冒険者の日常 ~クラン・クランの場合~

と~や

第1話 始まりは団子から

「次はどこだって?」


 皿の上から串団子を取り上げてぱくりとやったばかりのあたしに聞いてくるのは、向かいに座っているユーリだ。

 後ろを短く刈り上げた銀髪に空のような青い目をした彼は、ごくたまに柔らかく微笑むことができるようになったけど、出会った頃は取り付く島もないほどの無表情だった。……昔のあたしみたいに。

 今も基本、無表情だ。


「北の教会。依頼書はこれね」


 口の中の団子をお茶で流し込んで告げる。あーあ、ゆっくり味わいたかったのに。

 ポケットから取り出した紙片をユーリに差し出すと、ユーリはぱらりと開いて眉間にしわを寄せた。

 その隙にあたしは二本目の串団子に手を伸ばす。

 串団子はやっぱり醤油ダレが一番おいしい。でもあんこも捨てがたいんだよなー。あとで持ち帰りにしてもらおう。


「魔獣の討伐か。……白ラビ討伐で何でこんなに報酬がいいんだ。こんなの、低級向けの依頼だろう」


 白ラビとは文字通り、白い兎に似た魔獣。但し、草食ではなく肉食で、とりわけ人肉の、しかも年若い個体を好む傾向がある。

 とはいえ、一匹一匹はそんなに強くない。ユーリが言ったように初心者向けの魔獣で、小さいながらも魔石が取れる。

 魔石は魔力をため込む性質のある石で、生活のありとあらゆる場面で活躍している。

 例えば魔石ランプ、魔石コンロ。

 そして、魔法を使う者にとっては大切な、魔力供給源。

 しかもこれ、ギルドで高く買い取ってもらえるから、いい稼ぎになるのだ。

 でも、今回の依頼は中級から上級向けの依頼。それにはそれの訳がある。


「教会には孤児院があってね。多くの戦災孤児が引き取られて生活してる」


 そう告げただけで、ユーリの眉間のしわが深くなった。


「……巣を作るのに適した場所だと目をつけられたのか。……もう群れを作ってるんだな?」

「うん、教会は移転できないし、子供たちもそうそう受け入れ先は見つからない。どこもいっぱいだしね。……もう四人もやられたらしい。うち一人は、子供をかばった先生シスターだって」


