないのだ。」
肘を小さな机についている蛙は、窓の外の桜を見ながら語る。
「どういうことでしょうか?先ほど蛙さんは殺されたとおっしゃいましたよね?家族を。」
「そうだね、確かに先ほど僕の家族は鶏によって無残に殺されてしまった。しかし、もうそろそろ戻るはずだ。」
蓮の部屋は道路沿いに面している。道路の向こうには、帝国記念公園がある。広々とした芝生で人々は自由な時間を過ごしている。
「人は、死んだらそれっきりです。僕はそれを目の前で何度も見てきました。そんなのが悲しくて、許せなくて僕は実家を離れたのです。」
今現在、明咲家本家には蓮を除く全ての明咲一族か住んでいる。祖父、父、兄、妹の四名である。
祖母と母は、明咲家の伝統により、男女それぞれ一人以上産んだ段階で夫により殺される。つまり蓮は、自分の母親が妹を産んだ瞬間に、父親によって一刀両断にされる様を一歳にしてまざまざと見せつけられている。
一切の迷いもなく、子を産む痛みに耐え抜いた母親の、細く、白く、美しい首が裂ける。まるで、なぞるように振るわれたその刀は、まだ子を産む痛みに顔を歪めたままの首の時を止めた。血は噴水のように吹き出し、辺りを鉄の匂いで満たす。
そんな光景を幼き蓮は、目に焼き付けてしまった。
「それは大変な経験をしたことだろう。しかし、僕らはまだ死なない。詳しく言うと、死ねないんだ。」
二回も同じことを言われた蓮は、考える。
「死なない」ならまだ分かる、そんな奴を蓮は知っている。殺しても死なない、ぶっ殺しても死なない、死んでも死なない、そんな奴を。
だが、「死ねない」となると違ってくる。まるで、「死ぬことは出来るが今は死ねない」というように聞こえる。呪いの類だろうか。そうなると魔女が絡んでくるが、こんな能天気な人が国際指名手配犯であるはずがない。風貌からして、高校生なわけがない。
分からない。蓮が持っている全ての知識に類似するものはない。
固まっている蓮をみかねた蛙が口を開いてこう言った。
「まあ、大丈夫なんだよ。理由はすぐに君にも分かるさ。」
僕にも分かる?と、蓮が変な言葉遣いに気がついた時には蛙の手は蓮の左肩に触れていた。
「君には、人質になってもらう。」
景色が変わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます