第23話 加護の魔法
街中の宿ではなく、街はずれの一軒家を借りた。……まあ、無断で。
だって空き家だし。
ろくな物資が残ってないのは一目でわかった。このあたりにも賊は出るのだろう。それでもまあベッドがあるだけましだけど。
ユーリ嬢にベッドを明け渡し、キリクは向かいの子供部屋でユーリ嬢の護衛。ユーリは玄関の前で焚火の番。あたしは一階のキッチンで結界のお守りをしながら休憩をとる。
来ると思うか? との問いにあたしはうなずいた。
街中であれだけの人数揃えて来た奴らだ。街はずれの空き家にいるのを見逃すはずがない。
「来た」
範囲を広げた探索の網に早速引っかかる。いつもみたいに波状探索じゃなくて網状にあらかじめ探索網を広げておいて、人サイズのものが引っかかればわかるようにしてある。面状に広げておくと空飛ばれるとわかんないので、上空にも展開。
なので、ちょーっと魔力の消耗がいつもになく激しい。早く来てくれた方が楽なんだけど。
家全体に結界を張ってるから、誰も入れないはず。でも相手に魔術師がいれば無効化される可能性はある。
今日のあれであたしが魔法を使えるのは知られただろうし、それなりの準備はしてくると思う。
とか言ってる間に探索網が一部切り取られていた。
「ユーリ! キリク、来たよ」
声を上げる。ユーリ嬢にはいつものように眠りの魔法をかけてあるから、多少暴れたところで起きることはない。もちろん彼女自身にも結界は張ってあるけど、むしろそれは守るためじゃない。
というか、キリク。あんたを護衛の頭数に入れていいかどうか迷ったんだけど。大丈夫だろうね?
剣戟が聞こえてくる。もうユーリが戦っているのか。でも結界には異変はない。一応弓に矢をつがえる。屋内では不利なんだけど、短剣振るよりましなんだよねえ、あたしの場合。
探索網に二人の人影。でもかなり離れた位置からじっとこちらを見ている感じだ。知った気配ではない。
観察してるみたいだ。……誰を?
二階で音がする。キリクの足音だろう。敵が来たらユーリ嬢の部屋で守るように言ってある。
できれば一人捕獲したいんだけど、ユーリが苦戦しているところを見ると、相手は一人じゃないんだろう。手加減する余裕はなさそうだ。
「うっ」
うめき声とどさりと人の倒れる音。続いて二人目が倒れる音。
「ユーリ!」
「こっちは大丈夫だ。近くにまだ何人か隠れてないか?」
「ちょっとまって」
探査網をあきらめて波状探索に切り替える。潜んでいるならこちらの探索を察知して逃げるくらいはするはずだが、今は逃げる人影はない。
逃げずに立っている、敵意を持って立っている人影。
「ユーリ、いる! 一人っ」
「どっちだ!」
ぞくりと寒気がする。結界は壊れていないのに。
なんであたしの背後にいるの。そいつは。
殺気がひしひしと感じられる。背中に汗が伝っていく。
だめだ、これは。間に合わない。
「ユーリっ!」
キリクを、ユーリ嬢を守れと言いたかったけれど、首を後ろから掴まれた。声がかすれる。
気が付かない間に結界を消された? それとも、最初からこの家にいた?
そんなはずない。結界張る前に一通り調べたし、隠れるようなところはなかった。
「どうした、クラン……! おい! 手を離せ! 何やってるんだ、貴様っ」
結界の向こうでユーリが叫んでいる。
おかしい、ユーリだけは結界を通れるように呪いをしておいたはず。なんで入ってこられないの。
息苦しい。こめかみがどくどく脈打つ。
「その手を離せ……キリクっ!」
キリク……? なんであいつが……?
ユーリが剣を構える。膨れ上がった殺気が一点に収束していくのがわかる。
力が剣に集約され、軌跡を残して一閃する。
結界が割れる音がした。遅れて剣圧があたしたちを襲う。思わず目を閉じると、ぐいと前に引っ張られた。足元をすくわれるようにして、前にぱったりと倒れる。
痛いっ、両手でガードする暇なかったわよっ。顎を打ったおかげで舌まで噛んじゃったじゃないのっ。
「ユーリ、殺しちゃだめ!」
「わかってる!」
いんにゃ、わかってなかった。声かけるまで本気の殺気が迸ってたもの。
がつっと痛そうな音がして、うつ伏せに倒れたあたしの上に重たいものがのっかった。
「ぐえっ」
重たいーっ。顔を横にやると、見覚えのある白い顔が苦痛に歪んでいる。間違いなくキリクの顔。……なのになんで、あたしを襲う真似をしたの?