 ユーリが息を呑むのがわかった。……そうだよね、いまだに探してるもんね、小さいころにお世話になったっていうシスターのこと。

 前のパーティー……今では伝説にまでなってる蒼い弾丸ブルーバレットでユーリと初めて会ってからもう十年以上経った。

 その間、ずーっと探してるんだ。


「その先生は黒髪の毛だったそうよ」


 見る見るうちにユーリの体から力が抜けていくのが分かる。探してるシスターは銀髪なんだって以前、蒼い弾丸のメンバーに聞いた。


「そうか。……じゃあ、いつから行く?」


 あたしは団子の串を皿に戻すと、後ろに流したままだった黒髪を飾り紐でひとつにまとめ、高い位置から垂らす。ポニーテールの出来上がりだ。


「ユーリさえよければ今からでも」

「じゃあ、今すぐ行こう」


 ガタン、と音を立ててユーリは立ち上がる。あいかわらず無表情なユーリを見上げて。あたしも腰を上げる。


「了解、頼りにしてるよ、相棒」


 勘定を済ませて店を出ると、宿に預けていた装備や荷物を引き出して街を出る。

 馬なら一日の距離だけど、今のあたしたちはちょっと懐が心もとない。歩けば四日で行けるから、歩くことにする。

 ギルドに立ち寄って、途中で路銀の足しになりそうな依頼もいくつか受けておいた。

 最短距離で行くつもりだから、街道を通らずにまっすぐ森を抜けるルートを通る。これらの依頼はそのついでだ。

 街道沿いに行けば宿には困らないけど、なるべく早くいかなきゃ。これ以上被害が増えない内に。

 地図をしまい込んで街を出たところで気が付いた。


「しまった」

「どうした」


 あまりに切羽詰まった声が出たせいだろう、前を行くユーリの気配が剣呑になる。


「……あんこのお団子、買い忘れた」


 慌てて戻ろうと踵を返したら、腕を掴まれた。


「お前なあ……」


 ユーリはため息をつくと、首を横に振った。眉間のしわが深い。


「食い物のことしか頭にないのか」

「食べ物を馬鹿にしないでよね、四日分の食料確保だって楽じゃないんだから」


 日持ちのする硬いパンは準備できたけど、それ以外は現地調達だ。魔獣以外で食える獣の狩りもしなきゃならない。調味料も揃えたけど結構高いし量はない。


「串団子じゃ日持ちしないだろうが。そんなの買ってどうするんだよ」

「疲れた時に甘いものが欲しくなるじゃない。それに、歩きながら食べたかったなって……ちょっと、置いてかないでよっ」


 あきれ顔のユーリは掴んでたあたしの腕を離してさっさと歩き出す。


「お前のペースに付き合ってると日が暮れる。さっさと行くぞ」


 でっかい剣を背負って金属鎧を身にまとっているのに、なんであんなに身軽に歩けるんだろう。鎧を外した時はあんなにスリムなのに。


「今日のうちに草原を抜ける予定なんだ。とっとと来い」


 ちらりと振り向いたユーリに慌てて追いつく。基本的に軽装で、弓矢と魔法メインなあたしはその分担ぐ荷物も多い。魔具や魔石がもう少し軽ければいいのに。


 ◇◇◇◇


 食料になりそうな動物を探しつつ、依頼の薬草を摘んでいるうちに草原は抜けた。結局食材になりそうな動物は見つからなかった。ユーリの見つけた木の実と硬いパンのみの食事。

 木切れを集めて魔法で火を焚いて湯を沸かし、直接茶葉を入れた中にクグラの実を落とす。

 クグラの実はそのまま食べると硬くて油臭いだけだけど、柔らかい外皮を剥いてお茶に落とせば湯に溶けて白く甘い風味が付く。旅の大事なお供だ。保存にも向いてるしね。

 焚火の周囲十メートルぐらいの範囲に結界を張り、魔獣避けの呪いをかける。草原を抜けてアリヴの森に入ったすぐのあたりだから、魔獣の気配はそう濃くはない。

 アリヴの森自体は難易度が低い。低級でサイズの小さい魔獣は出るが、大型の魔獣は出ないからだ。

 魔獣は基本的にサイズとレベルが一致する代物だ。魔力を身に取り入れて成長すればするほど大きくなる。

 無論、サイズを自由自在に変えられる魔獣もいるから、サイズだけでレベルを判断するのは危険だけど、アリヴの森にいる奴はどれも初級向けだ。

 高レベルの魔獣が出ないここなら、魔獣避けの呪い程度で十分なはず。


「魔獣避けしといたから、寝ていいよ」

「お前が先に寝ろ。目が覚めたら交代だ」


 いつものやり取り。どうせ言い出したら聞かないユーリのことだ。不毛なやり取りはやめて、毛布を引っ張り出して包まると、あたしは焚火を背にして横になった。

 木々の梢の間から空が見える。あたしの瞳と同じ、濃い紺色の空に瞬く光を見ているうちに、あたしは眠ってしまった。


 ◇◇◇◇


「起きろ、交代だ」


 目が覚めたらって話だったのに、と目を空ければ、すでに辺りは明るかった。日が昇ったあとだ。


「ちょっとぉ、起こしてって言ったでしょ。あんた寝てないんじゃない」


 慌てて体を起こすと、すでに火の消えた薪の跡と、その傍に転がっている食用ラビが三体、魔石が十二個。

 傍に腰を下ろしたユーリの顔色も悪い。


「すまん、起こす暇がなくてな」


 このあたりに出る魔獣なら、よくて小指の先ぐらいの魔石しか取れないはず。なのにどうして手のひら大の魔石がごろごろ転がってるわけ?


「何があったの、一体」

「知らん。お前の施した魔獣避けが効かないレベルの魔獣が襲ってきたんだ」

「そんな……アルヴの森って初心者でも攻略可能な安全な森ってことで知られているのよ。それなのに……」


 毛布を払いのけて魔石を取り上げる。手のひら大が五つ、あとは親指大かそれ以下だ。手のひら大のものは、取り上げてみれば質もいい。


「もう少し上のランクの依頼も受けとけばよかったな」

「馬鹿!」


 ユーリはすぐ無茶をする。自分の身を守ることをせずに切り込んでいく。

 前衛としてどうなのよ、とよく詰るけれど、聞く耳を持ってくれない。

 自分が傷つこうとお構いなしに剣を振るい続ける。


 ――狂戦士バーサーク


 彼が取りつかれている呪いだ。

 以前受けた依頼の中でかけられた呪いだ。彼自身が望んで受け入れたから解呪しないとか言っていたけれど、死んだらおしまいなんだよ? 探したい人が、会いたい人がいるんでしょ?

 そう言っても「死ななければいい」とかあっさり返してくるし。どんだけ自分に自信があるわけ?

 あんたが死なないようにバックアップしたり回復かけたりしてんの、あたしなんですけど? と一度詰め寄ったことがあるけど、それもまた「俺が守れば問題ない」とか言い放った。……もう、呆れちゃったわよ。ほんと。

 確かに強いし、こいつが傷だらけになるようなことがあれば即回復かけるけどさ、少しは自分のことも考えなさいよ、ほんとに。


「その魔石は黒ヴィルが落としたものだ」

「黒ヴィル? そんなレベル高いのがいたの?」


 黒ヴィルは黒い狼タイプの魔獣だ。ヴィル自体はそうレベルが高いわけじゃない――熟練した冒険者にとってはね。

 でも、この森が適正レベルであるはずの初心者が遭遇したら、即死だ。


「間違いない。森で何かが起こってる。もしかしたら、白ラビの巣がもう出来ていて、それを狙った黒ヴィルたちが他所から集まってきているのかもしれない」

「じゃあ、なおさら北の教会が危ないじゃないの」


 北の教会は、このアリヴの森を抜けた町はずれにある。森の近くを切り開いて畑にしたり、森の木の実や自生しているキノコを採集して生計を立てているはず。

 見上げたユーリはうなずく。よく見れば、その白い頬に赤い線が走っていた。手足にもあちこち血のあとが見える。


「とにかくイニードの村に知らせを送ってくれ。ここへ立ち入る依頼はすべて止めてもらわないと、被害が出る」

「わかった。でも、ユーリの治療が先」

「俺はいい。通知が先だ」


 言い出したら聞かないこの性格、本当にどうにかしてほしい。

 仕方なくあたしは傷薬ポーションを押し付けると、村のギルド宛に魔法の伝書鳩を飛ばした。

 すぐさま応答があって、アリヴの森への立ち入り制限と、現在立ち入っている者たちの保護、関連する依頼の取り下げをしたとギルド長の名前入りの書類の写しが飛んできた。

 それと合わせて、アリヴの森の実態調査の依頼が発行されたとあった。

 こちらの方は、あたしたちはすでに受託済み扱いにしてくれているらしい。

 他の冒険者からの類似の知らせはまだ上がっていないという。もしかしたら、被害を受けた冒険者は少なくないのかもしれない。

 諸々終わって振り向くと、ユーリは食用ラビの解体に入っていた。

 食用ラビの毛皮の収集は受けた依頼の中にも入っている。肉はすぐ腐るので、解体した端から焼くか塩漬けにするか燻製にするのが一般的。


「魔石はお前に預ける。火を起こしてラビを焼いてくれ」

「わかった」


 手早く魔石を専用の袋に収める。こうしないと、魔石の気配におびき寄せられて魔獣がやってくるのだ。

 魔獣が魔力の塊である魔石を取り入れればどんどん成長していって、より大きな魔獣に進化をするのだ。そうなると倒すのも難しくなる。

 ギルドから配布される専用の袋に入れると、その気配を隠すことができる。

 薪の残りに火をつけ、ユーリの切り分けたラビの肉を、魔法で出した水でざっと血を落とす。鞄から取り出した金属の串に刺し、塩をぱらりと振りかけてさっと火であぶると火の傍に立てかける。