それに、ユーリが結界を壊して、キリクがここにいる。となると……。
「二階! ユーリさん見てきてっ」
「しかしっ」
「いいからっ」
とかなんとかやり取りして、ユーリを二階に追いやった。これが本物のキリクで、結界を壊させたのが敵の目的だとしたら。
無防備なユーリ嬢を攫うのなんてわけないことだもの。
あたしは上に乗っかったキリクをなんとかどけようと体をねじった。少年に見えるほど幼い顔の癖して、体は思ったよりしっかりしてて筋肉質なんだ。……つまり重たい。
「重いぃっ」
「ごめん」
耳のそばで声が聞こえた。
「キリク? 無事なの? てかあんたなの? 本物?」
「ひどいな。本物だよ」
「じゃあ、なんで」
あんなこと、と言おうとしたけど声がでなかった。ううん、口は動かしてるのに、声にならない。
上に乗っかったままのキリクは、あたしの上で脱力したまま、ずっしりと体重をかけてくる。
ぞくりと寒気が走る。
あたしは魔法使いだ。弓も持てず、声も出せないあたしは――無力。
キリクが何を考えてるのかわからないからなおさら、恐怖がこみ上げる。
「なんで妨害したかって? あれは僕の本意じゃない」
どたどたと足音が降りてくる。
「クラン! ユーリ嬢は大丈夫だ。結界も壊れてなかった」
考えてみればそうだ。彼女の周囲に別に結界を張ったのだから、誰かが接触すれば気が付く。
なのに、どうしてユーリ嬢が狙われていると思ったのだろう。
手が痺れてくる。体から力が抜けていく。気力も魔力も体力も吸い取られていく感じ。力、使いすぎたかな。瞼がふさがってくる。ああ、眠い。
「キリク、どういうことか説明しろ」
「理由については目的地に着いてからって話でしょ?」
「……とにかく立て。クランがつぶれる」
「ごめんねー、いま僕、体が動かせないの」
いつものような軽口口調でキリクが返答しているのが聞こえる。
「それほど強く殴ったつもりはないぞ」
「それが原因じゃなくて……たぶん、クランの結界魔法。クラン、ユーリの結界になんかしたでしょ」
答えたくても体が動かない。
うん、おっしゃる通り。ユーリ嬢の結界は触れたものを捕縛するためのものだった。キリク、もしかしてあれに触れたの?
「おかげでなんか僕にかかってた加護の魔法が暴走しちゃったみたいだ。まさか、自動的に術者を攻撃するとは思わなくて」
そんなはずない。もしキリクが結界に触れたんなら、あたしが気が付かないはずがない。……と思う。
まあ、キリクがあたしより上位の魔術師なら別だけど。……その可能性、ありそうだなあ。
でももしそうなら、あたしごときの仕掛けた罠に引っかかってんじゃないわよ。
声が出ないのもその加護によるものだってことよね。
術者を捕縛し、能力の源である声をつぶせば文字通り安泰な訳で。
「ともかく起こすぞ」
背中に乗っかってた重たいのがなくなる。ああ、ほんとに重たかった。
そのまま横に転がしただけみたいで、そんなに離れてないところで物を下ろした音がした。
それから、ぐいと引っ張られる。
体に力が入らない。そうか、魔力も気力も体力も吸われたのは、キリクにかかってた加護の魔法のせいでもあるんだ。
ぐにゃぐにゃのあたしをユーリはなんとか支えて上体だけでも起こしてくれる。
おかげでようやくユーリの顔も、すぐ近くに座ってるキリクの顔も見えた。
「大丈夫か、クラン」
大丈夫。ちょっと声でないけど。
口ぱくぱくさせてみるが、やっぱり通じない。
「おい、クランの声……」
「うん、だから加護の魔法。術者の声を取り上げれば、魔法使いは何もできないからだろう」
「じゃあ、こんなに衰弱してるのも?」
「魔力を空にすれば体力を魔力に変換するだろ? その調子で動けなくなるまで魔力が吸われた結果だと思う」
「……なんでっ……」
「でも、これはユーリにかけた結界の罠について話してくれてなかった彼女のミスだ。僕は謝らないよ」
「くっ……。どれぐらい立てばその影響は消える?」
「さあ……発動したの初めてなんだよね。僕にもわからない。でも、そこまで魔力を持っていかれたら、一日二日じゃ元に戻るのは無理だろうね」
「くそっ……」
うん、たぶんキリクの判断は正しい。キリクが接触してたせいでたぶん力を根こそぎ奪われ続けてたみたいで、離れたおかげで少しは余裕ができた。といっても大した余裕じゃないけど。
「……この家、ベッドはもう一つあったな」
「子供部屋の? あれ、足がはみ出ると思うけど。ユーリの隣で構わないんじゃない?」
「そういうわけにはいかない」
ゆらりと体が持ち上がったのがわかる。うっすらと目を開ければ、至近距離にユーリの顔があった。
ユーリ。
声の出ない唇で呼んでも気が付かない。
腕を上げるのも瞼を持ち上げるのすらおっくうになってきて、目を閉じる。
あ、家の結界、修復しとかないと。変なのや魔獣が紛れ込んできても困るのに。でも気力も続かない。
「寝てろ」
額に何か柔らかいものが当たる。なんだろ。
でも嫌な感触じゃなかった。
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