 燻製チップも持ってきてるけど、こんな場所で煙を上げるのはあまりよろしくない。要らぬものまで呼び寄せちゃうからね。


「で、ギルドからの返答は?」


 ラビの解体が終わったユーリに手洗いの水を出し、彼の質問に答える。


「森全体の立ち入り制限と、すでに立ち入ってる冒険者の回収、関連する依頼の取り下げをしてくれたよ。それから、森の調査依頼が発行された。あたしたちは受託済み扱いにしてくれるって」

「そうか」


 それだけ言うと、ユーリは火の傍にすとんと腰を下ろした。あたしも反対側に腰を下ろす。ユーリはと見ると、明らかに寝不足な顔をしていた。いつもなら爛々と輝いている三白眼が半分閉じて、口もだらしなく緩んでいる。

 渡した傷薬は飲んだみたいで、頬に走っていた赤い線は消えていた。


「朝ご飯食べたら寝て。強力な魔獣避けの魔法、かけておくから」

「わかった。……三時間たったら起こしてくれ」


 ラビの焼けるいい匂いがし始める。焦げないように反対側を向けていると、ぱたりと音がした。

 顔を上げると、ユーリが横に倒れていた。食事を待てないほどくたびれていたのだろう。

 さっきまであたしがかぶっていた毛布を取り上げてユーリに近づく。眠っている間でも気配で目を覚ますユーリが、まったく目を覚ます様子がない。

 となると、夜の間ずっと魔獣たちと追いかけっこをしていたに違いない。


「まったくもう……」


 毛布を掛ける前にあちこち点検をしていく。

 ユーリは痛みに強いのか、それとも我慢強いのか、けがをしても絶対自己申告してこない。

 ほっといて大変なことになったことも一度や二度じゃないっていうのに、どうして隠そうとするのかな。

 傷はどれも深くはなかったみたいで、傷薬一つでほぼ回復はしていた。念のため、体力回復の魔法をかける。

 指で額に触りながら呪文を唱えると、籠手の下に反応があった。左の籠手を外すと、血の塊が零れ落ちる。


「……っ、怪我してんじゃないのよっ、やっぱり」


 籠手自体にも攻撃の跡が残っていた。黒ヴィルの牙の痕。籠手には牙が食い込んだまま残っている。

 それを抜いて血を水で洗い流すと、ユーリの顔が歪んだ。でも、起きない。


「……毒?」


 慌てて解毒魔法をかけ、治癒魔法も重ね掛けする。

 案の定、解毒に反応があった。黒ヴィルの牙に毒があるのは知っているけど、普段ならこんなへま、ユーリは絶対しない。

 魔石の数からして、襲ってきた黒ヴィルは五匹。その程度ならユーリ一人で瞬殺だ。あたしの出る幕じゃないし、白ラビが近くにいたとしても大した脅威じゃない。……ユーリ一人なら。


「まさか……あたしをかばったの?」


 蹴り飛ばしてでも起こしてくれればよかったのに。あたしだって起きれば黒ヴィルぐらい、魔法で何とでもなったのに。


「……ばか」


 もう一度体力回復をかけて、毛布をかぶせる。よく見れば短い髪の毛にも返り血が散っている。起きたら浄化の魔法をかけてあげよう。

 香ばしい匂いにそそられて振り向くと、ラビの肉は焦げる一歩手前だった。

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